グローリア
初めて投稿します。のんびり更新ですが、よろしくお願いします。
「殿下、婚約破棄でも領地への軟禁でも受け入れます。どうか公爵家に寛大な采配を」
自室のベッドに力無く横たわりながら、公爵令嬢グローリアは、時の王太子レオナルドに懇願した。
「…グローリア?」
まだあどけない年下の婚約者の突拍子もない発言にレオナルドは戸惑いを隠さないが、グローリアはそれどころではない。
3日前、自邸の庭園でお茶を楽しんでいた時に思い出したのだ。
自分は二度目の人生を生きているーーー
しかも人生を繰り返している。
前回も公爵令嬢グローリアとして生まれ、幼くして王太子レオナルドの婚約者として選ばれた。5つ年上の婚約者はグローリアが物心ついたときには既に婚約者であったが、最初は兄のように、成長してからは将来の夫として慕っていたし、レオナルドもグローリアに優しく、可愛がっており、周囲は仲睦まじい2人を微笑ましく見守っていた。
しかしグローリアが16歳で社交界にデビューしたとき、レオナルドはグローリアより一つ年上の男爵令嬢に夢中であった。
婚約者のいる身で、堂々と他の令嬢を夜会にエスコートする王太子に周囲は良い顔をしなかったが、それはグローリアが社交界に上がってからも変わらなかった。
王家の寵愛が公爵家から離れたことを、ライバルは見逃さなかった。
どういう経過かいくつかの貴族によって公爵家の王家に対する反逆罪がでっちあげられ、そして、何故か王家もそれを信じた。
公爵家は子爵に落とされ、父公爵は爵位を兄に譲って引退。兄もこれまでの王都に近い土地から追いやられ痩せた貧しい辺境の地を領土として新たに与えられた。
グローリア自身は修道院へ送られる所であったが、父の懇願により新たな領地の屋敷に軟禁ということとなった。
痩せた土地で、慣れない農作業まで行う兄はあっという間にやつれた。父は気力を失い屋敷に引きこもって塞ぎ込んだ。2人の世話を必死に行ったグローリアだが、2年後に流行病であっけなくこの世を去った。
あの後父と兄がどうなったのか。
死んだ後も気になって気になって…。
でも意識を長く保っていることはできず、2人の様子を確認することもできないまま意識が途絶えたーーー。
と思ったら、12歳の自分に時間が巻き戻っていた。
12歳として目を覚ます直前まで、3日間高熱を出して寝込んでいたらしく、家族は大騒ぎ。混乱するグローリアを熱のせいで意識がはっきりしないのだと解釈し、こうしてベッドで療養する生活が始まった。
時間を逆行したショックなのか、死ぬ前の流行病の影響か、なかなか体力が戻らず、うつらうつらして過ごしてた時に婚約者である王太子が見舞いに訪れたのだ。
「どうして急にそんなことを言い出したのか聞いてもいい?グローリア」
さすが帝王学を修める王太子だけあって、戸惑いを一瞬で隠し、グローリアに問いかける。
「言っても信じてもらえません」
というグローリアを言葉巧みに誘導し、どうやらグローリアは前世から逆行してきたと主張していることを理解し、そこで起きたこともグローリアの辿々しい説明から把握した。
一笑に付されるか、高熱で錯乱したと思われるかだと思っていたが、レオナルドは顎に手を当てて少し考えると
「わかった」
と言った。
「グローリアは僕と別れたいわけではなく、公爵やクロフォードが心配なんだよね。じゃあ僕に任せてくれないか。婚約破棄はいつでもできるし、公爵に悪いことにならないようにすると誓うよ」
そう言ったレオナルドの顔がとても真剣だったので、グローリアは胸をつかれた。
誰もまともに取り合ってくれなかったのに、レオナルドは馬鹿にしたりはぐらかしたりしなかった。
「わかりました。私も父と兄に何があっても誤解されるような行動は取らないように繰り返しお話しします。でも他に好きな人ができたら直ぐに教えてください。できれば私がデビューする前に」
必死なグローリアに笑顔でわかったと返すとレオナルドは、あまり長時間だと体に障るからと帰って行った。
グローリアの心配は消えたわけではなかったが、レオナルドに話せたことで少し気が楽になり、すうと眠りについたのだった。
5年後、グローリアは昨年社交界デビューをした。
そして、1年の準備期間を経て、今日はレオナルドとの婚姻の日だ。
そう。
あれから、グローリアが前世で経験したことは、何も起こらなかった。
そもそも男爵令嬢が現れなかった。というか、その男爵家に娘はいなかった。
社交界デビューしたグローリアをレオナルドは、毎回エスコートし、周囲も仲睦まじい次期王と王妃に好意的で、何事もなく、この日を迎えたのだ。
「この日が迎えられて本当に嬉しいよ」
ウエディング姿のグローリアを迎えたレオナルドは、満面の笑みでグローリアにそう言った。
それは、普段公務の時に常に作っている笑顔ではなく、本当に心から嬉しいのだろうということがグローリアにも感じられた。
前世と違う展開にずっと戸惑いを覚えていたグローリアもこの日を迎えて、やっと心から喜ぶことができた。
私は、今度は幸せになれるのだ。
父も公爵のままで、兄は次期公爵を継ぐまで、レオナルドの側近として王宮に勤めている。
非常に多忙で、なかなか顔を合わせることもないが、たまに会った時も元気で、幸せそうにしているので、グローリアも嬉しくなる。
グローリアは、微笑み返すと、レオナルドの手を取って、足を踏み出した。