70 新生ララルマのリベンジ戦 2
再び同じ毒鉄砲蜥蜴討伐の常設依頼を受けて、以前も拠点として立ち寄った村を出発する。
そうして、森の中へと入っていくこと二時間。
「いたな」
「いましたねぇ」
先行して偵察していた俺とララルマの視線の先で、発見したその一匹の毒鉄砲蜥蜴は、丁度食事をしているところだった。
前足の爪で角穴兎の死体を押さえ付け、黒ずんで爛れかけた肉を食いちぎり、味わうように咀嚼してから飲み込む。
食いちぎった跡に、さらに毒液を浴びせかけて待つことしばし、肉が毒で爛れたところで、また食らいついて食いちぎる。
ある意味、角穴兎を堪能してくれているようで何よりだ。
「無防備な食事中を襲うのは、セオリーなんですよね?」
合図を送ると気配を殺したティオルが追い付いてきて横に並んだ。
王都からドルタードまで移動する荷馬車の上で、暇を持て余して色々な話をしたときに、確かそんなことも言った気がする。
「そうだな、今がチャンスだ。やろう」
そういえば、こういう獲物が何かをしているタイミングで襲うのは初めてだ。
これもいい経験になるかも知れない。
ティオルができるだけ音を立てないように剣を抜いて、ララルマが腰に吊していたメイスを手にして握り締めた。
それから二人は姿勢を低くすると、俺とユーリシスに先行して、茂みや木の幹を利用して身を隠しながら、徐々に毒鉄砲蜥蜴へと近づいていく。
ただ、なんというか……そんな場合じゃないって分かっていても、ちょっと目のやり場に困る。
女性冒険者らしい蛮族ルックに着替えているせいで、腰に巻いているのは申し訳程度のスカートのような物。
身をかがめているせいで、その下がチラチラと……ね。
前回の毒鉄砲蜥蜴戦の時は、下着が見えても、直に肌に触れても、戦闘中で医療行為だからって意識せずに割り切れたのに。
リベンジに燃えている二人の後ろで、俺がこの調子じゃ目も当てられない。
軽く頭を振って気持ちを切り替える。
近づいたことでよりハッキリ分かったけど、前回戦った毒鉄砲蜥蜴より身体が大きい。恐らく体長六メートルは優にある。
つまり、それだけ前回の個体より強いと考えるべきだ。
二人が挟み撃ちにするため左右に分かれ、程なく配置についた合図が来たんで、毒鉄砲蜥蜴を観察しタイミングを計る。
もう足下の角穴兎の肉はほどんど残っていない。
そのわずかな残りに、毒鉄砲蜥蜴が毒液を浴びせかけた。
チャンスだ!
二人に合図を送る。
「いきます!」
敢えて大きな声を出して茂みから飛び出し、不意を突かれて驚いたように顔を上げた毒鉄砲蜥蜴に、一気に間合いを詰めて切りつける。
首を捻ってかわされて、初撃は切っ先が浅く切っただけで、ろくなダメージを与えられない。
それでも十分、食事を邪魔したことで怒らせ注意を引くことは成功したようで、ティオルに向かって空気を吐き出す『シャー!』って威嚇をする。
毒液は食事のために吐き出したばかりだから、すぐにはティオルに浴びせられない。
すでに間合いも詰めたから、尻尾は気にせず噛みつきだけ注意すればいい。
「これだけ近ければ、勢いを付けて噛みつけないはずです!」
不意を突かれた毒鉄砲蜥蜴が十分な反撃の態勢を整える前に、ティオルは盾を前面に構えて巧みに噛みつきを牽制しながら、勢いで押し込み何度も切りつける。
その間に、ララルマは可能な限り気配を殺して斜め後方から接近。
十分近づいたとみるや、一気に駆け出してメイスを振り上げた。
「やあぁ! 『ヘビーインパクト』ぉ!」
スキルで重量が増したメイスを、後ろ足の膝へと、力一杯叩き付ける。
ドンと重い衝撃音が響いて、毒鉄砲蜥蜴が悲鳴を上げてララルマを振り返った。
尻尾の攻撃を警戒して盾を構えながら、すぐさま後退するララルマ。
そしてその隙を逃さず、ティオルが深く踏み込む。
「隙あり! 『ライトカット』!」
その首筋に深い切り傷が刻まれて、大量の血を流しながら、憎々しげにティオルを振り返る。
その顎の下辺りの喉が十分ではないけど大きく膨らんでいた。
「ティオル、毒液に気を付けろ!」
ティオルが返事をするより早く、毒鉄砲蜥蜴がティオルに向けて大きく口を開いた。
「っ!」
盾を前面に構えて、慌てて後ずさりながら、すぐ近くの木の陰に隠れようとするティオル。
待避がわずかに間に合わず、撃ち出された毒液が盾に当たって表面を黒ずませ、飛沫が飛び散る。
しかも、不十分な量を不十分な勢いで撃ち出したせいで飛び散る勢いが弱く、盾の表面を伝った雫がティオルの左太股にボタボタと滴り落ちた。
「っ!?」
「ティオル!」
茂みの間を縫いながら駆ける俺と、後に続くユーリシス。
突然現れた俺達に毒鉄砲蜥蜴が意識を向けたんで、敢えてララルマへの合図は送らなかった。
「もう一度ぉ! 『ヘビーインパクト』ぉ!」
毒液を撃ち終わったタイミングで、合図を送らずともその隙を見逃さず、ララルマが死角から一気に間合いを詰めて、もう一度同じ後ろ足の膝へと力一杯叩き付けた。
ドンと重い衝撃音に重なって、バキッと何かが折れた音が響き、毒鉄砲蜥蜴が一際大きな悲鳴を上げる。
見事に、後ろ足の膝が砕かれていた。
「やりましたよミネハルさん~!? きゃあぁっ!?」
痛みで暴れるように振り回された尻尾がララルマを襲って、咄嗟に構えた盾にぶつかり、ララルマが二メートルほど後ろに吹き飛ぶ。
「ララルマ!?」
「だ、大丈夫ですぅ……」
膝を砕かれて動きが鈍った毒鉄砲蜥蜴は、仰向けに転がったララルマに向き直ろうとするも、すぐにはその身体を動かせなくて、首だけを回らせてララルマに『シャー!』っと威嚇の息を吐き出した。
吹き飛ばされたのが幸いして、噛みつこうにも首が届いていない。
折れた後ろ足を引きずるようにして迫る毒鉄砲蜥蜴に、慌てて起き上がって構え直すララルマ。
「作戦が成功して油断しちゃいましたぁ、でももう最後まで気を抜きません~!」
ララルマが前に踏み込み、メイスの攻撃で牽制している間に、俺とユーリシスはティオルの治療を開始する。
「ミネハルさんすみません……失敗しました」
ユーリシスが魔法で出した水で毒液を洗い流されながら、しょんぼりへこむティオル。
「ユーリシス様もすみません、上手に避けるって約束したのに」
「まったくです。反省しなさい」
「おいおい、ユーリシス……」
「しかしまだ倒したわけではありません。落ち込む暇があれば早く倒して、これ以上私の手を煩わせるような真似は控えなさい」
「……は、はい!」
もしかしてこれは、ユーリシス流の発破だったのか?
淡々とした物言いと冷ややかな瞳が、断言させてくれないけど。
「毒液の量が不十分なうちに撃ち出したのは予想外だったけど、ここまで作戦自体は上手くいってるし、雫や飛沫を浴びるのは計算の範囲内だ。それに直撃したわけじゃないんだから気を落とす必要はないぞ」
炎症を起こして赤く腫れた肌に手早く薬を塗り込んで手当を終える。
直接浴びたわけじゃないこともあるけど、服がない分、今回の治療は早かった。
毒液がもっと弱くて、少々服に染み込んだ程度じゃどうということもないなら、盾と服でもっと有利に戦闘が進められたんだけど、そこは仕方ない。
「もう一度、いきます!」
「ああ、前回より大物相手にいい感じでダメージを与えてる。今回は必ず倒すぞ」
「はい!」
ティオルの気合いの入った返事の直後、ララルマの悲鳴が上がった。
「きゃあぁっ、熱いですぅ!」
再び撃ち出された毒液の直撃を防ぎはしたものの、構えた盾の位置と角度が悪く、跳ね返った飛沫が身体のあちこちに降り注いでいた。
「まったく手間の掛かる」
「そう言うなよ、すぐに行くぞ」
俺達が毒鉄砲蜥蜴を迂回して駆け出すのと同時に、ティオルが木の陰から飛び出して切りつけ注意を引く。
毒鉄砲蜥蜴の身体が大きい分、喉の袋に溜め込む毒液の量が多いんだろう。
加えて、今回はララルマの装備が揃ったおかげで動きが良くなり、攻めあぐねて距離を取ることも減ったから、近距離で大量の毒液を浴びせかけられてしまっているんだ。
そのせいで、盾で防いでも多くの飛沫が飛び散って、それを服で遮ることも出来ずに浴びてしまっている。
しかも両手斧ほどの攻撃力もないから、力押しの短期決戦にも持ち込めないし、毒液を浴びせかけられる回数がどうしても増えてしまうのは仕方ない。
「服を着ないのも善し悪しだな……」
これもいい経験をしたと思っておこう。
その後も、俺とユーリシスは何度もティオルとララルマの間を行ったり来たりしながら治療に専念する。
だけど、毒液の雫や飛沫での治療回数が多くても、ティオルとララルマは噛みつきはもとより毒液の直撃も確実に防いでいて、着実にダメージを与えて追い込んでいた。
「こっちの足もぉ! 『ヘビーインパクト』ぉ!」
打撃音と骨が砕ける音が響いて、もう片方の後ろ足の膝も砕くララルマ。
「よし! いいぞララルマ!」
これで素早く逃げることはおろか、太い尻尾を振り回すために踏ん張ることも出来ず、その場に這い蹲って毒液と噛みつきしか攻撃方法がなくなる。
死に物狂いで威嚇してくるけど、身体をろくに動かせなければ、警戒すべきは首だけの固定砲台も同然だ。
こういう時、遠距離の攻撃手段がないのが悔やまれるな。
このまま時間をかければ倒すことは難しくなさそうだけど、どうせなら、装備を新調してスキルまで覚えたララルマが活躍して自信を付けて貰いたい。
「ティオル、下がれ! ララルマ、頼む!」
ティオルが盾で毒液を防いだタイミングで指示を出す。
「飛沫はほとんど浴びてないから大丈夫です!」
「ここで一気に押し切りたい、作戦をプランCに変更する!」
「は、はい!」
「はいぃ!」
俺の指示を受けてティオルが下がってくると、手早く治療する。
プランAはここまでの通り、盾の扱いに慣れているティオルが主に正面から首の攻撃や毒液を引き付け、ララルマが死角から両後ろ足を潰し、そのまま削って行く作戦だ。
プランBは後ろ足を潰せなかった場合に、治療を挟みながら、引き付ける一人が防御に専念する持久戦で倒す作戦だ。
プランCは少しだけリスクが上がるけど、片方でも後ろ足を潰した時点で、今度はララルマが正面から首の攻撃や毒液を引き付け、ティオルが死角から胴体を狙い深手を負わせるように役割を変更し、一気に押し切る作戦だ。
「くっ、『シールドガード』ぉ!」
ティオルが戻るまでの間、死に物狂いになった毒鉄砲蜥蜴の噛みつきを、防御に専念して堪えるララルマ。
ティオルの言う通り、ほとんど浴びてなかったおかげですぐに治療が終わり、すぐさまティオルが飛び出して、死角から奇襲をかける。
「はぁっ! 『ハードスラスト』!」
切っ先の硬さが増して貫通力が上がった剣が、比較的皮膚が柔らかく厚みが薄い脇腹へ深々と突き刺さった。
毒鉄砲蜥蜴が怒りとも悲鳴とも付かない声を上げて荒ぶり、ティオルを振り返って噛みつこうとする。
「隙ありですよぉっ、『ヘビーインパクト』ぉ!」
振り返ったせいで顔は殴れなかったけど、その太い首を真横から遠慮なくぶっ叩くララルマ。
噛みつきの軌道が逸れて、ティオルは安全な距離を取ると、再び体当たりするように剣を突き出す。
「もう一度っ! 『ハードスラスト』!」
「どっちを向いてるんですかぁっ、『ヘビーインパクト』ぉ!」
首が太く頑丈なせいか、ララルマの『ヘビーインパクト』でもなかなか深手を負わせられないけど、これまでティオルが『ライトカット』で負わせた傷口から出血を強いる上、『ハードスラスト』で深手を負わせたところから大量出血していく。
それを何度も繰り返すと、毒鉄砲蜥蜴の動きが次第に鈍っていき、さすがに首も痛めたようで噛みつきに勢いがなくなり、首を回らそうにも死角が生まれていた。
「チャンスですよぉ、一気に押し込みましょぉ!」
「はい、ララルマさん!」
撃ち出す毒液の勢いも弱まって、少々飛沫が手足に飛んでも、二人とも治療に下がるより一気にけりを付けようと、さらに激しく攻撃を仕掛ける。
逃げたいのか、突撃したいのか、毒鉄砲蜥蜴が前足で必死に地面を掻くけど、後ろ足は動かず出血で体力も奪われ、ほとんど移動できていない。
ホロタブで確認すれば、幾つも深手を負ったせいで毒鉄砲蜥蜴のHPが見る間に削れていく。
「いいぞ、あと一息だ、押し切れ!」
「はい! 『ハードスラスト』!」
深々と突き刺さった剣に、毒鉄砲蜥蜴が悲しげで苦しげな悲鳴を上げて、ぐらりと首が傾く。
そして無防備に低くなった頭に、ララルマが全力でメイスを叩き落とした。
「これでどうですかぁ!? 『ヘビーインパクト』ぉ!」
ドゴンと重たい音を立てて顔がへしゃげる。
毒鉄砲蜥蜴はその長く太い首と頭を力なく地面に落とし、しばらく弱々しく爪で地面を引っ掻いた後、やがてピクリとも動かなくなった。
そして毒鉄砲蜥蜴のHPがゼロになり、ステータスが死亡へと変わった。
「はぁ、はぁ……はぁ、はぁ……やり、ましたかぁ?」
「ああ、今のが止めだ、毒鉄砲蜥蜴を倒したぞ!」
「はぁ、はぁ……あたし達、今度は勝ったんですね!?」
「やったわぁ! ティオルちゃん~!」
「はい、やりました! ララルマさん!」
二人がはしゃいで抱き合い、喜び飛び跳ねる。
前回より大物相手にリベンジを果たして自信を付けてくれたんだろう、戦闘開始前と比べて、ララルマの経験値ゲージがグンと増えていた。
そしてティオルも、予想通りレベル十三へと到達していた。
「二人ともよくやった。見事にリベンジ達成したな」
「それもこれもぉ、ミネハルさんのおかげですよぉ!」
「はい、ミネハルさんはやっぱりすごくすごくて、すっごくすごいです!」
「すごいのは俺はなくて二人――うおっと!?」
上がったテンションのまま、両側から抱き付いてくる二人。
十分に気持ちが伝わってきて、ちょっと照れるな。
「さ、さあ、まずは治療して、素材を回収したら凱旋といこう。今夜はお祝いだ」
「はい!」
「はいぃ!」