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その⑦

高校生は大変だなと思うことがあるが、きっと、大人はそれ以上にめんどくさい生き物だ。

大事なものはお金か? 時間か? それとも人か?

見失わないようにちゃんと握り締めなければ。

その道は幽玄なのだからと彼女は教えてくれた気がした。


毎週日曜日に投稿していきます。よろしくお願いします。







その日の空色はどんよりとしていて、朝がきたという感覚があまりなかった。おかげで随分体がだるく瞼も重い。

「ふわぁ〜…………今日は一限からか……」

いっそのこと二度寝して寝過ごしてやるのも心地がいいだろうと悪魔の自分が脳内で囁いているような気もした。

でもそれを許さない理性が、悪魔と拮抗する。そうだ、今日はちょっとした使命があるから自分を甘やかしている時間はないな。

おれは目元をぐしぐしと擦りながら無理矢理体を起こす。まだ布団を剥いでもほんのりひんやりするくらいの季節なのが僥倖ぎょうこうだろうか。案外起きてしまえばすんなり体は動いた。

いつものようにまず顔を洗い、そのあとにリビングで母親が作り置きしてくれている朝食を口に運び、それから歯を磨き、最後に身だしなみを整えて家を出る。

途中、制服姿の小夏こなつとばったり遭遇する。しかもそのときすでに洗面台を占領されていておれは待ちぼうけを喰らうこととなったわけだが……。どうも小夏こなつはヘアアイロンやなんやらを駆使して入念に手入れしていた。これは長いやつだよなぁ……。

おれは暇を持て余し一瞥を繰り返していると、ふと視界の中に見覚えのあるものが入り込む。

小夏こなつ。これまだ使ってんのか……」

「………………」

返事がない。ただの嫌がらせのようだ。いやぁ、この距離で無視って辛いよなぁ……。

そこでおれが目にしたものは、過去におれが使っていたスマホだった。懐かしいやらこの上ない。もうおれは必要ないから音楽プレーヤーの代わりにでもと小夏こなつにあげたのだ。それをどうやら小夏こなつはおれの言った通り音楽プレーヤーとして使ってくれているらしい。そして今おれが無視された理由というのが、こいつを使って小夏こなつがイヤホンをつけて音楽を聴いているからだ。嬉しいやら悲しいやら。

さて、今の高校生とは一体どんな歌を聴いているのかと液晶を覗き見しようとした。が、刹那、元スマホは取り上げられる。

「………………」

うわぁ、ジト目。完全に変態を睨みつけるあれ。

「悪い。ちょっと気になってな…………」

「…………死ね」

「すみません……」

はい、もうかれこれ何回目の「死ね」でしょうか。無事に今日もいただきました。もういっそのこと一回くらい別世界に転生してもいいんじゃないかってくらい死んでるなおれ。まぁもし生まれ変わるなら今度は妹じゃなくて姉がいいかなぁ。おれ歳上好きなんだからなぁ。

とまぁ朝からこんなに長々とぺらぺら話し続けて尺を稼ぎつつようやくおれは小夏こなつの使いたての洗面台で歯を磨いて一通り支度して家を出た。


道中は特に変哲もなく、穏やかだった。以上。電車乗って歩いただけだし。

大学に着くと、とりあえず早速講義の教室に向かう。時間的には昨日よりはギリギリってところでまだセーフ。

いつもの席に目をやると、瞬時に美菜みなさんの後頭部を発見する。うんいいなぁあのハーフアップ。いつ見ても華やかさが垢抜けている。どんよりしたおれの心を浄化してくれる。そう、どんよりとした……あ、やべ。傘忘れたわ……。

美菜みなさん、おはようございます」

「あーあおくんだぁ〜おはよっ!」

太陽のように明るい声色で挨拶が返ってくる。眩しいなぁ……眩しすぎておれのモブ感がより一層際立つ。

とりあえず、おれは美菜みなさんの隣に座ると、美菜みなさんから話を持ちかけてきた。

「ねね! それで昨日はどうだった? しっかり楽しんできたかね?」

「はい、おかげさまで。いい休日になりましたよ。小森こもりの私服も可愛かったですし」

「ふぉっ!? ふ、ふ〜ん……そっかぁ……そうなんだねぇ……」

ぎょっと目を見開いた美菜みなさんは俯きだして、今度はちらちらとおれに目くばせしてくる。忙しい人だなぁ……え、なに? おれ間違ったこと言った? 聞かれたことに答えただけじゃね?

小森こもりさんは私服が可愛かったのかぁ……そうなのかぁ……ねーね、あおくん。それ、本人に言った?」

「いや、言ってない気がします……」

当然、言えば伝わることなんだとも分かるが、言わなくても分かることなんじゃないかと思ってしまうときがあるのだ。例えば、大丈夫じゃない人に「大丈夫?」と聞くのを躊躇ってしまうようなそれに近い。小森こもりが可愛いなんてことはおれが言うまでもないことなんだと、おれ自身は一歩引いてしまう……男として情けない限りではあるが、おれは自分にそれほど自信がないのだ。

だから、現に美菜みなさんが指でいじいじしているピンク色のタイトスカートにそれに合わせた黒色のゆるいスウェット、そしてちょこんとしたベレー帽の衣装もおれの目に余り余るくらい素敵だ。

「ふむぅ…………それはなんとも、複雑な気持ちぃ……」

美菜みなさんは眉間にちょろっとしわを寄せてなにやら困った様子になる。乙女心的はどうやらお気に召さないことだったのだろうか……。いや、まぁ美菜みなさんの言いたいことも分かる。それが分からないほどおれも鈍感ではない。見た通りだと分かってても、言って欲しいと待っている言葉はそこに存在しているんだから、分かっていようが口に出して届けてあげるべきなんじゃないかということくらいおれにだって分かる。

でも、おれっておれだからなぁ……おれでいいのかなぁみたいな葛藤もおれの中であるんだよ。難しいな。難しくないのに。

そしておれは授業が始まるにはまだあと少しだけ時間があるのを確認すると、そのまま続けて話を進めた。

「それでなんですけど、昨日、小森こもりと話し合って決めたことがあるんですよ」

「ほぇ!? い、いつの間にそんな展開が……ぐぬぬぬ」

「まぁそんな身構えることもないですよ。ちょっと、美菜みなさんにお願いがしたいだけなんです」

「ほぁ〜!? お、お願いだと!? あおくんと小森こもりさんが決めたことにわたしがお願いされると!? いやだぁ……聞きたくないよぉ……」

美菜みなさんは耳を塞いであからさまに拒絶する。まだおれなにも本題言ってないんだけどな。

有無も言わず続行するが。

美菜みなさん、小森こもりと仲良くなってやってくれませんか?」

「うわぁ……やだぁ……二人のお願いごとなんて聞いてやるもんかぁ…………ん? んん?」

ようやくおれの言いたいことに耳を傾けてくれたのか、ぱちくり瞬きをしながら次の言葉を催促するようにこちらを見てくる。

「だから、美菜みなさんさえよければ小森こもりと仲良くしてあげてほしいんです」

「わたしと……小森こもりさんが?」

美菜みなさんは確認するために一度聞き直す。

「そうです」

「あおくんと小森こもりさんじゃなくて?」

しつこくもう一度聞き返してくる。これはおれの滑舌が悪いわけじゃない。美菜みなさんの理解力が一時的に著しく劣化しているせいだ。

「はい」

「わたしとあおくんでもなくて?」

「はい」

「それはしょぼぼんだよ……」

そして最後の確認はどうやら美菜みなさん的には納得できなかったようで、見たら分かるしょぼぼんって感じになる。

「とにかく、小森こもり美菜みなさんと仲良くしたいって言ってるんで、お願いします」

そんなところで閑話休題。そもそもおれは本題を持ちかけているに対して美菜みなさんがあっちらほっちらへし折ってくれるから話が進まないのだ。おかげで授業までの時間が刻一刻と迫りくる。

「…………わ、わたしでいいの?」

さらにまたしても美菜みなさんの確認タイム。いいの? じゃなくていいから言ってるんだけどなぁ。っていうのはいつも依頼人の一人合点なんだよな……。

言われた本人は、言われた意味が分からないわけでも言われたことへの信用がないわけでもなく、本当に自分で適役なのか自らの自信がないことが第一懸念なんだよな。

「むしろ美菜みなさんがいいんです」

だからおれも念を押すようにもう一度同じ答えを返す。

「わたし、毎日はバイト行けないよ?」

「大丈夫です。小森こもりは毎日あそこにいるんで」

「いや、さすがに学校行ってるときは愛美まなみさんが店番してるでしょ?」

美菜みなさんは面白おかしく世間的な常識を口にしながら苦笑いする。

確かにその通りで、なんの間違いもないんだけど、少し悲しいかな。

世の中ってちゃんと一人一人に意味があるってことは忘れてはいけないのだ。

「それがですね。まぁ、今回なんでこんなお願いをしたかというとですね。実は、小森こもりは不登校なんですよ」

おれはそこで小森こもりの意味を暴露する。

「………………え? うそ?」

それを聞いた美菜みなさんはにわかに信じられないといった驚愕を隠せない表情をしていた。

それもそうだ。あの小森こもりがいわば非常識の中の一人だったと知らされたから。誰かがそれは間違いだと言ったわけでもないが、ちゃんと意味があってそうなってしまったのに正しくはないと揶揄されるそれを耳にして笑っていられる美菜みなさんではない。

ただ、自分には無縁だと思っていたはずの不登校の人間が、まさか近くにいた知ってどうすればいいのか分からないのが今の反応の結果なんだろう。以前のおれもそうだった。

「ほんとです。原因は心の傷です」

「あんなに元気な子だったのに……?」

「そうです。でもあれは小森こもりの演技でもなんでもなくて、素面です」

「…………なんか、信じられないよ……」

「そうですね。でも、おれは小森こもりが間違った人間だとは思ってないので、というよりあそこまで真っ直ぐな人間をおれは知らないですね」

言ってしまえば、人はどこかで折れることもあれば曲がることもある。決めたことを一直線に突き進む力がある人間は割と少ないというよりほとんどいないんじゃないかと思う。誰だって一度は挫折することもあって、先が見えずに途方に暮れることもあるんじゃないだろうか……。

でも、小森こもりはあまりにも純粋だからこそ、その辿った道は限りなく美しかった。

美しいが故の見る人が抱く自己嫌悪。さらには嫉妬心。

「だからっていうこと?」

「そう解釈してもらって間違いないです」

「そっか…………あぁ、そういうことかぁ……」

小森こもりが自分から仲良くしたいって言ったのをおれは初めて聞いたんです。だから、美菜みなさん。傲慢だとは承知してます。どうか小森こもりの味方になってくれませんか?」

あの笑顔をおれは守ってやりたい。小森こもりが一番輝いている瞬間と一秒でも長く過ごしていたい。

一人の女の子に幸せであってほしい。

そんな気持ちを込めた。目の前にいる大切な美菜みなさんに向けて。

いずれはみんなで笑い合えるようになるために。

おれは美菜みなさんに頭を下げた。

「……あおくんはさ、それでわたしにどうなってほしいのかな?」

地面を見ていては美菜みなさんの顔は見えない。でも、その声の色を感じるだけで十分だ。

小森こもりと心から笑い合ってほしい」

「そこにあおくんはいる?」

「おれはそんな二人を見てるだけで満足です」

「あおくんが頼んだんだからあおくんも混ざらなきゃでしょ」

「でも、これは小森こもりの願いなんで。小森こもり美菜みなさんと仲良くなりたいと言った望みをおれは叶えてやりたい」

「でもそれをまず最初に聞いたのはあおくんでしょ。それに、わたしはあおくんも一緒じゃなきゃいやだから。それが分からなきゃむっふんだよ?」

「……はい、ありがとうございます」

そこから美菜みなさんの声がすることはなかった。

代わりにペンを滑らせる音がさらさらと耳に届き、おれはそこで頭をあげる。

「なに書いてるんですか?」

「ん〜ないしょ〜」

「なんですかそれ……」

「あ、そうそうあおくん」

「はい?」

小森こもりさんがなんでそうなっちゃったのか、教えて」

そんなの、本人に聞けばいいんじゃないんですか? とは言うことは決してない。それができないから小森こもりはおれに盾にしたんだ。むしろそれが簡単にできるなら、きっと小森こもりは常識に溶け込む努力ができるはずなんだ。

だから、それができないということは、小森こもり小森こもりなりのちゃんとした意味があるということ。故に、否定されるのが怖いから、おれが味方でいることを必要としたんだと思う。小森こもり本人にその自覚があるのかは分からないが、たぶんそう。

そして今、おれが口を開こうとして授業が始まるチャイムが鳴った。

「あ……」

「どしたの? あおくん?」

「あ、いえ。美菜みなさん授業始まりますよ」

「え? あ、うん……てか小森こもりさんは……?」

「まだ内緒です」

さっきされた内緒のお返しをする。ただのやり返しだ。

「え、えぇ……なんでだよぉ」

不機嫌になる美菜みなさんはペン先でつんつんと横腹をつついてくる。

「はよ教えんかーい。はよはよ。つつんくつん」

つつんくつんする美菜みなさんの前に開かれたノート。

それは幾度も目にしてきた美菜みなさんの日記。


小森こもりさんと仲良くなる日①』


そう記された今日の出来事を盗み見したおれは、つい頬が緩んでしまう。これは仕方がない。

「お? なんだなんだあおくんは横腹が弱いのかぁ? ほれつつんくつん」

美菜みなさん、それセクハラですよ」




どうもこんにちは雨水雄です。

最近とても時間の経過が早く感じます。あーやばいなーもう5月じゃーんと思ってたらすでに半ばまで過ぎてました。本当にやばいですこのまま気が付けば1年後です。

それが意味するのは時間と共にやりたいこと知りたいことをする割合が増えたのか、はたまたただやらなければいけないこと知らなければいけないことを置き去りにして見て見ぬふりをして逃げているだけなのか……。

雨水はそのどちらもですね……。

いやぁ……今の今この瞬間も、頑張らなきゃですねぇ……と思うこの頃でした。

今週も読んで下さりありがとうございます!

またひょっこり来週もやってきます。

それでは来週もよければここで!

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