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ゲームプランナーなので無理ゲーな異世界を大型アップデートします  作者: 浦和篤樹
第三章 アップデート『天より来る魔狂星』
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89 新人教育(教育的指導)

「っ!?」

 迫る木剣に、反射的に盾を構える。


 次の瞬間、盾から伝わってくる衝撃。

 辛うじて間に合って受け止めたものの、まったく身構えてもいなかったところを力任せに不意打ちされて、思わずよろけて倒れそうになってしまう。


「ミネハルさん!?」

「ミネハルさん~!」

 両サイドからティオルとララルマに抱き留められて、なんとか倒れずに済んだものの、おっさんは明らかに俺を見下し馬鹿にした顔になって声を上げて笑った。


「ひょろいなりしてるとは思ったけどよ、この程度でよろけて女に助けられるなんざ、それでオレに何を教えられるって? わざわざ来てみたけどよ、これじゃ教わることなんざ、なんにもなさそうだな」


 これはちょっと不味いな……。

 こんな考えなしの馬鹿に舐められたら他の新人達に示しが付かないし、指導役の四人も軽く見られて真剣に訓練して貰えなくなる。

 まだ右腕は痛いけど、ここは無理してでも俺がやるしかないか。


 咄嗟に支えてくれた二人に礼を言って前に出る。

 いや、出ようとしたところで、それより先にティオルが踏み出し、おっさんの前に立ちはだかった。


「おいティオル、ここは俺が――」

「この人、許せないんで、あたしに任せてください」


 うん、これ、ティオルかなり怒ってるな。

 フォローに動こうとしたラングリンとパプルも手で制して、自分よりずっと背が高く体格もいいおっさんを睨み上げる。


「ミネハルさんに謝ってください」

「はっ、なんでオレが謝らなきゃならねぇんだ。弱ぇ癖に偉そうにごたくを並べるそいつが悪ぃんだろうが」

「ミネハルさんは本当は剣士じゃなくて、ただの学者です。でもあなたより、ミネハルさんの方がよっぽど強いです」

「はっ、学者風情が冒険者ごっこってわけかよ」


「あなた、自分で言ってて気付かないんです?」

「ああ? オレが何に気付いてないってんだ」

「あなたの言う学者風情のミネハルさんは、勢いに負けてよろけはしたけど、あなたの力任せの卑怯な不意打ちを、盾で咄嗟に受け止めたんです。本当なら大怪我するところが、ミネハルさんは無傷です」

 おっさんが俺を見て、不愉快そうに顔を歪めた。


「あなたがどれだけ自分が強いって思ってるか知らないですけど、あなたの腕じゃ、ただの学者のミネハルさんにすら勝てないんです。その程度の腕じゃ、角穴兎(アルミラージ)を狩るどころか、掠り傷さえ付けられません」


 案外言うなぁ、ティオルも。

 おっさん、怒りで顔が真っ赤だ。


「ティオルちゃん~、これかなり本気で怒ってますねぇ。アタシもぉ、きっとみんなもぉ、同じ気持ちですけどぉ」

 そうなのか?

 だから、誰もティオルを止めに入らないのか。


「分かったなら、ミネハルさんに謝って、列に戻ってください」

「舐めんなこのクソガキが!」


 おっさんが、また木剣を振り上げて力任せに振り下ろした。

 だけど、ティオルはそれも予想していたんだろう。

 俺が心配するまでもなく、危なげない動きでしっかりと盾で受け止めた。


「『ライトカット』」

 同時に、練習用の木剣を振るって、おっさんの脇腹に寸止めする。

「これが木剣じゃなく真剣で実戦だったら、あなたはいま死にました」

 そしておっさんを睨みながら、淡々と告げるティオル。

 事態の成り行きを固唾を呑んで見守っていた新人と冒険者ギルドのスタッフ達全員から、『おおぉ』って感嘆の声が上がった。


 これは剣術のすごさを見せつける、いいパフォーマンスだ。

 もしかしてティオル、それを狙ってやっているのかも。


 そんなティオルの意図を欠片も気付いていないようで、おっさんは顔を引きつらせて憎々しげにティオルを睨み付けた。


「馬鹿にしやがって! 調子に乗ってんじゃねぇぞこのクソガキが!」

 おっさんが何度も何度も木剣を力任せに叩き付ける。

 型も何もあったもんじゃなく、棒立ちと変わらない状態の上、腕だけで振るっているから、ティオルを怯ませることすら出来ない。


「『シールドガード』」

 淡々と『シールドガード』で全てを受け止めて、ティオルは顔色一つ変えない。

 さらに、受け流して身をかわすと、バランスを崩したおっさんが前のめりに倒れそうになってたたらを踏む。


「クソっ、このガキ……!」

 むしろ、おっさんの方が息切れしてきていた。

 焦ったのか怒りが限界突破したのか、おっさんが真っ赤な顔で、これまで以上に力任せで大振りの一撃を振り下ろしてくる。


「もう許せねぇ! 死んどけっ!!」

「『リフレクトアームズ』」


 まるでお手本のようなタイミングの『リフレクトアームズ』。

 おっさんは握りも甘かったようで、『リフレクトアームズ』の反発力に負けて弾かれた木剣が、手から離れて宙に舞う。


「『アクセルスラスト』」

 そして、反動でよろけたおっさんの首筋の真横を、高速の突きが通り過ぎる。

 目で追えなかったのか、おっさんがよろけたポーズで固まって動けないでいた。


「またあなたは死にました」

 汗を掻くどころか、息切れ一つしていないティオルに淡々と告げられて、おっさんの顔からどっと脂汗が噴き出す。


 ティオル容赦ないな。

 でも、指導するなら、このくらい実力差を見せつけて容赦ない方が、新人達に言うことを聞かせるのにいいのかも知れない。


 じっくり数秒経ってからティオルが木剣を引くと、おっさんが脂汗を額に浮かべながら、ふらつくように後ずさった。


「分かりましたか、あなたは弱いです。分かったならミネハルさんに謝ってください」

 新人達から感嘆の声と歓声が上がって、拍手が鳴り響く。


「チクショウ、舐めやがって……覚えてやがれ!」

 いかにも三下が言いそうな捨て台詞を残して、フラフラしながら門へ向かって逃げ出すおっさん。


「まあ、仕方ないか……」

 指導すべき新人が減るのは嫌だけど、こんなおっさんが交じっていたら、また何かトラブルを起こすだろうし。


「ありがとうティオル。俺の代わりに怒ってくれて」

「はい。でも、謝らせられませんでした、ごめんなさい」

「いいさ、ああいう輩は、多分死んでも反省しないだろうし」


 さっさと帰ってくれて、むしろほっとしたよ。

 他のみんなも同意見なのか、誰もおっさんを引き留めたり擁護しようとしなかった。


 ……ただ一人を除いては。


「『雷よ、一本の槍となって敵を穿て、ライトニング』」

 逃げるおっさんの足下を、雷の槍が走り地面を焦がす。


「ひぃ!?」

 慌てて足を止めて、恐る恐る振り返るおっさん。

 そのおっさんを、右手を振り下ろした格好で、氷のように冷たい目をしたユーリシスが睨んでいた。

「どこへ行くつもりです」


 その声も氷のように冷たくて、周囲の気温が一気に下がったような感覚に、その場の全員が身震いする。


「お前は自ら剣を学ぶためにこの場に来たのでしょう。教えを請う立場でありながら、自分の思い通りにならないからと暴力を振るい、挙げ句に投げ出し逃げ出すなど、信念も自制も誇りもないその振る舞い、見苦しいにも程があります。恥を知りなさい」


 さすがユーリシスだ。こういうの、とことん見逃さないよな。

 でも、本音を言えば、流してお帰りいただきたかったよ……。


「なっ、なにしやがんだこのクソアマ!」

「誰がクソアマですか。この私を愚弄したこと、万死に値します」

 低く、さらに冷たさの増した声音の後に短い呪文の詠唱が続き、おっさんの足下を何本もの雷の槍が走り、みっともない悲鳴を上げながらおっさんが無様なダンスを踊る。


 新人達も、冒険者ギルドのスタッフも、誰もが身じろぎ一つ出来ないでいた。

 まるで、動いたらとばっちりで殺される、そう思っているみたいに。


「この私がわざわざ監督している以上、お前のようにいい年をして自己中心的で甘えた性根の愚か者を、このまま黙って見過ごすわけにはいきません。その性根を叩き直します。次はありません、今すぐ列に戻りなさい」

 怒りどころか殺意すら込められた雷の槍が数本、再びおっさんの足下を焦がした。


「や、やめっ、ひいぃ!? もどっ、戻りますっ!!」

 おっさんは悲鳴を上げると泣きながら這々(ほうほう)(てい)で列に戻って直立不動になった。


 直立不動になったのはおっさんだけじゃなくて、その場の全員、そう俺も含めて本当にその場の全員だ。

 ピンと張り詰めた空気に場はしんと静まり返り、もはや誰も言葉を発しもせず身じろぎ一つしない。


「ようやく指導しやすい雰囲気になったようですね。何をしているのです、いつまでも突っ立っていないで早く続けなさい」

 指導しやすいどころか、やりづらすぎる……どんだけスパルタするつもりだよ。


 ともあれ、和気藹々(わきあいあい)とは程遠い、張り詰めた空気の中での稽古が再開された。

 まずは俺が、もはや軍隊で上官が話をするときの傾注(けいちゅう)せよ、みたいな空気の中で、遮られた話の続き、いつもの盾役(タンク)DD(ダメージディーラー)の存在意義とパーティーバランス、戦術の幅についての話を、雰囲気を考えて駆け足でざっと済ませる。


 続いて、剣とメイスと盾、それぞれの握り方、構え方、そんな基本的なところから始まって、全員揃っての素振りを開始。

 ティオルが全員の前でお手本になって素振りをして、他の指導役の三人が十六人を見て回りながら、アドバイスしていく。


「腕だけじゃなくってぇ、肩とか腰とかも使ってぇ、もっと身体全体で力を乗せて振るんですよぉ」

「は、はい!」


「おいお前、脇が甘いぜ。オレがやるのを見てみろ、こうだ、こう。脇を締めろ」

「はいっ!」


 ユーリシスが監督役として目を光らせているから、みんな真面目で真剣だ。


 そんな中、ちょっと気になったのは……さっきのおっさんだ。

 時折、チラリチラリとユーリシスを見ている。

 もしかして、逆恨みで良からぬ事でも考えているんじゃないだろうな。そう思って特別注意して動向を観察してたんだけど……。

 誰より熱心に素振りをしていた。


 しかもだ、ユーリシスを見る目が熱いと言うか、頬が少しばかり赤いというか……。

 ユーリシスの氷のように冷たい監視の目を向けられると、思春期の少年のように一層顔を赤らめてドギマギしているというか……。


 美人でスタイルが良くて、吊り目で怖いくらい気が強い。そういう女性がこの世界ではいい女なわけだけど……恋のドキドキと恐怖のドキドキを、あからさまに取り違えてないか?

 他人事ながらちょっと心配になる反応なわけで。

 頼むから、余計なトラブルだけは起こさないでくれよ?



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