87 勢いで初デート(ララルマ)
翌日の朝、朝食前にララルマと二人で宿を出る。
「どうしたララルマ?」
微妙に俺から距離を取って、隣どころか二歩ほど後ろを歩くのは何故なのか。
しかも、妙にモジモジして、周りを気にしているし。
「今更だけどぉ、アタシと二人きりでデートなんてぇ、いいのかなって思ってぇ」
「本当に今更だな?」
足を止めて、ララルマが隣に並ぶのを待ってから、また歩き出す。
「昨日はぁ、ティオルちゃんが羨ましくてぇ、つい勢い込んでアタシもぉ、って言ったけどぉ……迷惑じゃないですかぁ?」
「迷惑? なんでそんな風に考えるんだ?」
「いつもはぁ、ティオルちゃんとユーリシス様が一緒でぇ、鎧を着てるからぁ、変な目で見られることは少ないですけどぉ。二人きりで鎧もなしだとぉ、ミネハルさんが変な目で見られちゃいますよぉ?」
そういうところを気にしすぎるのは、やっぱり美人の要件の違いからくる、未だに根強いコンプレックスがあるせいだろうな。
ここでスマートに手を繋いだり腕を組んだりすれば、ララルマの不安も少しは和らいでくれるんだろうけど……。
今後どうするのかを心に定めていない状況でそれをすると、ララルマに過度の期待をさせて不誠実なような気がして、何も出来ない俺はヘタレなんだろうな……多分。
だからとにかく、本心を言葉にして伝えていくしかない。
「俺にしてみれば、こんなセクシーな美人とデート出来るなんて夢みたいな話だよ。以前の俺なら、こんな幸運、考えられなかったし。もしここが俺の故郷だったら、こんな美人の隣に並ぶのが俺でいいのかって、むしろ俺の方が緊張して気後れしてるはずだ」
そこまで卑屈にならなくて済んでいるのは、そんな俺以上に卑屈になってしまっているララルマがいるからだ。
美人の要件や価値観が同じなら、今ごろそこらの男達から『お前じゃこんないい女と釣り合わねぇよ』なんて絡まれててもおかしくない。
「ララルマの価値が分からないなんて、お前ら絶対人生損してるぞって、むしろ優越感を覚えてるくらいだけど?」
「そんなおかしなこと言うのぉ、ミネハルさんくらいですよぉ?」
でも、満更じゃないのか、頬を染めて口元が緩んでいる。
へにょっていた耳も尻尾もピンと立って、少しは気を取り直してくれたみたいだ。
「せっかくデートをするんだからララルマが楽しんでくれないと意味がないだろう。だから今日は、もう回りなんて誰もいないくらいのつもりで楽しくいこう」
「それはぁ、『俺だけを見てろ』ってぇ、口説き文句ですかぁ?」
「うっ、いや、そういう意味で言ったつもりじゃ……」
「うふふっ、ミネハルさんってぇ、相変わらずこういうのに弱いですよねぇ。可愛いですぅ♪」
くっ……少しは調子を取り戻してくれたのはいいけど、最近はこういうからかいで押され気味でちょっと悔しい。
ララルマのからかいはそこまでで、その後は二人して他愛ないお喋りをしながら、ララルマご希望のオープンカフェへとやってくる。
「へえ、こんな店があったのか。女の子達の間で有名なお店か何かなのか?」
「アタシもぉ、詳しくは知らないですぅ。たまたま見かけてぇ、こんなお洒落なお店に一度は来てみたいなってぇ」
通り沿いに普通に店舗を構えた瀟洒なカフェで、大きなガラス窓から見える店内の様子は、極々普通の喫茶店って感じだ。
店の前には六組のテーブル席があって、ララルマは迷わずそのテーブル席の一つへと座る。
すでに夏の盛りを過ぎつつある朝の早い時間なんだけど、まだ日差しはかなり強い。
パラソルみたいな物もないし、じっとしていても汗が滲んでくる。
他の客はみんな店内の席に座っているし、俺達もそうしないかって提案しようと思ったけど、ララルマは店内と通りを見比べて、むしろご機嫌みたいなんで、そのままこの席にしておく。
「こんなお洒落なお店で食事なんてぇ、なんだかお嬢様になったみたいですぅ」
「そうだな。屋台で買い食いや宿や食堂でがっつり食べるのと、全然雰囲気が違うな」
「うふっ、ですよねぇ♪」
どうやらララルマには、こういうカフェでお洒落に食事することに憧れがあったみたいだな。
店員の女の子が注文を取りに来てくれたんで、二人分の朝食と飲み物を頼む。
先払いなのは、食い逃げ防止かな?
ララルマが夢のように語る憧れを聞きつつ待つことしばし、運ばれてきたのは、白磁の綺麗な皿に並べられた、柔らかな白パンにハム、香草、スクランブルエッグなんかを挟んだセット、そして白磁のティーカップとソーサーの紅茶だ。
木の器や安っぽい陶器の食器が多く、質より量、とにかく食えればいい、って風潮が強い中で、これはかなり見栄えを意識している。
元の世界でなら、SNSに写真をアップするために女の子の客が殺到しそうなお洒落具合だ。
「じゃあ、食べようか」
「はいぃ♪」
しばらく眺めて目で楽しんだ後、一口かじりついて、ララルマがうっとりと頬を緩ませた。
じっくり味わうって言うのもそうなんだろうけど、普段と違って、ゆっくりのんびり食べている。
普段は、荒くれ者達の騒々しい雰囲気の中で、店の方もさっさと食べて出て行ってくれって感じで、せっつかせるようにして食べているから、俺も含めてみんな基本的に食べるペースが速い。
だけど、このゆっくりのんびりが、ララルマ本来のペースなのかも知れないな。
見た目のおっとりお姉さんって雰囲気と合っていて、なんだか和む。
「はあぁ、美味しいですねぇ♪」
「ああ、これまで食べてきた料理の中で一番美味しいかも知れないな。屋台や食堂の料理とは全然違う」
「アタシもぉ、こんなに美味しいお料理を食べるのはぁ、初めてですぅ♪」
こっちの世界に来てから、庶民向けの安っぽい料理や、野宿での簡素な野外料理、しかも濃い味付けが多かったせいで、控え目で上品な味付けがすごくいい。
「これならまた食べに来たくなるな。ララルマ、いい店を見つけたな」
「本当ですねぇ。食べ歩きもあんまりしてなかったからぁ、美味しいお店の新規開拓にあちこち回ってみるのもいいかもですねぇ。と言ってもぉ、冒険者のアタシ達だとぉ、贅沢ですしぃ、ちょっと浮いちゃいますけどねぇ」
確かに、全然稼げず拠点を変えて、ようやく稼げるようになったら、怪我で休業、そして活動再開したばかりだ。
こんな不安定な稼ぎ方じゃあ、普段から倹約が必要だよな。
しかも、武器や防具こそ装備していないけど、厚手の旅装束って感じの服だから、こういうカフェに通うには確かに浮いてしまう。店内の他の客を見れば、中流家庭っぽい家のお嬢さんが、ちょっとお洒落をして通っているって感じだ。
「でもせっかくだし、これを機にララルマもワンピースみたいな普段着を仕立ててみたらどうだ?」
「そんな服を仕立ててもぉ、着ていくような場所もないですしぃ、余計な荷物が増えちゃいますよぉ。第一ぃ、アタシが着飾ったってぇ、滑稽なだけですからぁ」
大きく迫り出した胸元に視線を落として、垂れ目の目尻に触れながら、寂しそうに微笑む。
「あちこち移動する冒険者に余分な荷物を持つ余裕がないのは確かにそうだけど、なんかもったいないな」
「もったいないぃ、ですかぁ?」
「一度ララルマを徹底的にドレスアップしてみたいな。素材はすごくいいんだから、どれだけの美女に変身するか、すごく興味があるよ」
「も、もぉ、ミネハルさんはぁ、すぐそういうことを言ってぇ」
真っ赤な顔になって、猫耳がピクピク動くのが、ちょっと暴力的に可愛い。
「うふっ、でもぉ、ちょっと安心しましたぁ」
「安心したって、何が?」
「ミネハルさんってぇ、アタシのこともぉ、ティオルちゃんのこともぉ、ちゃんと女の子扱いしてくれますけどぉ、内心では全然興味がないのかなぁってぇ、不安だったんですよぉ」
「興味がないって、そんなことはないぞ?」
「そうですかぁ? 毎日仕事仕事でぇ、こんな風に仕事抜きでお出かけってぇ、初めてですよねぇ? こうしたプライベートな時間ってぇ、これまで全然なかったじゃないですかぁ。本当にミネハルさんってぇ、世界を救うことで頭の中がいっぱいですよねぇ」
うっ……溜息を吐かれてしまった。
「それにぃ、ティオルちゃんのこともみたいですけどぉ、アタシのことについてもぉ、全然知りたそうにしてくれないじゃないですかぁ? これまでどうしてたのかとかぁ、部族にいた頃はどうだったのかとかぁ」
「それは……あんまりいい思い出じゃないみたいだから、それをわざわざ聞くのもどうかなって思って」
「そうですけどぉ、それでもぉ、好きな人のことは知りたいしぃ、知って欲しいじゃないですかぁ。本当に話したくないことは話しませんしぃ。単なる興味本位とぉ、相手を知りたい理解したいって思って聞くのとはぁ、全然違うんですよぉ? だからぁ、そのくらいで嫌ったりしませんよぉ」
「そうか……そうだな」
どうしても一社会人として、コンプライアンスとか、個人情報とか、なんか色々と気にして、必要以上に踏み込まないように、そういう話に触れないようにって、気を付けて振る舞うようにしていたからな。
元の世界でも、デバッグのバイトで来た子達とかに、業務上の会話以外は敢えてしないようにしていたし。
だって、変にプライベートな話を聞いてウザがられたり、セクハラと勘違いされたりすると面倒だろう?
だから、ティオルにも、ララルマにも、そしてユーリシスにも、そういう意識が働き過ぎていたのかも知れない。
特にティオルとララルマは、光栄なことに俺に好意を持ってくれているんだ。
ちゃんと二人のことを見て、どう答えを出すか考えるって約束したのに、それで踏み込まなければ、興味を持って貰えていないって不安に思われて当然だ。
これはちょっと反省しないと。
「うん、俺が悪かったよ。公私混同しないようにって気を付けていたつもりで、意識が全部仕事にしか向いてなかったみたいだ」
「真面目なのはいいですけどぉ、堅物過ぎるのもどうかと思いますよぉ?」
「いやまったく、返す言葉もないよ」
反省はする。
けど、不安がないわけじゃない。
素直で妹みたいに可愛いティオルと、おっとりお姉さんみたいなグラマーで美人のララルマ。二人のことを知れば知るほど惚れちゃって、どっちか一人を選ぶなんて出来なくなっていくんじゃないか?
もしそうだとしたら今以上に泥沼になりそうで、ちょっと怖い。
でも、ララルマが期待した目で見つめてくる。
これで話を変えてしまうのは、逃げで、失礼で、失望させることになるだろうな。
本当は俺だって気になっていたんだ。
「これだけ言われてから改まって聞くのも恥ずかしいけど……ララルマが暮らしてた部族ってどんなところなのか、教えて貰ってもいいかな?」
「うふっ、もちろんいいですよぉ♪」
それは、楽しいばかりの話じゃなくて、どちらかというと辛く胸が苦しくなるような話が多かったけど、ララルマはゆっくり穏やかに語って聞かせてくれた。
おかげで庇護欲というか、俺が側に着いていて幸せにしてあげないと駄目なんじゃないかって、そんな使命感すら覚えてしまったというか。
この気持ち……どうしたらいいんだろうな。
「ミネハルさんの昔話もぉ、聞いてみたいですけどぉ」
「それは……」
「何かぁ、すごく話しづらいことがあるんですよねぇ? 故郷の場所はおろかぁ、価値観以外の話を聞かせてくれたことないですもんねぇ」
「ごめん……」
「いいですよぉ。でもぉ、いつか話してもいいって思った時にはぁ、聞かせて欲しいですぅ」
「……ああ、いつか話せるときが来たら、俺も嬉しいな」
カフェでの食事が終わって店を後にすると、すすっとララルマが近づいてきて、腕に腕を絡ませてくる。
「ちょ、ララルマ!?」
腕に当たる大きく柔らかな感触が、かなりまずい。
「うふっ、ちゃんとぉ、アタシに関心を持っていてくれてぇ、嬉しかったですよぉ」
「だからって、急にこんなくっついてくるか?」
「だからですよぉ、もっともっとアタシに興味を持って欲しいですからぁ」
いや、だからって、そんな押しつけてきたら、男としてこう……!
「じゃあぁ、次に行きましょぉ♪」
ご機嫌のララルマに腕を引かれるようにして、大きな通り沿いに並ぶ店をウィンドウショッピングしていく。
主に見るのは、服飾関係だ。
「ミネハルさんはぁ、どんな服が好みなんですかぁ?」
男物の俺の服、じゃなくて、女物の服の前で、ララルマが期待した目で答えを催促してくる。
ララルマをドレスアップしたいって言ったから、だろうな。
ララルマならどんな服でも似合うよ、って答えは期待されていないと思う、多分。
「そうだな……ララルマなら、大人っぽい落ち着いた雰囲気のワンピースとか、清楚系よりセクシーな感じの方が似合いそうかな? ああ、髪の色に合わせて赤とか黄色とか暖色系の色合いの服も似合うかも?」
「なるほどぉ、ミネハルさんはぁ、そういうのがいいんですねぇ」
吊し売りされている既製品の服の中から、俺が言ったようなタイプを手に取って見せてきては、俺の反応を伺う。
既製品の中でも、ララルマに十分似合う服はあったんだけど、試着してみたらとも、買ったらとも言えない。
何しろ、胸の部分のサイズが……とてもじゃないけど入るとは思えないから。
「ミネハルさんの好みに合わせて作ってみようと思うんでぇ、今度はそれを着てデートしましょぉ」
「ああ、分かった。楽しみにしてるよ」
「うふっ、約束ですよぉ♪」
着飾ったララルマとデートか。
楽しみだけど、それで今日みたいにくっつかれたら……。
その時は、理性をフル稼働して頑張ろう。