7 チートと無双と女神の正論
「――あああああぁぁぁぁっ…………あ?」
両手を顔の前でクロスさせて身を守っていたポーズで、はっと意識が覚醒する。
「あれ……なんともない!? 確かに今、死んだよな……?」
自分の身体をベタベタ触って確かめるけど怪我一つない。
わけが分からなくてユーリシスへ問うように目を向けると、ユーリシスの冷たい視線が返ってきた。
「騒ぎすぎです。見苦しい」
「見苦しいって……だって今、俺のこと殺しただろう!?」
「確かに私が八つ当たりで殺しました。それが何か?」
何かって……加害者が平然とした顔で淡々と言うことか!?
「八つ当たりで殺されたら、こっちはたまったもんじゃない!」
「だから、お前の身体を新たに創造した後、もう一度魂を結びつけて転生させ直しました。いま生きているのだから、なんの問題もないでしょう」
「問題大ありだ! 生き返らせるから殺してもいいなんて、そんな馬鹿な理屈が通るわけないだろう!?」
「私は神ですよ。人の定めた法や理屈など、知ったことではありません」
つんと澄まして、明後日の方を見やがる。
まったく、神とはいえ、人の命をなんだと思ってるんだこの女は。
さらに文句を重ねようと口を開きかけたところで、ふと、恐ろしい事実に気付いて背筋が冷たくなる。
これ、俺って事実上死ねない……死なせて貰えないってことじゃないか?
つまり、八つ当たりし放題ってことに……。
…………。
よそう、これ以上考えるのは。ユーリシスがそれに気付いたら、本当にされそうだ。
「最後のがかなり余計な感じだったけど……ともかく誤解は解けたでいいんだよな?」
「そう、ですね……」
「じゃあ、ここまでのことはお互い水に流して、歩み寄って協力していくってことで構わないな?」
「…………いいでしょう」
まだどこか不承不承といった感じで歯切れが悪いけど、今はこれで十分だろう。後はおいおい信用して貰うしかない。
「でもまあちょっと安心したよ」
「何がです」
「いや、俺を生き返らせる時に、ユーリシスに絶対服従や、女神へ愛を捧げる敬虔な信徒みたいに、記憶と心を改竄されてなくて。さすがにそんな真似は……」
「……」
場を和やかにしようと冗談で笑い飛ばそうとして……笑いにならず頬が引きつる。
「……ちょっと待った。なんでそこで目を逸らす?」
「なんでもありません」
「いやいや、なんでもないって態度じゃないだろう? なんで距離を取る? まさか……本当にやったのかそんな改竄!?」
「っ……そ、それ以上近寄ることは許しませんよ!」
狼狽えながら、なぜ真っ赤になる!?
しかも自分の身体を守るように抱き締めながら後ずさるって、何があったんだ!?
「あんな気持ち悪いお前など二度とごめんです! 記憶ごと即座に消滅です! 私は今後二度とお前の前では巫女服にはなりません!」
「なっ!? 巫女服に着替えてくれたのか!? ちょ、もう一度見たいんだけど!?」
「っ……わ、忘れなさい! この件についてこれ以上追求することを禁じます!!」
真っ赤、うっすら涙目で、右手を突き上げバリバリと放電させる。
「うわっ!? ちょ、待った! 分かった、分かったから! 聞かない、二度と聞かない突っ込まない!」
「そうです、それがお互いのためです」
俺が追求を諦めると、ユーリシスは放電を止め、ようやく手を下ろしてくれた。
ただし、後ずさって開いた距離はそのままで、自分から詰めてこようとはしない。
気になる……かなり、相当、滅茶苦茶気になる。
改竄された俺は、いったい何をやらかしたんだ!?
◆
疑似神界が解除されて、現実世界へと戻ってくる。
「どのくらい時間が経ったのかな、中での時間感覚がすごく曖昧だ」
目撃者がいないかの確認も兼ねて、周囲を見回してみる。
さほど時間が経ったようにも見えないし、目撃者もなしだ。
「時間はまったく経過していません。そもそも、神は時間と空間による束縛を受けないのです。その神が住む神界をエミュレートした疑似神界は、この世界の時間と空間から断絶されていて、その影響を一切受けません。神界および疑似神界では、刹那も永遠も等しく意味がないのです」
「時間の感覚が曖昧なのはそれが原因か……ちょっと慣れないな、この感覚は」
何しろ時間に縛られ、時間に追われてあくせくと働いてきたからなぁ。
でも、神にとってはそれが当たり前だからか、事も無げにとんでもないことを付け加えてきた。
「望むのなら、この世界に流れる時間に換算して何千億年過ごそうが、飢えも渇きも老いもなく、何一つ変わらぬままこの世界の同じ時点へ戻ってくることも可能です」
つまり疑似神界でなら、どれほどの超大作を開発しても、現実世界では一瞬も経過していないってことだ。それって、クリエイターにとって夢のような開発環境なんだけど。
「理屈は分かったけど、疑似神界内で俺が活動した間に消費されるエネルギーってどうなるんだ?」
「説明したところで、所詮人間ごときに理解出来ようはずありません。それは神のみが知る世界の理です」
ユーリシスの見下した視線と優越感に彩られた笑み、そしてまた『人間ごとき』って台詞。
これはあれだ、俺が憎いとか気に食わないとか関係なしに、根っからこういう性格なんだな、きっと。
さっきまでと違うのは、その視線に氷のような冷たさと、憎しみや怒りなんかの昏い感情が感じられなくなったことくらいか。
少しは関係が改善したと、前向きに受け止めておこう。
「さて、それじゃあ話を元に戻そうか」
仕事モードを解除して、肩から力を抜く。
「話を元にとは?」
「お金を稼がないと駄目だって話だよ。このままじゃあ無一文で、路頭に迷った挙げ句、餓死する未来しか見えない」
「そういえばそのような話をしていましたね。私には関係のない話なので、終わったものだとばかり思っていました」
本当に自分は関係ないって澄まし顔で、もはや興味ゼロだな。
こうなるともう頼れるのは自分だけか。
ユーリシスも言ってたけど、自分で稼ぐ、当たり前のことだからそれはいい。
ただし、問題はその方法だ。
生活基盤が皆無の状況で、しかも異世界に初めてやってきた即その場で、いきなり無一文から稼いで生活しないといけないのは、あまりにも無理ゲーだろう。
この世界の人達だって、田舎から着の身着のまま無一文で王都へやってきて生活するのは、さすがに無茶ってもんじゃないか?
かといって、物乞いして当座を凌ぐのもどうかと思うし、盗みなんかの犯罪には手を染めたくないし。
「だとしたら、お約束のパターンでいくしかないか」
この世界には冒険者がいて、魔物がいて、魔法がある。
異世界初心者が生活費を稼ぐなら、やっぱり冒険者で薬草採取や魔物討伐だろう。
「なあユーリシス」
「いつまでその馴れ馴れしい呼び方を続けるつもりですか、不愉快です」
言葉通り、不愉快って顔を隠しもせずに向けてくる。
「いつまでも何も、俺が上司でユーリシスが部下って関係は変わらないんだから、今後もこれでいくけど?」
今後のためにも、ユーリシスには上下関係を意識しておいて貰わないと、いざというときに困る。
どれだけ年上だろうが偉かろうが、組織として一旦誰かの下に着いたのなら、弁えて命令系統には従って貰わないと混乱の元になりかねない。
まあ、俺も常日頃から上司として偉そうにするつもりはないし、ここぞと言うとき以外はそこまでこだわらないけど。
「それでユーリシス」
「……なんですか」
うん、どうやら諦めてくれたみたいだ。
「確認したいんだけど、俺ってどんな能力が使えるのかな?」
力こぶを作ったり、手の平をグッ、パッと何度かやって感触を確かめたりするけど、神様に神としての位階や権能を与えられた時みたいに、なんら実感がない。
「どんな能力とは?」
「ほら、圧倒的な身体能力で戦えるとか、桁違いの魔力で魔法が使えるとか」
「使えませんよ」
「……え?」
「ですから使えませんよ」
「えええっ!? 異世界転生したらそういうチートっぽい能力を持ってて無双するのが定番のはすじゃ!?」
「どうやら本気でゲームや漫画と現実を混同しているようですね。元の世界で武器を使うために身体を鍛えて稽古をしてきましたか? 魔法を使うために原理を知り理論を学んできましたか?」
冷ややかな視線に、思わず言葉が詰まってしまう。
「うっ……現代日本でそんなの必要ないし、そもそも魔法もなかったんだから、してるわけがない」
「なら使えなくて当然です」
それはそうかも知れないけど、そこをなんとかしてしまうのが、異世界転生物のお約束なわけで……。
「先ほども説明しましたが、お前の身体は生前の身体を元に創り上げたものです。ですから、生前出来なかったことは今も出来ません。それをなしたいのであれば、今から鍛えるか、学びなさい」
言い分は理解出来るけど、本当になんて優しくない仕様なんだ……。