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秘密の夜会 【4/5】

「くっくっくっ。我が火球に臆したか! だが、おかげで特大の火球が練れたわ!!」


 誇るように言ったストラスドルフの肌には汗がびっしりと浮いている。

 カナリアは顔をしかめるが、それは老人の汚い肌に対してではない。その言動があまりにも陳腐だったからだった。


【あの大きさで特大って、どういうこと?】


『ブラフか、もしくは圧縮している可能性があるな』


【圧縮か。うん、じゃあ、私もそれでいこう】


 シャハボを撫でたカナリアは、ようやく戦闘態勢を取った。

 左手に持った手杖を胸の前に掲げ、右手でその手首を支える。

 それは、カナリア独特の、本気で魔法を使う時の構え。


「……やる気か。良いぞ、まずは私の力を知るが良い!!」


 そう言ったストラスドルフは、カナリアに両の杖を向けて魔法を放った。


「《二つの火の玉・極大化ドゥブル・ブールドフゥ・マキシミ》!」


 人の体どころか、胴体を呑み込めるぐらいのサイズにまで膨れ上がった火の玉は、両方同時に放たれるのではなく、右の火球のみが打ち出される。

 そして、それはカナリアに当たる軌道を取らず、《四つ腕の巨大類人猿クアトロアームズギガントエイプ》の死骸に命中する。

 

 よもや客席に届かんばかりの火柱があがり、死骸を焼き尽くしていく。

 客席に居る観客からも悲鳴が上がっていた。どうやら、多少なりとも火が届いて引火したらしい。


「どうじゃ、この威力! わしにとて、時間さえあればこのぐらいは造作もないのじゃ!」


 確実に熱が伝わり、長く居ればそれだけで火傷を負うであろう位置にカナリアは立ったまま、ストラスドルフの事を見つめる。


【大道芸に目を向けさせるって事は、もう一方の火球に仕掛けがあるって事かな?】


『わからんが、こちらも牽制程度にお見舞いするかね?』


【そうする】


 冷静に会話をするカナリア達だが、実際その想像は当たっていた。


 大魔法使い(エルダーウィザード)ストラスドルフ。またの名を業火技巧の大魔法使い、ストラスドルフ。

 彼の能力だが、実は最初からカナリア達が見抜いたとおりだった。凡人並みの魔力量しか持たず、年老いてからはそれも減り始めている、魔法使い(ウィザード)としては正真正銘の凡人。

 だが、彼は若い頃から自分が凡人だと理解していた。それ故にある一点の事を極めようとしたのだった。それは、コントロール能力。魔力量が少なかろうとも、精度を極める事でカバーしようとしたのだ。

 そして、壮年から老年になろうという頃にそれは開花する。繊細なコントロールと年の功による経験で、相手の虚をしっかりと突いて確実に倒せるようになったのだ。


 彼の秘儀は、曲げると言う事にある。簡単に言うと、本来は直進しか出来ない《火の玉(ブールドフゥ)》の軌道を、彼はコントロールできるのだ。

 《火の玉(ブールドフゥ)》は本来人体に直撃すればほぼ必殺の魔法になる。だが、対処もしやすく、盾持ちなどは、盾で防ぐなり弾くなりすれば火傷こそ負いはしても致命傷にはならない。

 だがどうだろうか、盾で防ごうとした瞬間に《火の玉(ブールドフゥ)》の軌道が変化し、盾を迂回して直撃しようものなら?

 常識に当てはまらない一撃は、今まで殺し損ねた事の無い、文字通り必殺の魔法になったのだった。


 魔法使いとの対戦でも同じ事だった。例え相手が今回のように格上だと感じた場合でも、一発目の《火の玉(ブールドフゥ)》を囮に使い、油断した相手に二発目をしっかりと曲げて直撃させる事で彼は勝利を収めて来たのだった。


 カナリア達は、そんな彼の生涯を掛けて得たものを知らない。


 そしてまた、業火技巧の大魔法使いストラスドルフは、世の中の高みを知らない。


「もう一つはお前を焼き尽くすであろう! 食らうが良い!!」


 叫びながら、彼は火球をカナリアに向けて打ち出した。

 同時に、カナリアも無言のまま魔法を発動する。


『詠唱省略、《火の玉・圧縮ブールドフゥ・コンプレッション》』


 シャハボは声に出すが、聞かれないようにそれは小声でだった。

 カナリアの杖から打ち出されたのは、砂粒大に圧縮された火球。ストラスドルフの投げつけた火球から洩れた火の粉の方が大きく感じられるような程度の、本当に極小の火球だった。

 速度は比べ物にならず、ストラスドルフの火球が動きだすと同時に、彼の体にそれは潜り込む。


 火球の制御に集中していたストラスドルフに火種の熱さを感じる余裕は無かった。

 彼は彼とて、どのタイミングで火球を動かしてカナリアに当てようかと真剣になっていたからだ。それもそのはず、彼が出来るのは火球の軌道を変える程度であり、それ以上でもそれ以下でもないのだ。今回のように相手が一人の場合はいかに確実に当てるか、複数が相手の場合には、いかに効率的に場を制圧できるかを考えて当てる必要がある。

 それだけの技術で今まで幾度もの戦いを勝利してきたのだから、確かに彼は技巧派であり、経験に裏打ちされた技術を使う大魔術師であったのだろう。


 だが、と言うべきか、彼が最後に出会った相手が悪かった。


 ストラスドルフの火球が打ち出されてすぐに、カナリアの砂粒の火種がストラスドルフに撃ち込まれた次の瞬間に、その火種は彼の体内に広がり、大魔導師の内臓のみを一瞬で焼き尽くしたのだった。


 彼の渾身の火球は曲がらず直線に飛び、それはカナリアに簡単に避けられる。時を同じくして、ストラスドルフは臭い焼き肉の煙を吐き出しながら倒れた。

 観客のみならず、もっと奥の手を期待していたカナリアからしても、それは拍子抜けするような幕引きだった。


【《生命感知(サンス・ドレヴィ)》に反応なし。偽装? いや、それにしては動かなさすぎる】


 もだえる事も無く息絶えたストラスドルフに向けて警戒を続けるカナリア。

 彼女の経験には、大魔法使い(エルダーウィザード)と呼ばれる人間がこの程度の牽制で死ぬような事は、未だかつてあり得なかった事であった。


『《空刃(クーペア)》!』


 シャハボの声に合わせて、空気を切り裂く刃を飛ばし、死体を両断する。

胴が切れたぐらいではカナリアは警戒を解かず、二発三発と飛ばして頭が割れたあたりで、彼女は状況を理解しだした。


 本当にこの程度だったのかと。


 カナリアが死体と遊んでいる間、観客席の方では少なくない悲鳴が上がっていた。ゴーリキー商会の最大戦力が二枚とも簡単に屠られたのだから致し方ない話ではあるのだが、そんな中、ヨーツンだけは座したままだった。

 状況を理解したカナリアがヨーツンの方を向く。

 遠いながらも視線が交わった後、ヨーツンは不敵に笑った。


 けれども、カナリアは動じない。

 既に、彼女の《生命感知(サンス・ドレヴィ)》は観客席のあちこちに人が張り巡らされている事を確認している。

 何か攻撃を行おうものなら潰せばいい。

 そんな意思を視線に込めて送った後で、ヨーツンの口がこう動いた気がした。


 「褒美だ。受け取れ」と。


 直後、観客席に配置された人間から、無数の小袋がカナリアに向かって投げつけられた。


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