真相 【1/6】
タキーノ市にも大被害をもたらすはずの攻撃をカナリアが退けてから、またひと月程度の時間が経っていた。
ジョン率いる冒険者協会、元ギルドマスターのマット率いるタキーノ自警団、代替わりした商会長であるウサノーヴァが仕切るオジモヴ商会。そして、裏でそれらを繋ぐイザック。
彼、彼女らのお陰で、人の出入りは激しくともタキーノに混乱は起きていなかった。
そしてそれは、直接的には、襲撃者の人数と言う形でキーロプやカナリアにも恩恵を与える事になる。
襲撃者の数は、それまでよりは格段に減っていた。質に関しては警戒を抜けて来るだけの技量を持っている相手というだけで、やや上がっていたのではあるが。
そんな時折訪れる襲撃者たちを、カナリアは必死の様相で撃退していた。
無論、それらは演技に過ぎない。けれども、手早く仕留めるわけでは無く、わざと相対する形を取ってから不必要なまでに相手に攻撃をさせてから仕留めたり、はたまた、魔法ではなく、借り物の細剣で相手を突き殺す様は、あまり綺麗とは言えないものであった。
傷一つなくても全身がボロボロになっている様や、襲撃者から飛び散った血汚れが屋敷を汚す様は、確実にキーロプの不評を買ってもいた。
「事情はわかっているつもりですが、ここ最近のカナリアさんの様子は目も当てられないものですわね。
それに、出来るのでしたら、館を汚さないで仕留めて欲しいものですが。このままだと、血の匂いが染みついて住めなくなってしまいますわ」
キーロプの小言はそれだけに収まらず、『小鳥の宿木』を使う事こそ拒否出来たものの、最後には実力の偽装はほぼしない様にとカナリアは命令されていた。
カナリアが思慮を巡らしつつ、結局はあっさりと襲撃者を始末する事数回。
それでも時は十分に経ち、カナリアが依頼を受けてからほぼ二か月が過ぎた、いかにも降り出しそうな厚い曇天の日に来客は訪れたのだった。
それは、カナリアにとっては依頼の時ぶりに会うイザックであった。
黒髪に白髪が四分、白髪は以前よりも増えた気もする。体つきも記憶より細ったかな? とカナリアは思ったが、柔和な笑顔の中にある、意志の強さを物語るその目は変わらない。
「ごきげんよう、キーロプ様。お変わりないようで安心しました」
「イザックおじ様!」
三人が顔を合わせている場所は、キーロプの私室ではなくエントランスの広間であった。
挨拶を済ませるなり、イザックに飛び掛からんとするぐらいの勢いでキーロプはイザックに詰め寄る。
今までに見た事のないキーロプの行動に、首を動かして反応するシャハボ。
カナリアはその様子をいつも通りの自然体で眺めていた。
あわや抱きつかれる寸前でキーロプを抑えたイザックは、キーロプと少し離れてからカナリアに声を掛ける。
「カナリアさんもご健勝なようでなによりです。話はウサノーヴァから聞いていますよ。これまでの活躍、感謝しております」
【大したことはしていない。でも、感謝は報酬でお願い】
カナリアが返事を書いたのと被せる様にして、キーロプはイザックに話しかけていた。
「ええ、カナリアさんは凄いのですわ!
誰も倒した事の無い暗殺者をあっさりと始末したり、大魔法を一人で撃退したり……」
キーロプがそのまま長々と話をしそうだったので、カナリアはすぐに持っていた石板を下げる。
シャハボだけでなく、カナリアも何かそこに違和感を覚えていた。
明らかに、キーロプの反応が彼女らしくない気がしている。
どうも、キーロプがイザックに口を開かせたくないのではないか。そんな事をカナリアが思った瞬間であった。
話し続けるキーロプの呼吸を読んで、イザックが話に割り込む。
「それは素晴らしいですね。
ところで、キーロプ様、お話の所割り込んでしまって申し訳ないのですが、此度は朗報を持ち寄りました」
その一言で、キーロプの動きが止まった。
止まってから、彼女は深呼吸を一度。その上で再度口を開く。
「まぁ、どのような?」
キーロプの顔には、微笑が張り付いていた。
さすがに二か月近く一緒に居ればわかることである。カナリアはそれを、心情隠しの笑顔だと理解していた。
「早馬が届きました。
ディノザ様からの迎えの集団が、あと二、三日の所まで来ているそうです。
ようやくここまで来たのです。もうすぐですよ」
「それは、良い知らせですわね」
嬉しそうに告げたイザックの言葉に、キーロプも同じ口調で返事を返す。
けれども、やはりその口調からは感情が籠っていない事にカナリアは気付いていた。
「では、おじ様は今日はそれをお伝えに?」
「ええ。朗報を届けるこの大任、他の人間に渡すわけには参りませんからな。警備規則は、この時だけは無視できるように抜かりなく手配できていますとも」
「それはそれは、おじ様らしい事ですね」
二人が笑うその姿を、カナリアは傍から見続ける。腹に一物置いて、表面は笑って話をするあたり、姿は違えども写し身のようにも感じながら。
いかにも自然に笑いながら、イザックはしっかりと話を進めていく。
「ええ。万事抜かりなく。
まぁ、あとは、遅くなりましたが、私の引退の報告もありますな」
「そうですわね。今まで長い間ご苦労様でした。商会の繁栄のみならず、フンボルト家とタキーノの領土に対しての貢献、素晴らしいものでした」
「勿体ないお言葉。ありがとうございます」
「いえ……お礼を言うのはこちらの方ですわ。何時も助けて頂いて、感謝を言葉にする事すらおこがましく感じるぐらいですわ」
並べられた美麗字句の数々には、言葉面よりも気持ちは入っていない。
そんな中、イザックは最後にこう言葉を締めた。
「はっはっは。そこまで言って頂けるのでしたら、私も今まで頑張ってきた甲斐があるというもの。
キーロプ様にお会い出来るのはこれが最後になるでしょう。最後に目通りが叶って光栄です」
「ええ。こちらこそ。ディノザ様の所に嫁いでからは、私はもう二度とこの地に戻って来る事は無いでしょう。
本当に今までの事、感謝致します。
まだ迎えが来るまでは数日あるとの事ですが、最後までよろしくお願いしますね」
キーロプは、イザックの手を取り両手で包み込むように握りしめる。
そんな姿をカナリアは静かに見守っていた。
そのやり取りは今生の別れだと言いたいのだろう。けれども、二人ともまっすぐに言わずに色々と匂わせながらそれをするあたり、傍から見ると面倒臭さのみが漂っていた。
シャハボとて口には出さないものの、カナリアの両の肩を行ったり来たりしている。
キーロプがイザックから離れ、二人の話が終わった後、イザックの矛先はカナリアに向けられた。
「カナリアさんも、今までご苦労様でした。残すところあと数日ですが、よろしくお願いします」
その返答は、カナリアではなくシャハボが返す。
『いいさ。それはともかくだが、報酬の方はどうなっているんだ?』
「ええ、そちらの方ですが、かなり良い所まで情報を掴むことが出来ましたよ。
キーロプ様が出立されてからお渡しする予定ですが、もし何か不慮の事態が発生しましたら、私の私邸の方へ行って頂けると助かります。
あと数日でどこまで情報を追加できるかはわかりませんが、今日までの情報に関しては念の為に書類にして纏めておきましたので」
カナリアはイザックの返答を聞いた後で、ゆっくりと石板を掲げた。
【イザック、再度、契約の内容を確認させて】
「はい、どうかなされましたか?」
【私がすべきことは、期間内迄キーロプを守る事。これでいいんだよね?】
「ええ、それで結構です。キーロプ様に危害を与えようとする者がいましたら、徹底して排除して下さい。
たとえそれがどんな相手であろうともです。
もう既に、カナリアさんは大物を何人も始末されている事ですし、大丈夫だと信じていますよ」
【わかった】
カナリアとイザックは視線を絡める。カナリアの目に映るイザックは、変わらずに自分の意思を貫くとした姿勢を変えずにいた。そして、イザックの目に映るカナリアも、同じく。
しばし見詰めあった後、それは終わり、話は終わりを告げた。
「それでは、これで失礼します」
二人に話を済ませたイザックは、最後にカナリアに手紙を渡した後で早々に館を去り、降り始めた雨の中に消えていったのだった。