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ゲームプランナーなので無理ゲーな異世界を大型アップデートします  作者: 浦和篤樹
第二章 アップデート『新たな試練と恩寵』
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78 雷刀山猫と再び 3

 受け身も取れずに、飛びついた勢いを失って身体が落ちる。


 雷刀山猫ライトニングサーベルワイルドキャットとはよく言ったもんだ。

 本当に雷に打たれたような衝撃に、全身麻酔みたいに身体の感覚がなくなって、ティオルに覆い被さるように倒れて身体どころか指一本動かせなくなる。


 もしこれで心肺機能まで麻痺する強力な麻痺毒だったら、本当に一撃死だった。

 でも、気を緩めたら息まで止まってしまいそうな恐怖があって、必死に息をする。


 しかも、牙が抜けた跡に空いた穴から血が溢れ出していて、失血死しそうで怖い。


「ミネハルさん!」

 ティオルが泣きながら、俺にしがみついてきた。


「…………!」

 ティオルが無事だったならそれでいい!

 いや、それよりも早く俺を退かして立つんだ!

 俺に噛みついた雌Bも、もう一匹の雌Aも、まだ無事のティオルを狙ってる!

 クソっ、そう言いたくても、まともに口が動かなくて声が出ない!


 不意に大きな叫び声が上がって、雌達をララルマが引き付けてくれた。

 目先の危機は去ってほっとするけど、ティオルは俺を抱き締めて泣き続けている。


「…………!」

 そんな場合じゃない、俺は大丈夫だから戦え、って伝えたいのに、辛うじて生きをする音が漏れるだけでしかない。

 これじゃ俺が足を引っ張ってしまっているじゃないか……!


 すぐにララルマの叱咤が飛んで、我に返ったティオルが涙を拭って起き上がり、俺を顔が下向きになるよう横向きに寝かせてくれる。

 仰向けにしたら唾液で窒息死もあり得るからって、事前に教えておいた通りにしてくれて、まだティオルに冷静な部分が残っていてくれたことに感謝だ。


 脱落してしまった俺にはもうホロタブで戦況を見ることしか出来ない。


 悔しくて情けないけど、後は頼む……!

 みんなならきっとこの局面すら切り抜けられるはずだ!

 だから絶対に死なないでくれ!



◆◆



 アタシはなんでこんな命懸けの戦いなんてやってるの?


 そんな後悔が頭の中をよぎった。

 だから、反応が遅れてしまった。


 慌てて盾を構えて雌の攻撃を捌こうとするけど間に合わなくて、突き飛ばされて転倒する。

 そんなアタシにのしかかって、雌が大きく口を開いて、二つの大きな牙を剥き出しにした。


「きゃあぁ!? た、助けてぇっ!?」

 気付けば、みっともない悲鳴が口をついて出ていた。


 毒鉄砲蜥蜴ベノムショットリザードは噛みつきさえ防げば、危険でも命の危機はそこまで感じない程度の魔物だった。

 角穴兎(アルミラージ)なんて慣れてしまえば可愛いもので、気付けばお金がいっぱい稼げるカモくらいにしか見てなかった。


 でも雷刀山猫は違う。

 一撃一撃に死を意識させられて、牽制するのも捌くのも、命懸けだった。


 こんなはずじゃなかった。

 そんな後悔でいっぱいになる。


 パーティーメンバー募集の噂を聞いて、駄目元でミネハルさんと初めて会ったあの日、ミネハルさん達のパーティーの目的を聞いて憧れた。

 だって、人々を、世界を救うために、強い魔物でも立ち向かって、魔物の知識や安全な倒し方を広く伝えたいなんて、そんなすごいことを考えてる人に初めて会ったから。


 駄肉ブスで役立たずのゴミのように扱われてきたアタシには、それが眩しかった。

 もし仲間になれたら、アタシも役立たずのゴミじゃなく、誰かの役に立って、少しは輝けるかも知れない。

 だから、分不相応な願いを胸に、勇気を振り絞って、仲間になりたいって伝えた。


 そんなアタシを快く仲間に入れてくれて、しかも駄肉の塊じゃなくて一人の女として見て、魅力的だって言ってくれたミネハルさん。

 スポブラと特注の胸当てを作ってくれて、真っ当に戦う術を教えてくれた。


 初めこそ上手くいかなかったけど、角穴兎を倒して、さらに毒鉄砲蜥蜴まで倒して、いつしかアタシはやりきった気になっていた。


 結局アタシは本気にしてなかったんだ。

 人々を救うって話も、そのために強い魔物と戦うって覚悟も。


 少々強い魔物でも工夫すればなんとかなるレベルの、自分達が倒せる魔物を倒して、世の中のために働いて、冒険者として生計を立てて行く。

 それで十分、ミネハルさん達は目的を果たしてるって、勝手に思い込んでしまっていた。


 だから、アタシには覚悟がなかった。


 そう、覚悟がないのはアタシだけだった。


「クソっ! ララルマから離れろ!」


 学者で、駄肉の塊って言われてるアタシより力も体力もなくて、知識はあってもまだスキルの一つも使えない、そんなレベルでしか戦えないミネハルさん。

 なのにそのミネハルさんが、雷刀山猫相手にも恐れることなく、アタシを助けるために、本気で、必死で、全力で、体当たりをした。

 アタシを助けるために、ベテラン冒険者だって戦うのを避ける雷刀山猫なんて恐ろしく強い魔物を相手に、自分の身を顧みず、がむしゃらに立ち向かった。


「『ホスティリティー』!」


 ティオルちゃんも、ミネハルさんが相手にしてた一匹を、自分に引き付けた。

 二匹も相手にしてヘトヘトで、ギリギリだったはずなのに。

 それを三匹も相手にして、逃げて生き残るのに必死になるくらい、無茶で無謀な真似をしてる。


 ユーリシス様もたった一人で四匹も牽制して、アタシ達に近づけさせてない。

 素早く動く猛獣を四匹も相手に、絶え間なく呪文を唱えて、魔法を撃って、アタシ達にこれ以上の負担をかけないように、必死にクールな顔を作って、凛とプライド高く自分の限界を隠して戦ってる。


 そのくらいしないと、この場では誰も生き残れないんだ。


「ぐあぁっ!?」

 しかも、ミネハルさんは、アタシにしてくれたのと同じように、恐れず身を投げ出してティオルちゃんを庇って、代わりに自分が噛みつかれてしまった。


 酷く後悔した。


 こんな強い魔物相手に本気の命懸けの戦いをするパーティーに入ってしまったことじゃない。

 ミネハルさんに一人の女扱いされて浮かれて、みんなの言葉を本気で受け止めないで、ほどほどで役に立ってる気になってた、そんないい加減な自分に。


 なんて恥ずかしい……!


 ティオルちゃんは本気だ。

 本気でミネハルさんの掲げた理想を信じて、ミネハルさんの役に立ちたくて、本気で戦ってる。

 本気でミネハルさんのことが好きだから、ミネハルさんを助けるためなら、自分の限界以上の三匹を相手にして、代わりに食い殺されることすら(いと)わない。


 なのにアタシは?


 一匹すらまともに相手に出来てない。

 こんな浮ついたいい加減なアタシが、ミネハルさんを射止められるわけがない。

 ティオルちゃんに勝って、ミネハルさんに本気で選んで貰えるわけがない。


「ああああああぁぁぁぁぁっ!!」


 気がついたら叫んでいた。

 もう、色々悔しくて、情けなくて、そんな自分をどうにかしたくて、叫んでいた。


 飛び起きる。


 全力で必死に駆ける。


 起き上がれないミネハルさんと、まだ倒れたままのティオルちゃん。

 その二人を狙う二匹の雌に向かって。


「『ホスティリティー』ぃ! 『ホスティリティー』ぃ!」


『「こいつは危険な敵だ、真っ先にこいつを食い殺さないと俺の身が危ない」ってくらいの敵意と危機感を煽って、自分に攻撃を集中させる挑発だ』


 ミネハルさんがそう言っていた、猛獣の目を自分に向ける、恐ろしいスキルを叫ぶ。


 ずっとティオルちゃんが相手にしていたからか、一回ずつ程度じゃ、アタシなんて見向きもされない。

 さっきまでは、もう自分のことを見ないで、狙わないで、って思ってたのに。


 今は見向きもされないことが悔しい。

 まるでさっきのまでのアタシが、ミネハルさんに見向きもされない、その程度の価値しかなかったみたいに。


「『ホスティリティー』ぃ! 『ホスティリティー』ぃ! 『ホスティリティー』ぃ! 『ホスティリティー』ぃ! 『ホスティリティー』ぃ! 『ホスティリティー』ぃ! 『ホスティリティー』ぃ! 『ホスティリティー』ぃ!」


 だから、こっちを向くまで何度だって叫ぶ。


「グルルル……!」

「ガオオゥ!」

 二匹がこっちを向いた!


「ティオルちゃん~、しっかりしてぇ! ミネハルさんはまだ大丈夫だからぁ! 早く終わらせて手当してあげてぇ!」

 そのまま待ち受ける一匹に向かって真正面から駆け寄って、恐れず、うんと踏み込み、メイスを振り上げる。


「『クラッシュヘッド』ぉ!」

 ミネハルさんが教えてくれた、誰も使い手がいない秘密のメイススキルを、初めて叩き込む。


 まるでメイスの先端が潰れたように、攻撃の運動エネルギーを敵の内部に浸透させて、外傷じゃなく内部にダメージを蓄積させるスキル。

 そう、ミネハルさんが言っていた。


「ギャオオゥ!?」

 ドンと、『ヘビーインパクト』よりさらに重たい衝撃が、アタシの腕にまで伝わってくる。


 でも、それ以上に衝撃を受けたのか、雌がよろけてすぐにアタシに反撃出来ないでいた。


 もしかして……この新しいスキルがあれば、アタシ、ちゃんと戦える?

 倒せなくても、粘って粘って、ダメージを蓄積させて動きを鈍らせれば、アタシでも生き残れる?


 胸の中が熱くなって視界が滲む。


 温かくて、嬉しくて、恥ずかしくて、情けなくて、泣きそうだ。

 ミネハルさんは、アタシが戦えるように、最後まで生き残れるように、ちゃんと考えてこの新しいスキルを教えてくれてたのに!


「はぁ、はぁ……えいぃ! このぉ! もう一度『クラッシュヘッド』ぉ!」

 もう後悔はしたくない。

 だから、ここからがアタシの本当の戦いだ!



「ぐあぁっ!?」

 あたしを庇って、ミネハルさんが!


 頭の中が真っ白になる。


「ミネハルさん! ミネハルさん! ミネハルさん!」

 慌てて身を起こして、あたしの上に覆い被さって庇ってくれたミネハルさんを強く抱き締める。


 あたしがミネハルさんに付いてきたのはなんのため?

 ミネハルさんの崇高な目的を、本気で応援したいから、そんなミネハルさんを守りたかったから、だから村を出てここまで付いてきたのに!

 それなのにあたしが足を引っ張って、もしミネハルさんが死んじゃったら……。

 あたしもう生きていられない!


「ティオルちゃん~、しっかりしてぇ! ミネハルさんはまだ大丈夫だからぁ! 早く終わらせて手当してあげてぇ!」

 ララルマさんの声に、はっと我に返る。


 そうだ、まだだ。

 ミネハルさんはまだ殺されたわけじゃない!

 早く雷刀山猫を倒して、ミネハルさんの手当をすれば、ミネハルさんは助かる!


「ごめんなさい、ミネハルさん待っててください! あたし、ミネハルさんを傷つけたこいつら、絶対に許さないですから!」

 教えられた通りミネハルさんを横向きに寝かせて、すぐさま立ち上がって剣を握り直す。


 あたしよりまだ盾の扱いに慣れてないのに、ララルマさんが懸命に二匹を相手に凌いでる。

 ミネハルさんが倒れてしまった今、あたしがしっかりしないでどうするの!


「ミネハルさんの仇! 『ホスティリティー』!」

 一匹に向かって、新しい盾スキルを叩き付ける。

 すぐに振り返った一匹が、牙を剥いて、唸り声を上げて、あたしに向かって襲いかかってきた。


 正直もう辛い。

 息は上がって、両腕とも怠くて、足もフラフラする。

 でも、こんなところで負けてられない!


「このっ、『リフレクトアームズ』!」

 襲いかかってきた雌を、強引に盾でかち上げる。

 跳ね返された雌の身体がわずかに浮き上がって、大きな隙が出来た。


 でも、あたしも踏ん張れなくて、身体がよろめいてしまう。

 これじゃあ必殺の『ハードスラスト』が間に合わない。

 だったら!


「『アクセルスラスト』!」


 もう一つの、新しい片手剣スキルを放つ。

 噛みつこうと大きく開かれた口の中に、肩から腕が抜けてしまいそうなほどの、普段では出せない速度で剣が突き刺さった。


「ギャアアアァァオオオォォッ!!!」

 悲鳴を上げて暴れる雌。


 リセナ村の時は、剣を取られてしまって、尻餅を付いて逃げた。

 でも今は、絶対に剣を手放すわけにはいかない。


「やあぁっ、『リフレクトアームズ』!」

 もう一度『リフレクトアームズ』を使って、雌の顔を思い切り叩いて、その反動で強引に剣を引き抜く。


 『アクセルスラスト』は『ハードスラスト』よりダメージが出ないって教えられた。

 だから、引き抜くタイミングで思い切り剣を捻る。


 さらに大きな悲鳴を上げて地面に倒れて、血を噴き出しながらのたうち暴れる雌。

 止めを刺すまでもなく、致命傷になったはず。


 だからすぐに、ララルマさんが相手にしてるもう一匹へ目を向けた。

 ララルマさんと一瞬目が合う。


「ええいぃ、『シールドガード』ぉ! それから『クラッシュヘッド』ぉ!」

 強引に爪を受け止めて、すぐさまメイスを叩き込んだララルマさん。

 その衝撃に雌がよろけて、大きな隙を見せた。


「やあぁっ、『ハードスラスト』!」

 がら空きになった脇腹に、体当たりするように剣を突き込む。

 毒鉄砲蜥蜴の時と比べて、皮膚は硬くないし、長い首での噛みつきも毒液もないから、すぐに離れて逃げる必要がない。

 だったら、よろけてる今がチャンスだ。


「はあぁっ、『ライトカット』!」

 突き刺したその剣で、そのまま真横に振り抜いて脇腹を大きく切り裂く。


「ギャアアアアアァァァァァァッ!!!」

 血を噴き出して、横倒しになる雌。


「止めですぅ! 『ヘビーインパクト』ぉ!」

 ララルマさんのメイスが頭に振り下ろされて、雌の悲鳴が止まった。


「はぁ、はぁ……はぁ、はぁ……やりましたぁ……!」

「はぁ、はぁ! はい……はぁ、はぁ! これで二匹……!」


 疲れた……手足が鉛みたいに重たい……。

 息をするのも苦しい……座り込みたい……。

 でも、まだ終わってない。


「はぁ、はぁ、『ゲイルノート』のみんな……はぁ、はぁ……そのまま二匹とも引き付けててくれる?」


「なんとかやってみる……!」

 リュシアンが次々に矢を放って、ローレッドが魔法でダメージを与えて、なんとか一匹キープしてくれてる。


「もちろんだ、こいつはもうオレの獲物だぜ!」

「ティオルはどうするの!?」

 もう一匹は、牽制で精一杯でダメージはろくに与えられてないみたいだけど、もう少しの間なら、このままエンブルーとラングリンとパプルに任せても大丈夫そう。


「はぁ、はぁ、ユーリシス様……作戦と違うけど……まだ四匹、引き付けてて貰っていいですか?」

「……なんとかしますが、どうするつもりです?」

「あたしが……ボスの雄を倒します!」


 一匹だけ、離れて余裕の顔で様子を見てる雄に、初めて目を向ける。


「はぁ、はぁ、あたしが突っ込むから……ララルマさん、フォローしてください。いきます!」



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