97 峰晴の魔法修行と考察 1
ユーリシスを追い詰めたくないし、これ以上の魔法システムについての話は一旦保留するとして。
「随分と確認が後回しになったけど、最初俺が聞いたとき、俺は魔法が使えないって言ってたのに、グラハムさんやスレッドレさんと話したときには使えるって言ったよな? どういうことなんだ?」
「そのようなことですか。それは単なるお前の勘違いです」
ユーリシスも気を取り直したみたいで、いつもの調子に戻って、冷ややかな視線と声音を俺に向けてきた。
「俺の勘違い? どういう意味だ?」
「最初にお前が聞いてきたのは、チートで『桁違いの魔力で魔法が使える』かどうかです。だから、桁違いの魔力でなど『使えません』と答えただけです」
「えっ、あれってそういう意味だったのか!?」
「話の流れ上、そういう内容でした。お前の聞き方と受け取り方が悪いのです」
「ぐっ……」
じゃあ、あの時普通に、俺が魔法が使えるかどうかだけを聞いていたら、使えるって答えて貰えてたってことなのか……なんて間抜けな遠回りだ。
使えないと思い込んで、試そうとすらしなかったもんな。
俺が勘違いしていると分かっていたなら、教えてくれてもいいだろうに。
「ちなみにだけど、あの世界に行けば、誰でも魔法が使えるのか?」
「お前の言う意味が、我が師の創造した世界の人間が異世界転移してきたら誰でも使えるのか、という意味であれば、使えません。異世界転生してきたら、という意味であれば、使えます」
「その二つの違いはなんだ?」
「先ほども説明した通り、あの世界にはお前の元の世界では存在しない魔素が存在しています。元の世界の肉体を蘇生させあの世界へ転移させていれば、お前の肉体には魔素が含まれていないため魔法は使えませんでした。あの世界の物質で一から構築した肉体にお前の魂を転生させたので、魔法が使えるのです」
「そうだったのか……」
そこは、ユーリシスに感謝しないといけないところなのかな。
「ですが勘違いしないように。お前に魔法を使わせるための措置ではありません。もしお前の肉体が元の世界の物質で構成されたままであった場合、あの世界の魔素が含まれた空気を呼吸し体内に取り込んだだけで、必ず身体に不具合が発生します。飲食しても同様です」
「身体に不具合って……魔素って元の世界の生き物にとって毒だったりするのか?」
酸素も濃度が高すぎると毒になるし。
「違います。取り込んだ酸素や栄養素を使い細胞があの世界の物質で構築されて、元の世界の細胞と置き換わっていくとき、二つの世界の物質で作られた細胞が交じり合うことで、魔素の影響を受ける細胞と受けない細胞が相互に機能不全を起こします。お前の身体は程なく崩壊を始め、尋常ではない激痛に苛まれながら命を落としていたでしょう」
「げっ……そうだったのか」
ここは素直にユーリシスに感謝しておこう。
でも、ようやくこれでハッキリしたな。
俺も魔法が使えるんだ!
よし、俄然やる気が出てきたぞ!
翌日の朝練後、俺は一人だけ冒険者ギルドの裏の広場に場所を移して、早速魔法の練習を始める。
俺がこれまで間近で観察したことがある魔法は主に五つ。
スレッドレさんが使っていた『ファイアアロー』。
ローレッドが使っていた『ストーンボルト』。
ユーリシスが使っていた『ライトニング』と『ウォーター』。
レイテシアさんが見せてくれた『アイシクルランス』。
魔法はイメージが大事らしいから、練習するならこれから選ぶのが一番だろう。
中でも『ファイアアロー』はこの世界で初めて見た魔法で強く印象に残っていて、スレッドレさんが連発していただけじゃなく、リセナ村でユーリシスが使ったのもあって、一番イメージがしやすい。
というわけで、練習用の魔法は『ファイアアロー』を選ぶ。
「練習の仕方は……一応、魔法書に書いてあった手順でやってみるかな」
ユーリシスから特に間違いの指摘はなかったし、俺も適している方法だと思うし。
まずは体内の魔力……つまり、魔素の動きを感じるところから始める。
「うん……感じる……これが魔力……魔素の動きだな」
初めてグラハムさんが両手斧スキルの『アンプレゼント』を使ったときに感じた、あの力の動き。
そしてそれ以降、ティオルやララルマがスキルを、ユーリシスが魔法を使うたびに感じた力の動き。
元の世界には存在しない魔力って力だから敏感に感じ取れたのか、魔力が働いているのが手に取るように分かる。
魔術師を目指す人のおよそ五割がここで魔力の動きを感じ取れなくて挫折する上、ハッキリそうだと感じ取れるようになるまで平均して数週間から数ヶ月かかるって書いてあったから、そういう意味で俺はかなりラッキーだな。
次は、今感じた魔素を動かして手の平に集める、魔力の操作だ。
これはあれだ、よくアニメで見た、手の平に力を集めて光弾を放つってイメージでいけそうな気がする。
「ハアアアァァァァ!」
気を高める某アニメキャラを真似して、気合いを込めて右手を前方に突き出し、感じた魔力を右手の平の前に集める。
「おおっ、いけた! でもちょっと妙な感じがするな……」
見事、右手の平の前に魔力が集まって、まさに光弾のような魔力の塊になる。と言っても、別に光ったり、本当に光弾に魔力が変換されているわけじゃなくて、イメージ的に、だけど。
それに、体内の魔力が右手の平へ移動していく感じが、別に痛いとか苦しいとかはないけど、体内を何かが移動するような微妙な感触があって、ちょっと慣れない。
この感覚は、魔法を使うたびにあるんだろうから、そのうち慣れるといいんだけど。
でないと、この妙な感じのせいで集中力が途切れそうだ。
「おっと……!」
気を散らしたせいで、集めた魔力の塊が、せっかく光弾のように綺麗な球形だったのに、揺らいで崩れそうになって、魔力が空中に散っていく。
「むっ……よっ…………あれ? 上手くいかないな……なんでだ?」
一旦崩れてしまった魔力の塊は、綺麗な球形に戻ってくれない。
出っ張ったところを引っ込めて、へこんだところを盛って、形を球に整えようとしているのに、そのたびにどこか別の場所が歪んでしまう。
「……っ……く…………このっ………………駄目だ」
遂に集中力が途切れて、集めた魔力が霧散してしまった。
成果の確認のためホロタブを立ち上げて自分のステータスを見てみると、確かにMPが少し減っていて、形を整えようと四苦八苦したせいかスタミナも微妙に減っていた。
その代わり、微増ではあるけど、経験値ゲージが増加していて、今のだけでもちゃんと俺の練習になってくれたみたいだ。
「この調子で、魔力をコントロール出来るように練習あるのみだな。あと、魔力を出すときに、いちいち気合いを入れて声を出さないでも済むように慣れとかないと」
ユーリシスはもちろん、スレッドレさんも、ローレッドも、レイテシアさんも、誰も『ハアアアァァァァ!』なんて言ってないんだから、俺も言わずに済ませないと、中二病っぽくてちょっと恥ずかしい。
ともかく、練習あるのみだ。
それから丸一日かけて練習してみて分かったのは、一度魔力を放出してしまったら、自力で体内に戻せないってことだ。
魔力を出すだけで徐々にMPを失っていくから、集中力が途切れる前に、放出した魔力の塊を体内に戻すイメージで身体に戻してみたんだけど、体内に元からあった魔力とは別に、戻した魔力が二重写しのように存在して、しかも身体に馴染んで戻らず、結局霧散してしまった。
まだ練習を始めた初日だし、いずれコツを掴んで出来るようになるのかも知れないけど、現状、出来そうな気がしない。
仮説としては、魔素は素粒子なわけだから、つまり基本的には原子核の陽子の中に含まれているわけで、その素粒子を電荷の移動のように放出してしまうわけだから、体内に戻すには、魔素を放出した陽子を正確に選んで戻してやらないと駄目なんだろう。
いちいちそんな陽子を探して選んで戻してなんて、人間業ではまず無理だな。
そういうことを勝手にやってくれそうなシステムか魔法か、はたまたMP回復ポーションなんかがあれば、話は別だろうけど。
「……やっぱり、魔法のポーションが欲しいな」
回復魔法が現状ロックされている以上、別の回復手段は必要だし。
昨夜、ユーリシスの地雷というかなんというか、そこを踏んだばかりだし、ユーリシスが自分から積極的に魔法システムを改変しようと考えてくれているところだ。
ここで、別の回復手段がって持ちかけるのはどうかと思うし、改めて折を見て相談することにしよう。
「ただいま」
夕食の時間に合わせて、宿に戻る。
三人とも、すでに食堂に揃っていた。
「お帰りなさいぃ」
「遅かったですね。あれからこんな時間まで一人で魔法の練習をしていたのですか」
ユーリシスが、何故か呆れたように溜息を吐く。
ここは、よく頑張っていると褒める……姿は想像出来ないから、せめて感心するくらいはして欲しいところだけど。
「ああ。せっかく魔法が使えるって分かったんだから、練習しない手はないだろう」
あれ、そう言えば……。
ティオルの方へ顔を向ける。
「……お帰りなさい」
いつもなら、真っ先にお帰りなさいを言ってくれるのに。
「ティオル、どうかしたか?」
「別に……なんでもないです」
うん、なんでもないって顔じゃないな。明らかに拗ねている。
ララルマが身を寄せてきて、こそっと耳打ちしてくれた。
「ミネハルさんが悪いんですよぉ。剣術の稽古よりぃ、魔法の練習の方を熱心にしてるからぁ」
あ……そういうことか。
ここはどう言うべきか……。
咄嗟に頭の中に浮かんだギャルゲーの三択の中から、一番ティオルが喜びそうな選択肢を選ぶ。
「ティオル、今日の魔法の練習でちょっと手応えを掴んだんだ。だから、魔法を使いながらでも剣術で戦える魔法剣士を本格的に目指したいんで、明日からの剣術の稽古、ビシビシ鍛えてくれるか?」
「!? は、はい! 頑張ります!」
身を乗り出して、一気に笑顔になってくれるティオル。
どうやら正解だったようだ。
そして……。
ティオルにはこの手の社交辞令は通用しないんだろう。
翌日からの朝の稽古は、本気でビシビシと厳しいものに変わってしまった。