お出迎え 【3/4】
男は確かに立ち上がっていた。
しかし、その顔は潰れ、首が折れているのだろう、頭はおかしな方向を向いている。
立っているだけでも不思議な状態ではあったのだが、クレデューリはそんな相手に対しても全く容赦しなかった。
最初の一突きこそ牽制に留めたが、それが当たるや否や、全力の速度に切り替えめった刺しにする。
丁寧にだが、やる事は本当にめった刺しであった。
最初のうちは胴への攻撃は掠る程度に留め、服を切り刻む。鎖鎧などが無い事を確認してからは、心の臓や柔らかそうな部分を突き通していく。
男が持ち上げようとした腕は、狙いすまして腱を突き切り、両方とも動かなくさせる。
既に損傷していることもあり、比較的硬い頭へは積極的に通さず、代わりにクレデューリは下腹部から腿へも剣を通していた。
太い血の管を切り裂いた後に飛び散る血は、やはり彼が生きている、もしくは生きていた事を思わせる。
何れにしろ、立ち上がった男が再び沈み、膝をつくのにそう時間はかからなかった。
「埋葬ぐらいはしてやるとも。迷わずに死ぬがいい」
剣を止め、再び距離を開けたクレデューリはそんな手向けの言葉を吐いていた。
カナリアも《生命感知》にて、男が死んでいる事を確認する。
『死んだみたいだな』
「ああ。執念で立ち上がったのは見上げたものだったがな。だがそれだけだ」
後ろからかけられたシャハボの声に、クレデューリは答えはしたものの、目は男の姿から外しはしなかった。
彼はまだ完全に倒れてはいない。膝立ちの状態ではあるが、首は折れ曲がり、腕ももげかけてかなり不安定な姿勢になっていた。
クレデューリが剣を振り、付いた血を払うのとほぼ時を同じくして、男は前のめりになって倒れる。
彼女がカナリアの方を振り返ったのは、確実にそれがこと切れたと確認してからであった。
「カーナ。やってしまってからで悪いが、一つ相談だ。
この遺体、埋葬するか、このまま野ざらしにしておくかどちらがいいと思う?
私としてはどちらでもいいんだが、この後他の村人達の事を考えると、少し慎重に扱った方がいいと思ってね」
そう言ったクレデューリは、ようやく自らの細剣を鞘に仕舞う。
新たに声が響いたのは、その直後であった。
「お前たち! そこで何をしている!」
声の出所は、道の先、村の方からである。
二人が顔を向けた先からは、一人の男が走り寄って来ていた。
遠くからでもわかる男の姿は、かなりの長身で、クレデューリが倒した男ほどではないが瘦せ気味の体であった。
寄るに連れてわかる男の容貌の方は、白髪交じりの髪と隈の浮いた顔つきであり、やはり体調不良のようにも見える。
クレデューリの元までようやくたどり着いた男は、あまり動く事に慣れていないのか、肩で息を繰り返す。
男の視線は終始目立つクレデューリにのみ注がれていたが、そこに殺気や不審な気配は含まれていない。
警戒もせずに無造作にここまで来るあたり、彼の行動は、殺した男とは関係ない可能性がある事をカナリア達に伝えていた。
とは言え、この状況は、カナリア達にとってあまり宜しくないのは確かであったのだが。
「すまないな。無言で襲い掛かって来たのでこの通り斃してしまった。
君の縁者でないと良いんだが」
寄ってきた男に対して、すぐに弁明に出たのはクレデューリである。
口ではそう言ったものの、彼女の言葉に気持ちは入っていない。
だが、寄ってきた彼は、相当に驚いた様子を取っていた。
「まさか! 彼は問答無用で君たちに襲い掛かったのか!?」
クレデューリと無残な男の死体を何度も見返す彼に、クレデューリは答える。
「ああ、そのまさかだよ。それに、私たちが最初ではないそうだ。
そこの盛り土は先客の墓だそうだよ」
クレデューリの言葉に従って三つの土饅頭を見た男は、あっという間に血相が悪くなっていく。
「ああ、そんな! こんなはずでは!
ちゃんと確認するように仕込んだはずなのに。
使い方を誤ったのか? いや、使い方は間違いないはず。
完成品でなかったのが原因か? 欠陥があると言っていたが、これがそうだとしたら……」
彼は青い顔のまま、死骸に目を戻した後、ブツブツと呟いていた。
最初の言葉こそ後悔しているようであったが、続く言葉は誰に向けられたものでもなく、内容も穏やかなものではない。
クレデューリは、静かに剣を抜く。
「その言い分だと、君も関わっているようだな?」
彼女は男に不用意に近づきはしなかった。だが、抜いた剣の切っ先は、問い正す相手に向けられる。
剣を向けられた男は変わらずに青い顔をしていたものの、それ以上の反応はない。
言い逃れる事も無く、彼はしっかりとクレデューリの方を見据え、すまなさそうに頷いていた。
「ああ、これが君に手を上げたとしたら、それは私の落ち度だ。
その姿はどこぞの騎士だろう? 私はそのような相手を攻撃するように命令はしていない」
それは謝罪の言葉ではあった。
しかし、言葉は足りず、全てを説明していない。
命令していない。という事は、死んだ男と今目の前にいる男は、主従を交わすような間柄だったのかとクレデューリは訝しむ。
訝しむのは聞いているカナリアも同じであった。
ただし、彼女の疑う事はそれだけではない。
『一つ聞くが、お前、もしかしてシェーヴと名乗っていたりしないか?』
カナリアの言葉を代弁したのは、彼女の肩の上に留まっているシャハボである。
男の顔が初めてカナリアに向いた。
カナリアを見た彼は、驚きの形相のまま固まってしまう。
「い……今、何がしゃべった?」
「ああ、その小鳥のゴーレムだよ。珍しいことに、それは人の言葉を喋るんだ」
驚愕する姿を見て、すぐに相槌を入れたのはクレデューリである。
喋る小鳥なんて珍しい物を見れば、驚くのは当然かと思っての対応であったが、その説明は、彼の驚きを鎮めるどころか加速させていた。
「喋る小鳥!」
叫んだ彼は、心中を表すかのように一歩二歩と後ずさっていく。
「胸の石板! 金の髪!」
喚く言葉は、カナリアの容貌を言葉に表しただけに過ぎない。
だと言うのに、彼女を見る彼の表情は、驚愕から変貌し、恐れへと変わる。
三歩四歩と下がったところで、その男は、思い出したように一つの名前を叫んだ。
「その姿……十一番目! カナリアか!!」