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yに取り憑かれた男  作者: ジョン水野
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昔の女

昔好きだったマリに彼女のことを紹介した。その人は大学時代の教職で一緒だった子で学年は一緒だけど年齢が2つ上だった。

一度付き合ったがすぐ友達に戻り、それからはずっと飲み友達としての関係が続いている。お互いの仕事が忙しく、会うのは一年ぶりくらいだった。僕らは居酒屋で飲んで近況を報告したあと、僕の方の本題を話すために横並びで話せるバーに行った。


僕は彼女に結との経緯と今返事を待っている状況である旨を伝えた。

「それで、一くんはどうしたいの?傷ついてもいいから答えを聞きたい?昔みたいに明るくて皆に優しい彼女の友達でいたい?」

マリはうんうんと頷いて僕の話を全て飲み込んでからそう質問した。

「分からない。でも彼女のことを守りたいって気持ちが強いんだ。男として。」

「その子があなたの前で泣いたのはあなたを人として信頼したからかも知れないわよ。男としてじゃなくて。」

その言葉に僕は心臓を刺されるような気持ちがした。

「あなたは人として素晴らしすぎて男女の仲になりたくないの。ずっと一緒にいたいから。」別れるときマリに言われた言葉だ。


「だからその人を愛してるなら友達に戻ればいいし、好きならハッキリ伝えて来たらいい。向こうだってきっと悩んでるはずよ。その子じゃないから真実は分からないけど」

マリはそこまで言ってビールに口をつけた。

「その子とセックスがしたいの?それとも一緒に話がしたいの?」

「両方だよ。」

「どっちかしか無理よ。恋愛したいなら。」

「好きな人に欠点をさらけ出せる女の子なんていないもの。その子と一緒にいたいなら友達でいなさい。たまにセックスするくらいの関係もいいじゃない。」


確かにそうかも知れない。と僕は思った。何も恋愛だけが男女の関係じゃないし、友人として深い関係を築くことだって可能だ。僕とマリみたいに。だけど

「でも好きなんだ。彼女のこと。胸が痛むし、彼女のことを思い出すとホントに辛いんだ。彼女に手紙を渡したこと、後悔して何度も泣いたよ。返事がないから僕からどうすればいいか分からないし、八方塞がりだ。」

僕は考えるより先に言葉が溢れ出てきていた。一人の女性を思うだけで何故こんなに憂鬱な気分になってしまうのか。彼女の気持ちを知りたいだけなのに何故こんな遠回りを。早く諦める感情が出てきて欲しいとさえ思った。それをマリに伝えようとしたのを察してかマリは僕の次の言葉を遮るように言った。


「逃げちゃダメよ。一くん。恋から逃げちゃダメ。あなたには才能があるんだから大丈夫よ。小説にしてしまえばいいわ。」

「そうすればこれを読んだ誰かがあの子に君の気持ちを伝えてくれるはずよ。彼女に対する不器用な愛情表現に対する弁解をしてくれるはずよ。だから書きなさい。誰になんと言われてもいいじゃない。今は誰でも小説になれる時代よ。」


誰でも小説になれる時代

そうだ、この世界を創っているのは僕だ。だから小説にすれば彼女もマリのように過去の人になって僕の希死念慮を消してくれるはずだ。そうだ。だからこうして小説を書いているんじゃないか。彼女とのその後も書いて書いて書ききってしまおう。彼女が死んでしまうところまで。

「でも、それでいいの?小説にしたらあなたの現実の恋は過去に変わってしまうのよ。恋(孤悲)は孤独に悲しいと書くのよ。私が生きていた時代からそう。でもそれを文学や芸術で表現したらとても美しく、人々の心を打つものが出来上がるわ。」

「だけどこれは現実のあなたの課題よ。あなたの人生の課題。過去に変える勇気があるの?それとも行動に移して彼女との未来を作る?どっちでもいいわ。私はあなたの味方をする。でも何があっても私のせいにしちゃダメよ。それは自分を否定することに。なるから。ちゃんとあなた自信を愛して。人生と向き合って。そのために物書きをするんだって素敵なことだわ。」


マリと友達に戻ってから2人で食事に行ったのは別れて1ヶ月程経ってからだった。彼女の方から電話で誘いが来たのだ。

「私一くんのことずっと気になってて好きだった。ホントよ。」

「でも違ったね。」僕の方からそれは言った。好きなのに付き合うとは違う。僕らは別に同性愛者と言う訳ではない。性行為よりも大切な事柄がたくさんあるだけだ。だけど恋愛関係を繋ぎ止めるためには抱き合う必要がある。それが面倒になってしまった。それで友人に戻っただけだ。


あれから何年も経つ。僕らの間に肉体関係はないけど、良き理解者としてずっと付き合ってきた。思えば元カノに今の恋愛相談をするなんて普通は酷な話なのかも知れない。

でもこうして過去の女を出すことでしか僕の頭の中の思考を整理することができないのだ。

実は今日、彼女の店に行くつもりだった。でもやめた。行きたい気持ちを必死に堪えて今この文章を書いているんじゃないか。

なんで行かないかと行ったら僕は彼女が返事をくれることを信じているからだ。セリヌンティウス、メロス、この場合僕はどっちなのだろう。彼女はどっち?そういう話も彼女としたかった。付き合ったらたくさん映画や文学の話をしてお互いの思想を覗き合いたいと思っている。

「小説の神様、いや、恋愛小説の神様。僕はいったいどうすればいいのでしょうか?このままずっと文章を書いて彼女の返事を待っていればいいのでしょうか?それとも別の恋を書くべきでしょうか?他の恋愛をした方が彼女のためなのでしょうか?」


神は全てに「そうだ。」と言った。

「全ては君次第だ。同じ時は二度と。来ないし、こうしている間にも死期は迫ってきている。君にも彼女にも。過去の女にも。」


僕は答えに迷った。このまま文章の中に溶け込んでいけたら好き放題幸福の限りを書いて生きていけるのに。」永遠に。

僕の願いは全て叶った。


恋文の返事は手紙を送ってから2週間後に来た。

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