シェーヴ・インニュアオンス 【4/4】
「あえて君に聞きたい。君が知っているカナリアの事を教えてくれ」
「カナリアの事は噂でしか知らない。だが、噂程度でなら、組織の誰もが知っている話だ。
啼かないカナリアは、死を告げる。
十一番目のカナリアは、死を運ぶ。
けれど、伝え聞く容姿からしても、本当に存在するとは思っていなかったんだ」
クレデューリの質問に答えながら、シェーヴはどことなく神経が冷えていく感覚を覚えていた。
元凶など想像が知れるとばかりに目を向けた先で、金属の小鳥は忠告する。
『その名を呼ぶなと言った。三度目は、無いぞ』
頷き黙りこくったシェーヴを余所に、矛先を変えて質問を続けるのはクレデューリであった。
「カーナ、君がそのカナリアで間違いないのか?」
カナリアはそれに頷くことなく、代わりに石板を彼女に突きつける。
【多分。でも、十一番目が何かは知らない。
そんな二つ名も、私は知らない。知っているのは、組織の仕事の事だけ】
石板を読むクレデューリの視線の片隅で、カナリアの肩に留まっているシャハボが追従して頷く。
【シェーヴが言った通り、組織の繋がりはほとんど無いの。
こんなふうに組織の人に会う事はすごく稀。私の記憶にないぐらい。
だからだと思う。組織の中で私がどう呼ばれているか、初めて知った】
カナリアの言葉は、彼女にとって嘘偽りのない事実であった。
ただ、いつも通りの無表情のまま、石板で返答をする彼女の意がまっすぐに伝わるかどうかは、少しだけ難しい話でもある。
クレデューリとてそれは変わらず、カナリアの答えの真偽を推し量れないでいた。
クレデューリはカナリアとずっと視線を合わせ続ける。
結局の所、真偽を掴むために彼女が行ったのはそれだけだった。
空気を読んだシェーヴも静かにしている中、しばしの時が流れる。
最後に緊張した空気を解いたのは、クレデューリであった。
「……私とて、こう見えて人を見る目ぐらいはあるつもりだ」
この場に来てから初めて、彼女は心身ともに力を抜いて全身で大きく息を吐く。
「シェーヴ、君の行いはお世辞にも真っ当だとは思わない。
普段の私であれば、何らかの裁きをと言うところだろう」
そして、シェーヴとカナリアの双方を見た彼女は、こう言った。
「だが、今はその話を保留しようと思う。
カーナ、カナリア、名前がどうであれ、これまでの事で私は君の事を信頼している。
だから、彼の処分は君に任せるよ。
この場では私の件は些事だ。私はここで自らの意を強く通そうとは思わない。
君の用件を言って、叶えられるか確認してみてくれ」
不承不承といった感は否めない。それでも、知りたい事が粗方知れたおかげで、クレデューリの態度は落ち着いていた。
和んだ、とまではいかないが、少しだけ穏やかになった空気の中で、次はシェーヴがカナリアに問いかける。
「で。その要件とはなんだ? それがここに来た理由なんだろう?」
ようやく話が本題に入ったカナリアは、彼に石板を突きつけた。
【私はね、シャハボの足を直せる人を探しているの】
「シャハボ? その小鳥か?」
頷いたカナリアはシェーヴに腕を伸ばし、シャハボは片足で器用に飛びながら彼女の肩口から手の先に移動する。
「触ってみても?」
『だめだ』
シェーヴの質問に対するシャハボの反応は、間を置かないものであった。
彼は触ろうと伸ばしかけていた手をすぐに止める。
「それは、触ってはいけない決まりか? 君たちの為に? それとも?」
『それともの方だ』
「ああ、なるほど」
簡潔な質問の後、シェーヴの表情は険しいものへと変わっていた。
その表情は何か懸念があるとカナリアに伝えていたが、棘のあるものではない。
こちらもわだかまりが解けたせいか、今までとは明らかに違う面持ちであった。
「善処はするつもりだ。だが、今この場で直せるかどうかの即答は出来ない。
触らずに出来る調査方法もあるにはある。
返答は、調べてみてからという事でいいか?」
シャハボはいつの間にかカナリアの肩に舞い戻っており、シェーヴへの回答はカナリアが石板で答える。
【うん、それでいい。調べるときは私が横に居てもいい?】
「ああ、もちろんだ。だが、暇を持て余す事だけは先に保証するよ」
【シャハボの近くに居るなら、それはいい】
シェーヴはカナリアの答えに頷いた後、おもむろに上を向いて何かを考え始めていた。
彼の口から呪文のようにブツブツと漏れる言葉は、カナリア達にとって意味の分からない単語ばかりである。
しかし、時折下を向いて指を折って何かを数える様は、考え込んで自分の世界に入っている事を如実に伝えていた。
片手の指が全て握られ、再び開けられるぐらいになって、ようやくシェーヴはカナリア達の視線に気づく。
「ああ、すまない。ちょっと調査方法や、その準備の事を考えていた。
こんな逸材を調べる事が出来るなんて、滅多にも無い事でね。ついそちらに考えが飛んでしまった」
そう言ったシェーヴの目には、色と光が戻っていた。
「もちろん、悪い事をしようなんて考えてはいないよ。
ただ、そうだな、これだけは知っておいて欲しい。
魔道具を作る者として、カナリアのゴーレムなんてのは、天上の宝物のようなものなんだ。
それを調べていいだなんてのはね、私のような人間には願ってもみない機会なのさ。他の事が全てどうでもよくなるぐらいにはね。
まぁ、大失態を見せた後だし、こんな事を言っても信じてもらえないかもしれないが」
彼はそう言いながら、クレデューリの方を向く。
特に弁明をしたかったとばかりに肩を竦めた後で、シェーヴは思い出したかのように彼女に声を掛けた。
「ああ、君、ええと……すまない。名前を聞きそびれていた。
まず名前を教えてくれないか。
そして、一緒に君の方の用件も聞かせて貰えると助かる。
カナリアと一緒に来るぐらいだ。単なる護衛と言う訳ではないのだろう?」
問われたクレデューリは頷き、名乗る前に一旦居住まいを正す。
問われれば答えるのがクレデューリの性分である。
すでに知っているカナリアもそこまでは理解していたのだが、あろうことか、彼女は自らの全てをシェーヴに話していた。
それは、家名を含めた名から始まり、アモニー王女の事や、王女が喋る小動物のゴーレムを欲しがっている事まで洗いざらいであった。
「その……聞いたのは私の方だが、いいのか? 私みたいな人間にそこまで話してしまっても?
明らかに聞かない方が良かったような事もあったとは思うのだが。
こう、何というか、自らの事を言うのはなんだが、私は一度、君を危険に合わせた男なのだぞ?」
隠すことなく、あまりにもあけすけに話された内容に対して、逆にシェーヴの方が怖気づく始末である。
それに対するクレデューリの反応は、実に彼女らしいものであった。
「ああ。どんな相手であれ、何かを頼むならば誠意を見せるべきだと私は思う。
それに、何一つ隠すことなく、こちらから誠意を見せれば、それに応えるかどうかで相手が知れるだろう?」
清々しい顔を見せ、正しさで殴りつける彼女のやり方に、シェーヴはぽかんとした顔をする。
実の所、彼にとって、このような誠意でのぶつけ合いは初めてであった。
シェーヴは、魔道具作成者として生きてきた身の上、あまり人付き合いに慣れた人間ではなかった。
それに加えて、組織からの逃亡生活を経ることで、身近の人間以外には、不信ともいえる状態になっていたのである。
故に、真正面からぶつけられたクレデューリの誠意は、彼の心を強く動かしていた。
シェーヴは、その唖然とした顔持ちから次第に頬が緩み、くっくっと笑いが漏れ始める。
手を突き出して待っていてと合図しながら、ひとしきり笑った後、彼は自らの気持ちを口にした。
「笑ってしまってすまない。少し驚いたのと、こんな依頼を受けられる事が嬉しかったんだ」
シェーヴの髪は、魔道具を起動する為に無理をして魔力を使ったおかげで、色が抜け真っ白になっている。その顔とて、同じくして生気はかなり乏しい。
しかし、目と、彼の表情は、降って湧いた歓喜に溢れていた。
クレデューリにしっかりと向き合った彼は、別人のように気力に満ち溢れた顔もちでクレデューリに応える。
「そちらの用件は受けよう。ただし、幾つか条件がある。
君がそれを飲めるならばだがな」
「条件とは?」
「なに、大したことはない。いくつかの細かい話と、大きな話では時間の問題だな。
ゴーレムは一朝一夕で作れるような物ではない。
時間と質は比例する。だから、いつまでに、どこまでの質の物を作らなければならないか、最初の内に決めなければいけないのさ。
少なくとも一……」
シェーヴが話をする途中で、ゴーンゴーンと、二度ほど鐘が鳴っていた。
鐘は工房から近いのか、話していた言葉は、響くその鐘の音でかき消される。
「ああ、これは時を告げる鐘だよ。鐘は物見やぐらにおいてある。
この時間の二回は、仕事終わりだな。
夕暮れ時だ、もうすぐ日が落ちるから、それまでに仕事を止めて家に帰れという合図だよ」
鐘の音が止み、何のことはないとばかりにシェーヴは村の決まりごとの説明をした、その直後であった。
「しまった!!!」
緩んでいた空気を壊して、大声を上げた彼は立ち上がる。
どうかしたのかと緊張を帯びた二人に向けて、強い口調でシェーヴはこう言った。
「お前たち、今日の話は終わりだ。
早く出るぞ、早く行かないといけない!!」
「何をだ? 何をそんなに慌ている? しっかり説明をしろ」
クレデューリが言葉で説明を求める中、カナリアは無言のまま、《感知》系の魔法を使い、周囲の情報を集める。
「説明? ああ、早く支度をしてここ出るんだ。このままだと大変だ!」
立ち上がり、一目散に出口を目指そうとするシェーヴの話は、今までとは違い、はっきりとは意味の通らない内容であった。
ただ、あまりにも急いている様子を見て、カナリアとクレデューリは一応立ち上がって動ける姿勢を作る。
「だから、何が大変なんだ? どこに行くんだ? 敵襲でもあったというのか?」
再度問いかけたクレデューリの質問に、シェーヴはすぐに答える事はしなかった。
しかし、ただ一人、慌ててるだけ慌てて行動をする。
適度な緊張感を保つクレデューリは、それを目にしつつも不用意に動く事はしなかった。
何か敵襲でもあれば、外で物音がするはず。それが聞こえないが故に、シェーヴの慌てぶりと比べると、状況が噛み合わないからであった。
一方のカナリアも、魔法で集めた情報を鑑みるに、危険はないと判断してシェーヴの状況を注視する。
席を立ったものの動かない二人を見て、工房のドアを開けたシェーヴは、行きがけ様にようやくその理由を口にした。
「食糧庫の当番が帰る前に捕まえなきゃいかん!
フーポーに肉を持って帰ると約束したんだ!
手ぶらで帰ったら俺が彼女に冷たい目で見られる!」
それは、親バカと言うべきか。単に間が抜けているだけなのか。
一瞬で呆れたカナリアとクレデューリは、互いに顔を見合わせる。
「出ろ! 早く行くぞ!」
そう言ったシェーヴは、カナリア達を置いて、ややよろめきながら工房を飛び出して行ったのだった。
兎にも角にも、この場での話はこれで終わりとなる。
遅れて出た二人は、近くの建物の前で村人と交渉するシェーヴを見つけ、肉塊の入った桶を持たされた上で、フーポーの待つ家へと向かったのであった。
【カナリアからの小さなお願い】
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