駆逐戦 【2/4】
「今御者台に居るイーレさんは、ゴスさんの娘さんなんですよ。
ガスさんの方のご家族は皆既に亡くなっていますが、殆どゴスさんの家族としてやっている感じですね」
ゴスたちの大声が途切れた後、クタンは彼らの事情をカナリアに説明していた。
頷くカナリアを前にして、ゴスとガスが説明を続けていく。
「この辺りは強い怪物の出る事が多くてな! デカい襲撃は俺が遭ったので今回で四回目だ!」
「二回目の時だな! 俺の家族が殺されたのは! しっかり落とし前はつけたがな!」
自らの家族が殺された事も、あっけらかんとした体で言ってのけたガスは、さらに言葉を続ける。
「生き残った事を悔いた事もあったがな! だが、生きていて良かったぞ、こんないい死に場所が出来るのならな!」
「お前はいいじゃねぇか! 向こうで待っている奴らが居るんだからよ!
俺はしばらく待ちぼうけだ!」
ゴスの言葉でカナリアはあることに気づいていた。
彼らはカナリアの事を信じている。たがしかし、それとは別に、既に彼らは死ぬ気でいるのだ。
勝つために犠牲を厭わないという気概自体は悪くはない。しかし、カナリアの思いからすると、それは余計な意気込みであった。
カナリアは内心でこう決めていた。
自らの出来る限り、全員を生かして返すと。
カナリアの決意は、生存者の人数に左右される報酬の為ではない。
それは純粋に冒険者としての矜持の為であった。
カナリアは今は身分を偽ってはいるものの、本来はクラス1の冒険者である。
よって、冒険者として正しくある者達を無下にする事は自らの気格に反するのだ。
ノキのギルドマスターのバティストや、都市長パウルも悪い人間達ではない。
だからこそ、カナリアは最大限手を貸すつもりでいるのだった。
それが、きっとシャハボの為にもなるのだからと信じて。
瞑目してガスとゴスの姿を視界から消した後、カナリアは目を閉じたまま石板をクタンに向ける。
【《魔力感知》、使って】
「い、今ですか?」
【うん、そう。早く】
理由も知らされず、急かされるままにクタンは詠唱を行い《魔力感知》を使う。
《魔力感知》自体は難易度の低い魔法である。熟練するにつれて精度は別物と言えるぐらいに上がるのだが、覚える事自体はそう難しくはない。
実は、カナリアがクタンを指名した理由の一つ、それが《魔力感知》を使えると言う事であった。
辺境では、頻出する怪物を早期に発見するために、《生命感知》の方を優先して磨く魔法使いが多い。
魔法やそれに類する活動を感知する《魔力感知》は、それで発見出来る相手が居ないが為に、辺境では軽視されがちなのだ。
都市部や軍属の魔法使い達であれば、人同士での戦いをするが故に《魔力感知》の方が重宝される事も少なくはないのだが、辺境の小都市であるノキには《魔力感知》を使える魔法使いは僅かであった。
そして、カナリアの出したもう一つの条件を満たす人間となると、クタンしか候補は居なかったのである。
彼の《魔力感知》も、使えるというだけで精度自体は別段高くはない。
しかし、使用直後に、クタンは疑問の声を上げる。
「あ、あれ? 何ですか? この大きな反応……?」
【それが岩巨人。
岩巨人は生き物じゃない。
誰かに作られて、何かの魔法の力で動いているから、《魔力感知》に反応するの】
「……なるほど?」
目を開けたカナリアはクタンの顔に浮かぶ疑問の表情を見た後、石板に言葉を映す。
【どのくらいの距離に居るかわかる?】
「いえ、光点の大きさと方角が大体わかるぐらいで、はっきりとした距離までは」
慣れていなければその程度だろうと、予想していた通りの精度に頷くカナリア。
次の事を石板に書いたのだが、それをクタンが見る前に声を出したのはゴスとガスであった。
「おう、クタン」
「クタン、お前、巨大岩巨人のいる所がわかるのか?」
声に驚いたクタンは、ゴスとガスに目を向けた後でカナリアに視線を戻す。
「あ、はい。カーナさん、これ、本当に巨大岩巨人で良いんですよね?」
【そう】
返答の通り、それは岩巨人の存在で間違いないとカナリアは確信していた。
クタンに《魔力感知》を使わせたのは、あくまで彼の修練の為であり、カナリアはカナリアで、クタンには気取られないようにして自前の《魔力感知》で確認を取っていたのである。
「遠くからでもわかるなんて凄いじゃねぇか!」
「やるじゃねぇか、ひよっこ!」
ゴスとガスがクタンの事を褒めちぎるが、カナリアはまだひよこを褒める事はしない。
かわりに石板にてクタンに見せるのは、一旦見せかけて消した言葉であった。
【反応が大きくなったり、動いていたら気をつけてね】
カナリアの知覚する限り、岩巨人の動きは予測の範疇を出ていない。
よってこれは、危険を事前に知らせてくれという事ではなく、あくまでひよこが頭の上に乗った殻を落せるかどうかという程度の忠告であった。
程なくして、というよりも、ほとんどすぐにひよっこクタンがこう言った。
「あ、少し何か動いている気がします」
それは緊張感の抜けた物言いであった。
しかし、シャハボが発した次の言葉で空気が一気に張り詰める。
『じゃぁ、こっちの動きに気付かれたな』
シャハボは皆にわかりやすい様に言っただけなのだが、実際の所、カナリアの《魔力感知》では、もっと早い時期に岩巨人は動き出していた。
バティストらの言葉を信じるならば、それは森の中に居たのだろう。動いていても、しばらくの間はゆっくりとした進み具合に感じられていた。
岩巨人の動きが急に早くなったことをカナリアが認識したのは、クタンが気付くより前であった。
恐らくそれは、岩巨人が森を抜けて動きやすい街道に出て来たのだろうとカナリアは推測する。
続けてカナリアは、自分たちの集団が先陣であった事を僥倖に思っていた。
機がずれて後続の第二部隊、第三部隊が先にぶつかるようであれば、予定は大きく崩れ、死人も増えていただろうからだ。
『みんな、降りて戦いの準備をしろ。戦いの場は街道上だ。
馬車は反転させて後続へ連絡に向かわせろ。
ここに居たら巻き込まれる可能性も無くはないからな』
シャハボが喋る事はチームの全員が前日の作戦会議の際に見ていた為、それに驚く者はいなかった。
それだけではない。シャハボの指示は唐突であったにもかかわらず、馬車内の全員は即座にそれに従い、一目散に雨の降り続く外へと飛び出していたのだった。