79 雷刀山猫と再び 4
◆◆◆
「おい、クソやべぇぞ! 詐欺師野郎が遂にやられちまった!」
ルガードは焦りのあまり叫んでいた。
三匹始末した。
しかし、三人牙に掛かって倒れた。
まだ四匹も残っていて、自分達はもう三人だけだ。
よくもまあ逃げ出さずにゴミ装備でここまで粘ったと、感心するやら呆れるやらだったが、それもここまでだ。
峰晴達は、まだ一匹も倒せていなかった。
「『ゲイルノート』が動いた、これでまだ少し時間が稼げるはずだ!」
ジェルミンの言葉に、やっと動いたのかビビりどもがと内心で悪態を吐く。
「どっちにしろ長く保つわけがねぇ! こっちもジリ貧だ、一気に勝負かけんぞ!」
アイコンタクトで、残ったもう一人の上級魔術師に合図を送る。
詠唱される呪文にタイミングを合わせて、ルガードは雌達の包囲網の真ん前へ躍り出ると、豪槍を横殴りに振り回して足払いをかけた。
「どらああぁっ!」
慌てて飛び退く雌達。
「『――貫け、アイスランス!』」
それに合わせ、雌の着地のタイミングで魔法が放たれ、太く大きな氷柱の槍が一匹の後ろ足の太股を貫く。
「おらあっ、『ギロチンアックス』!」
さらにタイミングを合わせて、ジェルミンが両手斧を叩き込んだ。
深手を負った雌は悲鳴を上げて横倒しになる。
まだ息はあるが、どちらも致命傷だった。
「どらああぁっ! へへっ、これで四匹、この調子で押し切ろうぜ!」
無防備になったジェルミンと上級魔術師の二人をカバーするように、再び豪槍を振り回すルガード。
味方が多く残っていると振り回された豪槍に巻き込む危険があって使えない。
そして何度も豪槍を無理矢理振り回すためスタミナの消費が激しく長くは続けられない。
しかも全員の隙が大きく危険な、何度も使えないコンビネーションだった。
「さて、あとどんくらい猶予が残ってるか……っ!?」
峰晴達の方へと目を向けて、ルガードは驚きに言葉を失う。
ティオルとララルマの足下に、二匹倒れていたからだ。
これまで一匹も倒せていなかったのに、自分達が必殺のコンビネーションを決めて一匹倒す間に二匹も倒している、その事実が信じられなかった。
愕然としている間に、さらに信じられない光景が続いた。
「いきます!」
ティオルが叫び、雄に向かって走り出したのだ。
しかも、その後に続いて、ララルマまでもが走り出す。
「あの田舎くさい小娘と駄肉の塊の猫女、何を考えてやがる!?」
様子見に徹していた雄が、二人を警戒し大きく吼えた。
「なっ、こいつら!?」
雄が吼えた途端、三匹とも雄の元へ駆け付けようと、三人を無視して踵を返そうとしたのだ。
「行かせるか!」
「舐めんじゃねぇ!」
二人の意図を察したジェルミンが作戦通り、雌を足止めするため。
先を越された上に無視されてむかついたルガードが、怒りをぶつけるため。
二匹に飛びかかり、無視させない。
しかし、いくら上級魔術師でも呪文なしに咄嗟に魔法は使えず、一匹がティオルとララルマ目がけて全力で駆けていた。
「済まない! 一匹逃した!」
ジェルミンの叫びに、ララルマが振り返った。
◆◆
「済まない! 一匹逃した!」
斜め後ろから聞こえた焦った声に振り向くと、雌が一匹、アタシ達を目がけて、猛然と走ってきていた。
どうしよう!?
そう、ティオルちゃんに声をかけようとして、すぐにその言葉を飲み込む。
どうもこうも、アタシはフォローを頼まれたんだから、アタシが食い止めないと駄目なんだ。
「ティオルちゃん行ってぇ! あいつはアタシがなんとかするからぁ!」
「はい、お願いします!」
ティオルちゃんは振り向かなかった。
ジェルミンさんの警告が聞こえても、迫ってくる雌の足音が聞こえても、アタシがなんとかするって言っても、ただ真っ直ぐに雄だけを、前だけを見て走っていた。
そんなティオルちゃんが格好良くて、アタシのフォローが信頼されてるんだって思うと嬉しくて、それに応えなくちゃいけないって、負けてられないって思った。
だから、足を止めて真正面から迎え撃つように立ちはだかる。
そして盾を真正面に構えて身体にしっかり引き付けて、メイスを高々と振り上げた。
「ガアアアァァッ!」
邪魔だどけ。
きっとそう叫んだんだと思う。
ものすごい殺気だ。
足が震える。
今度こそ死ぬかもって、今日一番の死の恐怖に冷や汗が噴き出す。
でも、もう絶対に逃げない!
タイミングを合わせて、全力でメイスを振り下ろす。
「やああぁぁ!! 『クラッシュヘッド』ぉっ!!」
振り下ろしたメイスが、突進してきた雌の頭を真上から叩きのめす。
雌の身体がぐらっとおかしな揺れ方をして……。
「きゃああぁぁっ!!」
そのまま盾に、アタシの身体に、思い切りぶつかってきた。
その衝撃に、左腕から嫌な音が聞こえて激痛が走る。
そして、地面と空が何度も入れ替わりながら世界が回って……。
…………。
………………。
はっと気付くと、激痛が走る左腕に包帯が巻かれていて、ベッドの上だった。
「やああぁぁ!! 『クラッシュヘッド』ぉっ!!」
ララルマさんのすごくすごい気合いの入った声が背中から聞こえて、続けて、ドンと大きなぶつかる音と、ララルマさんと雌の悲鳴が重なって、何か重たい物が地面を転がる音が聞こえて、何も音がしなくなった。
一体、ララルマさんは何をしたんだろう、どうなったんだろう。
すごくすごく心配だけど、あたしは振り向かない。
雌の迫ってくる足音が追ってこない以上、ララルマさんは身を挺してフォローしてくれたんだ。
そして、ユーリシス様も、『ゲイルノート』のみんなも、足止めを続けてくれてる。
みんなが身を挺して送り出してくれたんだから、あたしはみんなを信じて、みんなの期待に応えるために、雄を倒すことに集中すればいいんだ。
きっと、ミネハルさんならそう言うはずだから。
ミネハルさんのことを想った時、ふと、肩にミネハルさんが手を置いてくれた温もりが甦った。
胸の奥から熱い気持ちが溢れ出して、全身を駆け巡る。
「ここで絶対に倒す……!」
雄を睨み付けると、雄もあたしを睨みつけて唸り声を上げた。
「『ホスティリティー』!」
絶対に逃がさない、そう気合いを込めて、挑発して引き付ける。
あたしも雄も、生きるか死ぬか、最後の勝負だ!
「ガアアアァァァッ!」
雄が吼えて、あたしに向かって突進してきた。
これはリセナ村の時と全く同じ状況だ。
でもあの時とはもう違う。
あたしは強くなった。
ミネハルさんのおかげで、すごく強くなったんだ。
だからもう、あの時みたいな失敗は絶対にしない。
「身を挺して助けてくれたミネハルさんを早く手当てしてあげるためにも、一撃で……最初の一撃で絶対に倒す!」
盾を正面に、剣を腰だめに構えて、迫る雄に向かって真っ直ぐ突っ込んでいく。
近づいて分かった。
リセナ村で戦った雄より、さらに身体が大きくてたてがみも立派で、多分、強い。
でも、そんなの関係ない!
「ガアアアアァァオオオォォォォッ!!」
牙を剥いて、何百キロもある雄が飛びかかってくる。
「絶対にこれで決める! 『リフレクトアームズ』!」
スキルを使ってるのに押し負けそうな、左腕が軋むほどの重たい衝撃。
身体がぐらついて真後ろに倒れそうになる。
でも、それを無理矢理踏ん張って、剣を握る右手に力を込める。
「やああぁっ!! 『ハードスラスト』!!」
スキルで跳ね返されて、半端に身体が浮き上がった雄の、大きく開いた口の中に、力一杯、全力で剣を突き刺す。
鈍い衝撃と、貫き通した手応え。
「ギャアアアオオオオォォォォォォォォッ!!!」
苦しげな悲鳴を上げて暴れる雄に合わせて、さらに叫ぶ。
「はああぁっ!! 『ライトカット』っ!!」
思い切り切り裂くように、全力で振り抜く。
「ギャアアアアァァァァオオオオオオォォォォォォッ!!!」
雄が悲鳴を上げて、地面の上をのたうち回る。
あの時と同じ、すごく血が噴き出して、濃い血の臭いが立ちこめた。
「はぁ、はぁ! はぁ、はぁ! やった……よね!?」
よろけるように下がって見つめるあたしの前で、段々と雄の上げる悲鳴も、のたうち回る動きも弱くなっていって、やがて動かなくなった。
「はぁ、はぁ……はぁ、はぁ……」
肩で息をしながら、しばらく見つめていても、雄はもうピクリとも動かない。
「はぁ、はぁ……ミネハルさん……あたし、今度こそ、はぁ、はぁ…………ちゃんと一撃で、仕留めました……」
力が抜けて、もう立ってられなくて、あたしはその場にへたり込んでいた。
◆◆◆
「終わった……のか……?」
ジェルミンが両手斧を振り下ろした格好で、茫然と呟いた。
ルガードの繰り出した豪槍を避けると、傷だらけの二匹の雌達が弱々しく吼えて、すぐさま踵を返し逃げていく。
「逃げんな! 待ちやがれ!」
ルガードが猛然と追いかけるが、猛獣の逃げ足には追いつけない。
気絶しているのか、地面を転がり泥だらけになって動かないララルマの側に、ふらつく足取りで逃げようとする雌が一匹残っていて、腹いせ混じりに豪槍を突き刺して止めを刺す。
歓声が上がって、何事かと三人が振り向けば、傷だらけの『ゲイルノート』の四人が跳び上がり、ハイタッチして大喜びしていた。
倒れているのは、峰晴以外にエンブルーだけだった。
『ゲイルノート』がキープしていた二匹と、ユーリシスが牽制していた四匹が、先に逃げた二匹を追って逃げていく。
八匹に逃げられたが、八匹を仕留めた。
しかも雄にきっちり止めを刺している。
この三パーティーの構成を考えれば、大金星だと言っていい。
「クソがっ……!」
しかし、ルガードは腹立ち紛れに豪槍の柄を地面に叩き付けた。
戦果は、『ゲイルノート』がゼロ匹。
峰晴達が三匹。
自分達『グローリーブレイブ』が五匹。
一番仕留めのは自分達なんだから、それを誇ればいいはずだった。
だが、それを誇る気になれなかった。
峰晴達は詐欺師野郎どものはずだった。
クソの役にも立たないゴミ装備で戦えるわけがなかった。
なのに、田舎くさい小娘と駄肉の塊の猫女が雌二匹を仕留め、さらに雄まで仕留めたのだ。
その上、自分が仕留めた最後の一匹は自分達が取り逃がし、ララルマがメイススキルで頭を殴りつけ脳震盪を起こさせた、簡単に狩れる手負いだった。
事実上、四匹ずつで、数だけは互角。
しかしその内容は、文句の付けようもなく峰晴達の大殊勲だった。
「ルガード、ちゃんと謝れよ」
詐欺師じゃない、『ゲイルノート』にゴミ装備を押しつけたわけじゃない。
峰晴達は、あの装備で強い魔物を狩れるだけの実力がある冒険者達だ。
「チッ……!」
それを認めたジェルミンの言葉に、ルガードは認めたくなくて、舌打ちしか返せなかった。
 




