小都市ノキ 【2/4】
応接間に通されたカナリアとクレデューリは、テーブルを挟んで二人の男と顔を突き合わせていた。
受付で合った男は二人を案内した後、タオルだけを渡してすぐに部屋を出る。
「いきなり呼んでしまって申し訳ない。何分事情が事情でね。
私はノキの冒険者協会のマスターのバティスト・バルジャベルだ。
よろしくお願いするよ」
軽く水を拭きとったはいいものの、乾くには程遠い状態の二人を前にして、最初に切り出したのはバティストと名乗った中年の男であった。
その身なりとしっかりとした体つきは、明らかに冒険者上がりである事を言外に物語る。
その後すぐに自己紹介をしたのは、隣に座っている、こちらも似たようなぐらいの年頃ではあるが、小綺麗な服を着た目つきの温和そうな男であった。
「私はこのノキの長をしています、パウル・カムラーと言います。
この周辺はルイン王国のリューン・ソック辺境伯様の管轄下になっており、私はリューン辺境伯様よりこの地の管理を預かっております。
とは言え、私一人では力が及ばぬ故に、いつもバティストと二人三脚でですがね。
同じくよろしくお見知りおきを」
出会ったばかりのカナリア達に対して遜った口調で話すあたり、二人の物腰は高くはない。
しかし、パウルが言った通り、彼らは名実共にこのノキの支配者達であった。
本来であれば頭を下げられる側であるはずの彼らが引いた姿勢を取る。
それは互いの身分故か、それとも別の理由があるのか。
カナリアは計りかねて居たが、それは兎も角して、相手方の名乗りが終わった以上、次はカナリア達の番であった。
「都市長殿に名乗られた以上、この場では隠さずに名乗った方が良いのだろうな」
先に口を開いたのはクレデューリである。
彼女は手にしたタオルを置いた後、居住まいを正してから自らの身分を明かした。
「私の名前はクレデューリ・デブリ。
ルインの建国より代々国家の守護騎士爵を頂くデブリ家の長女にて、ルイン王国の第一王女であるアモニー様の直臣だ」
対面する二人の男達は小さく感嘆の声を上げる。
名乗りを上げたクレデューリは、今だ付けたままの胸当てにある紋章を親指で刺し、自らの言を証明した後でこう続けた。
「この紋章に誓い、私の言に嘘偽りはない。
だが、この事は公には伏せておいて欲しい。こちらにもちょっとした事情があるのでね」
彼女の言葉に二人が頷き、直後に口を開いたのはルインの長であるパウルであった。
「デブリ家。こんな辺境の地では中々王都の情報は届かないのですが、名家であるとお噂だけは聞いております」
恭しく礼を取った後、彼は続ける。
「大変申し訳ないのですが、一つ確認をさせて下さい。
クレデューリ様は何か訳ありの用がおありのようですが、ここの事情を聞いて来たわけでは無いのですね?」
「事情? 申し訳ないが、そちらの事情はあずかり知らない」
クレデューリの返答を聞いたパウルの顔はわずかに渋いものになっていた。
「なるほど、そうですか……。わかりました。
それでは、そちらの方は?」
短い了承の後、表情を整えた彼が次に水を向けたのはカナリアであった。
「彼女は……」
『ああ、気にするな。かわりに俺が紹介する』
クレデューリが紹介しようとしたところにシャハボが割って入る。
喋る金属の小鳥を見て、再度驚きを見せるバルジャベルとパウル。
そんな彼らにシャハボはカナリアの偽りの経歴を告げる。
『この子は魔道具使いのカーナだ。冒険者クラスは3。
カーナは声が出せないから俺が代わりに話をするが、気にしないでくれ』
二度同じ驚きの反応を示した彼らではあったが、三度目は違うものであった。
クラス3という言葉にパウルは驚いたものの、ギルドマスターのバティストは露骨なまで怪訝な表情を表したのだ。
カナリアの経歴に疑念を持った彼は、それを問い質す。
「その年でクラス3とは凄いな。
しかしな、私はこの方、クラス3で魔道具使いなどという人間は見た事が無いんだ。
毎年改められる冒険者の台帳は見ているが、クラス3を持つ人間は多くは無いからな
偽装するにしては大それた物だが、あえて聞かせてくれ、その冒険者証は本物か? 何処で取った?」
ギルドマスターとしての責任があるバティストは、偽称は見逃さんとばかりにカナリア達を睨みつけていた。
しかし、彼が目にしたのは、気にした様子もなく自分のリュックを漁るカナリアと、人の様に首を横に振りながら『全く。ジョンもしっかりしてやがるな』と呟いたシャハボである。
眉をひそめるバティストに向かって、シャハボは続きを話す。
『冒険者証は最近タキーノで取った物だ。本当に最近取った物だから情報は無くて当然だろう。
来年の台帳には乗るだろうさ』
言葉の後に続けるように、訝しむバティストに対して、カナリアはリュックから取り出した一通の書状を差し出す。
「これは?」
『本物かどうかの証拠だよ。読めばわかる』
疑いの目を向けていたバティストではあったが、読んだ後の彼の行動は、迅速と言うよりもやや慌てたような様子であった。
どこからか分厚い台帳を引っ張り出して頁をめくり、何かを探す。
「名無しのジョン! 本物かよ!!」
目的の物を見つけた直後に発した彼の声は、殆ど叫び声のそれであった。
彼の探し物は、ギルドの台帳にある、タキーノの現ギルドマスターであるジョンの判であった。
台帳と照合し、それが正しいと判断した直後に彼は叫んだのだった。
確認が取れた以上、カナリア達の言い分を疑う余地はない。
しかし、彼には新たに疑問が浮かぶ。
「疑って悪かった。名無しのジョンの判が正しい以上、これは本物だと理解した。
だが一つ聞かせてくれ、今のタキーノのギルドマスターはマット・オナスだろう?
どうしてタキーノのギルドマスターが名無しのジョンになっているんだ?」
都市長のパウルやクレデューリが呆気にとられて静かになって居る中、バティストの様子はやや興奮している状態であった。
カナリアは一人、ため息とも言えるぐらいの深い息を吐く。
色々と確認したい事もあるのだろう。それはカナリアにもよくわかる。
しかし、行く先々でこんな事が続くとなるのは面倒だなと彼女は感じていた。
そんな無言のままのカナリアの心情を理解するのはシャハボだけである。
彼はカナリアの頬をその嘴で軽く突き、気付いたカナリアはシャハボの金属の肌を撫でる。
場違いとも言えるスキンシップを前に、他の面々は口を開く事は出来なかった。
短い間ではあったが、カナリアが十分にシャハボによって癒された後で、シャハボはタキーノで起こった事件のあらましを全員に説明したのであった。
* * * * * * * * * *
「タキーノでそんなことが……」
一番最初に反応したのは、バティストである。
シャハボが彼らに語ったのは、イザック達の手によって都合よく作られた話であった。
話の主軸はキーロプの輿入れである。
輿入れを良く思わない何者かの手によって、大規模なキーロプ殺害の計画があった事をシャハボは語っていた。
かいつまんで話したとはいえ、語るべき事件は多い。
何者かの手によるジェイドキーパーズ達の殺害に始まり、タキーノ市で起きた事件の数々や、タキーノ自警団と襲撃者たちの集団が大激突した事件等々。
そして、話の合間に大激突の前後で組織の都合でジョンとマットが入れ替わり、マットはキーロプを守った英雄として往生した旨をシャハボは伝える。
カナリアの事情に関しては、表立った事件、ある程度調べればすぐに出てくるであろう情報を伝えた後であった。
慎重を期すために、カナリアはほとんど表には出ない形でキーロプの身辺護衛をしていた事になっていた。
それはほとんど事実である事もあり、調べてもカナリアに関する余計な情報は出ないだろう。
しかし、シャハボは非常に危険な暗殺者である 《虚空必殺のサーニャ》を始末した件等を交えて真実味を演出する。
護衛任務と暗殺者の始末等の功績を以て、カナリアがクラス3を授与されたという所でシャハボは話を〆ていた。
シャハボが話をしている間、カナリアを除く全員が食い入る様にそれを聞いていた。
一番感嘆の声を隠さずに盛り上がっていたのはクレデューリであるが、それを指摘する者さえ居ないぐらいに。
唯一持て余していたのはカナリアであった。
最低限の緊張感だけは保とうと、あくびだけは噛み殺してシャハボの話が終わるのを待っていたのであった。
バティストの反応から二呼吸、三呼吸経った後、いつの間にか真剣な表情になっていた都市長パウルが彼に話しかける。
「バティスト君、一応ギルドマスターとしての君に確認したい。
今の話をどう思う? 偽る所はあると思うかい?」
「いえ、ここ最近タキーノで幾つか事件があった事は私も承知しています。
その小鳥の話した内容からしても、嘘ではないでしょう」
「そうか、私も同意見だ。
もう一つ尋ねるが、彼女の冒険者としての身分は、クラス3で間違いないのだね?」
「ええ、そちらも疑う余地はありません。本物です」
「そうか」
いつの間にか身を乗り出すぐらいに前傾していたパウルは、後ろに下がりながら、椅子の背に体をしっかりと預けて空を見つめる。
「こんな時でも、太陽神シャマシュ様は私達を見捨てなかったか……」
彼の呟きは、パウルが敬虔な信者である事を示していた。
しかし、それはこの場において良い兆しではない。
「何があったんだ?」
クレデューリの問いに、都市長パウルは答えを返す。
「近隣に、巨大岩巨人が現れたのです」