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その⑥

聞きたい言葉があるから。言って欲しい言葉があるから。けど、それを求めるにはなにをどうすればいいのか分からないから、擦れ違いを繰り返す。

ただ頑張ればいいのではない。それを認めるのはきっと自分自身以外だから、頑張るのだ。


毎週日曜日に投稿していきます。よろしくお願いします。

「あのぉ……一旦落ち着きませんか?」

茜色の夕陽が差し込む、その日の黄昏時。

おれは二人に挟まれながら冷や汗をたらりと一滴、頬につたらせていた。


さて、状況を整理しようか。

よく言えば両手に華であり、悪く言えば修羅場である。もうまさに境地に板挟みである。

ではなぜこの状態に陥ったかと説明すると、要するにタイミングなんじゃないかと……。

「や、やな先輩は私とクレープを食べに行くのです……!」

「ううん! あおくんはわたしとく、クレープで、でででデートをするんだよ! だよだよ!」

「えぇ……」

もういっそのこと三人でいいじゃーんって言ってやりたいところだが、それは大変困難を極めそうだよなぁ……。それにさっき小森こもりも二人がいいとか言ってたしな。

う〜ん……困ったなぁ。実に困った。こういう状況下でなにをどうすればいいのか考えるのも非常にどうでもいいこの無気力感には困った。

「やな先輩はどっちを選ぶんですか?」

小森こもりがきゅっと静かにおれの服の袖を摘む。こういう遠慮がちな仕草はたまらんなぁ……。

「あ、あおくん!」

美菜みなさんがぎゅっと両手でおれの左手を包み込む。こういう強引さも捨てがたいよなぁ……。

これがハーレムというやつなのだろうか? いや悪くないなぁ。うんうん悪くない。悪くないけど……めんどくさいなぁ。やっぱおれは一人を相手するだけで精一杯なんだよな。八方美人なんて器用なこともできん。器用貧乏より完全不器用貧乏だし。

「えっとじゃあ日程をずらしてそれぞれと行くというのは?」

「悪くはないですけど、なんかやです……」

「わたしもちょっとそれはやだな……」

いやなんでだよ。一番最適解だろ。この天邪鬼どもめ。

それらの文句は胸の内にしまっておき、おれはもう少し考えを巡らせる。

いわば、もうこうなったら白黒はっきりさせろということだろ? どちらかを取捨選択しろというわけなんだろ?

…………ならば、仕方ない。その期待に応えるとしよう。

美菜みなさん」

おれは美菜みなさんに視線を向けた。

「は、はい! なんでしょうあおくん」

美菜みなさんの瞳がやけに輝いて見えた。

「今回はごめんなさい」

でも答えはノーだ。おれは今度の日曜日は美菜みなさんを選ばない。そりゃ行けるなら行きたいが、それを二人は望まないだろうから。きっとまだ。

「え………………」

「クレープは小森こもりと食べに行きます」

だからおれは、次に小森こもりに目を向けた。一瞬、躊躇いを見せたが、確信したのか、目の色が鮮やかに変わる。

「ほ、ほんとですか!? やな先輩うそじゃないですよね?」

「あぁ、ちゃんと約束するよ」

ぱぁっと小森こもりの顔が眩しいくらい明るくなる。

その笑顔は見ていて心地がいい。できるならずっとその幸せそうな表情を噛みしめていたい。

だがしかし、今回はその幸せが二つに一つなのだ。二兎追った末、一兎を捕まえたが一兎は逃してしまった。

故に、おれは美菜みなさんを傷つけてしまったのだろう。おれ自身、美菜みなさんを傷つけるほど立派な人間ではないことは重々承知な上に烏滸おこがましいには程があるが、今の美菜みなさんの顔を見てそう思わざるを得なかった。

ひどく眉をひそめたその悲愴感漂う表情を。

「ど、どうして…………? あおくん、わたしじゃだめなの?」

「そんなわけないじゃないですか。おれにとって美菜みなさんは大切で、大切なんですから」

「だったらどうして?」

「いや、単純に美菜みなさんとは昨日デートしたな、と思いまして。あぁ、でもあれはデートにカウントされませんかね? すみませんでしゃばって……」

ただカフェを巡っただけだもんな。乙女心的にはデートというハードルはまだ飛び越えてないかもしれないな……。

「ふぎゅ!? あ、ああああれね! 昨日一日一緒にいたあれね! そりゃもちろんで、ででででででデートに決まってるじゃないか!」

刹那、美菜みなさんはカメムシでも踏み潰してしまったのかというくらいの驚いた声を上げて、かなり乱れていた。どうやらデートというワードが効いたらしい。乙女心的には効果抜群みたいだった。

「そうですか。デートでよかったんですね、嬉しいです」

なにはともあれ、恋愛経験が乏しいおれにとっては美菜みなさんのような高嶺の花とデートができて光栄の極みである。

美菜みなさんはみるみる生気を取り戻し、むしろ通り越して溢れ出しているくらいだった。

「んっふっふ〜! そういうことね! 昨日わたしと十分楽しむことができたから今度は小森こもりさんと一緒にちょっとクレープを食べに行こうかというわけだね! なるほどだよぉ〜ふむふむ……」

「まぁ、つまりそういうことなんで。納得してもらえました?」

「うんうん! それなら仕方ないねぇ! せっかくだしお二人で楽しんでくるといいよ! でもその次はまたわたしとでででデートをしてもらうからね! ばっちぐー?」

結果、美菜みなさんの了承を無事に得ることができ、おれは小森こもりと遊びに行くこととなった。ちなみに美菜みなさんのばっちぐーはもうばばばばっちぐーっていうくらいに可愛かった。

「はい、ばっちぐーです。というわけで小森こもり。日曜日はよろしくな」

「は、はいなのです! ひひ……楽しみです!!」

「あぁおれも楽しみにしておくよ」

実際、おれは小森こもりとプライベートで共に時間を過ごした記憶がないので、これはこれで新鮮感もあり内心わくわくしていた。うきうきわくわくの大冒険が始まりそうだぞぉ。


それから時は過ぎに過ぎ、例の日曜日はすぐにきた。

本当にすぐにきちゃうもんだから便利だなぁと改めて思う。なにがとは言わないが。

さておき、日曜日になり、おれは朝から身だしなみを整えていた。朝と言っても、限りなくお昼に近いが。

起きるとまず洗面台で顔を洗い、すっきりしたところで朝食をとり、また洗面台に戻って歯を磨く。

最後になるべくナチュラルにおしゃれに見える服をチョイスして身鏡で確認する。おしゃれしたつもりだがこれが果たしておしゃれなのかは分からん。極論、乙女心に響けばおーけなのだ。

あとは髪の毛も少しセットしていこうかとまたしても洗面台に向かう。そしてワックスを手に取り、髪になじませる。

わしゃわしゃと適度にいじっていると、階段を下ってこちらに近づく足音が聞こえた。たぶんこれは小夏こなつのものだ。おれは聞き流しながらそのままセットを続ける。

「…………」

「………………」

「………………どいて」

「もうちょっとだけ待ってくれ」

「…………どうせ変わんないわよ」

「気持ちの入りようが変わるんだよ」

「は? なに色気付いてんのよきもいんだけど」

「仕方ないだろ。相手は女の子なんだから少しくらい頑張らせてくれよ」

「…………………あっそ」

「はい、どうぞ。すまんな待たせて」

「………………早よ行け」

淡々としたやりとりを終えたおれは、じゃぶじゃぶと顔を洗う小夏こなつを傍目に、玄関へ足を向けた。

家を出発してから最寄駅までのんびり歩き、電車に乗ってさらに目的地まで進んでいく。

今日の天気は晴れ。ばらつく雲色は真っ白で、それぞれ個性ある形をしていた。この様子だと雨が降る心配もなさそうだし見慣れた景色をぼーっと眺めて車内で時間を潰す。

しばらくして、体感的にもうすぐだと感じ、時計と窓からの風景を確認するとドンピシャだった。ランドマークにしている建物が目に入る。

電車を降りると、次は小森こもりの家を目指す。いつもは学校帰りから向かうことが多いから、こっちの道を辿るのは新鮮感があってついきょろきょろしてしまう。

だがそれも束の間で、あっという間に小森こもりの家、もといおれのバイト先の本屋に到着する。

「悪い、待ったか?」

「いえ、全然です! 私も今家を出たとこなのです!」

そこにはすでに小森こもりが片足をぷらぷらさせながら待っていた。

デニム生地のキャップに、ダボっとした白のカットソーとジャンパースカートを合わせたこじんまりとした可憐さがある可愛い小森こもりがそこにいた。私服姿の小森こもりは多分初めてかもしれない……いいなぁ、この小森こもりも。

「じゃあ行くか。案内お願いしていいか?」

「はい! お任せなのです!」

小森こもりと合流を果たしたおれは、早速今日のメインであるクレープ屋に向かう。

道中、小森こもりとの会話は尽きなかった。主に小森こもりが話題を振ってあれやこれやと語る話に、おれはそうかそうなのかと相槌を打つ。どうやら昨日の夜は、今日が楽しみで眠れなかったらしく、映画を見て夜更かししていたみたいだ。え、小森こもりはなんの映画を観ていたんだって? それは本人から聞いた方が早いな。

「それでですね! 最後は二人でガーッて合わせてバコーン! とそのままズギャギャーン!! と悪いボスを倒すんです」

「そうなのか、それはすごいな」

「そうなのです! でも、一人はそれで力を無くしてしまうんです……でも! もう一人がその力を引き継いでいて、また新しい物語が始まるのです!」

「お、それは楽しみだな」

次の曲が始まるのです。ってくらい楽しみだなそれは。

ぴょこぴょこと上機嫌に跳ねながら流暢に熱弁してくれる小森こもりは本当に楽しそうだった。この笑顔を是非とも映画を作った方々に観てもらいたいものだ。そうすりゃみんな幸せになれるのにな。あ、ちなみに聞いてもらった通り、小森こもりはヒーローが大好きなのだ。正義を振る舞い、悪を正すあの英雄の姿が。

「はい! 楽しみです! でもでも! 新しいのはもう一つあって、悪い人の過去のお話もまた映画になるのです!」

「へぇ、そうなのか。小森こもりはそっちも興味あるのか?」

「はい、私はそっちも観たいです。……きっと、悪い人も最初から悪かったわけではなかったはずなのです。ちゃんとした理由があるはずなのです……」

「……そうだな。そういうのも分かってあげたいよな」

「そうなのです。ちょっとだけ間違えちゃっただけです」

ただ、小森こもりは優しいのだ。誰もが見捨てたくなるような非常識なことも、それでも心を傾けてあげるなんとも温かい女の子。そりゃ実際に、口に出して注意したり、話を聞いてあげたらなんて行動をする勇気はないかもしれないが、小森こもりは目を背けずすぐに否定しない。

「すごいなぁ、小森こもりは」

おれなんかと違って。

「はわぁ?」

自身ではなにも自覚していない小森こもりはただ可愛らしく小さく首を傾げるだけだった。そこがまた魅力的だよな。


その後、おれたちは無事にクレープ屋で、クレープを頼んだ。

「やな先輩はどれにしますか?」

「え、おれか。おれなぁ……え、これすご。え、なにこれってクレープなのにブリュレ乗ってんの?」

「はい! そうみたいです! すごいです!」

「な。すごいよな。へぇ、じゃあおれはこれにしてみるわ。小森こもりはどうする?」

「私はこれです! ピオピオです!」

おれの横でぴこぴこしている小森こもりぎ選んだのはタピオカの入ったクレープだった。え、最近の子ってピオピオって言うの? 小森こもりだけ? 分っかんねんなぁ……。 

おれたちはそれぞれ注文をしてから数分待ち、待望のクレープを手にした。

小森こもりがぱくりと小さな口でいっぱいに頬張る。

「はむ、はむはむ……ん〜〜! やな先輩! これ、ふにゃ〜とろっもち! でら〜ん! って感じで美味しいです!」

なるほど、生地は口の中で溶けるけどタピオカのもちもちした食感が残って最後にクリームと一緒に飲み込んだんだな。

「それは美味そうだな」

「やな先輩も一口どうぞ!」

「お、いいのか? ありがとう」

もぐもぐ……おぉ、確かに。これはふにゃ〜とろっもち! でら〜ん! って感じだわ。もしかすると小森こもりは食レポに才能があるのでは?

まぁ、それからというもののお互いクレープをに舌鼓を打ち、笑い合った。

いやぁ、しかしあれだな。時代の流れってすごいのな。おれクレープを頼んだはずなのに、一度に何個ものスイーツを堪能した気分だった。おかげでこれだけで満腹になった。

だが今日はまだ終わらず、そのあとは小森こもりおすすめの本屋に向かい、おれらはそれぞれ一通り本を見渡してすぐに外に出た。

小森こもりよかったのか? あんなに早くに出て」

そのあまりの呆気なさに、おれはふと疑問を口にした。

「はい、大丈夫なのです! 今日は品揃えを確認したかったので、もし買ってしまうともう止まらなくなってしまいます……!」

「そうか。じゃあまた買うってなったときはおれも付き合うぞ?」

「ほんとですか!?」

「あぁ、もちろんだ」

「ふふふ……嬉しいです」

心底満足げに相好を崩す小森こもり

だが、細く開いた瞳は次第に曇っていく。悄然とし、どこか気がかりがあるようだった。そして、おそるおそるその小さな手はおれの服の裾を摘んでいた。

それは、強く望むことを悩む小森こもりの癖だ。

「やな先輩…………」

震える声が耳を撫でる。その理由は分かってる。

「おれになにかできることはあるか?」

「私、あの人と仲良くしたいです……でも、やっぱりちょっもまだ怖いのです。やな先輩の大切な人と分かってても……ぎゅ〜って苦しいです…………」

「おれも、小森こもり美菜みなさんと仲良くしてくれると嬉しい。きっと、今まで以上に楽しくなるはずだからな」

「はい…………私、頑張らなきゃです」

「…………美菜みなさんに話していいか?」

おれの問いかけに、小森こもりは間をおいて静かに、小さく、でも確かに、頷いた。おれの提案に首肯を返してくれたのだ。

「そうか。じゃああとは勇気だけだな小森こもり

「は、はい……! う〜んとしてバーンなのです!」

「よし、その意気だ小森こもり

そうだ。これは些細なできごとの一つでしかないんだと思う。普通に顔を合わせて、ふとした言葉の重なりが、人と人を結びつける。そんな他愛ない友情の出来上がりの話だ。

いずれはきっかけすら忘れてしまうその一瞬のやりとりを小森こもりは勇気を振り絞って起こそうとしている。

第三者であるおれからすれば、その答えは分かりきっていることだが、それでも小森こもりにとっては重要で緊張だってする一大事なのだ。そんな小森こもりの臆病さもおれは分かっている。

だから、せめておれは小森こもりの味方でいてやろうと心の中で縛り付けた。

「みんなで笑えたら幸せ間違いなしだな、小森こもり

「はいなのです!」

そしておれはその無垢な笑顔を信じるのです。


こんにちは雨水雄です。

この度はあなたのお目にかかり光栄です。

自分は最近よく時間の使い方を見直すようにしているのですが、24時間ってなんかちょうどいいなぁって思ったりします。まぁ決して意図的な数字というより科学的な証明に過ぎないのでしょうが、長すぎず短すぎず人の色を表すにはちょうどいいなぁ、と。

昨日考えた今日が、本当にその通りにならないように、明日もまた新しいことがあって、でもいつかはちゃんと形になることを信じる。時間が解決するということもありますが、それはきっと時間の使い方を間違っていなかった証拠かなぁとか思ったりします。思うだけ思って今日も自由に過ごします。深いようで浅い雨水でした。

今週も読んでいただきありがとうございます。

また来週もよければここで!

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