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奇縁 【2/2】

 二通目の手紙を読み込んだカナリアは、無意識のうちにシャハボを撫でていた。


『面倒な話だな』


 シャハボは一言で中身の全てを要約し、それを吐き捨てる。


「……ああ。私はどうすればいいんだろうな……」


 頷いたまま下を向いて動かなくなったクレデューリを前にして、カナリアは再度その中身を整理し直していた。


 手紙は、ルイン王国の第一王女であり、クレデューリの主人であるアモニー王女からの直筆のものであった。

 クレデューリが本物だと言った以上、カナリアはそれの真偽を疑う事はない。

 けれども、中身は相当にドロドロとしていたのである。


 アモニー王女からの最初の言葉は、クレデューリへの謝罪で始まっていた。

 それは、クレデューリへ言い渡した任務が、言葉通りではなく、違う意図を持っていた事である。


 アモニー王女は、近々大きな政争に巻き込まれる事を理解しており、特別な力を持たない自身は早々に脱落させられるだろうと考えていた。

 それ故に、王女は、自ら諸共クレデューリが殺される事態を避けようと試みたのだのだ。

 クレデューリは護衛役ではあるが、アモニー王女にとっては大切な存在であった。それはクレデューリが思っている以上だったのである。

 献臣でもあり、自らも信頼を寄せるクレデューリを守るために、アモニー王女は心に涙しながら、偽りの任務を作り上げて引き離したのだ。


 手紙はクレデューリには何も告げていなかった事への謝罪から始まっていたのだが、話はそれだけではない。

 話の中身は、その後に発覚した、クレデューリ暗殺計画の件にも及んでいた。


 周囲の状況はアモニー王女の予想より悪い方向に進んでいたのだ。王女の思いとは裏腹に、万が一を懸念する勢力は、王女と離れ、拠り所の無いクレデューリに手を伸ばしていたのである。


 それをアモニー王女が知ったのはつい最近。王族に連なる新しい友人が出来てからとの事であった。

 その友人は、王都にきて早々に、不思議な手口でアモニー王女の身辺を静かにさせていったらしい。

 そして、その途中である重要な情報が手に入ったので、謝罪も含めてクレデューリに伝えようとして手紙を書いたとのことであった。


 アモニー王女の新しい友人。カナリアとシャハボの脳裏にある人物が思い浮かぶが、二人は努めてそれを頭から消そうとする。


 手紙の内容に思考を戻した後で、二人は情報の整理を続ける。

 続けて王女がクレデューリに伝えようとした事は、一見すると別の事柄のようであった。だが、それも全てクレデューリの身に繋がっていく。


 内容は、クレデューリの愛弟であるペリッシュの死に関する事である。

 ペリッシュは、とある大貴族の密命にて魔女討伐の任を帯び、それに失敗して死んだとのことであった。

 ほのかにペリッシュが向かった方向がタキーノの方角であったり、魔女と目される相手の特徴がカナリアに似ているような記述こそあったが、話はそれだけでは終わらない。


 アモニー王女の友人曰く、この件は単なる不幸な事故ではないとの事であった。


 本当の目的はクレデューリであり、ペリッシュが死んだ事を利用して、彼女を王都に戻し、その後で別命にて彼女を処刑する策だというのだ。

 明確な確証は取れていないが、その可能性がある動きは見えている。

 そこまでアモニー王女達は把握しているとのことであった。


 手紙の最後は、今王都に戻るのは危険なので、クレデューリにしばらくの間(いとま)を与える。ほとぼりが冷めるまでは戻って来ないように。という言葉で〆られていたのである。


 誰がどう糸を引いているのかは知らないが、手紙の内容は一見すると話の筋は通っており、クレデューリが何をすべきなのかは明確であるようにカナリアは思えていた。


 とは言え、クレデューリには辛い話だったのだろう。

 弟の死で大きくショックを受けた上に、いろいろな事態が積み重なったせいで、クレデューリの頭は情報を処理できなくなったのだろうとカナリアは想像する。


 結局のところ、彼女にかける言葉はなく、カナリアは無言を貫くしかない状態であった。

 少しだけ時間が経ってから、落ち着いたクレデューリがようやく口を開く。


「中身を読んだろう? 弟を殺したのは、クラス1を僭称した魔法使いだったらしい」


 顔を上げたクレデューリは、力のない目をカナリアに向けたまま言葉を続ける。

 

「カーナ。君は知らないか?」


 カナリアはじっとクレデューリを見据えたまま、首を横に振って否定していた。


「……そうか」


 クレデューリが視線を向けている間も、カナリアは表情を変える事は一切ない。

 そもそも、カナリア自身、()()()()()()()()()()()()()のだから、何も思う事はない話なのである。

 もしかしたら、そのクレデューリの弟は、キーロプ暗殺の為に来ていた人間たちの一人かもしれないという可能性だけは思い浮かべていた。しかし、何も確認をしていない以上、頭の片隅に浮かんだ程度の考えでそれは捨て去られる。


「その手紙を読んだ時に、一瞬、私は君の事を考えた」


 何も変わらないカナリアを前に、クレデューリは弱弱しく視線をぶつける。

 

「私は君の事を信頼している。

 どんな強い相手でも倒せてしまうような信頼感が、君にはある。

 だから、もし君がペリーの近くに居たなら、ペリーは死なないで済んだんじゃないか。なんてことをね」


 彼女は一旦言葉を止めていた。

 『……もしもは』とシャハボは相槌を入れかけたのだが、それを遮るようにクレデューリは再び口を開く。


「ああそうだ。もし、は現実には有り得ない。

 だからこうも考えた。もしかしたら、君がペリーを殺したんじゃないかなんて事もね。

 全てありえない話だ。何があったかは分かりえない話で、弟は私の為に殺されたかもしれない事だけが、真実に近い話らしい」


 クレデューリはマグに目を向け、水滴しかないそれを、とりあえずとばかりに飲み干していた。

 カナリアは手を伸ばしてマグを受け取り、再度水を補充してからクレデューリに渡す。


 水に口をつけて息を整えてから、クレデューリはまたゆっくりと口を開く。


「関係ない君の事を弟の死に絡めるなんて、どうかしているだろう?

 ……どうかしているよ、私は。

 何をしているんだろうな、私は……」


 彼女の思考は、堂々巡りに陥って進まなくなってしまっていた。

 何かきっかけが必要だと感じたカナリアは、シャハボを撫でて代弁を頼む。 


『で、お前は何をしたいんだ?』


 彼が言ったのは単純な質問。

 しかし、それは一番大切な事柄であった。


 クレデューリとて馬鹿ではない。逆に馬鹿でないが故にこのような状態に陥っているのだ。

 それを感じたカナリア達は、一つの質問でクレデューリの悩みを崩そうと試みる。


 またしばし時間が経った後に、シャハボの質問を解釈したクレデューリはこう言った。


「……私はね。真実を知りたい。

 こんな手紙ではなく、ペリーに何が起こったのかも本当にどうだったのか、知りたいんだ。

 でも、今の状況で、私は王都に戻るわけにはいかない。いかなくなってしまった」


『それは王女が戻って来るなと言ったからか? 迷惑になるからか?』


「……ああ。そうだ。

 だから王都には戻れない。

 私は……」


 何度目になろうか、クレデューリの口はまた止まる。

 だがしかし、シャハボの質問は既に彼女の心の内を暴いていた。

 分かってしまえば難しい話ではない。クレデューリは、弟の事と、王女への忠義心に挟まれて身動きが取れなくなってしまっていただけなのだ。


 シャハボはカナリアの肩に降り、彼女の頬を嘴でつつく。

 返す反応は、優しい愛撫。


 カナリア達は返す言葉を決め、シャハボは話をした。


『好きにすればいい。お前にとって一番大切なことが何かを考えてみろ。

 手に取れるモノが一つだけしかないなんて事はよくある話だ。

 まずは大切な事だけを考えて、他の事は後に回せばいい』


 果たして伝わるだろうか、けれど、カナリア達にこれ以上の言葉は無い。


「……そうか……」


 生返事を返すクレデューリを置いて、カナリアはもう一杯だけマグに水を満たした後で部屋を出たのであった。


【カナリアからの小さなお願い】


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【どうかよろしくお願い致します】

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