75 不協和音を残す共同戦線
冒険者ギルドで正式に合同で依頼を受けて、荷馬車で移動すること一日。
雷刀山猫十数匹の群れに狙われているという村までやってきた。
村人の話だと、定期的に村の周辺に現れては、防壁の外へ出る村人や出入りする行商人を狙って襲っているらしい。
このままでは行商人が寄りつかなくなり物が不足し、さらに村の外で採ってくる動物や木の実なども不足して、遠くない将来、村が立ちゆかなくなってしまうそうだ。
リセナ村より少し大きな村だったけど、無理して依頼料を捻出したんだろう、村にも村人にもちょっとばかり暗く貧乏くさい雰囲気が漂っていた。
もし俺達だけの単独依頼だったら、多少報酬を割り引いたり、世話になる負担を軽くするような配慮が出来るんだけど、合同で受けた依頼だから独断で足並を乱すわけにもいかないわけで。
本来負うべき負担なんだから、そこは我慢して貰うしかなさそうだ。
それはそれとして。
またそろそろ村の周辺に現れるって日より二日ほど早く村に入ったおかげで時間的に余裕があったから、村の周囲を探索したり作戦について話し合ったりした。
作戦については、一応、防壁の内側に誘い込んで雄だけを倒す作戦を提示したんだけど、俺達以外のほぼ全員に即座に却下された。
吟味検討してくれた人もいて、有効だと認めてはくれたけど、それでも最後には却下されたから、やっぱり防壁の内側に誘い込むのは忌避感が強いらしい。
結局、俺の予想通り、防壁の外でパーティーごとに分かれて雌を迎撃し、早く片付けたパーティーがボスの雄を倒しに向かうってことになった。
そして、そろそろ現れるだろうって当日。
全員を集めて、今回のメインパーティー『グローリーブレイブ』のリーダー、ジェルミンが方針を語る。
「今日からは防壁の外で待機することにしよう。斥候も出したいところだが、山猫どもは耳がいい。先に気付かれて、包囲された斥候が食い殺されたって話は珍しくもない以上、斥候は出せない。今日か、明日か、明後日か、そこは山猫どもの気分次第だから、長期戦は覚悟しておいてくれ」
積極的に探して回ると情報戦で先手を取られて不意打ちされる可能性が高く、防衛戦になればいつ襲ってくるか分からないから持久戦になって消耗させられる。
これもまた、冒険者達が雷刀山猫を狩るのを避ける理由の一つだ。
村の周囲は開けていて見通しがよく、森や岩場など身を隠して近づける場所までは距離があるから、門の前付近で陣を張っていれば早期発見はしやすい。
「各パーティーから見張りを一人ずつ立てて、周囲の監視をする。他のメンバーはその間、ゆっくり身体を休めておいてくれ。見張りは一時間交代だ」
というわけで、一人ずつ見張りが立つことになる。
見張りは全員で三人。
そう、『グローリーブレイブ』の呼びかけに応えて参加してくれたのは、俺達以外に一パーティーしかいなかったわけだ。
しかもそのパーティーっていうのが――
「ね、ねえローレッド、やっぱり私達には無理じゃないかな……」
「う、うん……」
「リュシアンはビビりすぎだって。ローレッドもだ。ティオルはともかくミネハルだって戦うんだろ? ならオレ達だって、やってやれないはずがないだろ。気楽にいこうぜ」
「ラングリンは気楽すぎよ。もっと危機感を持って欲しいわ」
――『ゲイルノート』だった。
曲がりなりにも師匠がいる『グローリーブレイブ』が参加して、最近交流を持った俺達までも参加する。それも自分達が原因で両パーティーが揉めた上、その延長で今回の討伐依頼を受けることになった。
ともなれば、自分達が参加しないわけにはいかない、そう思ったそうだ。
心意気は買うけど、正直不安が拭えない。
だから、せめて余計な力を抜くように声をかける。
「大丈夫、そう気負いすぎなくても平気だ。五日間、一緒にみっちり特訓しただろう? それに今から緊張してたら本番まで保たないぞ」
「ミネハルは全然緊張してなさそうだな。案外図太い奴だったんだな」
肝が据わってるのか考えなしなのか、一番普段通りのラングリンが揶揄してくるんで、おどけるみたいに敢えて大仰に肩を竦めてみせた。
「一応、雷刀山猫とやり合うのは今度で三度目になるからな。ちょっとは慣れるさ」
それにホロタブで常に監視しているから、接近されればすぐに分かる。
多分、襲撃は今日。だけどまだ数時間は余裕がある。
今から緊張していたら、本当に保たないからな。
「俺達と『グローリーブレイブ』がツートップで、逆三角形の配置だ。すぐさまローレッド達が直接やり合うことはないし、予備兵力として後方に控えててくれるだけでも牽制になる。だから、万が一の時のフォローをしっかりしてくれれば大丈夫だから、気楽に構えててくれ」
「は、はい……」
とはいえ、『ゲイルノート』のメンバーは、雷刀山猫と直接対峙するどころか見るのも初めてらしいからな。
緊張するなって方が無理か。
でもそれは、うちのララルマも同じらしい。
「ララルマも、今からそんな身構えてなくても平気だぞ? 周りを見てみろ、のどかなもんだ。雷刀山猫が近づいてきてる気配もないし、今はリラックスしてていいんだぞ?」
「そう言われてもぉ、アタシも一匹直接やり合うんですよねぇ? 本当に食い殺されちゃったらどうしましょぉ?」
ララルマ、ガチガチだな。
これじゃ絶対に数時間も保たないだろうし、どうやったらリラックスしてくれるんだろう?
こういう時アニメだと、女の子同士、後ろからおっぱいをもにゅっとやるシーンが思い浮かぶけど、俺がやったら色々と洒落にならないからなぁ。
「はっ、やっぱ盾なんざ、臆病者がガタガタ震えながら身を隠すためのもんらしいな」
唐突に割り込んでくる、思い切り馬鹿にして見下す声。
振り向いて確認するまでもなく、ルガードだ。
「ラングリン、そんなゴミ装備はやめて槍に戻せ槍に。槍は強ぇぞ、急所にブッ刺せば山猫だろうがなんだろうが一撃だ。そうだろうパプル? お前もそんなゴミ装備は捨てちまえ」
豪槍を構えて、風が唸りを上げる突きを放ってみせる。
確かに、豪槍の破壊力は言うだけのことはあるみたいだ。
だからと言って、ゴミ装備呼ばわりされる筋合いはない。
「急所に一撃で倒すのなら、剣でも十分だ。実際にティオルがそれで倒してるしな。槍はリーチがあるけど突くと払うがメインだろう? 剣は切る、突く、払う、盾は受け止める、受け流す、叩く、これだけ状況に応じて攻撃手段を変えられるんだ。その中から自分に向いた戦闘スタイルを選べる分、汎用性が高い万人向けの装備なんだよ」
「ああ知ってるぜ、そういうのを器用貧乏ってんだろう? やっぱ使えねぇゴミ装備じゃねぇか」
ああ言えばこう言う奴だな。
っていうか、脳を通さず喋ってるみたいな脳筋なのに、よく器用貧乏って言葉を知ってたな。
「ああん? なんだオマエ、その目は。馬鹿にしてんのか」
「いいや、別に」
「チッ、むかつく詐欺師野郎だぜ。山猫のクソどもが現れた途端、逃げ出すんじゃねぇぞ。もっとも、それならそれで詐欺師野郎の化けの皮が剥がれるってもんだがな」
むかつくなら絡んでこなきゃいいのに、どうしてこういう奴らって、わざわざ絡んでお互いに不愉快な思いをするような真似をするんだろうな。
「ま、逃げる時は、そこの駄肉ブスが責任取って囮になってくれそうで助かるぜ。『餌になって逃げる時間を稼いでくれるタイプ』の面目躍如で頼もしい限りだな、だーっははは!」
なっ……こいつ!?
馬鹿笑いを浴びせられて、ララルマがギュッとズボンの裾を握り締めると、耳も尻尾もへにょらせ、うっすら涙を浮かべて俯いてしまう。
「ララルマ、俯くな、胸を張れ!」
そのララルマを背後に庇って、二メートル近いルガードを睨み上げた。
「おいルガード! ララルマに謝って今の言葉取り消せ!」
「ああん!? いきなり何キレてんだテメェ、ぶっ殺すぞ!?」
「ララルマを駄肉ブス呼ばわりしたのも許せないけどな、お前は絶対に許せないことを言ったんだ、ララルマに謝って取り消せ!」
「何が許せねぇってんだ、ああ!?」
「お前は今ララルマに向かって、『オレが生き残るために、逃げる時はオマエが囮になって魔物に食われて死ね』って言ったんだ! それがこれから肩を並べて魔物と戦おうって相手に向かって言うことか!?」
「……チッ」
どうやら失言に気付いたみたいだけど、舌打ちをするだけで、目も逸らさないし謝ろうともしない。
「それがなんだってんだ。オマエらが逃げなきゃオレらも逃げる必要がねぇんだ。だったらせいぜい――グボォ!?」
肩を掴まれて振り返らされた瞬間、鳩尾に拳を叩き込まれて、ルガードが呻いて地面に這い蹲る。
鳩尾に拳を叩き込み、這い蹲ったルガードの頭を思い切り踏みつけたのは、ジェルミンだった。
「うちの馬鹿が済まない。代わりに謝罪する」
ルガードの頭を踏みつけた足を下ろして、潔く頭を下げるジェルミン。
チラリと背後に庇ったララルマに目を遣ると、耳をへにょらせたまま、どうしたらいいのか分からないって困り顔だ。
「そちらのお嬢さんには気を悪くさせてしまった上、勝手な言い分で申し訳ないが、この馬鹿には後でよく言い聞かせて改めて謝罪させるから、作戦前の今は一時怒りの矛を収めて貰えないだろうか」
「あ、あのぉ……アタシはぁ……」
「ララルマの思うとおりにしていい」
言外に『こんな奴らとは命を預け合う共同戦線なんて張れないから、依頼をキャンセルして帰らせて貰う』そう言って構わない、って意味を込めて、ララルマの目を見る。
「……分かりましたぁ」
「そっか……ララルマがそれでいいなら、いい」
「お嬢さんの寛大な心に感謝する。本当に済まなかった」
ジェルミンはもう一度きちんと頭を下げて、ルガードの髪を掴むと、ルガードが痛みに悲鳴を上げるのにも構わず、強引に引きずって俺達から離れていった。
他の『グローリーブレイブ』の面々も、申し訳なさそうに軽く頭を下げて、その後に続く。
それでなんとなく、俺達もツートップのポジションに移動する。
おかげで、最悪って程じゃないけど、微妙な空気のまま見張りを立てて警戒を始めることになった。
「じゃ、じゃあ、あたしがまず見張りに立ちますね」
なんとなく気を遣ってくれて、ティオルが見張りに立ってくれる。
だから、俺とララルマ、そしてユーリシスはその場に腰を下ろした。
「まったく、脳筋だ馬鹿だとは思ってたけど、あそこまで考えなしの馬鹿だったなんてな」
「えっとぉ……ミネハルさん~、ありがとうございますぅ」
「別に気にしなくていいよ。あれは全面的にルガードが悪い。むしろ、本当に良かったのか? 今からでも断って帰ってもいいと思うぞ」
「うふっ、ミネハルさんがぁ、アタシのためにあそこまで本気で怒ってくれたからぁ、それでいいですよぉ」
「そ、そうか? ま、まあ、本当にララルマがそれでいいんならいいけど」
ララルマがこうしていいって言ってるんだから、俺がいつまでも引きずるのはどうかと思うけど、やっぱり腹の虫が治まらないな。
「俺達の目的は、飽くまでも剣とメイスと盾でも、強い魔物と戦えるってところを見せることで、その方針は変わらないし、無理や無茶もする必要はない。あいつらがボスの雄を倒すまで粘って、可能なら一匹くらい倒せばいいって作戦にも変更はない」
ララルマの目を見ながら、その手を取る。
「だけど、あいつらがちんたらやるようなら、俺達が担当した雌を全滅させて、ボスの雄も倒してやるって気概でやってやろう」
「賛成です。あたしも、あの人は許せないです。あたし達がすごくすごいところを、見せつけてやりたいです」
見張りに立ったまま、ティオルが力強く賛同してくれる。
「まったく、仲間のために怒るのは構いませんが、変に熱くなると足下を掬われかねませんよ」
「そこは無駄に冷めてるユーリシスがうまく立ち回って調整してくれ」
嫌そうな顔で溜息を吐かれた。
ここは、ノリよく頷いてくれたら格好が付くのにな。
「というわけだララルマ。絶対に生き残るのは当然だけど、あいつらに目に物見せて、絶対にルガードに謝らせよう」
「うふふっ、もぉ、ミネハルさんはぁ」
えっと、笑われるところだったか?
「そうですねぇ、気合い入れてぇ、頑張りましょぉ!」
そうして気合いを入れて、見張りを交代しながら待つこと数時間。
ホロタブに、十六の光点が現れて近づいてきた。
森から鳥達が逃げるように飛び立ち、ピリッと空気が張り詰める。
「全員構えろ! お客さんが来たぞ!」
タイミングを合わせて見張りに立っておいた俺が大声で注意を促し、ティオル、ララルマ、ユーリシスが立ち上がるとほぼ同時に、森を抜けて雷刀山猫が姿を現した。