知者の深謀 【1/3】
夜襲があった日から数日後、カナリア、キーロプ、ウサノーヴァと三人はまたキーロプの部屋で顔を合わせていた。
「今の所ではありますが、先日の襲撃に関連した情報を纏めてきました」
そう切り出したのはウサノーヴァである。彼女の顔には連日の激務のせいか疲れが浮かんでいたが、それでも目はしっかりとしている。
「結論から先にお伝えしますが、大きな情報は見つかっていません。
ですが細かな事に関しては幾つかありますので、お伝えしておこうかと思います」
前もって老メイドのクレアに淹れてもらっていたお茶を啜りながら、キーロプは視線のみで先を促す。
「まずはガンブーシュですが、今の所大した情報は見つけられていません。誰かと会っていたと言う事は間違いないのですが、それが誰かと言う事に関しては全く情報が出て来ていません。
彼は一人で居る事が多かったため、交友関係の狭さが仇になった形です。
代わりと言っては何ですが、生け捕りにした新人の方からは幾つかいい情報が上がっていました。
どうやら、その男はキーロプお嬢様の救出を依頼されたそうです。悪役はカナリアさんと言う筋書きでした。
依頼者は姿を隠した怪しい人物だったそうですが、話を聞いているうちに信じてしまったそうです。
救出に成功した時には金銭だけではなく領主からの名誉を与えられるという話は、駆け出しには刺激的だったのでしょう」
ウサノーヴァの言葉に、カナリアは肩を竦め、キーロプは首を振った。
【死んだら元も子もないのにね】
「ええ。それに、噂話程度にでもカナリアさんの話を聞いていれば危険な事はわかるとは思うのですが……。
まぁ、そこが経験不足の方だったのでしょう」
二人の言葉に頷いたウサノーヴァは頷いてからまた話を続ける。
「残る一人、《虚空必殺のサーニャ》に関してですが、そちらの情報は予想通り何も出てきませんでした。
ただ、冒険者協会の方で確認を行った所、本人の可能性が非常に高いとの事でしたので、現在遺体は王都へ送られています。カナリアさんにはあまり関係ない事でしょうが、王都の方で本人だと認定されたならば多額の報奨金が出る事になるそうです。
返事が来るのが一、二か月後と言った所でしょうか。この任務が終わった際には合わせてお渡し出来るかと思います」
金の話にあまり関心のないカナリアは、後の方の話をほとんど聞き流していた。
肩に留まっているシャハボに頬をつつかれた後、一旦止まって反応を待っていたらしいウサノーヴァに対して彼女は石板を見せる。
【報告はそれだけ?】
「はい。いえ、後は報告と言うわけでは無いのですが、私見ですが、少し気付いた事があります」
【何?】と言うカナリアの質問に、ウサノーヴァはカナリアとキーロプを一瞥した後、一息置いてからゆっくりと口を開いた。
「恐らく今回の襲撃は複数の手によるものだと思われます。依頼者が複数人、と言う事です」
皆が静かになる中、『それはどういう事だ?』と全員の気持ちを代弁するシャハボ。
「最初は私は本命がサーニャで、後は囮や陽動だと思っていました。ですが、それだとあまりにも計画が杜撰過ぎるのです。
暗殺をするならばサーニャ一人で事足りたはずです。
確かにガンブーシュは陽動には適任です。ただ、ことサーニャに限っては陽動は必要なかった様に思えるのです。
それに、ガンブーシュもどちらかと言えば、本命に据えるべき力量であったと考えるべきでしょう。
本命になれる力量が二人居て、残る一人は全くの力不足になる新人。
あまりにも組み合わせがおかしいと私は思いました。結果を見ても、おそらくは其々が、もしくは全員が足を引っ張ったような結果になったのではないでしょうか?」
「つまり、三人は別の依頼主から依頼されて、別々ですがたまたま同じ日に私を殺しに来た。と言う事ですか?」
「ええ、キーロプ様。私はそう考えています」
ウサノーヴァの推測になるほどと考え込むキーロプを横目に、カナリアは静かにシャハボを撫でる。カナリアの言いたい事は、それだけでシャハボに伝わっていた。
後は任せるよと言わんばかりにカナリアは静かにお茶に手をやり、代わりにシャハボがカナリアの意を尋ねる。
『依頼主が別。なるほどな。で、それがどうかしたのか?』
シャハボの言葉の意味をウサノーヴァが解釈するのには少しだけ時間が必要であった。
それは意地の悪い聞き方だとカナリアもシャハボも知っている。ただ、ウサノーヴァがどこまで考えているかを知るには最良の質問だとも。
カナリアがお茶を飲み干したのを確認した後で、ウサノーヴァが答えた。
「直接的にはどうということもありません。カナリアさんはそのままでお願いします。
ですが、この件は良くも悪くもあります。
全ての出所はどこぞの貴族でしょう。複数の依頼主が手を伸ばしてきているというのは良くはない話ですが、それらがお互いに邪魔をしあうのであれば私達にも利はあります。
私自身は今後、穏便な形で情報を収集するつもりです。父の様に個人的な伝手は多くは無いですが、出来る所から情報を集めてみようかと。
貴族の力関係の情報がわかれば、うまくこちらから割り込むこともできるかもしれませんし、他の形でキーロプ様のお力にもなれるかと思いますから」
その回答対し、シャハボは『ふん』とだけ返す。
カナリアはもう一歩踏み込んだ予想を持っていた。だが、そこまでウサノーヴァの言が及ばなかったことに意識を向けながら、ゆっくりと石板に手を掛けて、一言だけこう書いた。
【わかった】
ウサノーヴァの視線が石板とカナリアの顔を上下する。
そして、すぐに彼女はその答えがカナリア達の望んだものではないと理解したが、意図が読めないままカナリアの顔を見続ける。
【何?】
カナリアの言葉を切っ掛けにして、ウサノーヴァは再度口を開いた。
「皆殺しと言う条件の下では、どこの誰がけしかけてこようと関係ないという方針なのは良く分かります。
ですが、これはオジモヴ商会としての、それと、私の面子にもかかわる問題なのです。
私達の縄張りで勝手な事をされていいはずはありません。私は自らの信念に誓ってやるべき事はやると言わせていただきます。
もちろん、キーロプ様の懸念が増えるような事は絶対にしない形で、ですが」
カナリアはその言葉に表情を変えなかった。
ウサノーヴァの筋はやはりいい。でも、あともう少し。そう思ったカナリアは、こう仄めかした。
【そう。頑張って。何をするのもいいけれど、身内の手綱はしっかり握ってね】
果たして伝わるだろうか。カナリアは直截にそれを告げる事を今は避ける。
それは未だ推測だと言う事もあるが、事実は自分で見つけた方がいい。そう思っての行動であった。
「……わかりました」
いつになく真剣なウサノーヴァの目を見たカナリアは、安心して頷きを返したのだった。