85 復活と成長
多少の起伏はあるけど、開けた草原の一角。
俺達の視線の先には、角穴兎の群れがいた。
「五匹だな。それじゃいつも通り、俺が一匹受け持つから、残りを――」
「あの、ミネハルさん」
珍しく、ティオルが俺の言葉を遮って身を乗り出してきた。
「――どうしたティオル?」
「試してみたいことがあるんです」
その顔は、まるで雷刀山猫に挑むような真剣さと気迫が感じられた。
「その試してみたいことって?」
「三匹相手に戦いたいです」
なるほど、そういうことか。
これまで角穴兎を狩るときは、無理せず二匹までしか担当しないようにしていた。
だけど先日合同で雷刀山猫と戦ったとき、俺のミスをカバーするためとはいえ、無茶をして三匹同時に相手をした。
結果、一匹を『ゲイルノート』が引き受けてくれたのに油断し、吹き飛ばされて転倒した上、俺が庇って身代わりにならなければティオルが噛みつかれて落ちていた。
いつかそのリベンジをしたいんだろう。
だからこれは、経験を積むための特訓であり、前哨戦ってわけだ。
「ただ、またちょっと怪我をしちゃうかもですけど……」
こないだのあれを気にしてくれてるんだな。
「……分かった。ティオルの覚悟が出来てるなら止めないよ。でも絶対に無茶は駄目だからな? 可能な限り手は出さないようにするけど、見ていてこれ以上は無理だって思ったら、俺がカバーに入る」
「はい、ありがとうございます♪」
これもティオルが強くなりたくて、自分で考えて選んだことだ。
それなら精一杯フォローするさ。
「じゃあ、そういうことだからララルマ、念のため俺はいつでもティオルのカバーに入れるように構えておくから、ララルマは残りの二匹を……ララルマ?」
「は、はいぃ? なんですかぁ?」
普段はおっとりお姉さんって雰囲気があるのに、今はやけに真剣な……それもティオルを挑むように見ていたな?
「ララルマ、残り二匹頼めるか?」
「はいぃ、いいですよぉ」
いつもの顔に戻って、にっこり微笑んで頷くララルマ。
だけど、そのすぐ後に、また真剣で挑むような表情に戻った。
「その代わりぃ、次に狙う群れはぁ、アタシが三匹同時に相手したいですぅ」
……そうか、ティオルには負けてられないってわけか。
「分かった。ただし、絶対に無茶は駄目だからな?」
「はいぃ、ありがとうございますぅ♪」
「なるほどっすねぇ。それで角穴兎相手に珍しく、お二人ともあちこち怪我してたってわけっすか。せっかく治ったばかりなのに、酔狂なことっすねぇ」
「お恥ずかしい話ですぅ」
「でも、最初は手こずりましたけど、後からは段々いい感じになってきたんですよ?」
二人とも照れ笑いしながら、討伐証明の札をクルファに差し出した。
「で、その結果が、二十四匹っすか……新記録っすね」
二人が競い合うように狩ったからな。
交互に三回ずつ、合計六回。
しかも一撃で倒し損なったせいで大怪我した角穴兎が、魔法の凶暴化を発動させてヒヤッとする場面もあって、ちょっと大変だった。
「ところでどうやって運んだんっすか、こんなにたくさん」
「近くの村までピストン輸送して、そこで荷馬車を借りてここまで運んできたんだよ」
体長五十センチはある角穴兎を、ユーリシス以外の三人で一人二匹から三匹ずつ抱えて、村と草原を三往復だ。
群れを一つか二つ狩る程度なら、運が良ければ一時間か二時間で終わるのに、ほとんど一日がかりの狩りになってしまった。
「ちなみに、一時預りと荷馬車のレンタル料で三匹おいてきた」
「そりゃあお高く付いたっすね」
角穴兎の討伐報酬と素材の売値は、高騰も終わって落ち着き横ばい状態になってしまっているけど、まだ値は下がらず高止まりしている。
おかげで今日一日で、俺達四人が三ヶ月近く働かず宿暮らしが出来るだけの稼ぎだ。
だから三匹程度痛手じゃないからいいんだけど、もったいないことはもったいない。
「あの人達ぃ、足下見てぇ、ぼったくりですよねぇ」
「だから次は、冒険者ギルドの荷馬車を借りたいです」
「いいっすよ。角穴兎に荷馬車を持ち出すって、なんの冗談かって感じっすけどね」
どうやら二人は、しばらくこの特訓を続けるつもりらしい。
今後も似たような事があるかもって思うと、やっぱり収納魔法や魔法鞄みたいな魔法道具が欲しくなるな。
さて、ユーリシスに相談したら、果たしてどんな顔されることやら。
「どうやらあんた達は休養して元気が有り余ってるみたいっすね。そんなあんた達に朗報っすよ」
クルファはニヤッと笑ってもったい付けると、俺達の目の前に、一枚の依頼書をビシッと突きつけてきた。
「ギルドからあんた達に指名依頼っす」
「おおっ、それってこの前言ってた……!」
「その通りっす。新人冒険者達への剣とメイスと盾の指導依頼っすよ」
よし、ついに来た!
新人達への指導は一週間後に開始で、期間は十日間。
朝から日が暮れるまで、みっちり稽古が出来る。
だから俺達は次の日から二手に分かれて準備に入った。
色々と悩んだ末、俺とティオルがドルタードの町で準備を、ララルマとユーリシスにはまず荷馬車を村まで返しに行って貰うことにした。
ちゃんと御者を出来るのがララルマだけなのと、ララルマ一人で行かせると、容姿で舐められたり嫌な思いをさせられたりと色々心配なんで、側でユーリシスに睨みを利かせて貰うことにしたわけだ。
ララルマはユーリシスと二人きりなのが気まずそうで、ユーリシスは雑用で使われるのが気に食わないと渋ったけど、そこは準備期間が短いから割り切って貰った。
「それじゃ、行動開始だ」
俺とティオルはまず、職人街でいつも盾を作ってくれる木工職人のところを訪ねた。
「ミネハル、またお前か」
工房に入った俺達に真っ先に気付いて渋い顔をしたのは、五十近い人間の男で、いかにも親方って感じのごついおっさんだ。
「いつもお世話になってます、親方」
「うちは家具作りが本職なんだぞ。たまたま手が空いてたから気まぐれで盾を作ってやっただけだってのに、別の客を連れてくるわ、ギルドの紹介だって次々やってくるわ、うちは盾屋じゃないってんだ」
「でも、親方が作ってくれた盾、すっごく頑丈で、すっごく扱いやすくて、すっごく助かってます。あたしが魔物と戦って大怪我しないでいられるのも、親方のおかげです」
「ティオルもこう言ってくれてますし、俺もそう思いますよ。俺みたいな全然鍛えてない駆け出しが雷刀山猫相手に生き残れたのも、親方の盾が頑丈だったおかげですから」
あの後、新品を注文に来たときは、盾に付いた牙や爪跡にかなり驚かれたからな。
「ふ、ふん……当然だろう、この俺の作品だからな。うちの家具は丈夫で使いやすくて長持ちってのが売りなんだ」
お? 親方、柄にもなくちょっと照れてる?
「で、今日もまた盾を作れってのか? 数は?」
「一週間後までに二十個お願いします」
「一週間で二十個だぁ!?」
「こんな無茶、親方にしか頼めないんです。無理を承知でお願いします」
本当に無理を承知で、目的を説明し、他の知り合いの工房へ下請けに出してもいいし、先に請っている別の依頼の作業を止めてしまうことになるなら割り増しで料金を払うってことで、なんとか納得して貰う。
「まったく、無茶苦茶な依頼しやがるな。そもそも、冒険者ギルドの依頼だからって、軍や貴族の私兵の稽古じゃあるまいし、一介の冒険者のお前さんがわざわざ稽古用の道具を一式用意する必要あんのか?」
「どんな連中が集まってくるかまでは、まだ分からないですけど、一攫千金を狙って冒険者になろうっていうんだから、金がなくてろくな装備を持ってないと思うんですよ。なけなしの金で用意した装備を、稽古で痛めて本番で使えないんじゃ本末転倒だ」
「だから稽古用の道具をお前さんが用意してやろうってのか。お人好し過ぎだぜ」
「いいんですよ。それに俺にだって思惑あってのことで、ただの慈善事業じゃありませんから」
「ま、お前さんがいいってんなら別にいいが。こちとら仕事になりゃいんだからよ」
その腕を信じていればこそ。ちゃんとそれは伝わっているみたいで、盛大に呆れながらも引き受けてくれる。
そんな感じでよろしく頼んで、さらに別の工房へ。
そっちでも似たようなやり取りを経て、木剣と木メイスを各十本ずつ依頼する。
これで練習用の武器と盾は揃ったな。
お次は防具だ。
俺が言えた話じゃないけど、ろくな防具も用意していない、着の身着のままで戦おうって奴もいるだろうし。
使い古しのボロでも、何もないよりマシなはずだ。
というわけで、そんなボロや不良在庫を格安で譲って貰えないか、武具屋や防具を作っている工房を巡る。
その道すがら、ティオルがちょっと心配そうな顔で俺の袖を引いた。
「そんなにたくさん必要なんですか?」
「う~ん、正直分からないな。どれだけの新人が来てくれるか次第だし。でも足りないと困るからな。それに……」
「それに?」
「盾や木剣なんかを作ってくれる職人が増えたら、もっと普及しやすくなるだろう? 下請けに出すだろうことを見込んでの依頼だから、少しくらい無茶な依頼をしないとな」
「ミネハルさんすごいです、策士です」
この程度で策士ってキラキラした目で見られると、逆に恥ずかしいな。
「ま、まあ余ったら俺達が使えばいいさ。またレジーみたいな新人が声をかけてきたときに譲ってもいいし」
「また宿に置きっぱなしの荷物が増えちゃいますね」
「俺の本とララルマの両手斧に加えて、だな」
ティオルが苦笑して、俺も苦笑を返す。
今の宿屋の部屋、この町に来てからずっと俺達が借りっぱなしだ。
かさばる魔法書を五冊も常に持ち歩けないし、そういった荷物は数日町を離れるときでも宿の部屋に置きっぱなしにしている。
これからもこの町に長期滞在続けるなら、家を借りた方が安上がりだ。
でも、今の宿屋って、冒険者ギルドや防壁の外の練習場所はもちろん、職人街にも通いやすいんだよな。家を借りたら、多分全部遠くなって不便になってしまう。
だからずっと宿の部屋は借りっぱなしだ。
気になって宿屋の主人に聞いてみたけど、空き室が出て収入が減るくらいなら、占拠されて金を落としてくれる方がいい、だそうだ。
リップサービスじゃなく、本気でそう思っているみたいだったんで、その言葉に甘えさせて貰っている。何しろ俺達が借りるようになってから、稼働率が百パーセントになったことがなくて常に空き室があるから、遠慮する必要もないだろう。
「それでティオル、この後なんだけど……ティオル?」
「は、はい、なんですか?」
慌てて俺に追い付いてくるティオル。
見ていたのは……屋台か。
「ごめん気付かなくて、もう昼飯時は過ぎてたな」
「い、いえ、ごめんなさい。まだ用事の途中なのに」
「ティオルが謝ることじゃないよ。ここで一度休憩にして、何か買って食べようか」
「はい♪」