59 お節介なクルファ
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失敗してすごすごと退散し村で一日休み、翌日ドルタードの町へと戻って、冒険者ギルドで依頼を失敗した報告をする。
「ほらやっぱり、うちの言った通り、あんた達には無理だったじゃないっすか」
カウンターの向こうで受付のお姉さんが、ほらみろとばかりに身を乗り出してくる。
恐らくはまだ二十歳にはなってないくらいの、糸目でおしゃべりな、狐耳と狐尻尾が愛らしい狐型獣人の受付のお姉さんだ。
この受付のお姉さんは、俺達が依頼を受けるときに手続きをしてくれた人で、その時に俺達の装備を見て、その言葉通り俺達を止めた人だ。
自己責任が原則の冒険者ギルドで、まさか口を出されて止められるとは思っていなかったから、かなり驚いた。
「一応、勝算はあったし、かなりいいところまでいったんだけどね。ちょっと俺の考えが甘かった部分があって、それで取り逃がしてしまって」
「失敗は失敗っすよ。これに懲りたら、無理な背伸びはしないで現実的な依頼を受け――あいたっ!?」
得意満面偉そうに説教をするその受付のお姉さんに、隣の席に座っている受付のお姉さんが拳骨を落とした。
「クルファ、いつもいつも言ってるでしょ。冒険者の決定に余計な口を挟まないの。偉そうにお説教とか、言語道断だから」
思わず苦笑してしまった俺と、仲裁すべきか狼狽えるティオルと、自嘲するララルマに、隣の席の受付のお姉さんは、担当してくれたクルファという名の受付のお姉さんの頭を抑え付けて下げさせると、自分も頭を下げた。
「申し訳ありません、うちの職員が差し出口を挟みまして」
「いえいえ、気にしないで下さい」
俺が取りなしたことで、隣の席の受付のお姉さんはそれ以上の叱責はせずに、クルファをきつく睨んでから自分の業務に戻っていった。
「ほんと、乱暴者で困ったもんすよ。その気の強さがいいって男どもにモテてるもんだから、暴力とお説教がエスカレートして、怖いったらないんすよ」
懲りてないのか、コソコソと、そんなことを囁いてくる。
バレたら、拳骨どころじゃ済まなそうだ。
「俺は気にしないし、その忠告のおかげで死なずに済んだ冒険者もいるだろうから、むしろ忠告はもっとすべきだと思うけどね」
「ほんとっすか!? そう思ってくれるっすか!?」
「ああ、冒険者ギルドは冒険者に自己責任を押しつけ過ぎていると思うしね。ただ、言葉遣いや、言う相手は選んだ方がいいとは思うけど。余計な事を言うなって怒る奴らもいるだろうし」
「そうそう、そうなんすよ。すぐに腹立てて怒鳴ってくる奴が多くて困ったもんす。気が強いのはいいことなんすけどね、すぐキレるのはちょっと違うと思うんすよ」
やっぱり、しょっちゅう揉めてるのか。
道理で、このクルファのカウンターだけ妙に列が短いと思った。
「いや~、あんたいい人っすね。どうっすか、今夜一緒に飲みにでも」
非常に軽いノリで、ジョッキを煽るジェスチャーをするクルファ。
と、ティオルが俺の袖を掴んで、ララルマが俺の腕に腕を絡めてくっついてきた。
「――と思ったっすけど、うちのタイプはガチムチのゴリマッチョなんで、やっぱやめとくっす」
いや、まあ、その、なんだ……照れるから、二人してそんなにクルファを睨むのは止めてやって欲しい。
「にくいっすね、この色男」
そういうからかいも勘弁してくれ。
「ところでぇ、依頼書が貼り出されてないだけでぇ、アタシ達でも倒せそうな弱い魔物の討伐依頼ってないですかぁ?」
「ないっすね」
バッサリだった。
「この付近じゃ、あれより弱い魔物はいないっすから」
そこは俺もホロタブで確認済みだから驚きはしないけど、ティオルもララルマも肩を落としてしまった。
「魔物討伐にこだわらなければ、色々あるっすよ。警備、配達、兎肉の仕入れ、畑の害獣退治、各種薬草の採取とか」
その辺りは王都で出ていた依頼と大差ないか。
「あの……魔物討伐で、なんとかなりませんか?」
そこはやっぱり、ティオルのこだわりどころだよな。
俺としても、魔物討伐でティオルが名を上げてくれないことには意味がない。
「方法がないわけでもないっすよ」
「本当ですか!?」
身を乗り出すティオルに、クルファは事も無げに頷く。
「他の冒険者パーティーと合同で依頼を受ければいいんすよ」
「合同で受ける、ですか?」
「そうっすよ。報酬は折半か、人数頭割りか、働きに応じて割合を決めるか……まあ、話し合いで揉めて、決まってもいざ分配って段階でまた大概揉めるっすけどね。そこが決まれば、単独でやるより安心確実っすよ」
やっぱり揉めるか……揉めるだろうなぁ。
特にうちのパーティーメンバーを見れば、公平にとか均等にとは、絶対にならないだろう。
「ちなみに、その合同で受けるっていうのは、頻繁に行われてるのか?」
「滅多にないっすね。なんせ揉めるんで」
「そうですよねぇ、絶対に揉めますよねぇ」
ララルマが言いながら、自分の胸に目を落とす。
「それについては、ララルマの防具が出来上がって、それで実戦でどれだけ動けるか確かめてからの検討にしようか」
「それが無難ですねぇ」
そこが分からないと、報酬分配の交渉のしようがないからな。
「これは確認だけど、合同で依頼を受けたい場合、この受付で頼めばいいのかな?」
「一応規則では、口出し厳禁、自分達の責任で交渉してくれ、ってことになってるっすけど、それだとなかなかマッチングしないんで、うちに言ってくれれば、同じように合同で依頼を受けたがってるパーティーに話を通してもいいっすよ」
「それは助かるな」
やっぱり冒険者ギルドの業務として、そのくらいはやって欲しいもんだ。
「ちなみに今、合同で依頼を受けたいパーティーって他にいるのかな?」
「今はいないっすね」
「そうか、それは残念」
まあ、ララルマの防具が出来上がってからの話だから、今はいいんだけど。
さて、そうなるとどうしたもんかな。
ララルマの防具が出来上がるまでまたしても開店休業、ってわけにもいかないし。
ティオルとララルマのモチベーション維持に、魔物討伐じゃなくていいから、何か依頼を受けるか?
だとすると、何がいいんだろうな。
スレッドレさんが言ってたように、動物を狩って多少戦うことに慣れてからの方がいいんだろうか。
王都のソロの冒険者も畑を荒らす狐を狩ったり、兎を狩って肉を卸したりしてたみたいだし。
「ふむ……」
兎狩りか……。
ふと、一つのアイデアが閃く。
ある意味で、スキルシステムを弄った効果が出るより先に、広範囲に……それこそ全世界に影響を及ぼす、この世界にとって大きなアップデートになるな。
だったらスキルシステムを弄るより先にやっとけよ、って話……でもないか。
新スキルを追加することが効果的だってティオルが証明してくれたから、今思い付いたアイデアが効果を上げるって保障されたんだ。
これはむしろスキルシステムの改変とセットで組み込むべき改変だな。
「ティオル、ララルマ、二人に提案なんだけど、ララルマの防具が出来るまでの間、少しでも経験を積むために兎狩りでもしないか?」
「兎狩りですか?」
ティオルはあんまり積極的に受けたそうじゃないか。
かといって、期間限定の話でもあるし、強く反対するってわけでもなさそうだ。
「繋ぎの生活費稼ぎでもあるけど、次に魔物討伐をする前に、少しでもララルマにメイスと盾の扱いを慣れて貰うために、実戦形式の訓練みたいな意味で」
「そういうことなんですねぇ。それならぁ、確かに兎狩りくらいが丁度いいかもぉ?」
ララルマは賛成みたいだな。
「でもぉ、それはそれとしてぇ、防具ができたらぁ、絶対に毒鉄砲蜥蜴にリベンジしたいですぅ」
「あたしもです。後もう少しだったのに、このままじゃ引き下がれないです」
クルファが止めようと口を開きかけたのが見えたから、その前に頷く。
「分かった。そうしよう」
「はい!」
「約束ですよぉ」
これで二人の方はよし。
後は、ユーリシスをどう説得するかだな。