マット・オナスとタキーノ自警団 【6/6】
よし! 俺はカナリアの腕を斬ったぞ!
それが、カナリアによって首を刎ねられたマットの最後の思考であった。
刎ねられた首は宙に飛び、回転して断面から血を撒き散らす。
対して、マットに斬られたはずのカナリアの左腕は、その体から何ら離れてはいなかった。
もたれかかる様に倒れようとするマットの体を、カナリアは全身で受け止める。
ナイフを持ったカナリアの左手は既にマットの首元にあり、それは、傍から見れば半ば抱きかかえるような恰好であった。
カナリアはゆっくりと後ろに下がりつつ、首の無いマットをうつ伏せに寝かせる。
『リア、大丈夫か? 腕はちゃんと動くか?』
この場で、カナリアに声を掛けるモノはシャハボしかいなかった。
【大丈夫。うまくいったよ】
シャハボの心配げな声にカナリアはそう答える。
『心配だ。しっかりと繋がるまで無理はしないでくれ。
いくら効果的だったとは言え、俺はリアが傷つく真似をして欲しくはないんだ』
続けて伝えるシャハボの言葉にも、叱責と言うよりはカナリアを気遣う心持しか載っていない。
【ごめん。言い訳はしない。出来るだけ気をつける】
カナリアは、本当に大変な時にはシャハボが叱る事をせずに気遣いを強くすることを知っていた。
それ故に、彼女は大人しくそれに従う。
しかし、お互いがお互いに知っている。
カナリアはシャハボの為であれば自らが傷つく事など厭わない事を。
シャハボはカナリアが傷つく事を望まない事を。
お互いがお互いを思い合う、けれども少しだけ歪な結びつき。
カナリアの意思は固い。そして、シャハボはカナリアに甘い。
いつも折れるのはシャハボの方であった。
『ああ、そうしてくれ』
シャハボはそう返すが、あくまでそれは表面的な言葉に過ぎない。
かわりに彼は別の言い方でカナリアを嗜める。
『リアが使ったあれは奇策が過ぎる。一度仕組みが割れてしまえばすぐに対応される奥の手なんだ。
今は周りに人が居ないからいいが、乱用は決してするなよ』
これがシャハボの精一杯の気遣い。
そして、マットを仕留めた手段は、シャハボの言った通りの奇策にして、カナリアにしか使えない秘策であった。
普通であれば、魔法の発動は発声を必要とするが故に一度に一つずつしか使えない。
だがしかし、カナリアは違う。
彼女は声を出さずに魔法が使えるが故に、複数の魔法を同時に発動することが可能であった。
《高速化》
《鋭刃化》
《回復》
勝負を決めようとしていたマットを前にカナリアが用意していたこれらは、いずれも強化や回復などの補助的な魔法であり、攻撃的な魔法ではない。
あえてそれらの魔法を用意した理由は、策の為でもあり、カナリアが『支配の盾』のある事に気付いていたからでもあった。
それは、盾による《魔力防壁》の自動発動である。
普通の魔道具は起動に当たり、魔力を通すなり発声するなりの特定の動作が必要になる。
『支配の盾』とて、《支配命令》を使う際にはマットはしっかりと声を出していたのだ。
だが、盾の持つ《魔力防壁》の方は違う。そちらは、攻撃する意思のある魔法に対してのみ、自動で反応して魔法を起動していたのである。
魔道具としては非常に性能の高いものであるのは間違いない。けれど、それはカナリアにとっては大きな突破口であった。
今やと斬りかかるマットを前に、カナリアは用意していた《高速化》、《鋭刃化》という二つの強化魔法を同時に発動させる。
対象は敵であるマットとその長剣に対して。
明確な利敵行為。ではあるが、カナリアの見込み通り、それらの強化魔法は打ち消されない。
高性能が故に、味方からの強化は受けられるようにと配慮されていたのだろう『支配の盾』は、強化魔法には反応しなかったのだ。
その事により、マットの繰り出した一撃は、真の意味で会心の一撃に昇華する。
斬られた事さえすぐには気付かない、速く鋭い一撃。
刃は肉も骨もすり抜けてしまい、別の力が掛かってから骨肉はそれに気付いてようやく二つに分かれる事を始める。
カナリアの左腕を通り抜けたのは、そんな達人の一振り。
マットが心中で一番の手ごたえを覚えたのも道理である。
だがしかし、その一撃は鋭すぎた。
痛みさえ感じない。鋭すぎるが故に切り口も見えず、皮も肉も骨も、服の袖までも、剣が振り下ろしきられた時点では分かれてはいない。
それは、本当の意味で最も効率的で最小限の切断。
カナリアは知っていた。達人の切断は、その瞬間だけであれば掠り傷と大差ない事を。
綺麗に折れた骨は、簡単に、そして綺麗に治す事が出来る。骨が複雑に折れたり、粉砕されてしまえば、綺麗に治すには苦労する。
そんな治療の知識は、切断という重傷にさえ当てはまるのだと言う事を。
断たれたカナリアの腕は、この瞬間は非常に綺麗な状態であった。
断たれてはいても分かれてはいない綺麗な傷だったが故に、カナリアは用意していた《回復》を用いて、剣が腕を斬り分けるのと同じ速度で自分の腕を繋げる事が出来たのだった。
敵に強化を使う事で自らの傷を最小限に抑える。
それこそがカナリアの奇策にして秘策であった。
同時に複数の魔法使うだけではなく、自らを斬らせるという度量さえ要求されるその秘策は、敵に多大な隙を作り上げることになる。
カナリアの細腕は、切断されたが瞬時に治した事で健在であった。
そして、剣を振り切ったマットの側面は、この瞬間がら空きであった。
全ては一瞬の出来事である。
カナリアは繋げたその左腕を使い、逆手に持ったナイフで、遮る物の無いマットの首筋に斬りつけていた。
しっかりと肉にナイフの刃が食い込んだ所で、カナリアは《空刃・纏》を使い、打ち消される前に骨と残りの肉を切り飛ばしていたのだった。
今わの際に、マットが勝利の余韻と共に見たものは、カナリアのではなく彼自身の血であった。
* * * * * * * * * *
地面に引かれるように、カナリアの左腕から切れた袖が滑り落ちる。
『終わったか』
【うん】
シャハボの言葉に返しながら、カナリアは左腕に再度 《回復》を使い、しっかりと付いている事を確かめていた。
無言のまま続いて使う《生命感知》。籠の中に反応は、弱々しい一つしかない。
【でも、まだ一つだけ残っている】
それは一連の事態の張本人の事であった。
【ハボン。今すぐにでも戻って来て欲しいけれど、もう少し待ってくれる?
最後の仕上げを済ませるまで、籠を維持しておいて欲しいの】
『……ああ、わかった』
カナリアのお願いにシャハボが拒否する理由はない。
【ありがとう】
カナリアが疲れた体を押して向かう先は、気絶したままであろう最後の生き残りであるイザックの所であった。
【カナリアからの小さなお願い】
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