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ゲームプランナーなので無理ゲーな異世界を大型アップデートします  作者: 浦和篤樹
第三章 アップデート『天より来る魔狂星』

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98 峰晴の魔法修行と考察 2

 数日かけた練習のおかげか、魔力を出す時の感覚にも慣れてきて、集中力さえ乱さなければ、右手の平の前に出した魔力の塊は綺麗な球形を維持できるようになってきた。

 中二病っぽい『ハアアアァァァァ!』なんて気合いを入れなくてもよくなったし。

 だから、そろそろ次の段階に移ってもいいだろう。


 冒険者ギルドの裏の広場で、練習用の丸太まで数メートルほどの距離を置いて立って、ホロタブを起動する。

 画面に映し出すのは、二つ。


 一つ目は、過去の映像から書き起こした、スレッドレさんが唱えていた『ファイアアロー』の呪文だ。

 多くの下級魔術師(メイジ)が苦労しながら丸暗記して、それを懸命に唱えているのに比べると、明らかにカンニングで心苦しく思わないでもないけど、魔法システムに呪文は存在しないって創造神のユーリシスが断言しているんだから、ハッキリ言って、覚えるだけ時間の無駄だ。

 呪文で想像力を補完してイメージを固めることが出来るようになれば、いずれ無詠唱で魔法が使えるようになるんだから、本来使われていた通り、そこに至るまでの参考程度にしておけばいい。


 二つ目は、ユーリシスに許可を取って準備して貰った、現在の魔法システムのオンオフ機能だ。

 オンにしていると、現在の魔法システムに従った魔法しか使えない。

 オフにしていると、現在の魔法システムに従わない、つまり魔法のリストに存在しない魔法でも、任意のイメージで使えるようになる。ただし、俺限定で。


 最初はオンで試して魔法に慣れるべきなんだろうけど、好奇心が(まさ)って、今はオフにしてある。


「さて、それじゃ始めるか」

 いよいよ、本格的に魔法を使うのかと思うと、ドキドキしてきたな。

 ちょっと口元がにやけそうになるのを必死に引き締めて、一度深呼吸してから気合いを入れる。


「いくぞ! 『怒れる炎よ、我が元に集え――』」

 呪文の詠唱開始と同時に、丸太に向かって右手を突き出す。


「『揺れ、荒れ狂う形なきその身を、力ある言葉と共に集約せよ――』」

 これまでの練習通り、魔力が身体から湧き上がって右手の平の前へと集まっていく。

 そして、いつもは球形にまとめていた魔力の塊を、火に、そして矢の形になるようにイメージしながら魔力の塊を操作した。


「『その身を一つの矢となして、敵を貫き討ち滅ぼす力となれ――』」

 魔力の塊が矢の形っぽくなったところで、これまでに見た『ファイアアロー』の姿をイメージとして重ね合わせる。

 同時に、魔素が気体の分子運動を活発化させ熱エネルギーを発生させるようにイメージしながら、大気中の水素分子二つと酸素分子一つを化合(燃焼)させるように――


 ボン!!


「――うわっ!?」

 『ファイアアロー』が爆発した!?


「……あっ、そうか。水素と酸素が化合するときは爆発的に燃焼するんだった」

 ということは、『ファイアボール』みたいな爆発する魔法ならともかく、『ファイアアロー』みたいな魔法では、水素と酸素の燃焼のイメージは駄目だな。


 確かロウソクが燃えるとメタン(CH4)が発生して、酸素(O2)とぶつかって分子配列が変わって燃焼し、二酸化炭素(CO2)(H2O)になるんだったっけ?


 でもメタンって、大気中のメタンのせいで青く見えるって言う天王星や海王星でもたった二パーセント、木星で〇.一パーセント程度だったはず。地球の大気ではゼロコンマでゼロがいくつ後に続いたんだったか……。

 火が矢の形を作って敵に命中するまで燃焼し続けるだけのメタンを、そこら辺の大気中から集められるとも思えない。


 逆に一度大気中の二酸化炭素と水を分解してメタンと酸素にして、そこから燃焼させてもう一度二酸化炭素と水に変えて火を生み出して、『ファイアアロー』に……。


「うわ、面倒臭すぎる……そんな化学反応をいちいち頭の中でイメージして魔素を操作してたら、咄嗟に魔法なんて使えないぞ」


 そもそもの話だ。

 こう言ったら悪いけど、スレッドレさんが、そんなことをイメージしながら魔法を使っていたとはとても思えない。


 もっと言えば、そんな科学的な知識は持っていないんじゃないか?

 元の世界の十八世紀でも、燃焼は物質と結びついていた燃素(フロギストン)が大気中に放出される現象って説があったくらいだし。


 魔物に領土を奪われて、重要な金属や貴金属の鉱山を失い続けている状況で、その手の科学技術の研究や発展に国が大々的に資金と資材を投入している余裕はないだろう。

 個人で研究している科学者がどれほどいるかは知らないけど、例えば大学なんかの教育機関で、貴族や金持ちのほんの一握りが学んでいるに過ぎないはずだ。


 だからスレッドレさんに限らず、ほとんど魔術師はそんな知識もなく、そんなことをイメージしながら魔法を使っていないはず。

 もしそんなことを考えているなら、呪文は『大気中のメタンよ酸素と分子配列を変化させ燃焼せよ』って感じになるはずだ。


 じゃあ、魔術師は何をどうイメージして、魔法を使っているんだろう?


「魔力の動きをすぐに捉えられたから、これは簡単に魔法が使えるぞって思ったんだけど……魔法、難しすぎないか?」



 次の日の朝練で、ローレッドに話を聞いてみた。


「僕が『ストーンボルト』を使う時のイメージですか? そうですね……」

 いきなりの質問だったのに、ローレッドは真面目に考えてくれる。


「そこら辺に転がっている石を見つけた後、それを浮かばせて、矢のように飛ばして、敵に当ててダメージを与える、ですね」

「その時、どうやって石を浮かべるイメージをしてるんだ?」

「石を浮かべるイメージですか? それは……こう、ふわっと?」

 説明自体がふわっとしてるな。


「例えば、風で浮かせるとか、重力を制御するとか」

「え? え? え?」

 狼狽えた後、わけが分からないって顔で首を傾げてしまう。


「つまり、そういうイメージは持ってないってことか……」

「よく分からないですけど……ナオシマさん、魔法を使うための練習の話をしているんですよね?」

「ああ、もちろんだ」

「それと、石をどう浮かべるかって、なんの関係があるんですか?」


 これは……魔法がそういう、ふわっとしたイメージで使えるってことなのか?

 それとも、そういうイメージを持たないからローレッドは下級魔術師止まりで上級魔術師(ソーサラー)になれないのか?


「なんだか済みません、お役に立てなくて」

「いや、気にしないでくれ。十分参考になったよ」


 この手の話に詳しそうな人は他に……いた!

 レイテシアさんがいるじゃないか。



「あら、ミネハル君じゃない。わざわざ訪ねてきてくれたのね、嬉しいわ」

 教えて貰っていた高級な宿屋を訪ねて、レイテシアさんに話を聞いてみる。


「『ファイアアロー』を使う時に、どんなイメージをしながら魔法を使っているか、ね。ふふっ、ミネハル君は面白い着眼点をしているわね」

 口元に手を当てて面白そうに笑ったレイテシアさんは、右手を振りかぶって振り下ろし、『ファイアアロー』を放つ真似をしながら、得意げに説明してくれる。


「火よ燃えろ! 矢の形になれ! 飛べ! 当たれ! 焼け! 魔物を倒せ! こんな感じかしら」

「レイテシアさんでもそういうイメージなんですね……」


「ちょっと引っかかる言い方ね? 何か失望するような言い方をしたかしら?」

「あ、済みません、そうじゃないんです。俺が魔法を使うときのイメージが上手くいかなくて、他の魔術師がどんなイメージを持って魔法を使っているのか参考にしたいんですけど、みんな俺のイメージと随分違うんだなと思って」


「ふーん……ミネハル君が魔法を使うときのイメージね。ちょっと面白そうだわ、聞かせてくれるかしら」

 あまり細かい科学的な知識を説明するのも不味そうなんで、そこら辺はちょっとぼかしながら、イメージを伝えてみる。


「ふーん、そんなことを考えながら魔法を使おうとしているなんて初めて聞いたわ。そうね、一度ミネハル君が魔法を使っているところを見てみたいわ。いいかしら?」

 難しい顔をしながら話を聞いてくれたレイテシアさんは『いいかしら?』と言いながら、宿の部屋を出ようとすでに動き出している。

 どうやら魔法を使うところを見せるのは決定事項のようだ。


 というわけで、またもや冒険者ギルドの裏の広場へとやってくる。


「じゃあいきますね。『怒れる炎よ、我が元に集え――』」

 呪文の詠唱開始と同時に、丸太に向かって右手を突き出す。


「『揺れ、荒れ狂う形なきその身を、力ある言葉と共に集約せよ……』」

「あら、どうしたの? どうして途中で止めるのかしら?」

「いや、その……じっと見られていると、なんか落ち着かないというか、恥ずかしいというか……」


 中二病で格好付けて呪文を唱えているところを、一般人に目撃されてしまったような、そんな気恥ずかしさでいっぱいなんだけど。


「ミネハル君の感性は、やっぱりよく分からないわね。魔法を使いたいのに、呪文を唱えるのを見られるのが恥ずかしいだなんて。そんなことを言っていたら、パーティー組んで魔物となんて戦えないわよ?」

「ごもっともで……」


 ここはもう恥を捨てて、中二病全開で呪文を唱えるしかなさそうだ。

 深呼吸して、覚悟を決めて、なりきる(・・・・)

 格好を付けて右手を突き上げ、勢いよく前方へ突き出した。


「『怒れる炎よ、我が元に集え――』」

 これまで通りにイメージを固めていく。


「『揺れ、荒れ狂う形なきその身を、力ある言葉と共に集約せよ――』」

 さらに大気中の二酸化炭素と水を分解してメタンと酸素に変える。


「『その身を一つの矢となして、敵を貫き討ち滅ぼす力となれ――』」

 さらにメタンと酸素を燃焼させて火を発生させて矢の形に……するには全然足りてない。

 とにかく二酸化炭素と水を分解してメタンと酸素に変え、メタンと酸素を燃焼させてを繰り返し……。

 そっちに集中するとせっかく発生した火を矢の形で維持できない……!


 火が揺らめいて形を崩して……せっかくの魔力の塊が霧散してしまった。


「ぷっ……あははははっ!」

 突然、腹を抱えて笑い出すレイテシアさん。

「……そんなに笑われるほど、駄目でした?」

「あはははっ、ごめっ……くくくっ、ごめんなさいっ」


 ひとしきり笑った後、目尻に浮いた涙を指先で拭って、腰に手を当てると、ビシッと俺を指さしてきた。


「ミネハル君、難しく考えすぎ」

「難しく考えすぎ、ですか?」

「そうよ、難しく考えすぎ」


 二度も『難しく考えすぎ』を繰り返して、顎に人差し指を当ててしばし考えると、その人差し指を教鞭のように振って説明してくれる。


「ミネハル君はあれこれ考えすぎて、魔力を操作しようとしすぎているのよ。例えるなら、固まらないゆるゆるの生クリームで作ったケーキね。あ、生クリームって知っているかしら?」

「はい、知ってます」


「ならいいわ。ゆるゆる生クリームは、ケーキに塗ってもゆるゆるだから流れ落ちてしまうわ。そんな生クリームだけでケーキの形を作ろうとしてご覧なさい。ケーキの形は維持出来ないでしょう?」

「それは……そうですね」

「ミネハル君がやっている魔力の操作はまさにそれ。ケーキの形を維持しようと、あっちが崩れたら形を整え、こっちが崩れたら形を整え、形を整えようとするばかりで、全然ケーキが完成しないの」

「はあ……」


 なんとなく分かるような、分からないような……。


「それはレイテシアさんの失敗談ですか?」

「わ、わたしがケーキ作りに失敗したかどうかなんて、今はどうでもいいのよっ」

 真っ赤になって、多分、そんな失敗をしたんだろうな。


「ゴホン! いい? 魔力の操作なんて、もっと大胆かつ大雑把でいいのよ。水をバケツにガバッと汲んで、ザバッと型に流し込む、こんな感じね」

 それも、なんとなく分かったような、分からないような……。


「同じパーティーのユーリシスちゃんは、その辺りのコツは教えてくれなかったのかしら?」

「今、別の仕事を頼んでて、そっちに頭を悩ませてるみたいだから、手伝って貰うのを遠慮してたんですよ」


「最初が肝心なのだから、聞くだけ聞いてみたらどうかしら? わたしが教えてあげてもいいけれど、まずは同じパーティーの魔術師に聞くべきでしょう。その後なら、コツでも練習でも、わたしが付き合ってあげるわよ?」

「いいんですか?」

「ミネハル君の発想は、ちょっと他の人と違うみたいだし、わたしの研究のヒントになるかも知れないわ。ああ、本気でミネハル君にヒントを出して貰いたいわけじゃなくて、偶然何かの発想に役立ったらいいな程度の話だから、気負う必要はないわよ」


 なるほど、そういうことか。

 俺もレイテシアさんから現状の魔法の認識について色々と聞きたいし、渡りに船の申し出だ。


「じゃあ、お言葉に甘えさせて貰います」

「ふふ、お姉さんに任せなさい」

 こうして俺の日課に、午後からレイテシアさんとの魔法練習が追加された。



 夜、宿屋に帰ってから、レイテシアさんのアドバイスに従い、ユーリシスに疑似神界を展開して貰って、その辺りのイメージを確認してみたんだけど……。


「なんのために私が魔法システムについて説明したと思っているのです。お前はそのようなことも出来ないのに、魔法システムを改変するなどと言っていたのですか」

 思い切り呆れられた。


「イメージ通りに操作するシステムって考えるなら、あの世界の人より科学的な知識があって、いろんな作品で魔法のイメージを持ってる俺なら、もっと簡単にいけると思ったんだよ」

「それで魔法システムの制限を受けないオンオフ機能まで作らせておいて、使いこなせないでは意味がありません」

 いやまあ確かに、その通りなんだけど。


「物理現象って言いながら、あの世界の人はその手の知識なしに魔法を使っているよな。結局、なんでそんな曖昧な知識とイメージで魔法が使えるんだ?」

「もし魔法を使う時に、いちいちそのような知識を駆使しなければ使えないのであれば、魔法は概念すら未発見のままです。ですから、そこまで事細かな魔素の制御を人にさせようとは思っていません。それは人の手に余ります。そのために魔法システムで補助しているのです」


 ユーリシスがホロタブを起動させて、魔法の計算式を表示する。

 当然、統一理論のような複雑怪奇な数式だ。


「計算式で使われているこの部分の変数……お前の知識に照らし合わせて分かりやすく説明するのであれば、エディタやスクリプトのようなものと言ったところでしょうか。術者が事細かに物理現象をイメージして魔素と物理現象を操作しなくても、その変数に代入される数式が全て代わりに処理するようになっています」

「だから、ローレッドもレイテシアさんも、ふわっとしたイメージだけで魔法が使えていたのか」


 例えば、石を浮かべるとイメージしただけで、勝手に重力を制御して石を浮かべてくれる、みたいに。

 この場合は俺が難しく考えすぎというよりも、やってることは正しかったけど、シナリオを書くのに、すでにユーリシスが用意しているテキストエディタを使わず、いちいち自分でテキストエディタやフォントを作るところから始めようとして、処理限界を超えたって感じだな。


「それならそうと最初から教えてくれてれば、ここまで苦労しなかったのに」

「何を泣き言を言っているのです。お前はスキル同様、何か新しい魔法を作ろうとしていたのでしょう。だから魔法システムの詳細な説明を求めて、オンオフ機能まで作らせたのではないのですか。そうであれば、使いこなせるようになるべきでしょう」

 いや、泣き言って程の話じゃないけど、考えが甘かったのは認めるよ。


「つまり、新しい魔法を作りたければ、その変数に代入される数式……エディタやスクリプトの機能は俺が設計して作れ、と?」

「その通りです。どのような物理現象を経て、どのような物理現象を引き起こすのか、どこまで術者のイメージを汲み取って補完するのか、事細かに設計しなければ魔法として使えません。その設計が甘いと、魔法は暴走して目的の効果を発揮しないでしょう。作りたければ覚悟して作りなさい」


 つまりバグが発生するってわけか。

 バグ取り、気が遠くなりそうだな……。


「分かった、どんな物理現象を経てその魔法が発動するかの設計は可能な限り俺が考えるから、足りない部分のアドバイスや数式自体を作るのはユーリシスに任せていいか? さっきユーリシスも言ってただろう? さすがにただの人でしかない俺の手には余る」

「まったく……仕方ありませんね」


 以前だったらここで、だったら新しい魔法を作るのも魔法システムを改変するのも諦めろ、くらい言ったと思うけど。

 ユーリシスも魔法システムの改変が必要だと思っているからか、そこはちゃんと協力してくれるみたいだな。


「仮にお前が私の世界を救って、その報酬として我が師に、いずれかの世界の創造神になりたいと願ったとき、その程度の物理現象を設計して数式を作り出し、システムとして世界に組み込めなければ、到底世界の創造など出来ません。覚えておきなさい」

「今のところ報酬で神になるつもりはないからいいんだけど、一応覚えておくよ」


 これからも、そこはユーリシスに丸投げでいこう。



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