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その⑤

気持ちって曲がったり、捻れたり、折れたりするかもしれないけど、それでも一方通行だから、また繋がることだってできる。


毎週日曜日に投稿していきます。よろしくお願いします。

その日は、やはり青一色に染め上げれた潔い晴れだった。


時は進みに進み、今はもうすでに大学を出てぼちぼち歩いていた。

「うぐぐぐぐ…………」

足取りが重く、ちびちび歩幅でおれの後ろをついてくる美菜みなさんと共に。

美菜みなさんいい加減ちょっとは落ち着いたらどうですか? さっきから唸りすぎです」

「う、うぐ……」

「そんなに緊張しますか?」

「き、緊張するよ〜。もうバクバクの爆発だよ!」

「それは流石に勘弁してほしいなぁ……」

美菜みなさんがなににそんなにあわあわしているのかというと、まぁ前回の続きが原因となっているわけだが。

美菜みなさんって、今までバイトしたことないんですね」

「うぅ〜ないよぉ〜……やってみたいなとは思ってたけど結局自分の時間を大切にしたいなって気持ちが優先しちゃって……」

「まぁ必ずしもしなければいけないことでもないんでね。やってみれば案外、性に合うかもしれませんしいい経験ですよ」

「うぅ……そう言われるとそうなんだけど……」

前を向いて歩いている分、前向きではあるんだろうけど、なんせ美菜みなさんにとっては未知のことだもんな。気長にファイトだなこれは。

「そ、それより……!」

そしたら急に、美菜みなさんはおれの前にガバッと立ち塞がった。

「な、なんで……なんで、わたしのところに来てくれたの?」

なんだか警戒されてるような、威嚇されてるような怪訝を浴びた眼差しを向けられる。

「さぁ、なんででしょうね」

「むっ。むむむ……あおくん、いけずだ」

むすっと頬を膨らませて拗ねる美菜みなさんはまた愛らしい。

「いやそう言われても……ほんと、ちゃんとした理由なんてないですし」

「む〜…………どうせわたしに気を遣ったんでしょ?」

「そう言われると、その逆かもしれないです」

「お? え、どういうこと?」

美菜みなさん、どうせ今日おれに会うのは気まずいから距離を置くかもしれないなって思ったんで、あえて気を遣わないことにしました」

いわゆる自己中心というやつだな。自己中自己中と罵られるあれな。考えなしに体の赴くままに身を任せた結果、おれは利己的に美菜みなさんに近づいたのだ。

なんの口実も用意せず、ただ感情の意のままに。

「…………わたしのこと、嫌いになったでしょ?」

「いえ、なんとも」

「ほんとに……?」

「高校生に比べればなんともないですし、なんともないですよ」

少し大人になったようで、まだ大人がどんなものか分からない年頃の彼らが、韜晦とうかい欺瞞ぎまんを繰り返し、詭弁きべんを並べては上辺を取り繕う……なんとも難しい関係性に比べれば、美菜みなさんは正直の一言で片付けられる。本人にとっては恥辱だとかそんな風に捉える欠点だとしても、おれからすればそれくらい純粋な方がむしろ美点だと思う。あの口の悪さがおれに降りかかれば即死級だけど……。

「はは……なにそれ」

おれの返しがそんなにおかしかったのか、失笑する美菜みなさんは肩を揺らしながらおれの隣に並ぶ。美菜みなさんの肩がこつこつと腕に当たる。ふわっと舞う髪からは石鹸のような爽やかないい匂いがする……。

「やっぱ美菜みなさんなんだよなぁ……」

「ふぇ? な、なにが?」

「あ、いえこっちの話です」

「こっちってどっちだい?」

「こっちのあっちの方です」

「ふむぅ〜あおくんは今、わたしに失礼なことを考えてるね?」

「さぁ、どうなんでしょう」

ただ、やっぱこの日常のほうが居心地が快適だなと満足な気持ちがぽろっと口から溢れてしまっただけだからなぁ。

「もうなんなのそれ……」

美菜みなさんは美菜みなさんだなぁつてことです」

「……わたしは、わたしじゃない時もあるよ…………」

「それでも、美菜みなさんは美菜みなさんです。おれの中では美菜みなさんしかいないですよ」

「もう、意味分かんないよ?」

「じゃあ聞きますけど、おれがもしあのとき美菜みなさんと同じように死ねって言ったらどうします?」

「それはちょっと対照的じゃないと思うけどなぁ……。わたしだったらあおくんがそう言ったら、その通りだなぁって思っちゃうし……」

「まぁ、つまりそういうことなんですよ」

「うぉ?」

美菜みなさんでもあんなこと言うんだなぁって思いましたけど、でも間違いではないと思ったってことです」

「…………間違ってるよ。本当は人にあんなひどいこと言っちゃいけないことくらい、わたしにだって分かってる……だから、わたしはひどい女だ」

美菜みなさん風に言うなら、今の美菜みなさんはしょぼぼんを通り越してしょぼぼぼ〜んみたいな感じで表情に影が差していた。

こんなとき、もしドラマや舞台のように脚本やシナリオがあったならカッコいい台詞の一つや二つくらいお茶の子さいさいなんだろうけどな。

生憎、おれはおれなもんで、そんな上手い言葉を選べやしないし言い回しも思いつかない。

「だったら、美菜みなさんが間違ったことをしたらおれは美菜みなさんを怒ります」

だから、こんな遜色だらけの慰めにもならない情けない台詞だけしか思い浮かばない。

「あおくんはわたしを怒ってくれるの? 嫌いになって離れていくんじゃないの?」

「そんなことしませんよ。だってそんなこと言い出したらおれこの先、孤独死一本道じゃないですか。だから、そのときは怒ります。怒って、仲直りしてまた明日を迎えるんです」

「じゃああおくんは、この先もわたしといてくれるの?」

「おれはそのつもりですよ。美菜みなさんこそ、おれが間違ったことしたら嫌いになって離れていくんですか?」

「いかないよ! わたしはそれでも、あおくんは大事だから……大事にしたい。前にも言ったけど、わたしはあおくんと離れる気ないよ」

「じゃあおれも前に言いましたけど、そのまま返します」

…………内心ものすごく安堵なんだけどな。

ここでもし、美菜みなさんから「そんなの絶交に決まってるよ!」とか言い放たれたらおそらくおれの未来に希望はなかった。あぁ、よかったぁ……しょぼぼぼ〜ん乗り越えてこりゃぽわわわ〜んだわ。

「えへへ、あおくん」

「はい?」

「ぽわわわ〜んだね! あおくん!」

えへへと照れ臭そうに頬を掻きながら笑う美菜みなさんはこりゃもう絶景絶景。

ついでに以心伝心できたことだし今日はもう帰って寝たい。寝て明日が来るのを待ちたい。今日にこれ以上の幸運はないから。つまりもう不運が待ち受ける前に、一刻も早く、帰りたい。

「よし、じゃああおくんのバイト先に行くとしよう!」

「え、あ……そうでしたね」

いやぁ、あれだね。

今日って長いよね。ほんとね。




さて、場面は変わり、おれたちはおれのバイト先にやってきた。え、どこって? それは見れば分かると思うが本屋だ。え、見えるわけないだろって? うん、ごめん。

道中は美菜みなさんが無事に飼い猫のミニャと仲直りできたなど、色々と話題を持ちかけてきて、その楽しそうな声音に耳をすましているといつもよりも早くたどり着いたような気がした。

実際は美菜みなさんのペースに合わせたおかげで随分と時間は過ぎ去ってしまっているが。

「はぇ〜ここであおくんがバイトしてるんだね」

どこにでもあるような、でもそこにしかないこじんまりとした本屋。おそらく一軒家の一階部分が店になっているんだろうと一見して分かる。新築な分綺麗でおしゃれに見える。

「そうですね。じゃあ行きますよ」

「え、あ……うん」

店の前に立ち往生してそれ以上踏み込むことを躊躇している美菜みなさんの横をすり抜け、おれは先に中に入る。美菜みなさんもたじろぎながらも、素直に後ろをついてくる。

「いらっしゃいませ…………あ! あぁ〜! やな先輩!」

「おう小森こもり。来たぞー」

「もう! 遅いです! 遅すぎてこっちからビューン! って駆けつけてやろうかと思ったのです!」

おれと美菜みなさんが入店すると同時に出迎えてくれたのは、明るさ全開で愛嬌のある少女だった。

名前は小森こもりいちご。そのサラッとした黒髪セミロングを一束に結っているポニーテールが特徴的。あとは目がでかい。いつもすっごいキラキラした瞳でおれに寄ってくる可愛い女の子だ。

その小森こもりが今はポニーテールを振り回しながらぷりぷりしていた。一体どういった原理でその髪の束がふりふりしているのかは謎である。たぶんたが今後解明されることもないだろうと思うが。

あ、ちなみに『やな先輩』ってな先輩ってわけじゃないから。おれが柳沢やなぎさわだから。そうなんだから。

「悪い悪いちょっと先輩を連れてきててな」

「先輩……? やな先輩?」

小森こもりはどうやらおれの後ろの人物に目が追いついていないようで、なにやらと首をきょとんとかしげている。う〜ん、その仕草は可愛らしくて好きだけど小森こもりの視界の狭さは心配になるなぁ。

「いやいやおれじゃなくて、おれの先輩」

「やな先輩の先輩……え!? この人ですか!?」

おれの視線に気付いたのか、小森こもりもようやく美菜みなさんに焦点を当てたようだった。

「あなたが、やな先輩の先輩さんなのですか!?」

「えっと、うん。そうだね……」

「ちっちゃいです! やな先輩より小さいのにやな先輩の先輩さんなのですか!?」

「あ、はい。そうなんだよね……」

「うぇぇええ〜!?」

なにをそんなに驚くことがあった?

「おい、どうした小森こもり?」

「やな先輩! この人は私と身長が同じくらいなのに年上です!」

「いやそこら辺にいるだろ普通に。小森こもりだってそれ以上身長延びないだろうが」

「なんだか同じ目線の人を久しぶりに見たような気がします! 嬉しいのです! でも私はまだ成長期ですよ!」

「まじか小森こもり。すごいな小森こもり

どややんといった感じで胸を張る小森こもりはどうしてか素直に褒めたくなるので、おれは手癖でその小さな頭を撫でてやった。

「んふふふ〜今日はきゃぴーんとしてシュババーン! な夢を見るのです!」

「そうか、それはよかったな」

小森こもりは基本的に擬音語が多い。あとはボディランゲージも激しい。そしてなによりニコニコしている小森こもりは魅力的で、一緒にいて退屈することはない。おそらく今日はいい夢を見るんだろう。空でも飛べるといいな。

「さて、と。えっとじゃあ小森こもり

「はい?」

「今、愛美まなみさんは上にいるのか?」

おれは小森こもりのお母さんの居場所を尋ねる。

「うん、お母さんは今はたぶんパラパラぁっと本を読んでいると思います!」

「そっか。というわけで、じゃあ美菜みなさん」

「ん?」

「ちょっとだか挨拶しに行きましょうか」

「あ、うん。そうだね……」

「別にそんなに緊張しなくていいんですよ?」

「ううぅ〜…………」

さっきからずっと手をもじもじさせて腰をくねくねしている美菜みなさんをとりあえず案内する。

二階に上がり、リビングな扉を軽くノックする。

愛美まなみさん、昨日伝えたと思うんですけど、言ってた先輩を連れてきました」

「はーい、どうぞー」

柔らかく透き通った声が返ってくる。いつもの愛美まなみさんの声だ。

「じゃあ失礼します」

「し、失礼しままます…………」

ガチャリと扉を開け、一見してソファに腰掛けている愛美まなみさんを発見すると、そちらに向かった。

「あら、いらっしゃい。というより初めましてかしらね?」

短く切り添えられた淡い茶色をした髪が、こちらに振り向くと同時にはらりと揺れる。

小森こもりによく似た大きな目元がおれたちを優しく見ていた。

「そうですね初めましてですね。こちらおれの大学の先輩の佐伯美菜さえきみなさんです」

「ど、どうもご紹介にあ、あずかりました。さ、佐伯美菜さえきみなと申します……」

「随分と綺麗な子ね。緊張してる?」

「い、いいいえとんでもないです!」

「ふふ、まぁいいわ。よかったらそこに座ってちょうだい。お茶でも用意するわ」

愛美まなみさんはすらりと立ち上がる。足が長く身長も高い。目の前に立つ美菜みなさんがさらに小さく見える。おそらく小夏こなつくらいかそれ以上あるな。

「じゃあおれはこの辺で。下でいちごさんと仕事してきますね」

「そうね。お願いするわ」

「はひゃ!? あ、あおくん……いっちゃうの…………?」

「え、そうですけど?」

「わたしを置いて…………?」

美菜みなさんはうるうると瞳を潤わせておれになにかを訴えかけてきた。いや普通に面接みたいなもんでしょ。むしろこんな甘々な面接ほかじゃ経験できないから。

「いや普通に挨拶すればいいだけじゃないですか」

美菜みなちゃん、でいいのかしら? そんなに怖がらなくていいわよ。ほんのちょっとだけだから」

愛美まなみさんも宥めるような優しい声で美菜みなさんを落ち着かせようとしている。

「ということなんで、おれは下で小森こもりといるんで、終わったらまた会いましょう」

おれはそう言い残してリビングを後にした。

どうせ数分後には愛美まなみさんとも打ち解けてけろっとスキップでもしながらやってくるだろうし、心配することはなにもない。

ではおれは早速制服に着替えるとしようか。え、なに? お着替えシーンはないのかって? いやいやこういうのは……え? そんなこと一言も言ってないって? あ、そうか。


「さて、と。今日ものんびり働くかぁ……」

「や、やな先輩!」

背景の色もすっかりオレンジ色に染まろうかという時間帯、凝った身体をぐっと伸ばしていると後ろから小森こもりに呼びかけられる。

「ん、どした小森こもり?」

「…………やな先輩は、さっきの女の人と仲良しさんなのですか?」

その表情からは、訝しむというより寂しさが伝わってきた。

「あぁ、そうだよ。あの人は今一番近い人かもしれん。…………小森こもり、大丈夫か?」

「は、はい! 大丈夫なのです! これくらいへっちゃらの助です!」

「そうか、そう言ってもらえると助かる。もしきつかったら言ってくれな?」

「は、はい! でもご心配ご無用です! 私は強いので! シュッ! シュシュッ!」

稚拙なシャドーボクシングを披露してくれる小森こもりだが、別におれそっちの心配してるわけじゃないんだなこれが。まぁなんとも微笑ましいからそのままにしておこう。

「そ、それでなのですが、やな先輩! ひ、ひとつお願いごとをしてもいいですか?」

「ん? なんだ? おれでよければ聞くぞ」

「そ、そのこの前なのですが、お母さんとテレビを観ていて……その、クレープが美味しそうだなと思いまして……今度の日曜日にい、一緒に……」

「あぁ、いいなクレープ。おれも好きだぞ。で、それを一緒に食べに行こうってか? おう、行こう」

日曜日は特になにもないし、ここも定休日だからお互いちょうどいい気晴らしになるだろう。

「ほ、ほんとですか!? いいですか!?」

「おう全然いいぞ。なんならそれこそ美菜みなさんも誘って三人で行くか?」

「あ、いや…………それはダメなのです……」

「そうなのか?」

「わ、私……やな先輩と二人がいいのです……」

「……そっか。じゃあ仕方ない。二人で行こうか」

「は、はい! ちなみに、クレープ屋さんの近くには本屋さんもあるみたいなのでよかったらそこにも! 行きたいです……」

「分かった。じゃあそうしよう」

「はい! ありがとうございます!」

今は、これでもいいだろう。

いずれまたみんなで行ければそれでいい。

おれはそう願っていた。


そして、その願いがまさかこうなるとは思っていなかった。

時は先ほど小森こもりとクレープ屋に行く約束をしてまだ数分としか経っていないころ。

なぜだろう……。

なぜか、小森こもり美菜みなさんが睨み合うこととなってしまったのだ。もうバチッバチに。間を通ろうくらいなら火傷じゃ済まないだろこれは。

原因は一つ。

ご機嫌な小森こもりと一緒に向き合っていると、満面の笑みでこちらに駆け寄ってくる美菜みなさんが、近くに来てこう言った。

「あおくん! あのね、さっき愛美まなみさんから聞いたんだけど、近くに美味しいクレープ屋さんがあるんだって! 今度の日曜日一緒に……って、え、なに……?」

「ふぐぐぐ…………っ!!」

「ふがっ!? ま、まさかっ!? ぐるるる…………っ!」

簡潔にまとめると、こんな感じのやりとりがあり、今に至ることとなった。

それを傍から見守るおれの立場からすれば、

「乙女心って難しいんだなぁ…………」

これが精一杯の反応であるのです。




はいどうも雨水です。

もうかれこれ1ヶ月が過ぎました。あっという間でした。

こうやって気付けば年をとり、動かしたいときに体は言うことを聞かず、人の言うことも聞かず、人生を終えていくのかと思うと寝るのがもったいなとは思います。

でも言います。

ちゃんと寝た方がいい。寝ることに幸せもあるかもしれないので。それだけです。

今週も読んでいただきありがとうございました!

それではよければまた来週ここで!

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