フーポー・デユイ 【1/3】
「本当にお父さんは! 慌てると全然ダメなんだから!」
そう言葉を荒げるのは、フーポーであった。もちろんながら、向けられる先はシェーヴである。
家族の会話を背景にして、家に戻ったカナリア達は、フーポーも交えて四人で夕食を取ろうとするところであった。
「前も言ったでしょう?
何でもいいからなんて言ったら、捨てるような物しか貰えないんだよ?
あんな肉、どう処理しても絶対臭いが残るよ。
それに、あの肉を貰ったせいで普通の肉の割り当てが減ったら、私怒るからね!」
食事の用意をしながらも、フーポーの声は止まらない。
折角肉を貰って来たものの、フーポーに怒られるシェーヴは完全にしょげてしまっていた。
そして、この場で、気落ちしているのがもう一人。
肉の入った桶を持って来たクレデューリである。
事の元凶は、シェーヴの考えなしの行動であった。
フーポーの為に肉が欲しいと、ただそれだけの要求で彼は食糧番に詰め寄ったおかげで、得たものは処理に失敗した内臓肉だったのだ。
肉の鮮度自体は悪くはない。最初にしっかりと処理されていれば、十分にご馳走なっただろう。
しかし、それは腹の中身が破れてしまったが為に、強い臭気が漂う肉塊になっていた。
訳も分からずに臭い肉が入った桶を運ばされたクレデューリは、家に帰ってフーポーに出会った瞬間に、こう叫ばれたのである。
「うわっ! お姉さんうんこ臭い!!」
それはクレデューリにとって初めての言葉であり、心に強い衝撃を与えたのであった。
* * * * * * * * * *
「まぁいいわ。
お父さんはどうせ遅くなると思っていたから、先に用意しておいて本当に良かった」
二人ほど気落ちする人間がいる中、切り替えたフーポーは、大きめの鍋から、皆の深皿に具入りのスープを注ぎ入れていた。
「今日の夕食は、鳥さんの潰しお団子汁と、麦パンです」
テーブルの真ん中に置かれたパンは、平たい素焼きのものであり、まだ温かそうである。
「パンは自分で取って食べてね。少し多めに焼いてあるけれど、自分で取った分は残さないように!
さ、おあがりください!」
フーポーは幼い見た目そのままに元気よく声を出し、それを合図にして、全員は食べ始めたのであった。
食事が始まってからは、フーポーはシェーヴに対して文句を言う事はなかった。
皆が行儀よく静かに食べる中、最初に声を出したのはクレデューリである。
「フーポー、このスープは君が作ったのか?」
「そうだよ? あ、もしかして美味しくなかった?」
「いや……」
クレデューリを見つめるフーポーは心配そうであった。
視線に気づきながらも、クレデューリはフーポーからスープに目をやり、匙で肉団子を一掬いする。
それを口に含んでしみじみと味わってから、彼女は改めて口を開いた。
「鳥の肉団子が、こんなにも美味しいだなんて、思ってもみなかったんだ」
目を潤ませながら、本当に美味しいとクレデューリは全身でその気持ちを表現する。
しかし、この瞬間、彼女は絶対にカナリアの方に目をくれることはない。
一因、もしくは主因について、クレデューリ自身もわかっていたからである。
ノキからウフ村に行く間に食べた何か。その何かとしか言えない何かのせいで、他の何を食べても美味しいと思える状態に彼女はなっていたのだ。
だから、クレデューリはそちらには目を向けない。
目先の旨い物に集中して、彼女は腹に消える事を惜しむように、もう一口をゆっくりと食べる。
そんな姿を見て、安堵したフーポーはこう言った。
「ああ、良かった。美味しい方だった。
でも、大したことはしていないよ? 普通の料理だよ?」
「そうかもしれない、普通かもしれない。
でもね、私はすごくこの料理がおいしいと感じているんだ」
盛り上がる話の隣では、カナリアが同じようにスープを飲み、いまいち強さの足りない味に物足りなさを感じていた。
ただ、出されたものに手を加えるのも失礼かと思い、静かに食事に戻る。
そんな中、クレデューリとフーポーは会話に興じていく。
「良かった。そう言ってもらえると嬉しい。
でもこれはね、お父さんが作ってくれた道具のおかげでもあるんだよ」
「そうなのか?」
「うん。うちは他の家と違って、魔道具で火を使えるから料理が簡単なの。
スープ作る時とか、薪じゃなくて火加減の調節がしやすいから本当に楽なんだよ。
あとこの肉団子もね、お父さんに肉を挽いてくれる魔道具を作って貰ってからは、すごく簡単に出来るようになったんだよ。
今日使った小鳥さんとか、骨を取らなくても丸ごと肉団子にできちゃう!」
嬉しそうに話すフーポーではあったが、この一瞬、クレデューリは手を止め、わずかに顔を引きつらせる。
「小鳥……? 丸ごと……?」
「うん、小鳥さん。丸ごと! かわいそうだけれど、美味しいから仕方ないよね」
恐る恐る尋ねるクレデューリと、全く気にかけないフーポーの対比は明確であった。
「あ、気にしなくて大丈夫よ?
ちゃんと羽は毟っているし、お腹の中は抜いて臭いのは入れてないから!
骨とか頭は一緒に入れてるけれど、挽き臼に二回通しているから、気にならないでしょ?」
そう話すフーポーの表情は褒めて欲しいと言わんばかりであり、輝くような視線をクレデューリに向ける。
片やのクレデューリは、またも初めて体験する、今度は田舎の文化に衝撃を受けているところであった。
「あ……う、うむ。その、確かに骨は、気にならなかったな。変わった食感だとは思っていたが」
ここまで取り繕ってでも返すことが出来たのは、彼女にとって上出来と言えよう。
内心では、鳥の頭は食べられる物なのか? 小鳥は食べてもいい物なのか? と繰り返し続けていたのだから。
そんな彼女に対して、フーポーは嬉しそうに見続ける。
本当のことを言うべきか、この場をどう切り抜けるか。色々なことを考え続けるクレデューリに、助け舟を出したのは、家主のシェーヴであった。
「フー。街の人は、鳥の頭や骨を食べないんだ。食べるのはこの村の人間だけだ」
「えっ! 嘘!」
「嘘じゃない。本当だ。クレデューリさんに聞いてみろ」
フーポーはシェーヴに首を回した後、すぐにクレデューリに振り返る。
「……本当なの?」
やはり彼女は年相応というべきか、表情がコロコロと変わり、おずおずと話しかける姿は可愛らしさが浮かぶものであった。
クレデューリはそんな彼女に、やや困惑しながら答える。
「ああ」
肯定の直後、フーポーはすぐに悲しそうな顔になっていく。
クレデューリはそれを見てどうしようかと迷うが、心を決める時間は短かった。
意を決めた彼女は、真剣な面持ちでフーポーに向き合う。
「お父上の言う事は本当だ。
しかしだな、私は知らなかったよ。
今まで鳥さんの頭も骨も食べた事はなかったが、こんなに美味しい物だとはね」
そう言った彼女は、再び肉団子を掬って、美味しそうに食べて見せたのだった。
そして、それが彼女の最後の一つの団子になる。
「ああ、もう無くなってしまった。
ご馳走というのは、いつもすぐに無くなってしまうな」
にっこりと笑ったクレデューリの笑顔は、幸せの伝播となってフーポーにも簡単に移っていったのであった。
そして、食事の時間は早々に過ぎていく。
茶こそ出ないが、水は潤沢にあるらしく、食後にフーポーは全員に対して白湯を用意していた。
「なんだか、本当に久しぶりに美味しい飯が食べられた気がするよ」
そう言ったのはやはりクレデューリである。
カナリアは食事の間からずっと無言のままであった。
「道具のせいもあるだろうが、実際に美味しい物だった。
材料や道具というよりは、調理の腕と見るな。
フーポー、君の料理は母上に教わったのか?」
機嫌良く尋ねたクレデューリではあったが、彼女としては珍しく、その言葉は地雷を踏み抜いていた。
一瞬だけフーポーが止まり、しかし、彼女はすぐに返答を返す。
「ううん。お母さんから教えてもらったのは少しだけ。
沢山教えてもらう前にお母さん死んじゃった」
「ああ、それはすまない。
そう言えば、この場に居ない時点で気付くべきだったな。
どうも気が緩んだらしい。失礼した」
ばつの悪そうな顔をして謝罪をするクレデューリであったが、対するフーポーは気にしていないとばかりの笑顔であった。
しかし、よく見なくてもクレデューリは、そして傍で見ているカナリアも分かってしまう。
フーポーの笑顔は、頑張って明るくしたとわかる表情だという事に。
フーポーは、そのままクレデューリを見据えて続きを話す。
「私ね、お父さんも死んでるの。
今のお父さんも私のお父さんだけれど、もう一人のお父さん。
今のお父さんは、私にとって、すごくて、だらしない人なの」
彼女の言葉は、自らの悲惨な過去であり、来たばかりのカナリアとクレデューリには完全には意味が通らないものであった。
再び困惑するクレデューリから顔をそむけたフーポーは、シェーヴに向かって尋ねる。
「さ、お腹もいっぱいになったし、お父さんの昔に何があったか、最近何をしていたか、私に全部教えて?」