フーポー・デユイ 【3/3】
「さっきからよく話の飛ぶ人だな、君は」
クレデューリはやんわりと苦情を漏らしはしたが、結局の所、話を進めてくれるならとシェーヴの言葉に乗っていた。
「関連してという事は、金の話か? フーポーに残したいと言うのであれば、出来る限り考慮するが」
単刀直入で駆け引きも何もないクレデューリの言葉に、シャハボだけが身じろぎして反応する。
どんな時でも適正な条件を求めようとする性分上、口を出したいところではあったが、他人事である為にそれを身じろぎだけで飲んでいたのだった。
シャハボの気持ちを理解したカナリアが、なだめる様に彼を撫でる中、シェーヴが話を返す。
「ああ、金もある。しかしだな、要求するのは別の事だよ。
まずその前に、話途中だった確認からだ。
確か、作成にかかる期間の話をしていたはずだが、まぁなんだ、喋る動物のゴーレムなんて物を作るには、相応に時間が掛かる。
具体的にどんなゴーレムが欲しいのかを詰めてからでないと詳細に推定は出来ないが、どんなに短く見積もっても最低は一年は必要だと考えてくれ。
これは本当に最低限のものだ。一年だと、おおよそ王族が欲しがるような物にはならないだろう。
ある程度の物が欲しいなら、三年は見て欲しい」
少なくとも三年。その期間は、決して短いものではない。
ただし、王都に帰れないという事情があるクレデューリからすると、ある意味ではちょうどいい期間であった。
故に彼女は驚くことなくそれを受けとめ、その上で念のための確認を行う。
「もし、シャハボ君と同じものが欲しいと言ったら、三年で足りるのか?」
すぐに返されたシェーヴの反応は、口角を片方だけ上げた笑み。
自信にも見えるその笑みの後で発せられた言葉は、しかし、真逆のものであった。
「それを作るとしたら、十年だ。今の私の力量なら、十年で出来たら御の字だろうな。
ただ、もし本当に十年くれるというならば、私の人生の全てを賭けてでも作って見せるさ」
十年という長い期間に、今度こそクレデューリは驚く。
「そんなに時間が掛かるものなのか?」
「ああ、カナリアのゴーレムは、いわば芸術品だ。
そうだな。何といえばいいか。自然すぎるんだ。作られた物ではなく、生きているといえばわかるか?
今の私でも、ゴーレムを作ることは出来る。しかし、生き物を作ることは出来ない。
そんなところだな」
「なるほど……な」
シェーヴの説明にわかったような素振りを見せた後、彼女は一旦それをわきに置いていた。
品質は確かに大切である。しかし、主君であるアモニー王女の元に帰る事を考えると、自ずと答えは決まっていたからであった。
「とりあえず、三年であれば待てる。
出来るならば、最長を三年にしてくれると、こちらも有難い」
元々そこが落としどころだったのだろう、シェーヴもすぐに彼女の回答に頷く。
直後、言葉を続けたのはクレデューリであった。
「で、それが君の用件か?」
「いや違う」
即答したはいいものの、シェーヴはそれ以上言いにくいのか、少し口ごもってから用を伝える。
「その、私が君に要求することは、ゴーレムが出来るまでの間、ここに残って欲しいという事なんだ。
一年中いる必要はない。一年の半分ぐらい居てくれればいい。そして、その間にフーポーに色々と教育を施して欲しいんだ」
「教育?」
「ああ、正直な話をすると。私一人では限界だ。
私は子供に施す様な教養なんてものは持っていないんだ。まして、フーは女だ。女性らしさなんて事は、私には教えようがない。
それに……」
「それに?」
「それに、この村の常識は少しおかしいと私は思う。だから、君に外の知識を教えてあげて欲しいんだ。
いつかフーが村を出る決断をするかもしれない。その時に困らないように」
クレデューリは、所々で相槌を入れ、話が詰まり気味になるシェーヴの言葉をうまく引き出していた。
そして、引き出されたシェーヴの言わんとする事は、何のこともない、父親としての悩みに他ならない。
しきりに頭を振ったり掻いたりしているあたり、心の中で葛藤が渦巻いている事をシェーヴは周りに振りまいていた。
そんな様子を見ながら、カナリアは興味なさげに自分のマグに《湯生成》で湯を注ぐ。
シャハボは口を開こうとしては止め、代わりにカナリアの両肩を行き来する。
今やシェーヴの対応は、全てクレデューリに任されていた。
そんな彼女は、シェーヴを見ながら大きくため息をつく。
「シェーヴ。君は自らを卑下するのが好きなようだが、それは止めた方が良い」
シェーヴは何を言うのかと動きを止めて、クレデューリを見据えていた。
「そこまで考えている以上、君はもう立派な父親だ。
悩むのは勝手だが、卑下するのはやめた方が良い。特にフーポーの事を思うならね。
君は既に一人の魔道具作成者であって、同時にフーポーの父親だよ」
クレデューリの言葉に反応したのは、シェーヴの目だけであった。
表情は変えずに、しかし、反応して大きく見開かれた目は次第に潤んでいく。
「君の用件は受ける事にするよ。
ゴーレムが出来上がるまでは王都に戻らない予定だったからね。その間、出来る限りここに逗留して、フーポーの教育に手を貸すとしよう。
感謝は、言葉ではなく君の仕事で返してみせてくれ」
相性が良いというべきだろう。
クレデューリの言葉は、またしてもシェーヴの心に突き刺さっていた。
ほとんど駆け引きもなく、直線的に刺してくる彼女の言葉に心を打たれたシェーヴは、仕事を受ける側だというのに、頭を下げて「よろしく頼む」と返していたのだった。
クレデューリとシェーヴの間の商談はほぼまとまり、それから少しの間、カナリア達は翌日以降の予定を打ち合わせる。
話が終わりに近づき、全員の口数が少なくなり始めた時であった。
「やっぱり無理! どれだけ洗っても臭い取れない!」
そう叫びながら勢いよくドアを開けて戻って来たのは、フーポーであった。
丁度話題も途切れていたため、全員の目が彼女に集まる。
「あ、ごめんなさい。お邪魔しちゃった?」
「いや、気にするな。丁度終わった所だ」
フーポーに対してのシェーヴの返答は、普段通りであった。
彼は、少し前まではクレデューリの言葉に感銘を受けて、表情も相当に崩れていたのだが、今はそれを取り繕っている。
故に、フーポーはこの場で何かあったかに気付かず、言葉通りに受け取って言い返す。
「それなら良かった。いや良くない、お父さん!
肉やっぱり駄目だった! あれ絶対臭み取れない!
強い香草でもあれば何とかなるかもしれないけれど、無いよね?
今年はまだ旅商の人たち来てないものね」
「ないな」
「どうしよう。すごく勿体ないけれど、捨てる? 臭い肉、頑張って食べる……?」
傍から見る分には、どう見ても普通の家族の会話であった。
シェーヴが悩み、それでも何とかしようと試みた結果を、カナリアとクレデューリは目のあたりにする。
傍観する者たちは、思い思いの目でその光景を見ていた。
そして、温かい目でそれを眺めていたクレデューリは、ふと思い出してそれを口にする。
「ああ、そういえば、私はいくつか香辛料を持って来たんだった。
もし入用であれば、使うといい。見てみるか?」
「本当!? おねぇちゃんありがとう!」
すぐに喜ぶフーポーの様は、見た目相応であった。
そして、荷物を持ったクレデューリは、フーポーに連れられて料理場に行ったのであった。
【カナリアからの小さなご連絡】
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