58 ドルタードの冒険者ギルド
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ドルタードの冒険者ギルドも、本館、倉庫、厩舎の構成で、裏手にある練習用の広場が二回り程小さかった。
その分、厩舎が少し大きく、貸し出し用の馬と荷馬車を多く揃えているようだ。
建物自体も同じくらい老朽化していたものの補修はしっかりされているようで、むしろ王都のギルドよりちゃんと運営しているように見える。
「もう昼過ぎなのに随分と賑わってるな」
中の構造もほぼ同じだけど、カウンターには受付のお姉さんが二人いて、どちらも冒険者の対応をしていた。
少人数パーティーが何組か、順番待ちまでしているくらいの盛況ぶりだ。
掲示板の前にも十人ほどいるし、奥の壁際で数人が話し合っていたりと、そこそこ人口密度が高い。
せっかくのチャンスなんで、ホロタブを起動してざっと冒険者達のステータスを確認していく。
カウンターで依頼を受けている二組は、どちらもティオルと同年代からララルマと同年代くらいまでの、若手ばかりの冒険者達だ。
大振り小振り問わず両手斧がほとんどで、それ以外は弓と杖だけ。
レベル十二から十八で、駆出しは卒業したけど、一人前にはまだ届かないってところらしい。
その後ろに並んで順番待ちしている冒険者達も、それより少しレベルや年齢が高めだったけど、似たり寄ったりだ。
依頼書の前で仕事を探しているのは、ベテランっぽい雰囲気のある筋骨隆々の連中で、レベルは二十二から二十六で、確かにベテランの域へ近づいてる実力者達のようだ。
壁際で数人固まって顔を突き合わせて話をしているのは、ティオルより年下も交じる少年少女で、レベルは六から九。正真正銘、駆け出しだな。
しかも珍しく、片手斧を腰に下げていたり、槍を肩に立てかけていたり、両手斧以外の武器だけで構成されたパーティーだった。
多分、体付きから両手斧を扱えるだけの筋力はないんだろう。
鎧も、革鎧だけで肌色率が多い蛮族スタイルじゃなく、俺達みたいにちゃんと服を着てその上から革鎧を着けていた。
彼らみたいな冒険者がこの町には多いのか、それともやっぱり例外なのか、しばらくはこの町で活動して観察だな。
ただ、さすが両手斧、弓、杖、片手斧、槍の五種類だけで、全世界の武器を持っている人の九十九パーセント以上を占めるだけあって、俺達みたいに片手剣やメイス、ましてや盾を持っている人は誰もいなかった。
おかげでどうやら俺達は悪目立ちしてるようで、俺が周囲を見る以上に、周囲からジロジロと無遠慮な視線を向けられている。
ここで『なんだてめえらは、あぁん?』みたいな、ウザ絡みしてくる奴らがいなかったのは、そこら辺のマナーが思いの外いいのか、たまたまなのか。
そんな周囲の視線に気付いてないのか、それとも王都の冒険者ギルドでその手の視線にすっかり慣れてしまって気にならないのか、冒険者が多いギルド内の様子にティオルが目を丸くする。
「王都だとこの時間ガラガラだったのに、ドルタードは冒険者がいっぱいですね」
「それだけぇ、魔物討伐の依頼が多いってことなんだよぉ」
ララルマの目線を追って掲示板を見ると、百枚は優に超える依頼書が所狭しと貼り出されていた。
ぱっと見ただけでも王都の倍以上ありそうだ。
「割合も、どうやら王都に比べて魔物討伐が多いようですね。それ以外の依頼の数は、むしろ王都より少ないでしょう。人口が違うのですから、それも当然でしょうが」
ホロタブみたいに神の権能で検索したのか、ユーリシスが遠目からざっと一瞥しただけで割合を把握したようだ。
積極的にその辺りを確認するなんてユーリシスにしては珍しいって思えば、依頼書を見つめる瞳が微かに憂いを帯びていた。
それだけ被造物たる人々が追い詰められているんだから、当然と言えば当然か。
「だとすると、八割以上が魔物討伐依頼ってことになりそうだな……かなり多いな」
「それって、どのくらいなんですか?」
学校に通ったことがなくて算数を勉強していないティオルには、割合で計算するのは難しいらしい。
「ざっと九十枚以上、もしかしたら百枚以上あるかもな」
「そ、そんなにですか!?」
ティオルとしては他人事じゃないんだろう。
すぐに依頼内容を確かめようと、掲示板へ駆け寄った。
そんなティオルに気付いた掲示板を眺めていた冒険者達が、ティオルの装備……剣と盾を見て、物珍しそうに目を見開いたり二度見したりした後、失笑したり呆れたりする。
だけどティオルはそんな連中なんか目に入らないのか、依頼書を読むのに夢中だ。
「俺達も依頼書を見ようか」
「お前の好きにしなさい」
ユーリシスはここでも早々に空いていた椅子に座ってしまい、俺達任せらしい。
対してララルマは、困ったように微妙な笑みを浮かべて動かない。
「どうかしたか?」
「えっと……」
ララルマの視線はティオルに……いや、ティオルを見て蔑んだ目で邪魔そうな顔をしたり、呆れて肩を竦めたりする冒険者達に向けられていた。
なるほど。
「堂々としてればいいと思うけど、ユーリシスの側で待っててくれてもいいぞ」
「えっとぉ……やっぱり一緒に行きますぅ」
俺の陰に隠れるようにして、ララルマが俺に続いた。
周りを気にして縮こまるララルマから離れないように気を付けながら、俺も端から依頼書を見ていく。
すぐに目に付いた知った名前は、雷刀山猫と死炎軍狼で、やっぱりここでも雷刀山猫の依頼書は数多く残っていた。
後は、ほとんどが知らない名前ばかりだ。
ホロタブを起動してどんな魔物か検索し、ステータスや過去の討伐映像を確認して、俺達の手に負えるかどうかを調べていく。
確かに、駆け出しが腕を上げやすいって聞いていた通り、レベル十以上、三十以下の魔物が比較的多いみたいだ。
帝王熊の討伐依頼が見当たらないのは、王都と同じく人気ですぐ依頼を受けられてしまうのか、それともこの付近には生息していないのか、そこまではよく分からない。
代わりと言ってはなんだけど、帝王熊に匹敵するレベル四十前後の魔物の討伐依頼もあって、ベテランじゃないと対応できない魔物もしっかりといるらしい。
冒険者にも魔物にもランクが設定されていないから、当然依頼書にも難易度が分かるランク設定がなくて、一枚一枚全てに目を通して確認しないとどんな依頼があるのか分からないのが、やっぱり不便だな。
数が多い分、時間が掛かったけど、取りあえず一通り目を通し終わる。
いつの間にか俺の側に居たティオルと、俺から片時も離れなかったララルマを振り返って聞いてみた。
「ララルマの防具を注文したばかりだけど、どうする?」
「ちょっぴり不安ですけどぉ、それ以上に路銀が心許ないんでぇ、お仕事したいですぅ」
「あたしも、何かとミネハルさんに出して貰ってばかりだから、簡単なのを探して、魔物討伐したいです」
そうだな。仲間集め、拠点の移動と、全然冒険者として仕事をしてないもんな。
「分かった。ララルマのことはみんなで上手くフォローして、何か依頼を受けよう。どれか受けてみたい依頼はあったか?」
「見たことない名前の魔物ばっかりで、読めなくて分かりませんでした……」
「どの魔物もぉ、アタシよりうんと強いからぁ……」
ティオルは雷刀山猫と死炎軍狼の名前以外は読めなかったようだ。
少し、読み書きの勉強をした方がいいかも知れないな。ついでに算数も。
ララルマは依頼書に書かれている文字に限れば、多少は読めるらしい。
ただ、実力差がありすぎて選びようがない、と。
何しろ、ララルマの今のレベルは四だ。
両手斧を使っていたときに見たのはレベル五だったけど、初めてメイスと盾を装備して、慣れない武器のせいでレベル三にまで下がってしまった。
この町へ移動中の朝夕に、俺と一緒にティオルの稽古を受けて、なんとか四まで上がったけど、三でも四でも五でも、レベル十以上、ましてや二十を越える魔物が相手なら、誤差の範囲でしかない。
「だとすると……」
依頼内容を思い出そうとして、真っ先に浮かんだ依頼があった。
ユーリシスの存在のおかげで、いざという時の神頼みの虚しさを知ってしまったけど、逆に神の思し召し的な巡り合わせは本当にあるかも知れないとは思うようになった。
だから、こういう時にふと真っ先に思い浮かんだのであれば、きっと何かしらの縁や意味があってのことじゃないか、後々、何かしら影響を及ぼす要素があるんじゃないか、そう思える。
そして、自分自身の、ゲームプランナーやゲーマーとしての勘も信じている。
「この町から数時間歩いたところにある村が依頼を出していた、毒鉄砲蜥蜴の討伐はどうだろう?」
毒鉄砲蜥蜴を改めて検索して、容姿と攻撃方法を詳しく説明する。
レベルは十から十四で、ティオルとほぼ互角だ。
レベルが高い個体に当たったとしても、ララルマがいれば互角以上に戦えるはず。
「噛みつかれると、牙の血液毒のせいで血液が凝固せずに出血が止まらなくなって、失血死してしまう危険があるけど、噛みつきだけは絶対に盾で防げば、そうそう危険なことにはならないはずだ。それに使う魔法は喉にある水袋に水を溜めていくだけで、毒袋から猛毒を注入して混ぜて毒液にするから、一度浴びせかけたら次に毒液を浴びせかけるまで少し時間が掛かる。その毒液も盾で防げるし、浴びてもすぐに洗い流せばいい。服のおかげで直接肌に掛からない分、他の冒険者達より有利に戦えると思うんだ」
――服に関しては、後でとんでもない勘違いだったって知ることになるわけだけど。
「それにこの依頼、どうやら常設依頼みたいで、失敗しても違約金がないんだ」
「常設依頼ってなんですか?」
「常設依頼って言うのは、常に依頼が出されていて、誰かが達成してもそれで依頼がなくならずに、誰でも何度でも受けられる依頼のことなんだ。今回の場合は、どうやら村の近くに生息している毒鉄砲蜥蜴を、何匹でもいいから倒してくれってことらしい。多分、年がら年中、うじゃうじゃいるんだと思う」
要は、根絶しない限り、この手の依頼が取り下げられることはまずない。
「だから、証拠の部位を提出さえすれば、倒した数だけ報酬が増えていく仕組みの依頼なんだ」
「それって、あたし達が頑張れば頑張るほど村の人は助かって、おまけに報酬も増えるってことなんですよね?」
「ああ、そういうことだ」
瞳に力が宿って、ティオルはすっかりやる気だな。
確かに、この手の依頼はティオル向きかも知れない。
「もっとも、毒鉄砲蜥蜴は付近では弱い魔物の部類だし、常設依頼だけあって村は成果に応じて報酬を支払い続けないといけないから、一匹当たりの報酬は安めで、毒持ちの厄介さの割に、あまり旨味がない依頼じゃないかとは思うけど」
記載されている報酬額を比較すると、多分、間違っていないと思う。
「ミネハルさんが選んだ依頼なんだから、間違いありません」
そこまで手放しで信頼されると、ちょっと責任が重いな。
「ララルマはどうかな?」
「元からアタシに選択肢なんてないですしぃ、ミネハルさんを信じますよぉ」
こっちも以下同文。
ユーリシスは好きにしろと口にした以上、文句を言うことはないだろう。
「よし、じゃあ決まりだ。この依頼を受けよう。今から行くにはもう時間が遅いし、今日明日はゆっくり休んで旅の疲れを取って、明後日その村に向かうとしようか」
「はい。初仕事ですね、気合いが入ります」
「アタシもぉ、ちょっと楽しみぃ」
こうして、初仕事に燃えて村へと向かったわけだけど……。
結果、俺の見込みの甘さから失敗に終わってしまったというわけだ。