86 勢いで初デート(ティオル)
丁度屋台がたくさん出ている通りを歩いていたから、美味しそうでちゃんとした食事の代わりになりそうな物を探して、二人でぐるっと見て回る。
「お、この肉いい匂いだ、美味そうだな」
「ミネハルさん、こっちのスープも具だくさんで美味しそうです」
そうして俺達が買ったのは、薄いお好み焼きみたいなパンで兎肉と葉野菜を巻いたケバブみたいなのと、何種類かの野菜、小麦粉の団子、そしてつくねみたいな肉団子が雑多に入ったスープだ。
「確かあっちの路地を入った先に小さな空き地があったから、そこで食べようか」
ケバブみたいなのは片手で手づかみ、スープは木の器とスプーン込みなんで、それで両手が塞がってしまったから、一旦通りを離れて路地へと入る。
少し歩けば、路地と路地の交差点の一角に、四軒分ほどの広さの空き地があった。
敷地の隅の方は雑草が生えていて、中央付近は土が剥き出しになっている、近所の屋台や工房で働いている人達が俺達みたいに昼休憩で利用したり、子供達の遊び場になったりしている、再開発の途中で放置されたような空き地だ。
「こんな場所があったんですね」
「職人の工房を探してるときに道を間違って入り込んで、たまたま見付けたんだ」
数人先客がいて、俺達も倣って隅の方に腰を下ろして遅い昼食にする。
「お、このケバブっぽいの、美味いな」
「はい、すごく美味しいです。ただの兎肉じゃなくて、角穴兎のお肉かもです」
「言われてみれば、狩ったのを試しに焼いて食べた時、こんな味と食感だった気がする。ちゃんと下味を付けてあるし、すぐには気付かなかったよ。道理で店主が高級な兎肉だってやけに推してきて、他の店よりかなり割高だったわけだ」
角穴兎の肉は、ただの兎肉より濃厚で旨味がある。
そう俺が設定したからなんだけど、この美味さなら割高でも食べたがる奴は多いはずだ。
角穴兎の名前はまだ一般には十分に浸透していないみたいだけど。
「店主、チャレンジャーだな。角穴兎の肉はまだまだ高くて、一般には味が知られていないのに」
「最初は、お高いお店やお金持ちの人くらいしか食べられなかったんですよね? みんながいっぱい狩ってるおかげですね」
「ああ、そうだな。まだ他の町に持って行く量の方が多いみたいだけど、金持ちの家や高級店に卸すだけじゃなく、ようやく庶民の口にも入り始めたわけだ。この調子なら、そのうちこれまでの兎肉みたいに普通に食べられるようになりそうだ」
つまりそれは、素材の買い取り価格が下がるってことだ。
角穴兎発見からまだ二ヶ月かそこらだし、他の町での需要を十分に満たしてはいないだろうから、当分は高止まりのまま値崩れすることはないだろうけど。
それでも、新人の育成は急いだ方がよさそうだ。
「はむ……ふふ♪」
「嬉しそうに食べるんだな」
それも分かる気がする。自分達が第一発見者の魔物が、こうして広く人々に知られるようになってきて、しかも美味しいとあれば、嬉しくなるのも当然か。
「えっ、そ、そうですか?」
……どうしてそこで顔を赤らめる?
「その……二人きりで出かけたことなんて、ほとんどないですよね。だから、その……ちょっとデートみたいだなって」
あっ……そういう意味でなのか。
恥ずかしそうに俯き気味になって、それでチラッと上目遣いで見てくるとか、ちょっと反則だろう?
「そ、そうか……デートみたいか」
「はい、実はこういうの、ちょっと憧れてたんです」
「こうやって、一緒に屋台で買い食いするのを?」
「そうじゃないです。そこはなんでもいいんです」
どういうことだ?
「うちの村って小さくて、なんにもなかったじゃないですか? だから、付き合ってる子達のデートって、村の外に出て、綺麗な花が咲いてるお花畑とか、森の中を流れる小川のそばとかにピクニックに行くくらいしかなかったんです。村の中だとなかなか落ち着いて二人きりになれないですし」
なるほど……確かに、リセナ村は街道から半日くらい離れた場所にある小さな村で、防壁の中は家と農地と牧草地でいっぱいいっぱいだったな。
「あっ、村の男の子達が誰と付き合おうと、別にあたしはどうでもよかったですよ? 剣術の稽古の方が大事だったから」
慌てて何を言い訳して……ああ、好きな男の子はいなかったって言いたいのかな。
でも、年頃の女の子としては、やっぱりそういうのに憧れる、と。
だとしたら……これが初デートでいいのか?
綺麗な花畑も小川もない、ゴミゴミした職人街にある路地裏の空き地だなんて、あんまりじゃないか?
しかも仕事の途中で立ち寄っただけで、屋台で適当に買った物を食べてるだけだし。
そんなんなのに、ちょっと照れてるティオルが可愛いやら、いじらしいやら、不憫やら……。
「よし、この後の予定は全部キャンセルして、もっとちゃんとデートしよう」
「えっ!?」
驚いて顔を上げたティオルの頬が、赤く染まっていく。
「急ぎでしておきたい注文は終わらせたし、防具を集めるのは明日以降でも大丈夫だ。だから今からでも良かったら、だけど」
「は、はい、したいです! ミネハルさんとデート!」
スープの屋台に器とスプーンを返してその分の代金を返して貰った後、今度は歩くペースを落として、のんびりゆっくり屋台を見て回る。
せっかくだから、普段は高くてスルーするデザートっぽい物をと思ったわけだ。
「あっ、ミネハルさん、これ、甘くて美味しそうです」
「食べ歩きも出来そうだし、じゃあこれにしようか」
もちもちした生地の上にカットフルーツを並べて蜂蜜をかけた後、生地で包んで巾着のようにしたクレープっぽい奴だ。
二人分を払って受け取り、片方をティオルに手渡す。
「えへへ、ありがとうございます、本当にデートみたいです♪」
こんな些細なことでも嬉しいのか、とろけそうな笑顔を見せてくれて、なんだか俺も頬が緩んでしまう。
「はむ……ん~、甘くて美味しいです♪ こんな贅沢するの久しぶりです」
「今はかなり稼いでるんだから、このくらいの贅沢はしてもいいんじゃないか?」
「村にいた頃は、いつもお腹が空いてて満足に食べられなかったから、今はいつでも好きなだけ食べられるって余裕があるだけで、もう十分に贅沢です」
ふと、ティオルの食事風景を思い出す。
変に節約してケチ臭い食べ方をしているわけじゃないけど、たくさん注文してお腹いっぱい食べることもない。
普通に一人前の量を、じっくり味わうように食べていたな。
ただ、その一人前の量っていうのが、俺みたいな男が普通に食べる量だけど。
剣士として前衛で戦っているわけだから、身体が資本だし、必然的に食べる量が多くなるのも無理はないか。食べ盛りの年齢でもあるしな。
そういえば、女性冒険者に限らず、女性は誰でも男と変わらないくらい食べていた気もする。小食をアピールしたり、それを可愛いなんて持てはやしたりする、そんな風潮はないようだ。
こんな世界だし、食べられるときにしっかり食べておく、ってことなんだろう。
「はぁ、美味しかったです。果物ならたまに食べられましたけど、蜂蜜がけなんて、すっごく贅沢でした」
「気に入ったなら、また食べに来ようか」
「はい♪」
うん、見てるこっちが照れるくらい、すごくいい笑顔だ。
考えてみれば、俺は食事と言えば、宿の食堂で食べるか、冒険者ギルドの近くの食堂で食べるかで、ほとんど屋台や露店で買い食いなんてしてなかったな。
元の世界にいた頃からして、店に入るか買ってきて家か会社で食べるのが当たり前で、外で買い食いや食べ歩きする習慣がなかったから、必然、決まった店や場所でしか食べていなかった気がする。
こんな風に出店を覗きながら食べ歩きなんて、大学の学園祭以来かも知れない。
いや、それ以前に、この町に来てから随分経つのに、宿と冒険者ギルドと職人の工房と朝練する場所という、ほぼ決まった場所しか行き来していない気がする。それも、通勤や外注先への訪問感覚で。
俺自身がこの世界を楽しんで過ごすためにも、そしてせっかく村から出てきたティオルが村以外の世界を広く見て楽しむためにも、仕事一辺倒で割り切るんじゃなくて、もっとこういう機会を作った方がよさそうだ。
「あ、ミネハルさん」
少し屈むようにティオルがジェスチャーするんで、よく分からないけど、少し屈む。
と、ティオルが指で俺の口の端を拭いた。
「蜂蜜、付いてましたよ?」
慌てて自分でも指で拭ったり舌で舐め取る。
「ミネハルさんって、普段はすっごくすごいのに、たまにこういう子供みたいなところ、ありますよね」
クスクスと楽しげに笑われてしまって、なんだか顔が熱くなってしまう。
まさか俺が、こんな恋人同士がやりそうなことをされてしまう日が来るなんて。
「俺、そんな子供っぽいところがあったのか? どんなところだ?」
いい年した大人の男が、女子高生くらいの女の子に子供っぽいって思われているなんて、ちょっと恥ずかし過ぎるだろう。
直せるなら、すぐにでも直さないと。
「それは……」
言いかけて、何故かにっこりと笑うティオル。
「見てて楽しいから、秘密です♪」
くっ、そんなに嬉しそうに言われると、余計に顔が熱くなる。
あと、俺に見られないように顔を背けて、蜂蜜を拭き取った指をパクッとくわえて真っ赤になるのも、ね……せめて俺に気付かれないように、こっそりでお願いしたい。
それから市へとやってきて、色々な露店を見て回る。
普通に通りに並んでいる、ちゃんと店舗を構えたお店を見て回るのでもいいのに、ティオルが場違いで気後れするって言うから、露店巡りとなったわけだ。
まあ、その気持ちはなんとなく分かる。お洒落なお店には俺も全然縁がなかったし。
「わぁ、賑やかですね。最初にドルタードに来たときより、露店の数が増えて、見た事ない物が増えてる気がします」
「多分気のせいじゃなくて、どっちも増えてると思うよ。これも角穴兎効果かな? 角穴兎を売りに行った行商人がたっぷり儲けて、普段よりたくさん、色んな物を仕入れてきてるんだと思う」
それを卸して貰った人達が、こうして露店を出しているんだろう。
「あたし達が最初に見つけた角穴兎で、町がこんなに賑やかになるなんて、なんだか嬉しいですね」
「ああ、そうだな。こんなに盛況になってくれて、ちょっと誇らしいよ」
「はい♪」
初めて来たときに感じた殺気立った雰囲気がなくなったわけじゃない。このドルタードが魔物と戦う最前線の町なのは、依然として変わらないからな。
だけど、それに加えて、いい意味で活気が出てきていると思う。
まるで村ゲーやシムなんとかって系統のゲームをプレイして、自分が町を発展させたみたいで、ちょっと楽しい。
この活気が一過性のものにならないよう、これからもしっかりスキルを増やして、不遇武器でしか戦えない初心者冒険者達を、ちゃんと根付かせないといけないな。
「ん? ティオル、どれか欲しいのがあった?」
小さなアクセサリーを売っている露店で、ティオルが熱心に商品を覗き込む。
「あっ、綺麗だなって思って見てただけです」
そんなに慌てて否定しなくてもいいのに。
「欲しいのがあれば買ってあげるよ?」
「そんな、もったいないです」
さらに慌てて断ってくるけど、遠慮する必要は全然ないと思うぞ?
確かに、魔物の討伐が追い付かず、鉱山がある領地を放棄せざるを得なかったせいで、貴金属は高騰していて庶民には手が届かない贅沢品になっている。
だから、そんな高級品を露店で並べられるわけがない。
荒くれ者や貧乏人に襲われて、根こそぎ持って行かれるのが落ちだ。
庶民の手が届く安物ってことは、多分、魔物の骨や混ぜ物をした安い金属を使った細工物にメッキをしたりとか、宝石に見せかけた色つきのガラスを使ったりとか、せいぜいそんなところだろう。
おかげで、露店で売っている品としてはちょっと高めではあるけど、それでもお手頃価格だ。
「こういうのを付けて魔物と戦うわけにはいかないです。怪我の原因になるから」
「ああ、なるほど確かに。なら依頼を受けてない時に、普段使いするのは?」
「こんなアクセサリーが似合うお洒落な服も持ってないです。それに、出かけたりする機会もないですから、あたしにはもったいないです」
ああ、そっか……。
「ごめん、俺がいつもいつも依頼だ仕事だで、遊びに行く時間を全然取ってなかったもんな」
「え? あっ! ち、違います、そういうつもりで言ったんじゃないです」
「うん、分かってる。でも、これからはもっと気を付けるよ」
ティオルは年頃の女の子なんだから、もっとそういうところを気を付けてあげないといけなかった。
よくよく考えてみれば、今は冒険者として武器と防具をしっかり装備していて、とてもじゃないけどデートをする格好じゃない。
さすがにちょっと、デリカシーがなさ過ぎだろう、俺。
いま気付いたけど、今日はしっかり武具屋を回って仕事をして、後日改めてちゃんと時間を取って、もっとちゃんとしたデートをすればよかったんだ。
なんで真っ先にそれに気付かなかったんだろう……。
こういうところが、女の子と付き合ったことがない経験不足を露呈しているよなぁ。
やっぱりその場の勢いで慣れないことをするもんじゃないな。ティオルに悪いことしちゃったよ。
「次の時は、俺ももうちょっと考えるから、可愛い服やアクセサリーも揃えて、もっとちゃんとしたデートにしよう」
「は、はい! 次のデートも楽しみにしてます♪」
とろけそうな甘い笑顔に、こう……。
俺がせめて二十歳くらいで、最初からこの世界の住人だったなら、余計な事は考えず、もっと素直に行動出来ていたんだろうか?
それから日が暮れるまで二人で露店を回って、余所から入って来た珍しい品を見て楽しんだ。
結局、ティオルは何もおねだりしてくれなかったし、俺も無理に勧めてプレゼントはしなかった。
そういうのは次の機会に、もっとちゃんとしたデートでやるべきだろう。
こんなデートとも呼べないデートだったけど、ティオルが鼻歌でも歌い出しそうなくらいにご機嫌で笑顔だったのだけが救いだ。
でも、それに甘えず、俺ももっと考えないと駄目だな、男として。
それはそれとして……。
「二人でデートなんてずるいですぅ!」
日が暮れて宿に戻り、お互いの今日一日の報告をしている途端で、突然そう叫んだララルマ。
怖い顔で身を乗り出してきて、思わず仰け反ってしまう。
「明日はぁ、アタシとデートして下さいぃ!」
というわけで、どうやら明日はララルマとのデートが決定のようだ。