縁 【5/5】
バティストの言葉に反応したのは、カナリアの横に並ぶクタンであった。
クタンの様子を見たバティストは、真剣な声のまま彼に問いただす。
「ひよっこクタン! 何か気付いたことがあるなら、この場で言って見せろ!」
「……僕にカーナさんと同じことが出来るようにしろという事ですか?」
酒など一気に抜けたのか、しかし、やや自信のない声でクタンは答え、それをバティストは一蹴する。
「それは間違ってはいない。だが違う。
俺はお前にカーナと同じことが出来る事を期待していない。
だが、お前には、このノキを守った英雄として、これからも英雄であり続ける事を期待する」
バティストに言われたことを小さく復唱し、噛みしめるクタン。
直接には言葉を返せない彼を前に、バティストは先を続ける。
「いいか、その金は単なる金銭だけのものではない。栄誉だ。
クラス3の冒険者と共闘し、栄誉を分かち合ったお前は、これからノキの町を守った英雄として扱われることになる。
さすがにクラス3は無理だが、俺は今回の功績を以て、お前をクラス4に昇進するように手配するぞ。
少しだけ時間をやる。これがどういう事か考えて、この場で答えを言って見せろ。
カーナがやった事を考えれば、わかるはずだ」
それは、クタンへの必要な試練であった。
ゴスとガスは真剣な表情のまま何も口にせず、見ている他の人たちとて、未だに状況を理解してはいない。
茶番劇の台本はカナリアが仕組んだものであり、バティストはそれに乗った。即興で参加する演者はクタンである。
クタンは、短い間で考えをまとめて、それを口にした。
「皆を纏めて率いろという事ですか?」
バティストは無言のまま、反応を待つ彼に続きを促す。
「……巨大岩巨人は強敵でした。一人で戦っては絶対に勝てない相手です。
それを倒しえたのは、みんなの力があったから、なんですね。
正直な話、巨大岩巨人と戦う前には、僕は役に立たないのではないかと思っていました。お飾り程度で、本当はカーナさん一人で全部やれるのではないかと。
ですが、僕は剣にはなれなかったけれど、目にはなれました」
話しながら、一度だけクタンは視線をカナリアに移していた。
その目は届かない憧れを見るようであったが、彼は憧れるだけでは終わらない。高みを見つつも考えることを止めず、バティストの、そしてこの場の期待を理解しようと必死に務める。
「今なら僕がカーナさんに指名された理由がわかります。
一人で全部の事が出来る必要はない。僕のような若手でも出来る事はある。
えーと、適材適所だったかな。必要な力を必要なところに配置して力を纏めればいい。
それを実際にこの目で見た僕が、次はそれを行えという事ですね?」
考えながら話しているせいで、クタンの回答はたどたどしいものではあった。
しかし、内容はまさにバティストが求めていた答えと等しい。
彼は真剣な顔を崩さず、予想以上の回答に内心でほくそ笑む。
「そうだ。その通りだ。
これからお前には英雄として、皆を纏める役割が求められる。
成功して当然。失敗は皆の命で代償が払われる簡単な役割だぞ」
バティストは拳でクタンの胸を小突いた。
簡単な重責を包み隠さずに見せて、釘をしっかりと刺してから、ようやく彼は顔を緩める。
「だがお前はまだ若い。全てを負うまでにはまだもう少しだけ猶予があるさ。
その間に、出来ること出来ないことの見極めをしっかり出来るようにしろ。
ゴスさんとガスさんにしばらく師事するんだ。老練な彼らの経験は役に立つ。
爺さんたちが死ぬまでに全部吸収しろ」
バティストの言葉に呼応して、クタンの真横にいたガスは無言のまま彼の背中を強く叩いていた。
つんのめって倒れそうになるところを踏み止めたクタンは、振り向いてゴスとガスの顔を見る。
「頑張れよ、ひよっこ」
「俺たちの子供を守るためにもな」
差し出された彼らの腕はず太く、長年の経験によって皺と傷だらけであった。
姿勢を直したクタンは、挨拶代わりに彼らと拳を突き合わせる。
一時ではあったが、チームを組んだ男たちの武骨な誓い。
誓いを見届けたバティストは、再度大きく声を上げた。
今度は、酒場にいる全員に対してである。
「あとは、ここにいるノキの冒険者全員! お前たちにもやる事はあるぞ!
ひよっこが殻を脱ぎ落していい大人になるまで、しっかりと鍛えてやれ!
助け合って、俺たちの手でクタンを育てるんだ。
次の災厄は俺たちだけの手で、無傷の勝利を手に入れるぞ!!」
バティストの煽りで、皆は叫び、宴は高まっていく。
「酒を持て!」
皆が自分のマグを探し、ない者には渡され、空のマグには酒が注がれていた。
当然ながらカナリアにもマグが渡され、酒が並々と注がれていく。
マグを片手に持ちながら、カナリアはバティストの采配を高く評価していた。
駆逐戦に参加するにあたってカナリアが出した条件は、《魔力感知》が使える魔法使いであること。それと、出来るだけ若くて、将来が有望な人間という事の二点であった。
先のある人間を決死隊に組み入れる事を、当然のことながらバティストは渋ったのだが、その際にカナリアは先の展望を話していたのだ。
カナリアの提案、それは今まさにバティストが行った事である。
彼はカナリアの考えを理解し、自分の行動で実践したのだ。
一朝一夕で強くなるわけではないが、しばらく時間が経てば、彼が纏める限りこの地は安泰だろうとカナリアは思う。
カナリアはクタンという種を作りこの地に植えた。バティストならば上手に育てられるだろう。
「巨大岩巨人を駆逐したカーナ達に感謝を!
クラス3のあるべき姿を見せてくれたカーナに感謝を!
そして、これからもノキの地が平穏無事に栄えんことを!!」
バティストの〆の言葉で、皆は酒を飲み、宴は再開された。
おばさんたちからの猛攻は減り、カナリアのゆっくりさせて欲しいという言い分は通ったのだが、結局のところ、カナリアは人と酒にまみれる事は変わらなかった。
意図も言い分も通っている以上、カナリアはバティストの要求もしっかりと聞く。
今宵だけと割り切った彼女は、皆が満足するまで宴に付き合ったのだった。
カナリアが宛がってもらった宿についたのは、深夜の遅くなった時分であった。
同じく主賓であったはずのクレデューリは早々に宴を抜けたらしく、気付いた時には宴から姿を消していた。
おそらくは疲れて先に休んでいるのだろう。羨ましさは少しあったが、やるべきことはやったのだと、自らの行いにカナリアは満足する。
遅く帰るカナリアの為だけに開けて待っていた宿の受付で部屋の案内を受けたカナリアは、ようやく休めるとばかりに、疲れた体を引きずって休息の地へと向かうのであった。
【カナリアからの小さなお願い】
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【どうかよろしくお願い致します】