ヘンゼルお兄様はじけすぎですわ!
むかし、むかし。
それは、魔女と呼ばれる存在がいた時代。
大きな森の中に、父親と母親、その息子で兄のヘンゼル、娘で妹のグレーテルの四人家族が暮らしていました。彼らの生活は、決して裕福とは呼べないながらも、彼らにとっては幸せな日々だったのです。
しかし、そんな彼らの幸せな日々も長くは続きませんでした。この幸せな家族に大きなひびを入れる原因となった異端なる存在である魔女が彼らのもとを訪れたからなのです。これが全ての始まりでした。
四人家族の元を訪れた魔女は、森のお菓子魔女として、人々に知られており、彼女特製のお菓子を家に置いていく代わりに子供をさらっていく大変質の悪い魔女だったのです。
「イーヒッヒッヒィー。お前たちの家には、この私特製一度食べたら病みつきになるしあわせエキス入りのお菓子を二つも置いていこうじゃないか。その代わり、そこの兄妹は私がいただいていくよ」
四人家族の元を訪れた魔女は、ニタァと妖しい笑みを浮かべて、彼女特性のお菓子を差し出してきました。
しかし、彼らの父親は、魔女特製のお菓子の代わりにと、自らの子供を差し出すことなんて決してしません。
「俺達には、そんなお菓子など不要だ。帰ってくれ」
父親は、話にならないとばかりに一方的な魔女からの要求をつっぱねます。
しかし、魔女は魔女で全く諦めようとはしません。
「イーヒッヒッヒィー。いいから一口食べてみなよ」
「いらんから帰ってくれ!」
少しの間、二人の押し問答は続いていきますが、両者はまるでひこうとしません。
このまま二人の攻防がずっと続いていくかと思われた矢先、父親にとっては不幸にも彼の息子であるヘンゼルが出てきてしまったのです。
「おとーさん。これは何?」
ヘンゼルは、魔女が持っているお菓子を指さしながら父親に尋ねました。
「こいつはなぁ、危険なもんだ。だからヘンゼルはさっさと家の中に隠れてるんだ! いいな?」
父親は、すぐそばまで出てきていたヘンゼルの背中を後ろ手に押して、家の中へと押し戻します。大事な息子をこの危険な魔女と関わらせたくなかったのでしょう。しかし、息子の言葉に反応してしまったこと、それが父親にとっては、大きな隙となってしまったのです。
魔女は、父親の意識が一瞬息子に移った隙を見逃しませんでした。自らが作って持ってきたお菓子を彼の開かれた口元へと強引に持っていったのです。父親は、直前で魔女の行動に気がつき、魔女のお菓子が口の中に入る前に急いで口を閉じようとします。両者のたたかいは、コンマゼロ秒を争う熾烈なものでありましたが、どうやら軍配は父親の方に上がったようでした。見事父親の口は閉じられ、魔女が強引に差し出したお菓子は、彼の口に入ることなく地面へと落ちてしまったのです。
父親は、安堵から口元が一瞬緩みました。しかし、その時彼の口の中からガリッと何かを砕いたような音が聞こえてきたのです。
結局のところ、ひとかけら分父親は間に合わなかったのです。彼の顔は、どんどん真っ青になっていきます。
「魔女よ、取引だ。子供たちの代わりに俺がお前のもとに行こう」
満身創痍ながらも父親は、魔女にそう提案しました。
「イーヒッヒッヒー。残念ながらお前一人じゃ足りないね。息子の代わりはお前でいただくとしよう。だが、娘の方はいただいていくよ」
魔女は、再びニタァと妖しい笑みを浮かべます。
魔女の言葉を聞いた父親は、とても悔しそうな顔をしていました。彼には、娘を守る手段がなかったのです。
「私が娘の代わりになるわ!」
父親と魔女のやり取りを黙って聞いていた母親が名乗りだしました。
「母さん待て。早まるんじゃない」
父親は焦った声を出しながら、必死に母親を引きとめようとします。しかし、母親は一歩も引こうとしません。
「お父さん、今はこうするしかないわ」
唇をかみしめつつも母親は、そう答えたのです。父親もそのことが分かっていたのか、黙って唇をかみしめていました。
「イーヒッヒッヒー。ではお前を娘の代わりと認めようじゃないか。さっそくいくぞ。ついてきな」
魔女がそういうと二人は、黙って魔女についていきます。
「おとーさん。おかーさん。どこに行っちゃうの?」
事の事態を把握できていないヘンゼルは、どこか不安そうに二人の方を見ます。
「ヘンゼル。妹のグレーテルのことよろしくね」
母親は、ヘンゼルの方へと振り向き、彼の元まで近づいてくると、その頭を優しく撫でます。その後、母親は、小さくごめんねと呟くと、ヘンゼルの元を離れ、父親と共にどこかへ行ってしまったのです。
父親と母親の二人がどこかへ行ってしまってから、少しの時間が経った後、森の魔女だけ再びヘンゼルの元まで戻ってきます。魔女は、ヘンゼルに何か耳打ちしたあと、今度こそどこかへと行ってしまいました。
その場には、魔女に耳打ちされて座りこんでしまったヘンゼルの泣き声だけが響き渡っていました。
今にして見れば、この時ヘンゼルははじけてしまったのかもしれません。
ヘンゼルたちの両親が、魔女に連れさられてしまった春が過ぎ、初夏を迎えた頃。
暑い日差しが降り注ぐようになった森の中に一人の少女がいました。少女は、周りをキョロキョロと見回しながら歩いていて、何かを探しているようです。
「ヘンゼルお兄様ー! どこにいかれたのですかー?」
少女は、大声で叫びます。どうやら探していたのは、ヘンゼルのようです。
しかし、少女の呼びかけに答える声はなに一つありません。
少女が途方に暮れていた時、近くの草むらからガサッと音が聞こえてきたのです。
「な、なんですの? そこにいるのは誰ですの?」
少女は、少し怯えながらも音が聞こえてきた草むらの方に問いかけました。
すると、その草むらからナニカが飛び出してきたのです。
「ヒャーハッハー! ん? そこにいるのは、我が愛しの妹グレーテルではないか?」
なんと草むらから飛び出してきたのは、ヘンゼルのようです。
「ヘンゼルお兄様! どこにいかれてたのですか?」
少女――グレーテルは、怒鳴りこむような勢いでヘンゼルに迫ります。
「ヒャーハッハー! 我が配下を探してたまでよ! 見よ、この魔犬を!」
ヘンゼルは、そんなグレーテルの様子などお構いなしとばかりに、堂々としています。
「お兄様! それは犬さんじゃなくて狼さんですわ!」
グレーテルは、ヘンゼルが言うところの魔犬を見てそう言いました。
ヘンゼルは、なんと二匹もの狼を引き連れていたのです。彼の言葉を借りるのであれば、その二匹を配下にしたのでしょう。
「ヒャーハッハー! 我が愛しの妹よ。かのにっくき魔女めを倒す準備がようやく整ったのだ。奴の元へといくぞ! お前の為に魔犬を用意してある。そいつに乗れ。いいな? いくぞ!」
ヘンゼルは、引き連れていた狼の一匹に乗ると、グレーテルにもう一匹の狼の方を指さします。どうやら彼は、魔女を倒しに行くつもりのようです。
「ちょっと待ってくださいお兄様。魔女を倒しに行くって本気ですか?」
「時間がない。さっそくいくぞ」
ヘンゼルはそういうと、さっそく狼に乗ったまま走っていったのです。魔女の拠点がある方向とは逆の彼らの仮住まいがある方向へと。
「お兄様! そちらは私たちの仮住まいの方向ですわ!」
グレーテルの言葉が、森の中に響き渡りました。
ヘンゼルとグレーテルの二人は、ヘンゼルが連れてきた狼たちの背中に乗り、魔女が住んでいると言われるお菓子の家へと全速力で向かっています。
「ヒャーハッッハー! 我が愛しの妹よ。作戦通りに頼むぞ」
「お兄様! 私何も聞いてないですわ!」
突然のヘンゼルからの言葉に、グレーテルは声を張り上げてツッコミます。
しかし、やはりと言うべきなのかヘンゼルは、グレーテルの言葉を全く聞いていません。
そうこうしているうちに二人は、魔女が住むと言われるお菓子の家の近くまで辿り着きました。
「ヒャーハッハー! 我が相棒よ! あの魔女めの住処に突撃するのだ! インパクトダッシュ!」
「ワォォン!」
ヘンゼルは、狼に話しかける否やそのままお菓子の家へと突撃していったのです。
なんと見事なことに彼らの突撃により、お菓子の家は真っ二つとなり崩れ去ってしまいました。
「お兄様! 家に突っ込んでいくのは危険ですわ!」
遅まきながらもグレーテルは、一応ツッコミをいれます。
真っ二つになった家からは、崩れたお菓子まみれでぼろぼろになった魔女が出てきました。
「おのれ、よくもやってくれたね」
魔女が恨めしそうに飛び上がろうとした時、彼女の後ろから一匹の狼が出てきて、魔女へと飛びかかっていきました。この狼ですが、実は先ほどまでグレーテルが乗っていた狼で、ヘンゼルが飛び出していった後密かに待機させていたのです。魔女へと飛びかかった狼は魔女にかみつきそのまま咥えると、真っ二つになったお菓子の家の中にあったグツグツと煮えたぎった大きな鍋の中に投げ入れたのです。あまりもの熱さに魔女は溶けてしまいました。
魔女が溶けていなくなってしまうと、真っ二つになったお菓子の家の前に彼女が連れさっていった子供達やヘンゼルたちの父親・母親がいたのです。
こうして、めちゃくちゃながらもヘンゼルは、無事魔女に連れて行かれた人々たちを助けだしたのでした。




