管理者 【3/4】
流石に核を破壊されては再起動する事は出来なかったか、巨大岩巨人は立ち上がろうとする途中で動きを止める。
吹き飛ばされた岩巨人たちは、ようやく立ち上がって姿勢を整えたぐらいであったが、その間に、有象無象を気にしないカナリアは、巨大岩巨人の頭部、一番高い場所に飛び上っていた。
高所に陣取り、フーポーを見下ろすカナリアの肩に、シャハボは舞い戻る。
カナリアにとって、この場所は不利以外の何物でもない場所であった。
周りと比べて高所である以上、視界こそ広くとる事は出来る。
しかし、それは逆に考えると無防備であるとも言えるのだ。また変化の秘石を四方から飛ばされては、自力以外で防ぐものは無い。
それに、足場は巨大岩巨人である。今動かないからといって、再度動かないという保証もないのだ。
あえてカナリアが不利な場所に陣取る理由。
それは、相手を話し合いに応じさせる為に他ならない。
『でかいのは片付けたぞ。また復活させるなら黙らせるまでだが、その前に少し話をする気はないか?』
シャハボはカナリアの言葉を代弁する。
高所から見下ろすカナリアの姿勢は、フーポーに威圧を与えて力量を認めさせるだろうか、それとも、不利な場所にいる事を驕った蛮勇だと解釈させるだろうか。
いずれにしても、大物を一撃で片付けた後の行動である。この場の主導権は、確実にカナリアの方にあった。
フーポーもそれをわかっているのだろう。短い間ではあるが考える仕草を見せた後、彼女はカナリア達と会話する事を選んでいた。
「仕方ないなぁ。どうしてそんなに話をしたいのかはわからないけれど、言いたい事があるならどうぞ」
カナリアは静かに頷きを返す。
ようやくフーポーが思惑に乗ったとはいえ、時間的猶予はあまりない。
そんなカナリアの意を知るシャハボは、弁明の前に、肩の上からある事を口にする。
『言いたい事は多々あるがな、まず最初に一つ質問だ。
お前はここの管理者といったな?
だが実際の所、お前はアプスを維持するために、ここを管理しているんじゃないのか?』
「アプス……? ああ、カナリアお姉ちゃんはアレと会ったの?
アレも私の管理対象だけれど。ねぇ、お姉ちゃんはアレに何もしなかったよね?」
フーポーはシャハボの質問に対して、少しだけ驚きの様子を見せていた。
そして、カナリアがフーポーの問い返しに対して首を横に振ると、胸をなでおろしてはっきりとした安堵の仕草をとる。
その振る舞いから、カナリアは、自分たちの懸念が的を外れていないと解釈していた。
推測にある程度の確証が取れたとはいえ、それは良い話ではない。
カナリアがこれから行うべき事は、あまり得意ではない交渉も含めた、綱渡りのやり取りであった。
この村に来た当初の目的は、シャハボを直す事であった。
しかし、手掛かりであったシェーヴは死に、今や周囲の状況は大きく変わってしまっている。
喫緊の問題は、カナリアから選択肢を奪っていた。
今の彼女には、私事を優先することは出来ない。かわりに、彼女は組織の人間としての役割を強制させられる。
管理者。管理者に操られる人あらざるモノたち。施設の奥に隔離されているアプス。
今のカナリアの目的は、これらの事情を明確に繋げ、一私人としてではなく、組織の人として必要な対処をする事であった。
目下、情報は限られている。それに、状況的に全てを問う時間は無い。
そんな状況下で、カナリアが推察した事情はこうである。
組織は何らかの理由でアプスを作った。
しかし、廃棄出来なかったために、管理者を作り、安全に管理する事にしたのだろう。
幸せの窟は単にアプスを管理する場所に過ぎず、管理者は、人にあらざるモノ達を村に住まわせ、永い間に渡って管理し続けている。
目下、カナリアにとって、一番警戒しているのはフーポーではない。水管の中にいるだけの存在である、アプスの方であった。
危険を主軸に考える事で、カナリアはフーポーの安堵の仕草を、虚偽ではなく本当だと解釈していた。
相手の事情と目的を想定した後、彼女はすぐに対応を決める。
カナリアが手触りでその対応を伝えた後で、シャハボは再度口を開いた。
『フーポー。
もしお前の目的がアプスの管理であるならば、俺たちは手を引こう。
無論、これ以上組織の敵に成る存在を作らない事を条件にだがな』
それは、あまりにも直截すぎて、交渉も何もない言葉であった。
なれど、カナリアの意そのままの言葉である。
彼女にとっては、これが一番の良案であった。
組織の敵は滅しなければならない。しかし、その決まりを反故にするというのは、カナリアにとっての最大限の譲歩だったからだ。
無論、直接的な提案ではあるが、打算ずくでもある。
カナリアは、管理者のフーポーを含め、今この場にいる岩巨人や人もどき達だけであれば、全て始末できるであろうと踏んでいた。
組織の決まりを守るのであれば、そうすべきところだろう。
だがしかし、拙速に事を起こすことはしない。
もし管理者を排除してしまえば、アプスの管理という、より大きな問題が降りかかる事になるからだ。
カナリアの直感は、アプスの排除に対しては非常に難しいと告げていた。
単騎で戦う羽目になったならば、苦戦するという話ではすまないだろう。
故に、彼女は管理者に対して譲歩をみせたのだ。
局地的であれ有利な状況に立ち、譲歩を見せて要求を飲ませる。
最終的な方針決定は、組織に任せる算段であった。
それも、ここを無事に立ち去ることが出来ればではあるのだが。
「何を言っているの?」
当然ながら、フーポーの返答はこうであった。
カナリアも要求が一度で通るとは思っていない。
必要に応じて、もう一、二度やり合う事は織り込み済みである。
やりあって、アプスの管理に影響が出ない程度に岩巨人や元村人たちを排除すれば、嫌が応にでも話を飲ませられるだろうとも。
『俺たちも組織の人間だ。アプスがヤバいという事ぐらいはわかっている。
お前の目的がそうなら、全てに目を瞑っていても構わないと言っているんだ』
言える時に言ってしまえとばかりに、シャハボは口頭で追い打ちをかける。
だが、この場に及んでフーポーから返されたのは失笑であった。
「カナリアお姉ちゃんは、本当に嘘つくのが下手だね」
『どういう事だ?』
「どういう事もこういう事もないよ。《水檻》が発動している間はね、誰も外に出ることは出来ないの」
カナリアもそれは知っている。《啼かない小鳥の籠》と同じであれば、《水檻》にも解除方法が存在する事も。
無表情を貫くカナリアに対して、失笑を漏らしたフーポーの表情は変化していた。
そこから漏れるのは、笑顔に込められた悪心の感情。
「私はね、カナリアお姉ちゃんは嘘をついているのわかっているよ?
アプスに何かしたでしょう? 《水檻》が発動する事なんてそのぐらいしかないもの」
『……何もしていないと言ったろう』
「嘘! 人間の言う事は信じない! 人間はみんなみんな嘘つき! お父さんもお母さんも! みんな!」
冷静なシャハボの言葉に返されたのは、初めて見せるフーポーの強い怒りであった。