シェーヴ・インニュアオンス 【2/4】
カナリアの説得の後、フーポーの態度は一転していた。
彼女は、カナリアが今までに見たことのないような魔道具を見せたことで、シェーヴに会いに来たという言葉を信じ込んだのだ。
その後は、シェーヴとフーポーの会話でさえ穏やかなものになる。
「フー。すまないが先に家に帰って、客間の方を綺麗にしておいてくれないか?
今日から二人共、数日の間泊まる事になるから、念入りにな。
その後、時間があれば夕食の用意もお願いするよ」
「わかったよ。お父さんたちはこれからどうするの?」
「ああ、少し村を案内して、工房を見せてから帰るよ。
そうそう、食糧庫に誰かいたら、肉が余っていないか聞いてみるつもりだ」
「ん、わかった。でも、あまり肉は期待しない方がいいよね? 裏山の罠に何かかかっていないか調べておくね」
「ああ、頼む」
交わされた会話と雰囲気は、普通の親子のするそれであった。
会話が終わった後、フーポーは畑の間に作られた小道を通って、別の方向へ向かう。
再び三人に戻った後で、口を開いたのはシェーヴであった。
「さて、会話は聞こえただろう?
これからお前たちに少しこの村を案内した後で、私の工房に案内しようと思う。
話はそこでしようと思うのだが、それでいいか?」
水を向けた言葉に、カナリアとクレデューリは共に頷き返す。
カナリアとクレデューリは共に静かであった。
しかし、普段通り平然としているカナリアとは別に、クレデューリが静かにしているのには訳があった。
一つは、彼女の持っている細剣が曲がってしまった事である。
石礫を避けた際に、運悪く当たってしまったらしく、わずかにゆがむ程度ではあるが、彼女の剣は曲がってしまっていた。
クレデューリは鞘に納める際に違和感に気付いたのだが、愛用の剣への損傷は、かなり彼女の心を痛める事となる。
そして、静かにしているもう一つの理由は、こちらの方が大きな割合を占めているのだが、クレデューリがシェーヴに対しての警戒を解いていないことであった。
フーポーが居たこともあって、表立って何かをする事はなかったのだが、それ故に彼女は静かだったのである。
そんな、静かすぎる彼女に対して、シェーヴは語り掛ける。
「警戒はしなくていい。いや、信用ならないなら、むしろ続けてくれていても構わない。
だがはっきり言える事は、私はカナリアと一緒に、[組織]の名に誓ったのだ。
それを覆す事はしないよ」
『ああ、少なくとも、こいつが自発的に約束を覆す事はないだろうさ。
それは信じていい』
追いかけるシャハボの言葉は、シェーヴの言を認めるものであった。
だが、クレデューリはそれにも難を示す。
「ああ、君たちはそれで納得がいっているのかもしれない。だが、聞かせてくれ。
君らの言う[組織]とは、一体なんだ? どこかの国の組織なのか?
そして、カーナ、君も君だ。カナリアと言う名はなんだ? なぜ偽名を使っている?」
クレデューリの疑念の目はカナリアにも向けられるが、当のカナリアは何も反応を返さない。
いつも通りに、反応を返すのはシャハボの役割であった。
『[組織]は、[組織]だよ。それと、カナリアの方が本名だ。
[組織]の話はお前が知っても利にはならんぞ。だが、知りたいならあとで教えてやるよ』
カナリアが頷き、シェーヴもそれに追随して頷く。
クレデューリは納得出来てはいなかったが、彼女への話はこれで終わりであった。
「この村の住人はそう多くはない。今は確か三十そこそこだな。家はそれぞれの畑の近くに立てるのが習わしだ」
歩きながら、シェーヴは村の説明をする。
「村の中心には集会所や共同作業所、後は食糧庫に使っている建物がいくつかある。
私の工房もその中にあるな」
そう言った彼が指を指す先には、いくつかの平屋の建物と、真ん中に立つ物見やぐらが建っていた。
「ある程度の農地は確保できているから、この村は基本的に自給自足で生活出来ている。
村長は交代制で、食料などは基本的に分配だ。
穀物や肉類まで、誰かの取り分にする事はなく、村の財産として必要に応じて分ける形だな。
まぁ、小動物などは個人で取って食っても問題になる事はないがな」
歩きながら、カナリアは辺りの様子を見る。
場所場所によって、収穫済みであったり未収穫であったりと、畑は様々であった。
働く村人たちもまばらであり、シェーヴの言った事に齟齬は無い事を確認する。
「村の境に柵は作らないのか?
それに、住人は一か所に集めた方が生活しやすいのでは?」
他愛もない村の話に乗ったのは、今まで静かにしていたクレデューリであった。
シェーヴは横目で彼女を見て、ふっと漏らした後、それに答える。
「野盗や頭のいい類の連中はここには来ない。
ここに来るのは凶暴な怪物ばかりさ。木の柵なんて役に立ちゃしない」
「それならば、猶更人は集めておいた方がいいだろう?」
「ああ、同じ事を昔言った記憶があるよ。そうしないのは先人の知恵だそうだ」
「先人の知恵?」
「そうだ。ここに来る怪物は人喰いだ。
目についた人間は悉く食う。一人いれば、一人喰い、十人いれば、十人喰うまで止まらない。
だが、特徴があって、一旦喰うのを止めたならば、近くに獲物が居たとしても山奥の住処に戻るんだ」
シェーヴの口調は次第に重くなっていた。
変化に気づいたのか、クレデューリは会話を続けられず、少しの間沈黙が流れる。
そこに割って入ったのは、シャハボであった。
『住処を分散させれば、被害は一つの家族で収まるって話か。確かに先人の知恵だな』
単刀直入で口悪く言い捨てたシャハボに、強い視線を送ったのはシェーヴである。
何か思う事があると言わんばかりの視線ではあったが、すぐに彼は目をそらし、静かに言葉を返す。
「ああそうだ。
全体の犠牲は減るかもしれないが、誰かは確実に犠牲になる方法だ。
私はいい方法だとは思わないがね……」
言葉にも表れている否定の気持ちは、空虚に消えていく。
重くなったシェーヴの口は、それ以上開くことはなかった。
しばらく歩いた後、カナリア達一同は村の中心部、シェーヴの工房だという建物に到着する。
それは、石造りの平屋で窓の無い建物であった。
「罠も何もない。だが、あまり掃除はしていないから、埃臭いのだけは我慢してくれ」
そう言ったシェーヴの後に、カナリア達は続いて入る。
もちろん、カナリアは《危険探知》等の魔法を使って、危険が無い事を確認してからであった。
「椅子を用意するから待っていてくれ。
すまんが、ここにはもてなす様なものは何一つない。
水が欲しければ自前でやってくれ」
そう言った後で、シェーヴは部屋の奥から地下への階段を下っていく。
残されたカナリアとクレデューリは、工房の入り口で二人佇むことになる。
工房の中は窓がないにも関わらず、魔道具だろうランタンの明かりによって、思った以上の明るさを保っていた。
広い部屋の壁には棚がぎっしりと連なり、さまざまな道具や本が並ぶ。
部屋の真ん中には、かなり大きな長テーブルが一つ備えられており、部屋の半分程を占めていた。
工房というにはやや簡素であるとカナリアが感じた所で、階下から丸椅子を抱えたシェーヴが戻ってくる。
「こっちは主に資料置き場だよ。実際に研究や作成をするのは地下室の方でだ。
そっちには泥棒避けもしているし、君たちが想像しているようなごちゃごちゃとした状況になっているさ」
シェーヴは椅子をそれぞれに渡した後、皆はテーブルを挟んで三辺に座っていた。
カナリアは気にせずに自分のリュックからマグを取り、《小水生成》にて水を注ぎ入れる。
クレデューリとシェーヴの目が注がれる中、それに気づいたカナリアは【飲む?】と確認を取る。
他の両者は丁寧な拒否を返し、カナリアだけが一人くつろいだ様子を見せる中、話始めたのはシェーヴからであった。
「さて、まず最初に私の素性から話そうか」