72 詐欺師疑惑
「えっと、どこの誰だか知らないですけど、他の誰かと間違ってるか、何か誤解がありませんか?」
いきなり現れて詐欺師呼ばわりとは、随分と失礼な男だ。
突然のことなんで面食らってしまって、つい当たり障りなく丁寧に対応してしまったけど。
その三十歳を少し越えたばかりくらいに見える人間の男は、グラハムさん程ではないけど、身長が二メートル近くあって、筋骨隆々で非常にごつい体格をしていた。
蛮族ルックの革鎧で固めていて、手にしているのは、ラングリンとパプルが持っていた穂先が金属で柄が木製の槍とは違う、柄まで金属製で太く長く、それに見合った大きく鋭い穂先の、これまたごつい豪槍と呼べそうな両手槍だった。
「剣やらメイスやら盾やらクソの役にも立たねぇ装備を持った、自称学者の冴えねぇひょろ男、田舎くさい小娘、駄肉の塊の猫女、貴族でもねぇ癖に態度のでかい美女の四人組。オマエら以外に、そんな胡散臭い連中は見たことねぇな」
男は揶揄するような笑いを浮かべて、俺、ティオル、ララルマ、ユーリシスと順に見ると、小さく鼻を鳴らした。
実はこれまで誰も絡んで来ないから放置していただけで、ドルタードの町に来てから、なんだかんだで胡散臭そうに見られたり、小馬鹿にされたり、陰口を叩かれたり、そんな態度を取る連中は毎日視界の端に映っていた。
だからよくよく考えれば、遅まきながら絡んでくる奴が現れたってだけの話だな。
「それで、何を根拠に俺達を詐欺師呼ばわりしてるんですか?」
言いがかりを付けられて黙っているのは、罪を認めるようなもんだ。
だから、声と視線に不快感を乗せてその男を見上げる。
「『ゲイルノート』のラングリンとパプルを知らねぇとは言わせねぇぜ? オマエらがあいつらを騙して、クソ装備を掴ませたってことは分かってんだ」
やっぱりか。
この男が両手槍を持っていて、『うちの可愛い弟子ども』発言があった時点で、なんとなく予想は付いていたけど。
イラッとした雰囲気を漂わせ始めたユーリシス。
ユーリシスが口を開くと大事になりそうだし、早めに誤解を解きたいところだ。
「騙すも何も、声をかけてきたのは彼らからで、その上であの二人が自分から盾を使いたい、武器を変えたいって言い出したんであって、俺達から何かを言ったり押しつけたりはしてませんよ」
不遇武器の布教をしたいって意図はあったけど、飽くまで俺達は使い方を『見せて』、その可能性を『魅せた』だけだ。
それで可愛い弟子が武器を変えてしまったら面白くないのは分かるけど。
「そんな出任せで煙に巻けると思うんじゃねぇぞ。何が目的だ。金か? 身体か? 恨みか? どっちにしろ、このオレ様がオマエら全員に天誅を喰らわせ――」
「黙りなさい。誰が誰に天誅を下すと言うのです。思い上がりも甚だしい。非常に不愉快です」
ピシャリと言い放つユーリシス。
冷たく蔑む視線とその強い圧に、男が思わず息を呑み、黙らせられてしまう。
「遅かったか……」
ユーリシス相手に、詐欺師呼ばわりの上、天誅は不味かったな、天誅は……。
俺の横で、自分が叱られたわけでもないのに、ティオルとララルマが小さくなるのは……まあ、気持ちは分かるよ。
「武器を変えたいと言い出したのはおまけのあの者達です。お前がとやかく言うことではありません」
「この詐欺師風情が、居直りやがったな……!?」
「あの者達は両手槍が合わないと言っていました。お前は師匠面しておきながら、そんなことも見抜けなかったのですか。お前がその程度の力量しかないのを弁えず師匠面しているから、あの者達はパーティー内でおまけ程度の実力しか発揮できなかったのです」
「なんだとこのアマ!?」
「お前は師匠面していい気分だったかも知れませんが、あの者達は合わない武器を使わされ、無駄に命を危険に晒していたのです。お前こそあの者達を騙し両手槍を押しつけていた詐欺師同然ではないですか。自らの傲慢を棚に上げて他者を責めるなど、その自覚もない己が不明を恥じ入りなさい」
「ぐっ……このっ……!!」
顔を真っ赤にして豪槍を握り締めて、なんかもう荒事になりそうだ。
「ユーリシス、そこまで。言いたいことは言っただろう? その辺にしておこう」
さすがに今回は止めさせて貰おう。
ユーリシスは、一応それなりに溜飲は下がったのか、溜息を吐いて、その冷たく蔑む視線を男から外す。
そう、男から外したはいいんだけど……まだ言い足りなかったのか、今度は厳しい視線をティオルに向けた。
「小娘」
「は、はい!」
「お前は何を黙っているのです。お前が誇りとする剣術と装備を馬鹿にされ、あまつさえ犯罪者呼ばわりされたのですよ。それを言いがかりと、誇りを傷つけられたと思うのであれば、お前が真っ先にこの男の傲慢な勘違いを正さなくてどうするのですか」
「は、はい……ごめんなさい……」
「私に謝ってどうするのです。謝るのであれば、お前の亡き父に謝りなさい」
「ごめんなさい……」
「駄肉猫、お前もです」
「は、はいぃ!」
「お前も条件として提示されたとはいえ、自らメイスと盾を使うことを選択したのです。その選択を貶されたのですよ。お前が自分の身体にコンプレックスを抱いているのは知っていますが、この件とそれは無関係です。であれば無駄に卑屈にならず、自らの選択の正しさを主張すべき時に主張しないでどうしますか」
「は、はいぃ……」
本当にブレないというか、身内にも容赦ないな……。
「お前は何を他人事のような顔をしているのです」
「げっ、俺も!?」
「小娘を連れ出し、駄肉猫に選ばせ、この状況を作り出したのはお前です。波風立てないように立ち回ることを否定はしませんが、冤罪をかけられ、言いたい放題に言われてまで八方美人に立ち回る必要がどこにあります。この者達を守るのがお前の責務ではないのですか」
「いやまあ……仰るとおりです……」
普段は正論が暴論にしか聞こえないことに定評があるユーリシスだけど、今回に限って暴論じゃなく至極真っ当な正論だから、言い訳しようもない。
なんとなく蚊帳の外に置かれて口を挟めなくなっていた男が、『オマエらこんなおっかない女と組んでるのかよ』みたいな目で生唾を飲み込んでるのが、もうね?
「君達、うちの仲間が失礼したね」
するとまるでタイミングを伺っていたみたいに、俺より少し年下に見える、この世界基準のイケメンのエルフが、爽やかな笑顔で軽く手を挙げながら近づいてきた。
蛮族ルックに背負った両手斧。背は平均的だけど引き締まった筋肉。先に絡んできた男が一歩脇に避けて道を空けたところからして、その男のパーティーのリーダーかなんかなんだろう。
「おいジェルミン、なんで詐欺師どもに頭を下げてんだ! 外に引きずり出して叩きのめすのが筋ってもんだろう!?」
それのどこが筋なんだか。
「少しは落ち着けルガード。それじゃ筋は通らない」
よかったこのジェルミンって呼ばれた男は、絡んできたルガードって男より、少しは話が通じそうだ。
「あの子達は今までのところ、なんら実害を被ってないんだ。それで叩きのめしたら、こっちが無法者になる」
「実害ならあんだろう? ゴミ装備を買わされてんだぜ!?」
「職人から直接、な。あの子達も、こっちの彼らに金品を払ったことはないって言ってただろう? しかも、そのゴミ装備のおかげで角穴兎討伐の効率が上がって、むしろおつりが来るくらい羽振りが良くなってるそうじゃないか」
「いや、でもよ」
「可愛い弟子達を横取りされたみたいで面白くないのは分かるが、その八つ当たりに暴力を振るうのは感心しないな。話を聞く限り、たとえゴミ装備でも使ってる彼女らには相応の信念とプライドがあるようだ。その誇りを穢してまで詐欺を働くとは思えない」
「チッ……」
八つ当たりと指摘されて、ルガードは苛ついた顔で舌打ちする。多少の自覚はあったみたいだな。
「というわけで、済まなかったね君達。あの子達はうちにとって弟分、妹分みたいなもんなんだ。行商の護衛で長くこの町を離れていて、戻って来たら武器をゴミ装備に変えていたもんだから、どうしたことかと心配になるだろう? それで一度君達と会って話をしようと決めたんだが、うちのルガードが先走ってしまった。本当に済まないね」
実に爽やかで、悪い奴じゃあなさそうだ。なさそうだけど……。
「済まないと思うのなら、ゴミ装備って言い方を止めてくれるかな。君が言う通り、俺達は片手剣とメイス、そして盾に誇りを持って使ってるんだ」
カチンときたんで少し視線を険しくして、訂正を求める。
そんな俺に続いて、ティオルがしっかりと、ララルマも怖ず怖ずと頷いた。
「ああ、それは重ね重ね悪かったね」
軽い調子で苦笑して、反省したって感じは半減だけど、一応口先だけじゃなく詫びるつもりはあったみたいだから、それ以上は突っ込まないでおくことにする。
ちなみにホロタブで確認したら、リーダーのジェルミンがレベル二十五、ルガードがレベル二十三。いっぱしの冒険者のようだ。
取りあえず話はこれで終わり……のはずが、ジェルミンは隣のテーブルから椅子を引き寄せて勝手に席に着き、ルガードがその斜め後ろに立って俺達を見下ろすように威圧してきた。
テーブルに肘をついて身を乗り出したジェルミンの眼光が、わずかに鋭くなる。
「でも、それはそれとして、君達の真意を聞かせて貰いたいな。何故、あの子達に剣と盾なんて勧めたのかを」
どうやら、ここからが本題らしい。