縁 【4/5】
カナリアが再度酒場に入るや否や、まず先に飛んで来たのはシャハボであった。
『リ……遅いぞ!!』
カナリアの肩に止まった彼は、思わず本当の名前を出しそうになるぐらいに切羽詰まった声でまくし立てる。
カナリアとシャハボが離れていた時間は長くはない。しかし、その間にシャハボは触られまいとして、子供たちから必死になって逃げていたのだ。
シャハボはカナリアしか触る事を許さない。
そして、カナリアもシャハボが誰かに触られる事を良しとしない。
それは二人だけの決まりであった。
しかし、当然ながらそんな事を気にしない子供たちは、珍しい小鳥のゴーレムを捕まえて遊ぼうとして、彼を追い立て続けていたのだった。
珍しくぐったりしているシャハボを、カナリアは愛おしみながら優しく撫でる。
撫でながら、カナリアはシャハボに愛情を伝え、そして自らは心の栄養を貰っていく。
周りを気にせずに一通り撫でた後で、カナリアは二人だけの接続を以て謝罪の言葉を告げた。
【一人にしてごめんね、ハボン】
カナリアに甘いシャハボは、その一言で何も言えなくなっていた。
ただ、これだけはとばかりに、振り絞るように彼は言葉を紡ぐ。
『……リア、人の多いところでは離れないでくれ。面倒事を起こしたくないからな』
【わかった。そうする】
カナリアとシャハボは互いに頷く。
傍から見るその姿は、金属の小鳥を慈しむ、若く美しい魔道具使いである。
カナリアは、シャハボに夢中で周りの状況に気を配っていなかった。
よって、自らがどんな目で周りから見られているのかも、この瞬間気付いていなかったのである。
「お受け取りください。この度の報酬になります」
周りの状況に気付いたのは、都市長であるパウルが、カナリアの前に金の入った袋を差し出した瞬間であった。
酒場に居る全員の視線がカナリアに集中し、英雄が英雄としての対価を受ける瞬間を、喝采を上げて喜ぶ。
賛辞は止まず、皆はカナリアが金を受け取り、勝どきの言葉なり、叱咤激励など、何か言うことを心待ちにしていた。
無論、声の出ないカナリアにそのようなことは出来ない。
けれども、それとは別にして、この場でもカナリアは金をすぐに受け取ろうとはしなかった。
受け取らぬまま時が過ぎ、幾人が異変に気付いたのか、話す内容が大きな賛辞から小さな訝しみへと移る。やや周りの声が落ち着いた時点で、カナリアの頭の上に登ったシャハボが大声を出した。
『ゴスとガスの爺さんたち! あと、クタン! お前たちちょっと来い!!』
ゴスは娘のイーレや家族と一緒に飲食に励み、ガスは一人、やや端の方でガブガブと酒を飲んでいる最中であった。クタンは同じぐらいの年ごろの連中とつるみ、こちらもそれなりな量を飲んでいる。
三人がシャハボの声に反応したのは、ほぼ同時。それぞれは宴に興じていたのだが、すぐにカナリアの元にやって来る。
『いい反応だな。ちょっと並んでくれ』
そんな彼らに対して、シャハボはカナリアの横に並ぶように指示を出していた。
並んだ所で、カナリアは何をするのかと不思議がったままのパウルから金袋を貰い、それを両手で持って自分の頭の上に掲げる。
シャハボは位置を変え、掲げられた金袋の上に飛び乗ってから、再度大声でこう言った。
『今回の手柄はカーナ一人だけのモノじゃない。
ここにいる四人のチームによってだ。
だから、この金は、栄誉と合わせて四人で山分けするぞ!』
カナリアが何かをすると期待していた酒場の人々は、静まり返っていた。
シャハボの声がよく通ったのもある。しかし、言った内容にピンと来ていない人が多かったのだ。
そんな彼らに向けて、シャハボは言葉を続ける。
『お前らはカーナが一人でゴーレムを倒したように思っているかもしれんが、それは違う。
カーナはあくまで攻撃役だ。一振りの武器に過ぎない。
クタンが弱点を調べてくれたから、それを穿つ事が出来たんだ』
本当のところは、クタンの《魔力感知》など、精度が低くて役には立っていない。けれども、真実は隠したまま、シャハボはあることを強調する。
『ゴスとガスの爺さんたちだって、何もしていないわけじゃない。
爺さんたちは、しっかりと守りの要としてクタンや俺を守ってくれていた。
彼らが何も出来なかったことこそが、最良の戦果だったってだけだ』
シャハボの言いたい事。それは、戦果の共有であった。
功を独り占めする事は、稀にだがよくある話である。
しかし、彼は真逆を行う。
もともとカナリアが直接受けた依頼ではあるのだが、このまま何もしなければカナリア一人の功になる事柄を、分配しようというのだ。
『異論はあるか? なければ四人でこの金は分けるぞ』
前に出てきている人間たちはともかく、他の人たちからは、それが自分の懐に入る金でない以上、異論など出るはずもなかった。
場が静まり続ける中、カナリアは袋の中を確かめて、四等分して全員に渡す。
ゴスとガス、クタンが受け取ったところで、次に口を開いたのはバティストであった。
「おい! この茶番劇じみたやり取りの意味する事を、誰か理解している奴はいるか!」
周囲はざわつくが、それに答えを返す者は居ない。
「俺はカーナに敬意を表す。彼女は強いだけではない、本物のクラス3の英雄だ!」
バティストのその言葉にも、理解を示すものは居なかった。
当たり前だろう? とばかりの視線を受ける彼は、一旦カナリアとシャハボに目配せする。シャハボが首を動かしたのを良しと見るや、バティストは答えを話し始めたのだった。
「いいか。
彼女は知っての通り、住む場所を持たない冒険者だ。だが、目的もあって移動する事がわかりきっている。何をしたところで、彼女をここに留めることは出来ない。
その代わりにだが、彼女はここに十分な置き土産をしたんだ」
バティストの正確な理解に、カナリアは満足して頷く。
「今回のような有事の際に、外からの力を借りることは間違ってはいない。
事実、今回はカーナのおかげで死傷者の出ない大勝利を収めたわけだしな。
だが、考えてみるがいい。もし次に同じことがあったとして、その際にクラス3の冒険者がその場にいる可能性は高くないだろう。
彼女は、その時の為の備えを置いていった」
ここで、一人の人間がバティストの言葉に反応する。