マット・オナスとタキーノ自警団 【3/6】
カナリアは思惑通りに相手が距離を詰め始めた事に、内心で頷いていた。
とは言え、迂回組と直進組、二手に分かれても依然としてマット率いる自警団の統率は固い。
迂回組が横から突いてくる前に直進組を全て屠れるだろうか。
呼吸を整えながらカナリアは考える。
広範囲を殺傷できる魔法を使う事が容易な手段ではあるが、恐らく対策はされているであろう。
それに、一組目でそれが可能だとして、次もある以上あまり大きく出るわけにはいかない。
首刈りをもう一度狙う? いや、それも織り込んで来るだろう。
事を有利に進めるために思案した挙句、カナリアの出した答えは正攻法であった。
『悩むときは基礎に立ち返れ。だな』
そんなシャハボの声がカナリアに伝わる。
【面倒ですごく疲れそうだけどね。でも、一番間違いはないと思うから】
『同意だ。気は抜くなよ』
無言のやり取りの直後に、カナリアは逆手に持った左手の『小鳥の宿木』、右手のナイフをそれぞれ逆袈裟に切り上げて二つの《空刃》を放った。
目標は直進してくる二つの小集団の前衛である。
ほぼ全身を守ることが出来る大型のカイトシールドが二枚。
間隔をあけて、同じ大きさのカイトシールド一枚と、大型長方形盾のスクトゥムが一枚。
それらの意匠はバラバラではあるが、目的としては同じく、ただ防ぐことのみを考えた四枚の盾の列。
魔法で盾と盾の隙間を通して後列に被害を出す事も出来たが、カナリアはそれをせず、直接 《空刃》を当てる事で相手の反応を確かめにいく。
不可視で無音の《空刃》は、避けられることなく盾の壁に直撃していた。
一枚のカイトシールドはぱっくりと断ち切られ、持ち主と共に地に落ちる。
しかし、半端に当たった二枚は、大きく傷つきはしたもののまだ盾としての機能は損失せず、大きなスクトゥムに至っては直撃したものの軽い傷がついたのみであった。
カナリアは直接の被害だけでなく、《魔力感知》を使った魔力の確認も怠らない。
其々の盾には薄く塗られた魔力の痕跡。
それは盾役の背後にいる魔法使いが発動した《魔力防壁》であった。
それが単純な守りだけの手であることをカナリアは察する。
反撃手段のある魔法はない。盾が魔道具の可能性は限りなく低い事も。
偽装の可能性は捨てきれないが、程度が知れれば対策は取りやすい。
油断させる為にわざと防御を薄くし、被害を演出するという戦術をカナリアは考えなかった。この相手の用兵は、極力被害を少なくするためのものだと理解しているからだ。
であれば、魔法使いたちの防御はこの程度だろうと見切りをつける。
防がれた事には驚愕も落胆もしなかった。
この《空刃》は相手の実力を暴くためのものなのだから。
カナリアの採った正攻法。
それは強敵と目される相手に対して、真正面からそれを打ち破る事であった。
だがしかし、正攻法とてただ無闇に当たっていけば勝てるものも勝てなくなる。
よって、勝つために必要な情報を取得しながら、丁寧に強敵の手足を刈り取っていく事をカナリアは狙っていた。
相手の人数や布陣に関しては、上空のシャハボから情報が伝わっている。
今目前に見える前衛は他の集団の盾だろうとカナリアは判断する。盾は防いで止めるもの。であるならば、早急に打ち破らねば後に支えるとも。
カナリアは二枚の盾が残っている方に対して『小鳥の宿木』から《水流放射》を発動させた。
《水流放射》の殺傷能力は低い。しかし、水の圧力は《魔力防壁》があっても盾役達をその場に押し止めるには最適であった。
一つの小集団を水流で止めながら、カナリアはもう一つの小集団に向かって走り込んでいく。
走る間も《水流放射》は左手の『小鳥の宿木』から放射されたままであった。
最初は盾役を押し止めていたそれは次第に側面に回り、防がれているものの、盾役達だけではなくそこの集団全てを水で濡らしていく。
攻撃では無いと気付いているだろうが、それでも連携を阻害する分には十分で、カナリアが向かう小集団への援護はままならなくなっていた。
カナリアが狙う集団は、盾役が一枚落ちているため四人になっている。
人数の不利を補うかのように後方集団から数本の矢がカナリアの迎撃に入っていたが、その程度では彼女は止まらなかった。
近寄ったカナリアは出しっぱなしの《水流放射》の向きを変え、残り一枚の盾役を狙う。
カナリアの水流は盾役に直撃し、姿勢こそ崩せなかったものの動きを固める事には成功する。
動かない相手であれば、幾ら防御が硬かろうとカナリアの敵では無い。
間合いに入った彼女は左手から水を出し続け、致命の一撃を与えながら横を走り抜ける。
盾役はその防御もむなしく、右手のナイフに纏わせた《空刃・纏》によって柔らかい布の様に切り裂かれ、立ったまま絶命させられていた。
一枚落したところでカナリアの攻めは止まらない。
直後に盾役を守ろうとしていた中衛に向けて水流を直撃させ、後ろに吹っ飛ばす。
中衛の彼は運が無かった。吹き飛ばされた先で後衛の一人にぶつかり、その拍子に後衛の持っていた長剣に背後から貫かれていのだった。
残る後衛のもう一人、魔法使いであった男もその命は長くはなかった。
防御を続ければ良かったものを、攻撃に転じようとして魔法名を口に出そうとした瞬間に、カナリアの《水流放射》を顔に直撃させられたのだ。
言葉に出さなければ魔法は使えない。
当然魔法は発動せず、咳込んで水を吐き出そうとしたその行動は彼の最後の動作になる。
近寄ったカナリアは《空刃・纏》で魔法使いの首を斬り落としていた。
攻める勢いをそのままに、重なって倒れている中衛と後衛にもダメ押しとばかりに《空刃》を飛ばし、それらを完全に動かなくさせる。
打ち漏らしが無いか辺りを確認した後、カナリアは一息だけ息を吸った。
まとわりつくような血の匂い。
それはカナリアの服にじっとりとしみ込んだ血。全てはカナリアが切り殺した相手の血の匂いであった。
カナリアに感傷を挟む時間は与えられない。
直進組の集団の残りは中衛と後衛の三小集団、それに前衛のもう一集団。
カナリアはまだ一つの小集団しか屠っていない。
即座に降りかかる中、後衛集団からの矢と、直進する二発の《火の玉》を前にカナリアは再度魔法を使う。
再三にわたる無言の《水流放射》。
矢は叩き落したが、《火の玉》は勢いこそ殺せたものの水煙を上げてカナリアに寄せてくる。
火の玉に水が当たって発生した蒸気は、爆発的に広がってカナリアと中衛以降の集団との視界を塞いでいた。
蒸気で視界が塞がったのは偶然ではない。それはカナリアが狙って行った事である。
他からの視界を切った上でカナリアが次に狙うのは、一つだけ離れている前衛の小集団であった。
迫る《火の玉》を避けつつ前衛集団に走りながら、カナリアは両手で魔法を発動させる。
使うのは《二つの電撃の矢》。
一本は前衛の小集団に対して。もう一本はやや狙いが適当ではあったが、集団から一人離れて指揮を執るマットに向けてそれを放つ。
其々の威力は絞ってこそいないものの強くはない。
理由は単純。これもまた狙いが単純な殺傷ではないからであった。
マットに向けたそれは、彼の持つ盾で防がれた事をシャハボが確認する。
これでマットはいたずらには集団を動かさず、カナリアからの首刈りの可能性を強く警戒するだろう。
牽制としては十分だろうと思いながら、カナリアは狙いの前衛小集団を見据える。
こちらの方も同じく、威力の足りない《電撃の矢》は相手の魔法使いによる《魔力防壁》で弾かれていた。
盾役や魔法使いは、カナリアが手を抜いていた事を知らない。それ故に、彼らはカナリアの魔法を防いた事に手ごたえすら感じていた。
ただ、そんな高揚もほんの一瞬の事。
手応えを感じた瞬間に、その小集団の全員は一斉に体を硬直させた。
確かに《電撃の矢》は《魔力防壁》によって防がれていた。しかし、その電撃は、霧散する前に周囲の水を通じて敵集団に対して通電していたのだった。
カナリアの使っていた《水流放射》は、ただ集団を押し止める為だけに使ったのでは無かった。
行動阻害の魔法と見せて地面毎全員をしっかりと濡らしておき、威力の乗らない《電撃の矢》をわざと防がせることで感電させて致命的な隙を作る。
一手先を見据えたカナリアの戦法によって、小集団は短時間だが行動不能になっていた。
気付いた時にはもう遅い。
威力が弱いせいで大した痺れではない。しかし、その体をすぐに動かせる者達はその集団には居なかった。
《浮遊》で体を少しだけ浮かせながら、カナリアは両手に《空刃・纏》を発動させて小集団の中を走り抜ける。