召喚そして同化
俺の名前は豪。織田豪だ。
普通の高校生だった。サッカー部に所属し、毎日せっせと部活でトレーニングをする日々をおくっていた。特にサッカーがうまいわけでもなかったけど、他に特技があるわけじゃない。そんな生活に満足していた。
何故、俺が過去形でこんな話をしているかというと、どうやらその生活は突如として終わりを迎えてしまったようだからだ。特に事故に遭った覚えもない。けど、気が付いたら俺の知っている世界ではない、別の世界にいたんだ。
非常に暑い8月の夜、あの夜はなかなか寝付けない夜だった。そんな中でも午前2時をまわったあたりでようやく俺は眠りに落ちたはずだ。しかし、目を覚ますと、朝焼けの中、二人の黒装束の人物と、一匹の奇妙な生物に囲まれていた。
「おお、たしかにこれはすごい魔力を持った入れ物だな。」
奇妙生物がそう話した。俺はこの生物が話すのか、と驚き呆然としてしまった。この生物は30cmほどしかなく、背中に生えた翼でふわふわと浮いている。何より驚くべきは人間の姿をしていることだ。まさに妖精のような恰好をしている。
「この入れ物なら満足していただけるでしょうか。」
黒装束の一人はうやうやしく妖精的な生物に声をかけると、
「ああ、入ってやろう。」
と応答し、俺の方に向き直って、
「おいお前、手を握ってこっちに差し出せ。」
と偉そうにも指示した。何が何だかわからなかったが、断れば黒装束の二人が何をしでかすかもわからない。俺は仕方なしにこぶしを突き出すと、その妖精のようなものもこぶしを突き出し、まばゆい光がその場を包み込んだ。
あまりの眩しさに目を閉じると、次の瞬間、どこかから、
「これで俺とお前は一つだ。よろしくな、相棒。」
とあの妖精のようなものの声が聞こえた。さらに追加で、
「あとな、お前。俺は妖精じゃない。精霊だ。精霊のゴッヅ=マクトミネイ。まあ、マックとでも呼んでくれ。」
とも聞こえた。しかし、目を開けて視界の端から端まで見渡しても、マックとやらの姿はない。俺は妖精という言葉は発してもいないので、思考を読めるのだろうか。
「さあ、マクトミネイ様。これであなたの望みは叶いました。約束通り我が国にご協力ください。」
黒装束の一人は俺に向かってそう言っている。何が何やらまるでわからない。だが、その刹那、体の自由が効かなくなり、俺が思ってもいないことを俺が話すという奇妙な現象が起こり始めた。
「悪いなお前ら、元々お前らの計画に加担する気はない。ここで消えてくれ。」
どうなっているのかまるでわからないが、俺がそう言った瞬間、目の前が炎に包まれ、俺たちがいた平原は一瞬にして火の海になった。何が起こったのか意味がわからなかった。相変わらず俺の体は自由には動かず、勝手に動く。火を避けるように俺は後ろに飛び、手から衝撃波のようなものを放った。跳躍力も俺とは思えないほど高くなっており、何故か衝撃波まで放てるから驚きだ。
衝撃波は手のひらで球体状になっており、それをあり得ない速度で投げつける。それにも驚いたが、それを目視で追える俺の動体視力にも驚いた。こんなに俺の動体視力はよかっただろうか。
その球体の衝撃波は綺麗に黒装束の人物に当たり、そいつは吹き飛ばされた。もう一人の黒装束はその場に植物を生やして太い枝を何本も伸ばしてこちらに攻撃してきている。俺はそれを華麗によけて手に衝撃波を作り出し、高速で相手に近づいた上、至近距離から相手に向かってそれを投げつけた。
どうやって俺が空中を移動しているのかよくわからないが、とにかく速い。まるでスーパーマンの主観映像を見ているかのようだった。
「おいお前、名前は何というんだ。」
戦闘が終わった後も、呆然と立ち尽くす俺に、マックが話しかけてきた。
「俺は豪・・・。お前はどこにいるんだ?」
名乗りつつ質問をする俺に、マックはとんでもない事実を突きつける。
「ふふ、俺はお前の中にいる。さっきこぶしを合わせただろう?あれによって俺とお前は同化し、完全に一体化した。お前が死ぬまで俺はお前から出られない。どうだ、最高の気分だろ?」
「おい待て・・・。お前はいったい何者なんだ。同化ってなんだ?それに、さっきの戦いはなんだ。意味が分からない。そもそも俺はいったいどこにいるんだ。」
完全に俺は混乱していた。ただ寝ていただけなのに、こんな事態になっている理由を知りたかった。
「簡単に言えば、お前は生贄にされたんだ。俺と同化するための入れ物として他の世界からこっちに連れてこられたのさ。
この世界には魔力ってものがあってな。稀に俺が気に入るような魔力の大きさを持つ者もいるんだが、世界に何人もいないわけだ。そこで、異世界から連れてくる大魔法を行使したんだ。」
「待て、俺には元々魔力なんてない。そんな話は嘘っぱちだ。」
「お前こそ待て、話をよく聞いてくれ。いいか、異世界から連れてこられた人間はその負荷によって、大体は大魔法の最中に死ぬ。だが、運よく生き残った者には膨大な魔力が与えられる。さっきの戦闘は俺がお前をジャックして、やってやったんだ。
仮説だが、世界同士を結ぶ道は膨大な魔力でできている。それを吸収して自身の物にするからではないかと俺は思っている。」
あまりに突拍子もない話に愕然としたが、さきほどの戦闘で感じた感覚がリアルすぎてこれが夢だとは思えない。
「ためしに手のひらをあの木に向かってかざし、力を入れてみろ。」
言われるがまま、俺は手を木に向かってかざしてみた。すると、手から衝撃波が放たれ、木が木っ端微塵になった。まぎれもなく、今は自分で操作して衝撃波を放った気がした。
「すごいだろ、これが俺様の魔法だ。」
「す、すごすぎる・・・。」
「この力を使って暴れてみたくはないか?」
「暴れる・・・?どうやってだ。」
「戦争を起こしたり、人を虐殺したり、人間を支配するんだ。楽しそうだろう。」
「すまん、お前とは価値観が合わないらしい。そんなこと、俺はしたくない。」
「意味が分からん。お前は世界の征服者になるポテンシャルがあるんだぞ。」
「征服した後、どうするんだ?」
「・・・。その過程を楽しむのがいいんだろう。膨大な魔力があるから期待したというのに、完全に失敗だったわ。こんなにも釣れない奴だったとは。」
少し話しただけで、こいつが著しい人格破綻者だと理解した。
「おい、人格破綻者とはなんて物言いだ!」
おっと、マックは心が読めてしまうようだ。
俺は改めて何度かほっぺをつねってみたが、一向に目覚めたりはしなさそうだ。仕方ないので周りを見渡し、これからどうするかについて考え始めた。
さっきは気づかなかったが、平原の端にはおびただしい量の死体が積み重なっていた。さらに、さっきマックが衝撃波をぶつけた黒装束の人物二人も息絶えていた。
「なあ、お前、何してるんだ?」
可哀想に思って、吐きそうになりながらも必死に彼らを土に埋める俺を見て、マックは質問した。
「埋葬してるんだ。心が読めるのならわかるだろう。」
「理由はわからない。何のためだ?」
「野ざらしになるよりも埋葬された方がいいだろう。」
「何言ってやがる。死んだら全部同じだろ。」
「少なくとも良心が痛むから埋葬してる、それで悪いか?」
「とんだ偽善者だぜ、お前は。」
衝撃波のおかげで一瞬で土を掘れるし、運動能力も向上しているようで、人も軽々と持ち上げられる。
「なあ、魔法があるのはわかったが、どうして俺はこんなに運動能力が上がっているんだ?」
埋葬も終わり、なんとなく太陽の差す東へと歩きながら、マックに尋ねる。
「それはもちろん、俺様がお前の魔力を運動能力の向上に振り分けているからよ。今度教えてやるが、魔力を用いて運動能力を上げるというのは結構よくあることだ。」
「魔力って結構応用できるもんなんだな。魔力ってのは減ったら回復しないのか?」
「いや、回復する。ただ、人によって魔力の最大量は決まっていてな。お前の場合は異常に多い。」
「そんなもんなのか。あとさ、精霊ってのはお前以外にもいるのか?」
「たくさんいる。普通は人間が精霊を呼び出して精霊と同化するんだ。」
「ほほう・・・。面白いな。精霊側にメリットがなさそうなものだけど、それ。」
「精霊は10年以上人間と同化してない期間があると魔力が尽きて消滅する。精霊自体は魔力を回復したりできないんだ。つまり、人間から魔力をもらう代わりに、それを便利に使う魔法や魔力の管理を行うんだ。」
疑問点を聞いてみたが、案外よくできた世界のようだ。精霊と人間が共生しているというのはファンタジー的でもあるが、アリとアブラムシのような利益をお互いにもたらし合う構図なのも面白い。
「ちなみに、このまま真っすぐ進んだらどこにたどり着くんだ?」
「ヒノ王国だ。四大国家の一つで、俺が最も嫌いな国だ。行くんじゃねえよ。」
「なんでだよ。」
「一番殺しがしにくい国だからだ。」
マックはそう言うと俺の体を再び乗っ取ろうとしてきた。俺は心の中で全力で拒絶した。すると、乗っ取りは行われず、
「おい、お前何しやがるんだ!」
というマックのイラついた声が脳内に響いた。
「なるほど、こうすればお前が体を乗っ取るのを阻止できるのか。お前も大してことないなあ。マック君・・・。」
俺はにやにやしながら彼に語りかける。完全にマックを侮った発言であった。
「俺は気分が悪い。金輪際、お前に協力することも理解し合うこともない。あばよ。」
そして、彼の声は途絶えた。
「おい、マック!」
呼びかけても応答しない。彼が魔力を管理するのも放棄したからか、疲労がどっと押し寄せてきた。きっと体内に彼はいるのだろうが、それ以降、うんともすんとも言わなくなった。
この世界のことをまだ何も知らないというのに、それはないんじゃないかとかも思いつつ、俺は歩き続けた。そして朝から晩まで歩き続けた結果、俺は大きな町にたどり着いた。