ただ普通のハッピーエンド
公爵令嬢――ユリシエル・ティーレントが『女の子のことが好き』と気付いたのはいつのことだったろう。
同い年の女の子とお茶会をしている時、時々妙な気持ちになることを、ユリシエルはよく感じていた。
貴族の子達は皆が皆、身だしなみに気を使っている。だからだろうか、ユリシエルにとって彼女達は、とても可愛らしく見えた。
もちろん、全ての女の子に同じ感情を抱くわけではない。
一緒に接していて、仲良くなればなるほど――ユリシエルの中には複雑な感情が生まれていた。
だから、誰とでもそれなりに仲良くなろう、というのがユリシエルの中での密かな決まりであった。
けれど、その秘密を自ら公表することになるとは思わなかった。
公爵家の令嬢として、ユリシエルには両親の決めた婚約者がいた。――問題なく、隠し通して振る舞えると思っていた。
けれど、現実にはそうはいかない。ユリシエルは彼と触れ合うことを、拒絶してしまったのだ。好きになることができず、男の人と共にいることはできない――と。
そんな理由で拒絶をするなんて、前代未聞のことであった。
当然、婚約は破棄されることに。拒絶したのはユリシエルからだが、言い渡される側となったのだ。
不義理をしたのはティーレント家側であると、明確にするためだ。
ユリシエルに両親から浴びせられたのは、『出来損ない』という心ない言葉であった。
けれど、その言葉がユリシエルには深く突き刺さることになる。
(私は、出来損ない……なの?)
深く傷ついて、けれど悪いのは自分自身なのだと押し殺し――ユリシエルは家を出た。
ティーレント家から追い出され、公爵令嬢という立場を失ったユリシエルには行く宛もない。
世間知らずだったユリシエルは、簡単に悪い男達に騙されて、気付けば『元公爵家の令嬢』として奴隷として売られることになってしまっていた。
世間的に奴隷制度自体はすでに禁止されている――だからこれは、誰にも分からない闇の取引なのだ。
(出来損ないの私には、お似合いの人生なのかも……)
ユリシエルはそう心に決めて、諦めた。
買われた先ではどんな扱いを受けることになるのだろう――男に買われたら、かつて拒絶したことも、できなくなってしまう。
そんなことになるくらいなら、いっそ死んだ方がましだ。
だから、ユリシエルは馬車で運ばれる途中に、飛び降りた。
手枷に足枷もされた状態で走る馬車から飛び降りるなど、無謀でしかないことは分かっている。
けれど、これで助からなくてもいい。そう思っていたからだ。
全身に走ったのは衝撃――ではなく、優しく抱きかかえられる感覚であった。
ユリシエルはその感覚に驚き、ゆっくりと目を開く。
「大丈夫? もう安心していいからねっ」
「え……あなた、は?」
「あたし? あたしはフィーベル。美少女冒険者よっ!」
自らそんなことを言う女性――冒険者のフィーベルと出会ったのだ。
実際、彼女の言う通りで、フィーベルは紛れもなく美少女であった。
馬車から飛び降りたユリシエルだけでなく、奴隷商人達も追いかけて全員を捕らえた。
彼女は紛れもなく、ユリシエルにとって正義の味方であった。
「あ、ありがとうございました」
「ん? いいのいいの。気にしないで。その服を見る限り、結構いい生まれだと思うんだけど……家はどこに?」
「あ、その……実は私、もう帰るところ、なくて……」
ユリシエルはフィーベルに聞かれて、歯切れ悪く答える。
すると、フィーベルは神妙な面持ちで、
「! そういうこと……もう帰る家がないのね。うんうん、大丈夫。お姉さんがいるから心配しないで?」
「え、え? いえ、あの、そういう感じ、ではなくて……」
「え、そうなの? じゃあもしかして喧嘩別れで家出、みたいな?」
「! そう、そうなんです……けど」
――言えるわけがなかった。喧嘩をしたわけではない。家を出て行ったわけではなく、ユリシエルは家を追い出されたからだ。
その理由は『女の子が好き』だから。今だって、ユリシエルは助けてくれたフィーベルに、思わず惚れてしまいそうになる。
そんなどうしようもなくぶれやすくて、弱い心を持つ自分は、紛れもなく出来損ないなのだと。
「よく分からないけど……戻るところがないなら、しばらくあたしのところに来なよ。あなたみたいに可愛い子ならお姉さん、大歓迎よ。キスしたいくらい!」
「! そ、それって、本当に言ってますか?」
「え、キスしたいって? あ、もしかしてあなたには刺激の強い言葉だった――なんてことはないわよね? あたしって、可愛い女の子前にするとすぐこうなのよねぇ。すぐ好きになっちゃう」
フィーベルの言葉を聞いて、愕然とした。
そして、これは運命の出会いなのだと――ユリシエルは思った。
だから、思わずユリシエルはフィーベルの前で涙を流す。
「ちょ、ちょ、ちょ!? ど、どどどそうしたの!?」
「ご、ごめんなさい。その……救ってくださって、本当にありがとうございます」
「それは気にしないでって言ったでしょ」
「いえ、それだけじゃなくて……いきなりこんなこと、言うのはすごく、おかしいと思うんですけど……」
ユリシエルはまだ迷いながらも、今度ははっきりと告げる。
「あなたのことが、好きになってしまいました」
「……え、マジ?」
「本当です」
「……なるほど。えっと、それならとりあえず……家にくる?」
フィーベルの言葉に頷いて、ユリシエルは共に彼女の家に向かうことになった。
そして彼女は家を追い出されたことと、自分が『女の子が好き』だったことが原因だったことを全て打ち明けると、それも受け入れてくれて――本当の意味で、彼女のことが好きになり、愛し合うことができた。
女の子が好きな令嬢は、こうして普通の幸せな日々を手に入れることができたのだ。
この後二人は毎日愛し合います。