74 生き残りを懸ける新たなスキル
「どうしてあんな約束しちゃったんですかぁ?」
町の外の防壁の側、いつもの朝練をしている場所で、ララルマが地面に女の子座りでへたり込み、情けなさそうな声と顔で俺を見上げてきた。
へにょった猫耳と尻尾、ずり落ち気味の眼鏡がより一層情けなさを助長しているけど、これはこれでちょっと可愛いかも知れない。
「アタシが雷刀山猫みたいな強い魔物と戦うなんてぇ、自殺行為ですよぉ?」
ララルマは合同で依頼を受けるのを決めてからずっとこの調子だ。
そのせいでイライラを募らせたらしいユーリシスが、俺がフォローを入れるより先にララルマの真正面に立つと、蔑むような冷ややかな目で見下ろした。
「この駄肉猫は何を今更泣き言を言っているのです。この男の誘いに乗ってパーティーに加わった時点で、いつかこうなることは分かっていたはずです。後悔したのであれば、今からでも逃げ出しますか」
「そ、そこまでは言いませんけどぉ……でもぉ、ユーリシス様は怖くないんですかぁ? 雷刀山猫ですよぉ、雷刀山猫ぉ」
「魔法で追い払えば済む話です。どうということはありません」
右手を挙げて振り下ろすジェスチャーをしたユーリシスを、ララルマが羨望と呆れの交じった目で見上げる。
「ユーリシス様って気が強すぎません~? 怖い物なしですかぁ?」
「お前が非生産的な愚痴を無駄に漏らしているだけです。いい加減、覚悟を決めるか逃げるか選びなさい」
「まあまあユーリシス、そのくらいで」
ララルマは本来雷刀山猫を相手にするにはレベルが圧倒的に足りていないわけだし、創造神のユーリシスと比較するのも酷な話だろう。
だからそんなララルマの前にしゃがんで目線を合わせると、勇気づけるようにその肩に手を置いた。
「不安になる気持ちは分かるけど大丈夫だ。ちゃんと策は考えてある。俺がララルマを殺させたりしないよ。必ず勝って生き残って、『真っ先に食い殺されるタイプ』とかなんとか馬鹿にしてきた連中を一緒に見返してやろう」
「ミネハルさん~……」
頬を紅潮させて熱っぽい潤んだ瞳で見られると、ちょっと照れ臭いんだけど。
「スポブラと胸当てのこともありますしぃ、ミネハルさんにそう言われたらぁ、なんだか大丈夫な気がしてきましたぁ」
「そうか、それは良かった」
少しでも不安が払拭できたなら、照れ臭い思いをした甲斐があるってもんだ。
ふとチクチク刺さってくる視線を感じて振り返ってみれば、ティオルがらしくない冷たい視線で俺を見ていた。
「コホン、それと同じようなこと、あたしも言われたことあります。リセナ村で雷刀山猫と戦う前に」
「あぁ~……ミネハルさんってぇ、女たらしですねぇ」
えっ、引かれた!?
熱っぽい潤んだ瞳が一転、冷めた目に変わってるんだけど!?
「いやいや誤解だ、たらし込んでなんてないからな?」
「無自覚なのが余計に質が悪いです」
「本当ですねぇ」
ティオルとララルマの二人に冷ややかな目で責められると、なんか本当に悪いことをしたみたいな気分になってきた……無実のはずなのに。
しかもユーリシスまで氷みたいに冷たい目で見てくるか?
「好きにすればいいとは言いましたが……機を見てはたらし込むことにしたというわけですか。節操のない男ですね」
「いやだから……!」
本当に俺が女たらしなら、元の世界で彼女の一人や二人いたはずだよな?
「ゴホン、ともかく、他の冒険者達が見てる前で一匹でも雷刀山猫を倒せれば、その意義はとても大きい。これは俺達にとって大きなチャンスなんだ」
「それは分かるんですけどぉ。話を聞く限りぃ、一生近づきたくない魔物ですよぉ?」
ララルマの言い分も、分からないでもない。
でも、俺達だけで戦うわけじゃないんだから、必要以上に恐れることはないんだ。
「ミネハルさんには何か策があるんですよね? リセナ村の時と同じですか?」
「そうだな……ジェルミン達『グローリーブレイブ』は他にも協力してくれるパーティーがいないか探すみたいだし、仮に見つかれば、『グローリーブレイブ』とその別のパーティーが村の防壁の内側で侵入してくる雌達を迎え撃って、その間に、防壁の外側に待機していた俺達がボスの雄を倒して雌を撤退させれば、今度は村人にも家畜にも怪我人を出さずに、より安全確実に勝てるだろうな」
「やっぱりミネハルさんはすごいです。その作戦、リセナ村の時よりもっとすごいと思います。それでいきましょう。あたしも、今度こそ絶対に一撃で倒してみせます」
「その作戦ならぁ、アタシも無茶や無謀なことしなくていいんですねぇ?」
意気込むティオルと胸を撫で下ろすララルマには悪いけど……。
「一応進言はしてみるけど、多分その作戦は却下されるだろうなぁ」
「あぅ……」
「そうなんですかぁ?」
「まず『グローリーブレイブ』のその村出身のメンバーが、門を開けて魔物を防壁の内側に招き入れる作戦を、うんと言ってくれるとは思えないんだよな」
「そう言われればぁ、そうですねぇ……」
「じゃあ防壁の外で、同じような作戦でやれませんか?」
「防壁の外でそれをすると、雄と雌の距離が近すぎて、雌を一匹でも足止め出来なかった場合、すぐに邪魔が入って雄を倒す猶予がほとんどなくなる。雌が何匹も駆け戻ってきたら、リセナ村の時以上のピンチになる可能性だってある」
「そうなったら……次も雄を倒して生き残れるか、自信ないです……」
相手は十数匹の群れだからな、雌が十匹も駆け戻ってきたら、一対一の状況を強引に作り出すことも出来ずに取り囲まれて、全員強麻痺の餌食になるだろう。
「それに、防壁の内側に入れるにしろ外で迎え撃つにしろ、遊撃で雄を倒すのが一番重要で功績も大きいポジションになるわけだから、その重要な役目を素直に俺達に任せてくれるかと言うと、難しそうだ」
どのパーティーがその大役を引き受けるかで、揉める可能性だってある。
揉めても、どのパーティーがボスの雄を倒しても、最終的に勝利できればいいと言えばいいんだけど、役割に納得いかない奴が勝手な真似を始めたら、防壁の内側に招き入れた分、余計な被害が出かねない。
「作戦の善し悪しじゃなく現実的に考えると、防壁の外で戦いやすくパーティーごとに分かれて、それぞれ何匹かずつ引き受けて、それを早く倒したパーティーがボスの雄を倒しに行く。残った雌は倒すより足止めに戦い方を切り替えてサポート、これが落としどころな気がするよ」
「『ゲイルノート』のみんなともすぐには連携を上手に取れなかったから、即席で別のパーティーの人と組まされても連携取れませんもんね」
「ティオルの言う通りだな」
ラングリンとパプルが盾に慣れるまで、合同で角穴兎討伐の依頼を受けて、指導を兼ねて一緒に行動していた時、実験と経験値稼ぎを兼ねてパーティーメンバーをシャッフルしてやってみたことがあった。
結果、一緒に稽古したり、その戦い方を間近で見ていたにも拘わらず、すぐさま連携が取れなかったわけだ。
なのに、初対面の相手と臨機応変に合わせるなんて、お互いによほどレベルが高くないと無理だろう。
「理想を言うなら、俺、ティオル、ララルマが三人別のパーティーに入って盾役として雷刀山猫を引き付けて、その間に他のメンバーが倒す。そして数が多すぎて引き付けられない分は、ユーリシスと他のパーティーの魔術師や弓使いが牽制しておく、っていうのがベストだと思う。まあ俺の実力だと角穴兎の相手が精一杯だから、この作戦も却下だけどな」
そもそも、他に協力してくれるパーティーを探すってことは、俺達を戦力と見なしてない可能性が高い。
それどころか、他に協力してくれるパーティーが十分に見つかったら、俺達は不要ってことで同行を断ってくる可能性すらある。
特にあのルガードがそんな感じに騒ぎそうだ。
まあ、たとえそうだったとしても、無理矢理にでも付いて行くつもりだけど。
村を救うのは当然として、詐欺師って冤罪は晴らさないといけないからな。
「それだとぉ、やっぱりこれまで以上にぃ、命懸けで無茶しないとダメなんですねぇ」
意気込んで復活していた猫耳と尻尾が、またへにょってしまう。
「これまで以上に命懸けになるのは間違いないと思う。だけど、可能な限り無茶も無謀もしないで済むように、出発までの五日間、特訓をしよう」
わずかに眉をひそめて嫌そうな顔をしたユーリシスはスルー。
「特訓ですかぁ?」
立ち上がって、ララルマの手を取って立ち上がらせる。
そして背筋を伸ばして表情も改め、仕事モードに切り替えてから、大きく頷いた。
「ああ、特訓だ。策があるって言っただろう、俺がララルマを殺させたりしないよ」
ピクリとティオルが反応して、ララルマの隣に並ぶと、期待した視線を向けてきた。
どうやらティオルは気付いたみたいだな。
そんな俺とティオルの様子に、よく分からないって顔で小首を傾げるララルマ。
そんな二人に向かって、かつて言ったのと全く同じ台詞を口にする。
「これから教えることは、俺が教えたってことは絶対に秘密にして欲しい。同時に、なぜ俺がそれを知ってるのかってことも問わないで欲しい」
「はい!」
ティオルが即座に、前回と同様の非常に真剣で生真面目な顔になって頷いた。
急に変わった空気に戸惑い顔で、ララルマも怖ず怖ずと頷く。
「えっとぉ、よく分からないですけどぉ、ミネハルさんがそう言うならぁ?」
「ああ、約束だ」
頷いてから、特訓の内容を告げる。
「今からティオルとララルマには、いくつか覚えて貰いたいことがある」
「覚えて貰いたいことですかぁ?」
「ああ。それは雷刀山猫と正面切ってやり合って生き残るための新しい力、そして協力し合えば俺達でも倒せるだけの新しい力……現在は使い手が皆無の『盾スキル』、『片手剣スキル』、『メイススキル』だ」
「『片手剣スキル』だけじゃなくて……まだ他にもあたしの知らない『盾スキル』があるんですか!?」
「……ええぇっ!? 使い手が皆無って……それって、誰も使ってる人がいないってことですよねぇ!? なんでそんなスキルを、全然戦えないミネハルさんが知ってるんですかぁ!?」
「ララルマさん駄目です。ミネハルさんと今約束したでしょう、なんでミネハルさんが知ってるのか聞かないって」
「あ、あぁ、そうでしたぁ。あんまりのことでビックリしてぇ……ごめんなさいぃ」
謝った後、ララルマはしばし俺の顔を見つめて、果たしてどんな考えを巡らせたのかは分からないけど、半分自分に言い聞かせるみたいに頷いた。
「いや、いいんだ。分かってくれれば」
俺が何かを言うより先にティオルがたしなめてくれたけど、多分、ララルマみたいな反応の方が普通だと思う。
むしろティオルは少し聞き分けが良すぎる気がするよ。
まあ、今はそれは置いておいて。
「次の雷刀山猫戦だけど、恐らく俺達は複数の雌を同時に相手にしないといけなくなると思う。そこで重要になるのが戦いの主導権だ。雌に好き勝手動かれて主導権を奪われていたら、勝てるものも勝てない。だからまず最初に、盾を持つ盾役が戦いの流れをコントロールするためのキーになる、非常に重要な盾スキルを教える」
「盾が戦いの流れをコントロールする……?」
「そ、そんなすごいスキルがあるんですかぁ?」
「ああ。複数の角穴兎と同時に戦って、さらに毒鉄砲蜥蜴で敵の攻撃を引き付ける盾役を交代でこなせた二人だからこそ、十分に使いこなせる下地が出来たと思うから教えるんだ」
「色んな魔物と戦ってきたから使いこなせるように……!」
「そう聞かされたらぁ、なんだかドキドキしてきましたぁ、これまで戦ってきた経験が生きてくるんですねぇ」
二人の目が、新スキルへの期待に輝く。
「ああ、その通りだ。その新スキルの名前は『ホスティリティー』。敵に自分に対する強い敵意を抱かせて、その敵の攻撃を自分に引き付ける、挑発系のスキルだ」
「っ!?」
「それってぇ……『アンプレゼント』みたいなですかぁ!?」
「例えるなら『アンプレゼント』が『むかつく奴だ、先にこいつを蹴散らしてやるか』くらいの挑発だとしたら、それより遥かに強力に『こいつは危険な敵だ、真っ先にこいつを食い殺さないと俺の身が危ない』ってくらいの敵意と危機感を煽って、自分に攻撃を集中させる挑発だ」
「ゴクッ……」
「そんなの使ったらぁ、アタシ本当に食い殺されちゃうかもぉ……」
期待に応えるべく、スキルの概要を説明した途端、二人は緊張で身を固くした。
特にララルマが顔を青ざめさせる。
「二人が不安に思うのも無理はないけど、どれだけの数の雌を同時に相手にするか分からない以上、敵に好き勝手襲う相手を選ばれて動き回られたら対処が難しい。だから、挑発系のスキルで、それをコントロールするんだ」
というか、そもそもの話、両手斧にあるのに盾になかったのがおかしいんだ、挑発系スキルが。
「というわけで、食い殺されないで済むように特訓だ。他にも覚えて欲しい『片手剣スキル』と『メイススキル』も控えているんだから、のんびりしてる暇はないぞ」
「は、はい!」
「食い殺されたくないからぁ、頑張りますぅ」
そして五日後。
二人はギリギリなんとか、それぞれ新しい『盾スキル』、『片手剣スキル』、『メイススキル』を発動して、使えるところまで持って行くことが出来た。
後は実戦でそれを発揮できるかどうか、だな。