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ゲームプランナーなので無理ゲーな異世界を大型アップデートします  作者: 浦和篤樹
第三章 アップデート『天より来る魔狂星』
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94 レイテシアの魔法講座 2

 レイテシアさんが右手を高々と上げる。

「呪文と一口で言っても、まだ全ての深奥が解き明かされているわけではないわ。例えば……」

 すっと浅く息を吸って、声に力を込める。


「『凍える氷よ、我が元に集え、一つの槍の形となりて、我が敵を貫け、飛べアイシクルランス』!」

 呪文に合わせてレイテシアさんから魔力が湧き上がり右手に集まると、氷柱で出来た槍の形になる。

 そして、投擲された槍よりも速く飛び、練習用の丸太に深々と突き刺さった。


「今のがアルクレーゼ派が好んで使う語句を用いた呪文ね。例えば『凍える氷よ』とか『怒れる炎よ』とか、『我が元に集え』と集めて、どんな形にして、その上で明確に『敵』を攻撃するって意思を込めやすい語句を順番に並べて使うのが特徴的ね」


 あ、なんかどこかで似たような呪文を聞いたことがあると思えば、『アックスストーム』のスレッドレさんが帝王熊(エンペラーベア)討伐の時に使っていた呪文に似ているんだ。

 なるほど、スレッドレさんはアルクレーゼ派の魔術師から呪文を教えて貰ったってことか。


「じゃあ次は……『氷槍よ顕現せよ、その速き飛翔より(のが)れる(すべ)あらず、その切っ先を防ぐこと(あた)わず、ただその身を穿(うが)たれ我が前に倒れ伏すのみ、射貫けアイシクルランス』!」

 呪文は全く違うのに、さっきと同様のプロセスを経て、氷柱で出来た槍がさっきのと並んで練習用の丸太に深々と突き刺さった。


「今のがゼルイン派が好んで使う語句を用いた呪文ね。最初から『氷槍』って形を指定して、ちょっと叙事詩的な表現で術者の気分を高揚させることで、より強固な敵を倒すイメージと効果を発揮するような語句を並べて使うのが特徴的ね」

 ちょっと中二病っぽい盛り上がりを感じさせる呪文だな。


 さらにアルクレーゼ派と同様の構成だって前置きして、別の国の言語で呪文を唱えて『アイシクルランス』を使ってみせる。


「何を作ってどう扱うかって内容は似ていて、魔法の使用目的は同じでも、学派によって使う呪文の語句はかなり違うんですね。あと、同じ構成と語句でも、言語が違うのに発動するのも不思議だ」

「そう、ミネハル君の言う通りよ。だからどの学派も、呪文の構成と語句の研究、分類に日々頭を悩ませているの。仮説の一つで、暴論だって学会では無視されているものだけれど、実は呪文なんてなんでもいいんじゃないか、なんて言い出す学者もいる始末よ」


 具体的な話は後で聞くとして、実際の所どうなんだろうと思ってチラリとユーリシスを見ると……。

「……」

 何故か目を逸らした。

 これは、どう見ても、俺がまた色々と突っ込みたくなるような仕様になっているとしか思えない。


「呪文の構成の難しさで言うと、次のような例もあるのよ」

 と、前置きして、またもやレイテシアさんが右手を高々と上げる。


「『怒れる炎よ、我が元に集え、一つの槍の形となりて、我が敵を貫け、飛べファイアランス!』」

 何も起きなかった。


 レイテシアさんから魔力が湧き上がり、右手に集まるところまでは同じだったのに、魔力は炎で出来た槍の形にならず、飛ぶこともなく、魔力は魔力のまま停滞していた。

 溜息と共に右手を下ろすと、魔力は霧散してしまう。


「この通り、氷で槍は作れるけれど、炎で槍は作れない。同様に、炎で矢は作れるけれど、氷で矢は作れない。これが研究者を大いに悩ませているのよね」

「どうしてなんでしょう? どっちでも魔法を使えそうですよね?」

「なんとか派とぉ、なんとか派のぉ、呪文の違いや言語の違いに比べたらぁ、そのくらいの違いなんてぇ、あってないようなもんに思えるんですけどぉ?」

「そう、ティオルちゃんとララルマちゃんの言う通りなのよ。これが魔法学の最大難問の一つと言われているわ」


 もう一度チラリとユーリシスを見る。

「……」

 目は逸らされたままだ。

 よほど俺に知られたくない仕様になっているらしいな。

 問題が大きそうで、詳細を聞く前から頭が痛くなってきた気がするよ。


 ちなみにホロタブを確認すると、話を聞いて自分で考えて質問したり、疑問に思ったりしたおかげなのか、二人の経験値ゲージが微増していて、知力の数値も微増していた。

 やっぱり、こういう話も経験値になるんだな。


「と、ここまでが基本のおさらいね」

 そう締め括ると、ここからが本番とばかりに、レイテシアさんがウキウキとした笑みを浮かべる。


「わたしの研究はこれらを踏まえて新しい魔法の開発と、新しい魔法を魔法陣に落とし込んで、魔法道具として利用できないかを研究しているわ」

 満面の笑みと共に、教鞭が唸りを上げて振るわれる。


「さて、一口に新しい魔法の開発と言っても、そう簡単なことではないわ。何しろさっき見せたように、どのような呪文で魔法が発動するのか、しないのか、その分類がまだ明確になっていないからよ。だからわたしはまずこれまで呪文で使われていない語句を用いてそれが既存の魔法を発動させるかどうかで語句を分類しているのよ。例えば同じ『アイシクルランス』でも『水よ凍れ』なんて語句を使えば発動するのに、『氷河より来たれ』なんて語句を使うと発動しないわ。果たしてこの違いはなんなのかしら? それを考察するには非常に多くの事例と検証する時間が必要になるのよ。では呪文の語句を分類するにあたって、その基準とすべきは果たしてアルクレーゼ派の解釈とすべきか、ゼルイン派の解釈とすべきか、ジジル派の解釈とすべきか、それ以外の学派の解釈とすべきか、これらの比較検討も必要で、そこの前提条件を間違えると決して新しい呪文は開発出来ないわ。だからそれを踏まえて、選別した語句と魔力の動きを検証し――」


 止まらない。

 とにかく止まらない。

 息継ぎすることすら忘れているんじゃないかってくらい一息に喋り倒して、ようやく息継ぎしたかと思うと、再び一息に喋り倒して、それを繰り返す。


 話はやがて深い理論へと移行していき、魔法書五冊を読破した俺ですら理解が難しい話へと変わっていく。

 俺ですらそうなんだから、ティオルやララルマに至っては何をか(いわ)んや、だ。


 ティオルは根が真面目だから、黙って大人しく聞いているけど、話が右から左に流れているのは明らかで、やや表情がうつろだ。

 ララルマは完全に理解の努力を放棄して、おっとりのんびりのほほんと空を見上げては、いい天気だなぁ、くらいしか考えてなさそうな顔をしている。


 ちなみに、すでに二人の経験値ゲージはピクリとも動いていない。知力の数値も、完全に止まってしまっていた。

 理解の及ばない話をされて思考を放棄した場合、なんの経験にもならないって証明されたわけだ。


 二人がそんな様子なのに、辛うじて俺が耳を傾けているからだろう、レイテシアさんの話の勢いは止まらない。


「――だから既存の魔法を魔法陣に落とし込むにしても、魔法陣に描かれる文字というのは、必ずしも呪文として用いられた語句そのままでいいわけではないわ。これに関しては呪文と違って、どうやら特定の言語と思われる文字が必須になっているようなのよ。それを専門的に研究するにしても、既存のどの言語とも親和性がないし、まるで記号かパズルを解いているような、別の言語学としての知識や、むしろ暗号解読の知識が必要になっているのが現状よ。でも、王都やドルタードの町で大通りを明るく照らしている街灯なんかは、その数少ない既存の魔法を魔法陣に落とし込めた成功例で、術者の魔力を魔石に込めて魔法陣に作用させることで、短時間とはいえ『ライト』の魔法を再現しているの。これは貴族や金持ちの家なんかで使われている魔法道具のランタンなんかも同じね。つまり、生活の質を向上させるには、ただ新しい魔法を開発するだけでなく、魔法陣へ落とし込んでこそ――」


 昼食後から始まった青空教室は、やがて日が傾き、西の空が茜色に染まってきてもまだ終わる気配を見せなかった。


「――そのための研究費は膨大になるから限られた予算を各研究室へ配分が必要な魔法学院よりも、貴族のパトロンが付いたわたしの方が充実しているわ。だけれど、最近の研究で分かってきたのは、同じ魔法陣を描くにしても、その大きさによって魔法陣の起動に必要な魔力の量が違う上に、その込められた魔力の量によって魔法が発動している時間も延びるのだけれど、魔法陣を描くために使った素材によって魔力の消費効率とでも言えばいいのかしら、それが大きく異なるのよね。だから同じ大きさの魔法陣で込める魔力の量が同じでも、その素材の消費効率によって発動している時間が変化するわ。つまり魔法道具を作るためには、その目的に応じた、素材、魔法陣の大きさ、魔力を込める手段を適切に選ぶ必要があるのよ。だけれど、その素材を入手するにしても、稀少な鉱物や高価な品では実験もままならなくて、研究は遅々として進んでいないのが現状よ。そもそもパトロンが付いている魔術師の方が圧倒的に少ないわけだから、わたしは恵まれた環境にあると言っていいのだけれど、やはり成果を出さないことには無駄金使いや金食い虫として、保護する価値を揺らがせてしまうのが――」


 いつしか、研究費の話やパトロンへの愚痴など、よほど普段から欝憤(うっぷん)を溜め込んでいたのか、話が明後日の方向へと流れていく。

 そんな止まらないレイテシアさんの話を遮ったのが……。


 ぐぅ~~~~…………。

 ティオルのお腹だった。


「……ご、ごめんなさい…………うぅ」

 真っ赤になって俯いてしまうティオル。


「……はぇ? お話はぁ、もう終わったんですかぁ?」

 かなり早い段階で船を漕いでいたララルマが目を覚まして、口元の涎を拭きながら、ぼんやり寝ぼけ眼で周囲を見回す。


「あらごめんなさい、つい話に夢中になって時間が経つのを忘れていたわ」

 話し足りないって不満顔だけど、少しだけスッキリしたように、振るっていた教鞭を下ろすレイテシアさん。

 ちなみに、練習に広場を使いたかったのか、何人か冒険者がやってきたんだけど、レイテシアさんの熱意溢れる講義に気圧されたように練習を諦めて去っていったのは、話に夢中だったレイテシアさんは全く気付いていなかったようだ。


「さて、いい時間になってしまったから、わたしの講義はここまでね。続きが聞きたかったら、また気軽に声をかけて頂戴」

 しばらくドルタードの町に滞在するとのことで、泊まっている宿屋、それも高級な宿の名前と場所を教えて貰う。


「はい、また何か聞きたい話が出たら、その時はお願いします」

「もちろん、大歓迎よ」

「あぁ、その時はぁ、アタシ抜きでお願いしますねぇ」

「えっと、あたしも……いえ、なんでもないです」


 どうやら、次の機会は、ティオルとララルマは抜きで俺だけの方が良さそうだ。



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