63 マッチポンプの日々
あれから一週間。
角穴兎発見の知らせは、瞬く間に周辺の町や村へと広がった。
依頼主は冒険者ギルドのまま、角穴兎の生態および生息域の調査と討伐の依頼が、常設依頼として掲示板に貼り出されている。
当初はベテラン勢も物は試しで角穴兎を狩りに出ていたけど、自分達が相手するには弱すぎるってことで、駆け出しや半人前達に譲り、次第に手を引きつつある。
おかげで、猫も杓子も角穴兎討伐だった熱狂もようやく収まりを見せ始め、今はその駆け出しや新人達が精力的に討伐している状況だ。
何しろ、付近で一番弱い魔物ですらレベル十で、駆け出しには危険な相手だし、半人前でもそうそう連戦して稼げる相手じゃなかったから、慢性的に金欠だったわけだ。
そこに登場した、レベル三から五の弱い魔物だ。
討伐報酬と素材を売りさばいた利益が、彼らにとってかなり重要な収入源となって懐を暖めている。
角穴兎の肉は普通の兎の肉より美味しく、その毛皮も普通の兎の毛皮より美しく、物珍しさもあり値段が高騰しているからだ。
まだ他の領地の情報が入ってくるには早すぎるんで誰も知らないけど、世界中、角穴兎を創造した地方ではきっと同じ状況のはず。
いずれ十分に市場に出回って、この熱狂も収まり値段も落ち着くはずだ。
その時、普通の兎の肉と毛皮は少々値が下がってしまっているだろうけど、普通の兎は安価な品として、角穴兎はちょっとお高めのいい品として、棲み分けが出来ていたら大成功ってところだな。
目ざとい連中はそこまで読んでいるはずで、今の内に少しでも稼げと、行商人が大量に買い付けるし、冒険者達もどんどん狩ってきて売りさばいている。
ちょっとした特需状態だな。
そしてその恩恵を受けているのは俺達も……なわけで。
「クルファさん、お願いします」
倉庫から貰ってきた討伐確認の札を、すっかり顔なじみになったクルファに、ティオルがご機嫌で提出する。
「七匹っすね。今回は大漁じゃないっすか」
「はい、一匹のを狙ってたら、四匹の群れに遭遇しちゃったから」
「それで全部倒したんすか? すごいっすね」
報酬が入った小さな布袋を差し出されて、ララルマが中身を確認する。
「はいぃ、確かにぃ」
そして布袋が俺に手渡される。
小さいはずの布袋が、中に詰まったリグラ金貨と銀貨でずっしりと重い。
王都での仲間集めやらドルタードへの移動やら毒鉄砲蜥蜴に敗北やら、三週間近くにわたる開店休業で無収入だった日々が嘘みたいに、この一週間でざくざく金を稼いでいる。
普通の兎は狩っただけじゃ報酬は出ないんで、素材を売って一匹およそ三十リグラ、つまり銀貨三枚程度の儲けだった。
対して、角穴兎は一匹狩って百リグラ、素材の売り上げで一匹五百リグラ、つまり銀貨六十枚の儲けになる。
今日は七匹も狩ってきたから、リグラ金貨四枚とリグラ銀貨二十枚の儲けだ。
一泊二食付きで宿に泊まるなら、四人で三週間ほど泊まれる額がたった一日で稼げたことになるんだから、俺達は今やちょっとした小金持ちだ。
この町の同じくらいのレベルや人数のパーティーの中では、多分、上から数えた方が早いくらいの稼ぎ頭だと思う。
おかげで気兼ねなく宿代と食事代を払えるから、食事は美味しいし夜もちゃんと眠れてありがたいったらない。
ありがたいったらないんだけど……連日マッチポンプで儲けてるみたいで、そこはかとなく罪悪感がないわけじゃないけど。
「しかも四匹の群れに遭遇したってのに、ほとんど怪我してないっすよね。どんな狩り方してるんすか?」
「どんなって言われてもぉ、普通に倒してるだけですよぉ?」
「いやぁ、でもっすね?」
クルファが視線をテーブルと椅子の方へと向けるから、釣られてそっちを見る。
すると、腕や脚や腹なんかに幾つも包帯を巻いている冒険者達が五人、疲れた顔で座っていた。
確か初日に見かけた、ティオルより年下もいるレベル六から九のパーティーだ。片手斧や槍を持っていたんでよく覚えてる。
「彼らも角穴兎討伐の常連?」
「そうっすけど、見ての通りあちこち怪我をしまくりっすよね? でも、あんた達はほとんど無傷じゃないっすか。どんな秘密があるのかなって、気になるのが人情ってもんすよね?」
「なるほど」
話を聞いて、彼らにアドバイスをしてあげたいのかも知れないな。
今後のことを考えると、駆け出しには特需が終わる前にある程度稼いでおいて欲しいし、怪我をしすぎて稼ぎ損ねたじゃあ、ちょっと可哀想だ。
それに、これはチャンスかも知れない。
「本来なら企業秘密……って言うところなんだろうけど、別にいいですよ」
ティオルとララルマに目を向けると、ティオルは何故か目を輝かせてすごく嬉しそうに頷いて、ララルマはお人好しと言わんばかりに苦笑しているけど頷いてくれる。
ユーリシスは相変わらず、一人だけ椅子に座って好きにしろって態度だ。
ユーリシスが座っていた椅子は、その駆け出し冒険者達の隣の席だった。
それで、俺が視線を彼らに向けたと勘違いされたのか、彼らは席を立つと、こっちに近づいてきた。
「よかったらその話、僕達にも教えてもらえませんか? あ、名乗りが遅れました。僕は『ゲイルノート』のリーダーをやってます、ローレッドと言います」
これは丁度いい。
「もちろん、俺達の話でよければいくらでも」
受付の前を一つ占拠してしまうのは業務の邪魔になるけど、肝心のクルファが話を聞きたそうにしているから、他の冒険者への宣伝も兼ねて聞いておいて貰おう。
もちろん、他の受付のお姉さんには軽く頭を下げて謝っておく。
本来なら業務妨害の上、クルファも自己責任でお願いしますの原則に反するんだろうけど、それを咎められることはなかった。
どうやらお目こぼしをしてくれるみたいだ。
きっと、彼女達も色々と思うところがあるんだろう。
なのでありがたく、そのまま話をさせて貰う。
「俺達がほとんど無傷で角穴兎を狩れてるのは、盾のおかげなんだよ」
「……盾の?」
半信半疑、まさかそんなわけないって苦笑、まずは全部話を聞いてから判断しよう、などとそれぞれの反応を示す『ゲイルノート』の面々。
「本人達から話を聞くのが一番だと思うから、後の説明は二人に任せるよ」
ティオルとララルマの二人を前に出す。
ティオルはおよそ冒険者らしからぬ、未だにただの村娘の雰囲気があって、訝しそうにされてしまう。
ララルマに至っては、その巨乳のせいで、かなり不審がられているな。
でも、話を聞けばきっと納得するはずだ。
「剣と盾は、本当はすごい可能性を秘めてるんです」
「だってこんなアタシでもぉ、盾のおかげでいっぱしの冒険者として戦えてるんだもんねぇ」
それから、二人はどうやって戦っているのか、盾をどう使っているのか、さらにララルマはかつて両手斧を使っていて、それでどんな風に苦労して、盾を使うようになってからどんな風に変わったのか、などの体験談を、熱く、熱く、熱く語って聞かせる。
最初は不審そうだったり半信半疑そうだったりした彼らも、体験談の臨場感に引き込まれるように、いつしか熱心に話を聞いてくれていた。
時々驚きや感心する声を上げながら、クルファも空気を読んで余計な口を挟まずに聞いてくれている。
そうして、どれだけの時間話していたか、ティオルとララルマの説明が終わった。
「盾って、実はすごいのかも……?」
「話は確かにすごかったけど、本当にそんなにうまくいくのかな?」
かなり盾に関心を持ってくれたみたいだけど、まだまだ半信半疑みたいだな。
盾はクソの役にも立たない装備だってこの世界の常識から、そう簡単には抜け出せないってところか。
「じゃあこういうのはどうだろう。明日、俺達と合同で角穴兎討伐をやらないか?」
明けて翌日、俺達は、駆け出し冒険者『ゲイルノート』の五人と一緒に、最初に角穴兎と遭遇戦をした森へとやってきた。
同行している五人は、男の子が三人で女の子が二人。
ローレッド十八歳、レベル九。人間の少年で、杖持ちの下級魔術師で後方から指示とサブ火力を担当。
エンブルー十三歳、レベル六。ドワーフの少年で、片手斧を二刀流でメイン火力を担当。
ラングリン十五歳、レベル七。人間の少年で、両手槍でサブ火力を担当。
パプル十七歳、レベル八。犬型獣人の少女で、片手槍でサブ火力を担当。
リュシアン十六歳、レベル七。エルフの少女で、短弓でサブ火力を担当。
以上、リーダーのローレッドが丁寧に紹介してくれた。
もちろんレベルは、俺がホロタブで勝手に確認させて貰った数値だ。
話し合いの結果、まずはそれぞれのパーティーの戦い方を見てみよう、という俺の提案で、先に彼らが角穴兎と戦い、俺達は見学することになった。
それで、彼らの戦いぶりはどうだったかと言うと。
「逃げるなこの!」
「おい、そっちに行ったぞ!」
「危ない! 射線に入らないで!」
とまあ、素人目に見ても、なんともお粗末なものだった。
跳んでくる角穴兎を正面から槍で迎撃しようとして、点と点だから当たらないとか。
かわして横を跳んでいく角穴兎に、上から片手斧を振り下ろして当たらないとか。
なぜその当てにくい動きで攻撃をするのかという場面が何度もあった。
しかも、一昔前のサッカーみたいに、ポジションを無視してみんなで我先にボールに集まっていくような、それぞれ自分が一番活躍してやろうって感じで、動きに戦術がなかったりとか。
そのせいで、矢や魔法で作り出した石礫を適切なタイミングで撃てずに、維持するのがきつくなって適当なところで撃ってしまったりとか。
盾役がいなくて全員DDだから、後衛の二人もヘイトを溜めて、狙われ跳んで来るから逃げ惑ったりとか。
当てれば一撃か二撃で倒せるのに、それがなかなか当たらない。
結局、大怪我こそしなかったものの、三匹の角穴兎を相手に幾つもの傷を作って、十数分の騒動の後、なんとか仕留めたのだった。
「はぁ……はぁ……どうでしたか?」
リーダーのローレッドがどうだったか聞いてきたけど、正直どうと答えようもない。
「……いつもこんな感じなのかな?」
「はぁ、はぁ……そうだな、だいたいこんな感じかな?」
一番年下のエンブルーが両手に握る片手斧をそこらに転がして座り込み、自分が一番活躍してやったぜ、みたいなドヤ顔で仲間を振り返ると、みんなして頷く。
「よく分かった。参考になったよ」
もう少し使いどころを考えて武器を振るって戦術的に動ければ、もうちょっと楽に倒せるようになるとは思うけど、それでも怪我をするのはいかんともしがたいようだ。
こんな時、回復魔法があれば手当てをしてやれるんだけど。
王都を出てから荷馬車に揺られる日々で、荷馬車の上では揺れまくって魔法書を読めないし、夜は野営で見張りもあるから疲れですぐに寝ちゃうし。
ドルタードに着いてからの最近は、毎日角穴兎狩りに出ているから、やっぱり疲れてすぐに寝ちゃうし。
なかなか読み進められなくて、ユーリシスの条件を達成できていないんだよな。
ともあれ、彼らが手当を終えて、角穴兎の血抜きなんかの処理を済ませて移動できるようになってから、俺達が戦う獲物を探して森の中を徘徊する。
「あ、いましたぁ」
そうして見つけた角穴兎は五匹の群れだった。
「五匹って多過ぎじゃないかしら?」
「オレ達五人だって三匹であんなに大変だったんだ。あんた達四人で五匹は無茶だ」
なんて口々に言われるけど、むしろ望むところだ。
そのくらいの方がインパクトがあっていい。
盾のすごいところを見せてやろう、そうティオルとララルマを振り返る。
「さあ俺達の出番だ」
「はい!」
「いっちょぉ、見せてやりましょぉ!」
ティオル、ララルマ、俺が、武器と盾を構える。
「おい、あんたもやるのか!? 戦えるようには全然見えないぞ!?」
ちょっと小生意気そうなラングリンが、怪我する前に止めとけって顔で俺を引き留めるけど、さて終わった後どんな顔に変わるのか、今から楽しみだ。
「まあ、俺じゃ角穴兎でも倒すのは厳しいけど、倒さないのなら、いくらでもやりようがあるんだよ」
「はぁ?」
間の抜けた返事を背中に聞いて、ティオルに合図を送る。
「いきます!」
そしてティオルが真っ先に群れの真ん中へ、それに続いてララルマと俺がそれぞれ左端と右端に向かって突っ込んだ。