シェーヴ・インニュアオンス 【3/4】
「私の本当の名前はシェーヴではない。シェーヴは身を隠す為に使っている偽名にすぎん。
そして、もう気付いているだろうが、私は[組織]からの離反者だ。
組織から逃げたのは、かれこれ十年以上前になる。逃げ回って、ここの村にたどり着き、それからずっとここに居着いている」
それは、簡易ではあるがシェーヴの身の上の説明であった。
おおよそ想像のついていたカナリアは理解したとばかりに頷くが、背景を知らないクレデューリはすぐに口を開く。
「何度も聞いたが、君たちの言う[組織]とは一体何なんだ?」
その質問に答えを返したのは、シャハボであった。
『[組織]は、[組織]だ。ここの王国やその他の国には属していない。知る人も少なく、名前もないが故に、知る人からはただ[組織]と呼ばれるだけだ。
組織の目的は、人間に仇成すであろう怪物の存在を、世間に知られる前に抹消することだ。
例えば、さっき会った様な、人と怪物の混ざり物のような存在だな』
「……私はそんな組織がある事を知らない」
『当たり前だろう? 人に知られないように活動しているんだからな。
お前たちに知られる事無く処理するのが、俺たちの仕事だ』
「……そうか」
シャハボの説明を聞いたクレデューリは、考えるように口をつぐむ。
そして、機を見計らって言葉を発したのはシェーヴの方であった。
「なるほどな」
その一言は、カナリアとクレデューリの視線を集める。
「ああ、そう驚かないでくれ。ちゃんと説明はする」
両手を上げて二人を制したシェーヴは、静かに続きを話していく。
「私はね、組織には居たんだが、その時には下っ端の方だったんだよ。
若い頃の私は、それなりに名の売れた魔道具作成者だったんだ。
だから、組織の勧誘を受けた時には、自らの力を買ってもらえたと思って小躍りしたものさ。
けれど、組織に入ってからすぐに私はわからされたよ。
組織では、私の知る技術は子供以下だったのさ。だから、やる事は指示されて行う研究ばかりだった」
シェーヴの語る昔話を前に、カナリアは一人だけくつろいでマグに口をつけながら話を聞く。
「来る日も来る日も言われた事を行うばかりだった。
もちろん技術的な事は私の知らない事ばかりだったさ。勉強という点では勉強出来たとも。
ただ、やった事は何に使うかわからない技術ばかりだった」
話の途中で、カナリアは静かにシャハボを触っていた。
彼女が無言で伝えたことは、とりとめもなく続きそうな話を締める事である。
シャハボはすぐにカナリアの意を汲んで、シェーヴの言葉に割り込んでいく。
『で、何がなるほどだったんだ?』
シェーヴはもう少し長く話を続けるつもりだったのだろう、話の腰を折られた彼は一旦口をつぐむ。
再度言葉を発したのは、少し考えて話の筋を纏めてからであった。
「ああ、何を言いたいかというとだね。
君も組織の事を知っているならわかるだろう?
組織は横の繋がりは殆ど無くて、余計な情報はほぼ一切回らないという事をね」
話を向けられたカナリアは、そうだとばかりにシェーヴの言葉に頷く。
共通認識を持った後で、彼は問いへの答えを返した。
「今の今まで、下っ端の私は組織の目的を知らなかったという事だよ。
知ってしまえばなんてことはない。
私のやっていた事は、敵を知るため、そして倒すための技術研究と言ったところだろう」
シェーヴの口調はかなり自嘲気味であった。
そして、彼は自らの無能を認めて欲しいのか、カナリアとクレデューリに悲しげな視線を向ける。
頷き返すカナリアを余所に、クレデューリは深く考えるような表情のまま、動く事をしなかった。
口を開く者がいない事を確認したシェーヴは、さらに言葉を吐く。
「だが、それもやりすぎた」
悲嘆に嘆く彼の表情は、さらに暗く濁っていた。
「最初の内はそうでもなかった。
けれど、しばらくしてから私は、非人道的な、と言うか、明らかにまともではない研究の指示も受けるようになったんだよ。
今まで持っていた倫理は、全く通用しないような事ばかりだった。
最初の内は研究と割り切って、それをこなしていたさ。
だが、ある時に嫌気がさした。
私はこんな事をするために組織に来たのではないと、思い詰めるようになったんだ」
「だから、その[組織]とやらを抜けたと?」
問いかけたのは、今まで口を閉じていたクレデューリであった。
シェーヴは彼女に向き、首を縦に振る。
「そうだ。思い詰めた挙句に逃げる事を決めた。
そのあとは必死の逃避行だよ。
一旦組織に入った以上、決して抜ける事は出来ないと明言されていたのでね。
ようやく逃げ切って、最後にたどり着いたのがこの村という事さ」
話が終わったとばかりに二人を再度見まわすシェーヴの目は、同情を求めるというよりは、完全に疲れ切った目であった。
嘘偽りを言った様子はない。ある意味で、彼の様子は秘密を吐き出して脱力したようにも見える。
だがしかし、そんな彼に対しても、クレデューリはまだ強い敵意を示していた。
「話は終わっていない。
ある程度想像はつくが、私たちを襲った理由も聞かせてもらおうか」
彼女のきつく切り込んだ質問に、シェーヴは肩を竦める。
「想像の通りだよ。私は君たちが組織の追手ではないかと思っただけさ。
始まりは一か月二か月前か、ある男が私を探しに来たんだ。
人当たりが良く普通そうに見えて、明らかに所作が普通ではない人間だった。
だから私は、彼を組織の追手だと思ったんだ。
そして、彼を何とかした後に君たちが来たわけさ」
非凡な人間の来訪。そして、それの処理の直後に現れたカナリア達。なるほどそれは、もっともらしく繋がる話であった。
しかし、彼の説明には肝心なところがいくつか抜けていた。
「その彼とは誰の事だ?」
新しく彼の口から出た情報の詳細を、クレデューリは問い詰める。
問いはしたが、クレデューリも、そしてカナリアも薄々シェーヴの話に上がった男が誰かは想像がついていた。
「ああ、君たちが斃した男だよ。
君たちに関係があるのかは知らないが、組織と関係ないのなら彼にも悪い事をした」
シェーヴの懺悔に対し、自然とクレデューリとカナリアは顔を見合わせ、頷きを交わし合う。
互いの予想は当たっていた。ただし、予想が繋がるのであれば、どこの誰かはこの際関係ない話でもあった。
故に、次に必要なのはどうやったかという事である。
それを聞くのは、シャハボの役目であった。
『奴に何をした?』
問われた彼は、一つ大きく息を吐く。その表情からして、言うには気が進まないとばかりの雰囲気を漂わせるが、シェーヴはそれでも迷うことなく答えを口にした。
「私は組織を抜ける際に、何かの為にと思って、幾つかの研究中の魔道具を持ち出して来たんだ。
その一つを彼に使ったのさ」
『それは?』
「『変化の秘石』という代物だよ。
完成品であれば、生物をより強力な存在に変化させる事が出来る。
ただ、私が持ち出したのはまだ研究中で不安定なものでね、植え付けるとその時点で自我が崩壊して、ただ命令をこなすだけの存在になるという物だった。
その男には悪い事をしたと思うが、眠っている間に『変化の秘石』を埋め込んで、私の盾になるように使ったわけさ」
シェーヴの男への懺悔の言葉は、二度目になる。
実際の気持ちは如何ほどか。しかし、組織から逃れるためとはいえ、彼の行いは他人を犠牲にする、利己的な、ともすれば悪行とも言える事は間違いがなかった。
シェーヴの悪行と、それを起こすきっかけになった組織に対して、クレデューリは不快感を隠さない。
そんな中、シャハボは別の視点からシェーヴに苦言を呈していた。
『あれは、確実に組織の敵を作り出すモノだったぞ』
直後、クレデューリの不満げな顔は、シャハボとそれを肩に留めるカナリアにも向けられる。
悪行を非難する前に、組織の話を押し出すシャハボの言動をクレデューリは理解できないでいたからである。
事実、この場で一人、組織の事に関して実感のない彼女は、話に入ってはいても、ある意味では蚊帳の外であった。
そんなクレデューリの様子を気にすることなく、カナリアとシャハボの視線がシェーヴに向く中、彼は首を横に振っていた。
「そうか。
しかし、今の今まで組織の目的を知らなかった私には、知りようのない話だよ。
ただ、先ほども言った通り、おそらく私が行っていたのは、敵を知る為の研究だろう。
知る事は常に力だ。君たちは前線で戦うのが仕事だが、目的がある以上、それを後ろから支える力も必要だろう?」
『……』
シェーヴの言葉に、シャハボは返事をしなかった。
筋は通っている。そして、組織の性質上、彼の言う事に間違いはないと感じていたからであった。
「何はともあれ、やってしまった事は謝罪しよう。
私の出来る事であれば、手伝う事も約束するさ」
頭を下げた彼を、対する二人はそれぞれの思惑を込めて眺める。
「もう一つだけ聞きたい」
話のキリが付くかと思ったや否や、再度振り出したのはクレデューリであった。
なんでも答えるとばかりにシェーヴから仕草を向けられた彼女は、それを問う。
「あえて君に聞きたい。君が知っているカナリアの事を教えてくれ」