後始末 【1/2】
ウサノーヴァがキーロプの館に来たのは、事が終わって暫く経ってからだった。
もっと早く《対の鐘》を使って呼ぶ事も出来たのだが、ウサノーヴァを巻き込みたくないと言うキーロプの意向で、鐘が鳴らされたのはガンブーシュを静かにさせてからだった。
館の中で待っていたカナリア達に会ったウサノーヴァは、見事に青い顔をしていた。
門を潜り敷地に入った瞬間に、首なしの死体と転がる頭を見たのだから仕方ない話ではあるのだが。
「あれは、ガンブーシュですか?」
確認をとるウサノーヴァだったが、その実、その死体がガンブーシュであるとほとんど確証を持っていた。
あの巨体と桁外れの大剣の持ち主など、そうそうこの世に居はしない。
「ええ、大口叩きのガンブーシュさんはカナリアさんの手で始末して頂きました」
己の予想が正しかった事で、愕然とした表情を隠せていないウサノーヴァであったが、お構いなしに続けるキーロプは仕事を言い渡す。
「申し訳ないのですが、もう一つの死体と共に片付けて頂けますか?
お話は、その後で致しましょう」
「了解しました」
その心中は纏まっていないものの、ウサノーヴァの返答は早かった。
夜明け前の暗がりの中を急いできたウサノーヴァではあったが、彼女はあるものを用意してきていた。
それは、《収納》付きの背負い袋である。特注品であり、本来は多額の追加料金を取った上で、貴重なものや、嵩張るもの等を早急に運ぶためのみに使う大切な道具であった。
だが、今回のそれの用途は死体袋である。
キーロプのいる館に余人を近づかせるわけにはいかない。だから、後始末等の些事の全てはウサノーヴァが行わないといけない。
高価な道具を死体袋として使うのは、それ故の苦肉の策であった。
ウサノーヴァは、昨日の料理人が死んだ件も含め、状況を考えて《対の鐘》が鳴らされた場合は死人が出る事になるだろうと想像をしていた。
父であるイザックからも、荒事になる可能性が高いから用心しておけと言われていたわけだが、本当に、すぐにそうなるとは彼女自身信じられないでいた。
ガンブーシュともう一人の死体を袋に詰め、生きているらしい一人に縄を括った後でウサノーヴァが部屋に戻ると、キーロプとカナリアはお茶を飲んでいる所だった。
「安心して下さいまし。
ばあやに淹れてもらいましたが、毒見も致しましたしこれは毒でありません。
さぁさぁ、こちらに来て一休みして下さいな」
わざわざ立って来たキーロプに急かされるように椅子に座らされるウサノーヴァ。
全く馴れない死体の処理でげっそりしていた彼女は、テーブルの上を見て再度顔をしかめる。
【朝食、私が作ったの。みんなで食べよう?】
見える位置に置いてあったカナリアの石板と共に、そこには全員分の麦粥が置かれていた。
「さて、まずは最初の一晩を無事に過ごせた事をお祝い致しましょうか?」
キーロプのそれは、不味い麦粥を前にして言う言葉では全く無かったが、全員がその言葉に応じてスプーンを口に運んだ。
食事中が静かなのは礼儀正しいとは言うが、あまりにも礼儀正しい食事は早朝であることもあって早々に終わっていた。
「それで、ウサノーヴァ。後始末はどうなされるのですか?」
食後の会話は、一番食べ終わるのが遅かったキーロプからであった。
「ええ。いくつか気になった事もありますので、それも踏まえて情報を洗おうかと思っています。
とりあえずガンブーシュは比較的簡単だとは思います。彼は派手なので行動を追えば情報を洗い出せるでしょう。
それに、彼はそれほど人徳のある人間ではなかったので、死んだところでキーロプ様やカナリアさんに影響はないかと」
皆がそれに頷いた所で、ウサノーヴァはカナリアに向き直った。
「わざわざ聞く必要もない話ではありますが、あれらは本当にあなたがやったのですか?」
【そう。三人とも私が始末した。何か?】
読んだウサノーヴァは「いえ……」と歯切れが悪い言葉を発した後、すぐに彼女は頭を下げる。
「キーロプ様の命を救って頂きありがとうございました。
それと、カナリアさんの力量の程をはっきりと理解していなかった私をお許しください」
首を傾げるカナリア。それをよそに、キーロプは得心したように頷く。
三者が違う反応を起こしながら、頭を上げたウサノーヴァは言葉を続ける。
「ガンブーシュの手管は、おおよそでありますが私も知っております。
正直魔法使いであるカナリアさんにはかなり分が悪い相手だと思っていました。
どのような手段を使ったかまではわかりませんが、まさかあそこ迄完全に仕留めるとは。
そして、殺されたもう一人の方ですが、その正体をご存じでしたか?」
【知らない。ただ、侵入するのは上手だった。機会が悪ければもう少し厄介な状態になったかもしれない】
首を振りながらそう石板を見せるカナリアに対して、ウサノーヴァは何とも言えない顔をしてから、こう言った。
「それでも少し厄介程度ですか。
この場ではっきりと断言はできないのですが、恐らくカナリアさんが殺した相手は、《虚空必殺のサーニャ》と言う恐ろしく危険な暗殺者であった可能性があります」
【誰?】
「ご存じ無いのも無理はありません。
表では絶対に上がらない名前である以上に、姿を見た事がある人間は一人だけという話で、裏事に通じている人であっても存在を疑ってかかるような相手だそうですから」
【人間?】
「いえ、エルフだそうです。身体的な特徴に黒ずくめの服と装飾品の魔道具の多さから、私はその死体が《虚空必殺のサーニャ》ではないかと推測しています。
情報源が父から渡された危険人物に関する帳簿になるので、確度はそれなりにと言った所ですが、サーニャに対しては特徴的な事が書いてあったのでしっかりと覚えています」
「詳しく教えて頂けますか?」と、キーロプの言葉に促され、ウサノーヴァは言葉を続ける。
「《虚空必殺のサーニャ》。細身のエルフで年齢不詳。
報酬は高額で、独特の依頼方法があり、依頼者は絶対にサーニャと顔を合わせてはいけないそうです。サーニャがエルフと言う話は、その依頼方法を破って顔を見た依頼者が言ったそうですが、その後すぐに依頼者が行方不明になっているので真偽は半々でしょうか。
手口は不明で、どんな有能な人材でもその暗殺を阻止する事は出来ないそうです。対象が死ぬことで気づく、それしか今まで出来なかったとの事でした。
暗殺者や表に出ない情報は往々にして情報が曖昧だったりするのですが、『一流の相手故に警戒する必要はない。依頼された時点で手遅れだ』などと注釈が入るあたり、非常に危険な相手だったと思われます」
「私が知らぬ間に始末されていたのは、それほど危険な相手だったのですか?」
そう聞くキーロプの様子は、表情こそ変わらず穏やかなものの、どことなく興奮気味のようであった。
そこそこに危険で、それほど危険ではない相手だったようにカナリアには感じていたのだが、特に口を挟むでもないと感じた彼女は口をつぐむ。
「はい、ガンブーシュなど足元にも及ばないような相手です。
ですが、今はその可能性があると言った所です。冒険者協会の方で指名手配書と突き合わせて見ない事にはなんとも言えません。
ただ、父の情報と、襲撃の様子を考えるに可能性は高いと私は考えています。
恐らくですが、力量的にサーニャが本命だったのでしょう。あとの二人は陽動や囮ではないかと。特にガンブーシュは陽動としては適任ですからね」
カナリアはウサノーヴァの最後の言葉に注目していた。
この状況だけでカナリアが最初に推測した事と同じところまで行きつくとは、いい判断力をしていると。
だが、表情にそれを表す事はしない。
かわりに、カナリアは石板を持ち上げて尋ねた。
【最後の生け捕りにしたのはどうするの?】
「そちらに関しては、冒険者協会の方で身柄を預かってもらう事になるかと。
先ほど懐を漁らせてもらいましたが、冒険者証持ちでした。クラスは6ですので、新人ですね。
生きているので情報には多少の期待が出来ますが、それよりもこちらは生きている事自体に利用価値があるかと思います。
冒険者協会の方で大々的に情報を流してもらえれば、冒険者証持ちの真っ当な冒険者からの襲撃は少なくなるでしょう。
生き残った新人に、ここは襲うべき様な場所ではなく、カナリアさんが堅守していると周りに言い回らせるようにすれば、効果は高いはずです」
カナリアはウサノーヴァの言に頷く。
ウサノーヴァはまだ経験不足で判断が甘い所もあるが、採る対応としては十分であろう。
ウサノーヴァはカナリアが頷いたのを見てから、今度はキーロプの方を向いた。
ウサノーヴァと視線を合わせるキーロプは、あまりはっきりとしない表情のままだった。
「対応としては、それで良いかと」
口を開いたその言葉も、肯定はしつつも何処かに引っかかりを残している。
「ウサノーヴァには既に言っておいたのですが、カナリアさんも居ます事ですし、もう一度言いましょうか」
キーロプが居すまいを正す瞬間、カナリアはウサノーヴァが表情が暗くなるのを見逃さなかった。