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ソフィア

 私が仕えているレオナルド王太子には愛してやまない婚約者がいる。


 齢17になる王太子より5つ年下の12歳の公爵令嬢。幼い婚約者を年頃の男子らしい自分の恋情で怖がらせることをひどく恐れている王太子殿下は、婚約者であるグローリア様の前では爽やかお兄様の仮面を外さないが、殿下の親友でありグローリア様の兄でもあるクロフォード様には、自身の気持ちを隠すことなく惚気まくっており、若干引かれているのは否めない。


 レオナルドと同い年で、公爵家の跡取りであるにも関わらず、いまだに婚約者を決めず、浮名を流しまくっているクロフォードには、「お子ちゃま婚約者」に夢中になる殿下はひどく滑稽に映るようだ。


 まあこのルックスと身分と人当たりの良さでは寄ってくる女性には事欠かないというのもうなずける。


「なに?やっと僕に惚れてくれた?」


 そんなことを考えていたらいつの間にか目の前にいる当の本人を凝視していたらしい。女のソフィアよりよほど美しい顔で微笑んで、今日も相変わらずのリップサービスだ。


「・・・」


 黙って、出されたお茶を飲む。貴族のお屋敷仕込みを謳っているだけあって、王宮に勤めているソフィアが飲んでも、違和感はない。平民には、ちょっとした贅沢気分を味わえる味だろう。


「まあ、いいや。おいでのようだ」


 ソフィアがクロフォードのリップサービスを流すのはいつものことなので、気にした様子はない。スッと表情を引き締めると、個室のドアを見た。


「失礼いたします」


 入ってきたのは、この店の店主。王都の城下町で平民向けのカフェを経営している。元貴族のお屋敷勤めのメイドであったと言われる。

 今日2人が、わざわざお忍びでこんな下町まで降りてきた目的の人物だ。


「何か、問題がございましたでしょうか」


 2人は、羽振りの良い商家の姉弟のような平民の格好をしているが、店主には身分のあるものだとバレている様子だ。緊張した面持ちで、目線を下げている。


「いえ。とても美味しいですよ。さすが、ゴーレ男爵家仕込み、いや、ソラーレ侯爵家の流れかな」


 クロフォードの言葉に、店主がびくりとしたのが分かった。「貴族の御屋敷」が具体的にどこのお屋敷なのか、この店は明らかにしていない。店主の顔色が、みるみる悪くなっていった。


「そう、警戒しないでいただきたい。僕たちは、あなた方親子を助けに来たのです。最近、男爵家の方から圧力がかかっているのでは?」


 これ以上ない美しい笑みを浮かべるクロフォードに、いや、警戒するだろう、とソフィアはあきれたが、声には出さない。この年で、王太子の懐刀と言われている男だ。何か、考えがあるのだろう。


「あなたとお嬢さんの身の安全を保障させて頂きたい。ただし、このお店は諦めていただくことになりますが。あ、従業員の方達のことはこちらで責任を持って対応いたしますので、ご心配なく」


「あの、あなた方は」


「お嬢様を連れて今すぐ我々と共に来てください。大事なものを持てるだけまとめて。我々はもう少しデートを楽しむとしましょう。他の方に気づかれないように」


 そして最後にクロフォードはこう付け加えた。


「これは王家の命と思っていただいて構いません」


 店主は青い顔をしてしばらく俯いていたが、やがて何かを決意した顔でうなずくと部屋を出て行った。



「誰と誰がデートなんですか」


 ソフィアは思わず呟いた。5つも年上で騎士らしい体つきの自分といかにも年若い貴公子然としたクロフォード。百歩譲って姉弟に見えたとしても、カップルには見えないだろう。


「つれないなあ。こんなにアプローチしてるのに」


 クロフォードは眉を下げて笑う。

 ソフィアが王太子付きとなったのは今のクロフォードと同じ17歳の時。王太子の「御友人」として顔を合わせたとき、クロフォードは12歳だったが、ソフィアを見て「こんなに美しい護衛がつくなんてレオナルドが羨ましいな」と言ったのだ。その時から、クロフォードは会うたびにこうしてリップサービスをしてくれる。

 嫁き遅れの厳つい騎士にこんなことを言ってくるのはクロフォードくらいだ。


 16歳で社交界に顔を出すようになった昨年からは、数々のご令嬢と親しげに話をしているのをよく見かける。ソフィアが警護しているレオナルド王太子と一緒にいるのだから、いやでも目に入るというものだ。

 あの年で、卒なくご令嬢方の相手をこなしているのだから、さすがだと思う。


「お待たせいたしました」


 店主が、娘を連れてやってきた。

 クロフォードが席を立つ。


「じゃあ、僕はバスルームに行ってくるから、その間に着替えておいて」


 クロフォードが出ていくと、ソフィアは母親と洋服を取り替えた。13歳の娘の方は体格が違いすぎるのだ。

 母娘は大きめの鞄をそれぞれ一つずつ持っているだけだ。


「これだけで良いのですか。洋服や生活に必要なものは向こうに揃っていますが」


「はい。いつでも出られるようにとは、常に心がけておりましたので」


 母親が言った。やはり、ただであのケチな男爵が店など持たせるはずがないと気づいていたのだろう。娘を守ろうとする気概を感じて、ソフィアはうなずいた。

 

「では、何があっても目的地に着くまでは、我慢してください。決してあなたたちを悪いようにはしませんから」


 クロフォードが帰ってくると、ではそろそろと言って、クロフォードが帰り支度を始めた。

 店の裏につけた馬車にソフィアのフリをして、帽子を深く被った母親と乗り込むと見せかけて、娘を馬車に押し込み、母親と一緒にクロフォードも馬車に飛び乗ると、御者が馬車を急発進させた。


 その光景に慌てて、跡を追おうとした馬車の前にソフィアが飛び出す。母親のスカートを脱ぎ捨てると、下は、騎士のズボンだ。


「どうした。あの馬車が何か?」


 ちっと舌打ちをした御者は、ソフィアに向かって馬車を発進させようとする。

 が、できなかった。店の周りに待機していた騎士たちが、御者席、そして馬車のドアに飛びついたのだ。


 中から出てきた男と御者を拘束する。

 

「なぜ、俺たちを拘束するんだ!何の権限があって!」


「お前たちの顔がわからないと思っているのか。スラムの人買いさん」


 ソフィアは馬車の男に向かって言った。


「今回は違うぜ。ただ、娘を家に連れてきて欲しいと言う哀れな父親の依頼を受けただけだ」


「こそこそと?人目を忍んで?」


「お貴族様は色々とご事情が複雑なんだろ?」


「まあ、いい。それも含めてゆっくり話を聞こうか。連れて行け」


 騎士たちに引きずられるようにしてつれて行かれる男たちを確認すると、店に戻った。店にもクロフォードが手配したものが配置されている。今日は店じまいにして明日以降は、フロア長と相談するよう指示するといつもの騎士服に着替えて、ソフィアは店を出た。


 




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