フーポー・デユイ 【2/3】
「さ、お腹もいっぱいになったし、お父さんの昔に何があったか、最近何をしていたか、私に全部教えて?」
フーポーの質問に対し、シェーヴは自らの過去を包み隠さず話していた。
本来は言うべきではない[組織]の名前まで出したのは、実の所カナリアがこの場に居るからではあるのだが。
「私は彼らが[組織]の追手ではないかと思って、警戒していたんだ。
だが、実際には私の腕を見込んで来た客だった。と言う訳さ」
それでも、シェーヴはカナリアの事情に関しては深く言及せず、カナリアとクレデューリを完全に客として扱って話を締める。
話し終わった彼をじっと眺めたフーポーは、やがて深々と溜息を吐いた。
「はぁ……。やっぱり、お父さんはお父さんなのね」
そんな彼女の言動に、シェーヴは苦く笑って返答する。
「ああ、昔も今も変わらんよ。幻滅したか?」
「ううん、お父さんがそうなのは良く知ってるし。
昔からよくわからないやり方で、色々な物を作ってくれたものね。
だから、多分そうなんだろうなと思っていた事が、そうだったって分かったぐらいかな」
フーポーの表情も、シェーヴに似て苦々しく笑うものであった。
「でも、出来る事なら。私を置いていかないで欲しいかなって思ったよ?
また同じことは……」
「……ああ、すまない」
フーポーの言葉は消えかかり、その後をシェーヴが拾う。
話の中身は、彼らの過去に何かがあった事を、傍で聞くカナリアとクレデューリに伝えていた。
二人共、内容にうっすらと想像がつくが、割り込むことはしない。
家族の会話が纏まるまではと口をつぐむカナリア達ではあったが、思ったよりその機会は早く来ることになる。
「うん、お父さん」
「なんだ、フー?」
「ありがとう。話してくれて」
フーポーは、まっすぐな視線をシェーヴに向けていた。
その顔を直視できなかったシェーヴは、顔を背けて「ああ」と生返事を返す。
親子の会話は、これで終わりであった。
静かになったままのシェーヴを置いて、フーポーは立ち上がる。
「じゃあ私、これからお肉洗って来るね?
ちょっと暗いけれど、頑張って綺麗にしてみるよ。
明日まで置いといたら絶対捨てるだけになるけれど、今日中に処理して料理したら、もしかしたら大丈夫かもしれないから。
久しぶりのお客さんだもの、お父さんはゆっくりお話ししてて」
話を切り上げた彼女が部屋を出ようとした時に、静かに声を掛けたのはシェーヴであった。
「辺りは暗い。気を付けてくれ」
「大丈夫。お父さんのランタン持っていくから。でも、何かあったら絶対に来ないでね?」
「……ああ。村の掟だな」
「そう。でも大丈夫よ。最近ずっとそんな事は起きていないから」
フーポーはランタンを手にして部屋を出る。
安心させようと笑みは浮かべていたものの、その顔は暗かった。
そして、部屋に残されたのは、また三人の大人とシャハボのみ。
会話の内容もあってか、空気は重いままであった。
「その、なんだ。踏み入ってもいい話なのか? 踏み入らない方がいいのか?」
ようやく声を出したのは、やはりと言うかクレデューリからである。
「ああ、構わない。どちらかと言うと、私が君たちに説明すべき事だ」
それに答えるのは、シェーヴしかいない。
彼は、一息だけ入れてから、カナリア達にある事を尋ねた。
「話の前に一つ聞くが、フーの年はいくつだと思う? いくつに見える?」
「十歳程度だろう?」
【同じくそう思う】
話題がそれたような質問ではあったが、クレデューリもカナリアもそれぞれが同じように返答をする。
頷くシェーヴとて、そうだと言わんばかりの面持ちであった。
しかし、口から出た事実は、二人を驚かせることになる。
「彼女はああ見えて、二十歳を超えているよ。
私が最初に会った時から、ほとんど姿を変えていないんだ」
「それはどういう……?」
シェーヴは、割り込んだクレデューリを手で制する。
それから、彼は、「少し長い話になる」と前置いてから、彼らの事情を話すのであった。
「始まりは、私がこの村に来た時だ。
十年ほど前だな。この村に来た時には、フーの両親は存命だった。
見ず知らず、いや、身分も明かさず胡散臭い人間であったろう私を、彼らは温かくもてなしてくれたことを、今もはっきりと覚えているよ。
私はね、一晩泊めてもらって、その後すぐに出立する予定だったんだ」
シェーヴは一旦言葉を止め、フーポーの出て行った扉をじっと眺めていた。
「なんだろうなぁ。彼らのもてなしは、とても温かかったんだ」
自ら思い起こす様な呟きを漏らした後、彼は言葉を続ける。
「一晩だけのはずだったのだがね。
運が悪かった。私よりもフーの両親がだ。
私が泊まった夜に、怪物がこの家を襲ったんだ」
虚空を眺めるシェーヴの目には、昔の記憶が映っていた。
「悲鳴が聞こえたのは今もしっかりと覚えている。
私は別室に居たんだがね。悲鳴が聞こえて彼らの元に向かった時には、既にフーの両親は無残な状態になっていた。
そして、私がその場に飛び込んだのは、怪物がフーに狙いを定めている、まさにその時だった」
頭に手をやったシェーヴは、ここで、ようやく目の焦点をカナリアとクレデューリに合わせる。
「笑ってくれ。
散々組織から逃げ続けていた私が、その時に持っていたほとんどの魔道具を使い捨てたんだ。
組織から持って来たものばかりだ。私には作り方の分からないものばかりだった。
勿体ない物ばかり。使い捨てるには勿体ない物ばかりなのに、私は使い捨てた。
まだ生きていたフーを守る為だけに」
それは、フーポーの両親が死んだ経緯、そしてシェーヴが今ここに居る一端の理由であった。
理解したとばかりに、クレデューリとカナリアはともに頷きで答える。
『道具は使ってこそ意味があるだろう。守れたならそれでいいじゃないか』
言葉で答えたのはシャハボであった。
しかし、彼は、シェーヴの裏の気持ちに気付いている。
普通ならは流してもいい話だろう。なれど、シャハボはそれを良しとしない。
言葉面ではシェーヴの行動を認めるその言い分に対して、シェーヴが取った行動は、盛大な自嘲であった。
「ああ、そうだ。フーポーは助けることが出来た。
私は人間として正しい事をした。
今ここで生きている私は、それが正しいと思っている。
しかし、同時に、魔道具作成者としての私は、それを愚か者の所業だと思っているのさ」
暴かれたそれは、二つの考えに挟まれたが故の自嘲。
はっきりと割り切れない心情を前に、シャハボはぼやく。
『けっ。やった事に胸を張れない半端者が』
「ああ。そうだ。半端者だよ、私は。今も、両方を取ろうともがいているのさ」
半端者だという事を肯定するそれは、彼にとって、ある意味で懺悔のようなものであった。
生粋の魔道具作成者であるべき自分と、それを選ばなかった、選ばずに逃げた過去を思い出しながら、彼は自らの過去を口にする。
「フーを助けてから、私は彼女の家族の代わりとなって育ててきた。
わかっているさ。半端者と言うだけなく、私は親としては間違いなく不出来だ。
昔から魔道具を作る事しか頭になかったからな。
でも、どうしてだろうな。他の村人に任せる事も出来たのに、私はそれをやってきた」
出会った最初の時もそうであったが、シェーヴは話下手なのか、内容はあまり纏まりが無いものであった。
ただし、その分、彼の思いは複雑に積み重なって、聞き手に伝わる。
「ああ、そうだ。
フーの年の話に戻るが、成長しない事を心配して、ノキから医者を呼んだことがあるんだ。
原因は不明。ただ、両親が目の前で死んだ事による、心の傷が原因だろうと言われたよ。
私もそれしか心当たりはないから、そう思っているがね。
フーが気にしていないようだから、それだけが良い事ではあるんだが」
纏まらないまでも、言いたい事を言い終えたのかシェーヴはここで口を閉じ、部屋の中にはしばしの沈黙が流れていた。
心情が多分に含まれているが、話の内容は何のことはない。両親が怪物に殺され、不器用な魔道具作成者が親代わりになった、という事であった。
その話を、珍しいがままある話だとカナリアは冷静に解釈し、クレデューリは、その不器用さに感じ入っていた。
聞く側が口を閉じ続ける中、シェーヴがまた口を開く。
「この村では、あまり人の繋がりは強くない。
基本的に、誰かが怪物に襲われていたら、助けずに逃げるのが掟だ。
私はその掟が好きではない」
彼の話は、また少しだけ話題が飛んでいた。
『例の人喰いの怪物のせいか』
「そういえば、フーポーも、さっき何かあったら来るなと言っていたな。
関係のある話なのだろう?」
けれども、すぐにそれを察知して、シャハボとクレデューリが話を拾い上げる。
シェーヴがそうだとばかりに頷き、彼はまた新しい話を切り出した。
「クレデューリ、この話の流れでなんだが、さっき中断してしまった君の用件の話の続きがしたい。
今の話に関係して、対価の話もしたいのでね」