6 世界の創造と女神の怒り
地の底から響くような、憎しみの籠もった声と鋭い視線。
怒りのオーラが立ち上って、それだけで物理的にも精神的にも圧迫感を覚える。
「憎々しく、今すぐ滅ぼしてしまいたいくらいです」
突き立てた日傘が空間に溶けるように消えて、代わりに神々しい光を放つ力を握り締めた。
今すぐその力を俺に向かって解き放つ素振りは見せないけど、話が佳境に入ったらその限りじゃなさそうだ。
「それで、理由も聞かせてくれるんだよな」
「ええ、もちろんです」
俺達の遠く足の下に、まるで立体映像のように一つの惑星の姿が浮かび上がった。
大陸の位置や形は全然違うけど、緑の大地と青い海、白い雲が美しい、地球によく似た惑星だ。
俺の目をひたと見据えながら、ぎりりと奥歯が鳴る程怒りを噛みしめるユーリシス。
「これは私が創造した世界です。すでに滅びの運命が定まっていたとしても、私が創った世界に変わりはありません。それをたかが人間が造り替えようなどと、なんと傲慢なことか。まさに神への冒涜、私への愚弄に等しい」
立ち上る怒りのオーラが勢いを増す。
それを形作るエネルギーは、少し触れただけで消滅させられてしまいそうで、かなり怖い。
「神界では、しおらしく俺に頭を下げて頼んでいたよな?」
「しおらしく? 何を勘違いしているかは知りませんが、我が師の前で煮えたぎる怒りを我慢していたに過ぎません」
なるほど、神界で俯き緋袴を握り締めていたのは、しおらしく滅んでしまった人達を憂いていたわけでも、後悔して俺に全てを委ねていたわけでもなかった、と。
「私は、我が師に師事した同期の神々の中で、最も優れた神として我が師からも認められていました。他の神よりも早く創造の御業を学び取り、真っ先に神見習いから最下級神の位階を与えられ、世界の創造へと着手したのです」
ふむ、我が師って言うのは、そういう意味だったんだ。
それで、うちの神様には頭が上がらない、と。
「世界の創造は順調でした。物理定数を定め、物理法則を定め、星々が生死を繰り返す中で生命誕生に必要な元素を生み出し、神たる私に似せた被造物たる人を生み出せる環境を整えたのです。そこまでに至る宇宙誕生より流れた時間は、同期の神々の追随を許さず、我が師に匹敵する記録的な早さだったのです」
それって、まさに創世記……神と世界の秘密の一端を垣間見た気分だ。
ただ、これはなんというか……。
「そして生命誕生より人へと至り、これほどの文明と文化の発展を成し得たのは、我が師をも遙かに上回る速度、我が師を越える大偉業だったのです」
創造神としての偉業を誇り高く語るユーリシス。
だけど次の瞬間、苦々しげに表情が歪んだ。
「しかし、どの神々よりも早く、位階を駆け登るエリートだったはずのこの私の世界が、まさか滅びるなど……このようなことが許されていいはずがないのです!」
抑えきれなくなったのか、荒げた声に合わせて怒りのオーラの密度が上がって、バチバチと放電して周囲の空間を焦がす。
これは、神様が他の神じゃなくただの人間である俺を選んだ裏事情が、おぼろげながら見えてきたな……。
道理で、神としてではなく、人間として転生させるっていう手間の掛かる方法を採ったわけだ。
「他者の力を借り世界を救うと我が師が決めたのなら、それには従いましょう。しかし、それがたとえ我が師が創り出したとはいえ、神ならぬ身の人間ごときに委ねられるなど、これを屈辱と言わずしてなんだと言うのです! 納得がいくわけがありません!」
闇のように昏い瞳が俺を射貫く。
怒りのオーラが一層濃密になって、バチバチ、バチバチと荒れ狂い、吹き付けてくる圧が半端ない。
「この最も優れた神として認められた私ですら世界を滅ぼしてしまったというのに、たかが人間ごときが世界を救うなど、出来ようはずないでしょう! それを、臆面もなく任せろなどと、身の程知らずも度が過ぎる! しかも、私の世界を遊び半分でオモチャのように好き放題に造り替え壊していくなど、ましてやその人間に命じられてそれに手を貸さなくてはならないなど、これ以上の屈辱があろうはずないでしょう!!」
一気にまくし立てて一際大きく叫ぶと、言葉を切って肩で大きく息をする。
そろそろ、吐き出すだけ吐き出したかな?
「なるほど、ユーリシスが言いたいことは大体分かった」
要約すれば、次のようなことを言いたいわけだな。
新入社員ならぬ新米神の中で、自他共に認めるエリートで、それに見合うだけの自信と自負と実績を持っていた。
ところが結果は失敗、痛くプライドが傷ついた。
さらに踏んだり蹴ったりだったのが、そのフォローをするのが神ならぬ身の人間である俺だった、その上好き勝手されてたまるか、と。
なんというか……予想通りと言えば予想通りで、主張は概ね理解した。
「まず最初に言わせて貰うと、八つ当たりは勘弁して欲し――うわあぁっ!?」
まばゆい光を放ちながら、バリバリと雷が俺の左右を走り抜けていった。
次ふざけた口を利いたら、直撃させて消滅させるとでも言わんばかりの威嚇だ。
「神を愚弄する恐れを知らぬ愚かな行為、万死に値します」
地の底を通り越して地獄の底から響くような怨嗟の声を漏らして、本気で邪神に堕ちそうな雰囲気だな。
でも、ここで怯んで引いたらこの先うまくやっていけないだろうし、ユーリシスのためにもならないはずだ。
「いいや、敢えてここは言わせて貰う」
ことさら上司として部下を叱るように、口調を改める。
「俺に対しての怒りは、最初に言っていた人間に世界を改変されるのが気にくわないってことと、最後の俺が好き放題するのが気に食わないってことだけだったな」
そう、俺に対しての言及はそこだけだった。
「その間の、というか主張のほとんどが、エリートだと信じて天狗になっていた自分が初めて挫折して、それを認めたくなくて、どうすれば自分のプライドが守れるか、失態を取り繕えるか、それが分からなくて癇癪を起こしているだけにしか聞こえなかったんだが?」
「っ……!?」
今度は、雷は飛んでこなかった。
だから少し煽るように核心部分を突いてやる。
「万が一、俺が世界を救ったら、人間ごときに出来たことがエリート神である自分に出来なかったって認めることになるからな。そりゃあ俺に協力したくなかったわけだ」
「く、口を慎みなさい! 私を未熟で幼稚だと愚弄するつもりですか……!」
バリバリと荒れ狂っていた雷が、バチバチと周囲を駆け巡る程度に大人しくなる。
どうやら、俺が言ったことを自覚したみたいだ。
となれば、上司として、してやることは一つだ。
「そんなにただの人間でしかない俺に手を出されるのが気にくわないのなら、俺から神様に話を通して他の神に頼んでみるか?」
「そのような恥を晒す真似など……」
うん、プライドが許さないんだよな。
「なんなら、その同期の神の誰かに頭を下げ――うわああぁぁっ!?」
耳をつんざく轟音と共に、極太の雷が天を貫き、まるで大蛇がのたうつように周囲を暴れ回る。
よっぽど嫌なんだな……同期に頭を下げるのは。
というか、プライド高すぎだろう、この女。
「だとしたら、消去法でやっぱり俺しかいないんじゃないか? 神様の選択は間違ってなかったというか、ちゃんとユーリシスに配慮したものだと思うぞ」
「ですが、お前とてこの世界を――」
「ああ、それなんだけど、一つ謝らなくちゃいけないことがあるんだ」
「――私の力を目の当たりにして、懺悔する気になりましたか?」
「いや、そういうことじゃなくて」
背筋を伸ばして、軽く頭を下げる。
「誤解させて悪かった」
「誤解? 何が誤解だというのです」
「神界では、神様に好き放題していいって聞かされて、つい舞い上がって浮かれたけど、そんな真似はしないから」
「……ぇ?」
「あの世界は謂わばユーリシスの作品で、それを他人に好き勝手造り替えられるとなったら、そりゃあ気分いいわけないよな。その辺り、俺の配慮というかデリカシーが足りてなかったと思う。本当に悪かった」
初めてこの世界に降り立った時、この世界の人々を見て感じ考えたこと、そして何より俺が俺にレギュレーションを定めたこと。
それらを全部語って聞かせる。
「――というわけで、この世界の人達がどんな生活をしているか、先入観なしにちゃんと自分の目で見て確かめるために情報収集しようとしていたんだ。だから、この世界の人達の想いや生活が滅茶苦茶になるような無茶な改変はしない、約束する。ちゃんとユーリシスの意向も確認して、ユーリシスが嫌がる改変はしないから安心して欲しい」
「……」
茫然と俺を見ながら、ユーリシスが纏っている怒りのオーラが、空気が抜けた風船のようにしぼんでいく。
「ただ、世界を救うって目的がある以上、ユーリシスがどれだけ反対しても、どうしてもしないといけない改変はきっと出てくると思う。その時は、可能な限り説明して説得するけど、最終的にユーリシスの意向に添えない可能性があるってことだけは、了承しておいて欲しい」
「……」
「でも、出来ればそうならないよう、お互い話し合って協力しながらやっていく、っていうのでどうだろう?」
そう、俺とユーリシスは敵同士じゃない、一緒に仕事をする仲間なんだ。
お互い納得ずくで手を取り合えるよう、主張すべき所は主張し、妥協するところは妥協する。その意思確認をして、チームをまとめるのも上司としての俺の仕事だ。
「では……私は……」
「まあ、ユーリシスが刺々しかったから、意図の説明をつい後回しにしてしまった俺も悪かったけど、結局は単なるすれ違いというか……ただの早とちりの勘違い?」
「……っ!」
苦笑いしながら頭を掻くと、ユーリシスの目元が見る間に真っ赤になっていって、目尻にうっすら……。
「……」
「え、あれ……ユーリシス……さん?」
ユーリシスが俯いて、その左手が、強くドレスの裾を握り締めた。
「……も」
そして右手が高々と掲げられる。
「よくも、この私に恥を掻かせましたね……」
しぼんでいた怒りのオーラが一気に膨れ上がって、バリバリと放電しながら、掲げた右手の手の平に集まっていって……。
「ちょ、ちょっと、それどうするつもりだ!? ユーリシスさん!? ユーリシス様!? 一旦落ち着こう、な? そんなの撃たれたら俺、死んじゃうっていうか、一瞬で蒸発しちゃいそうなんだけど!?」
「いいでしょう、認めましょう……これは八つ当たりです!」
右手が俺の方へ振り下ろされて、轟音と共に閃光が迫ってくる。
「うわあああああぁぁぁぁぁーーーーーっ!?」
そして俺の視界は真っ白に染まって、一瞬で意識が途絶えた。