55 毒鉄砲蜥蜴と駄肉猫のデビュー戦 2
「それで二人とも怪我は?」
薬の入ったポーチを握り締めて、二人の側へ駆け寄る。
「はぁ……はぁ……はい、ミネハルさんの作戦通り、噛みつきだけは絶対に盾で止めたから、怪我らしい怪我はないです」
へたり込んで息を整えながら俺を見上げてくるティオルは、本人が言うとおりぱっと見大きな怪我はしていないようだった。
「はぁ……ふぅ……アタシはぁ、跳ねた毒液がかかってぇ……はぁ……ふぅ……あちこちヒリヒリしますぅ」
まだまだ立ち上がれそうにないララルマが差し出してきた左腕は、服に小さな穴が幾つも空いていて、そこから覗く肌が赤くなっているのが見えた。
盾で毒液を防いだときに跳ねた雫がかかってしまったんだろう。
「ティオルは毒液、大丈夫だったか?」
「あたしは……あっ、あたしも穴が空いてました。気付いたら、なんだかヒリヒリしてきたかも」
「戦闘中は気が張ってて気付かなかったのかも知れないな」
ナイフで二人の服の袖を切り裂いて、毒液のかかった部分は捨ててしまう。
それからまたユーリシスに魔法で水を出して貰って毒液をよく洗い流し、タオルで拭いて薬を塗り込む。
戦闘が終わったんだから包帯を巻こうかと思ったけど、村までの帰り道で遭遇戦でもあると厄介だから、二人に謝って包帯は止めておく。
その手の本格的な治療は村に帰ってからだ。
息が整って立ち上がれるようになってから、他にもないかとティオルとララルマがお互いの身体を調べて、毒液の雫がかかった箇所を見つけては、順に手当てをしていった。
「それにしても、服がボロボロになっちゃったな」
改めて二人の格好を見て、戦闘が終わって張っていた気が緩んだからか、ちょっと目のやり場に困って視線を逸らす。
ティオルもララルマも目元を赤らめながら手や盾で露わになった肌や下着を隠すと、荷物からマントを取り出して羽織り、前を合わせた。
「おろしたてだったのにぃ、初めての戦闘でもうボロボロぉ……これは処分しないと駄目ですねぇ」
「盾も新品だったのに、ほとんど黒くなっちゃって……」
ララルマは俺に背を向けてマントの前を開くと、自分のあちこち切り裂かれた服を見て溜息を吐く。
そして、それ以上にティオルが自分の盾を見てへこんで盛大な溜息を漏らした。
「みんなごめん、俺の認識が甘かったみたいだ」
服を着ていれば、毒液が直接肌に掛かることを防いで、そこまで脅威にならずに立ち回れると思っていた。
ところが実際はその逆だった。
服に染み込んだ毒液が肌に触れ続けるから余計に危険で、まずはその部分の服を綺麗に切り取らないと、水で洗い流すことも出来なかった。
ホロタブで確認した過去の討伐映像だと、すぐに水をぶっかけて洗い流せていたから、結果余計な手間と経費が掛かってしまったことになる。
男も女も、冒険者達が革鎧だけで蛮族みたいな露出が多い格好をしているのも、本気で理に適っている気がしてきたよ。
「そんなことないです。ミネハルさんが色々と教えてくれなかったら、こんな毒を持ってる魔物なんて相手にできませんでした」
「そうですよぉ。アタシ、ここまで魔物と直接やり合うの初めてなのにぃ、しっかり生き残れたんですよぉ。『魔物に襲われたら真っ先に逃げ遅れて食い殺されるタイプ』とかってぇ、散々馬鹿にされてきたアタシがですよぉ? それもこれも全部ミネハルさんのおかげですぅ」
「そう言って貰えると助かるよ」
とはいえ、致命傷を与えられずに逃がしてしまったのは、このパーティーの司令塔を自認する俺の失態だ。
意気込んで俺をフォローしてくれたけど、すぐにティオルが肩を落としてしまう。
「反省するなら、あたしこそです。ララルマさんが手当してる間、尻尾の攻撃を盾で受け止めたとき、咄嗟に『シールドガード』使っちゃったけど、『リフレクトアームズ』を使わなくちゃいけなかったんです。あそこで隙を作って一気に追い込めたら、きっと倒せていたと思うし、ここまでボロボロになることなかったんです」
なるほど、思い出してみれば、確かにティオルは二人掛かりで余裕が出た後にしか『リフレクトアームズ』を使っていなかったな。
「それはそこまで気にすることじゃないと思うぞ。『リフレクトアームズ』は覚えたばかりで、まだ身体に十分覚え込ませていないだろう? 実戦で使うのだってまだ二回目なんだ。咄嗟の時は身体に染み込んだ癖で、使い慣れた『シールドガード』を使うのは仕方ない。これから使い分けられるようになっていけばいいさ」
「はい、ありがとうございます」
まだ少し気にしながらだけど、微笑んでくれる。
ホロタブで確認すれば、ティオルの経験値ゲージもグングンと伸びているし、こういった失敗や反省も成長の糧だ。
「それで言うならぁ、反省しないといけないのはアタシですぅ。最初のあれで毒液を飛ばした後に飛び出していればぁ、ちゃんと挟み撃ちにして倒せていたはずでぇ、ここまでボロボロになっておきながらぁ、逃げられることはなかったんですよぉ」
今度はララルマが肩を落としてしまう。
「その反省は戦闘中にもう済ませたからいいんじゃないか?」
「本当にアタシぃ、ダメダメでぇ……そもそもぉ、こんな駄肉さえなかったらぁ、もっとちゃんと戦えてるはずなんですぅ……これだからぁ、『だから駄肉は』って言われちゃうんですよぉ」
「そんなこと言ったら、俺なんて衛生兵くらいしか出来なくて、少しでも戦いに参加出来てたら、もっと安全に早く、ちゃんと倒せてたはずなんだ」
いやもう本当に、せっかく剣と盾を新調したのに、俺の運動神経じゃ、飛んでくる毒液を盾で受け止めるのも避けるのも十中八九無理だから、コソコソ隠れているしか出来なかった。
「まったく、三人揃って鬱陶しいですよ。反省するのであれば、いつまでも落ち込まず次に生かしなさい」
「えっ、ユーリシス……?」
ユーリシスがまさか俺達を励ましてくれるなんて……もしかしてデレた!?
「ユーリシス様……」
「ユーリシス様ぁ……」
ティオルとララルマも、驚きと感動で目を見開いてるし。
「なんですかその目は鬱陶しい。いつまでもお前達がウジウジと鬱陶しく気が滅入るので、どうにかしたかっただけです」
目を細めて、声音通りに鬱蒼しそうに言い切るユーリシス。
照れ隠しとかデレたとかじゃなくて、本気で言ってる通り、鬱陶しいからどうにかしたかったんだろうな。
「そうですよね……すみません」
「あぁ、驚いたぁ。それでこそユーリシス様ですよねぇ。こんな気が強い美人に冷たくあしらわれるとぉ、いつものアタシらしくてほっとしますぅ」
それもどうなんだろう……。
ともあれ、いつまでも落ち込んでいたって仕方ない。
「この後だけど、追撃戦は諦めて一旦村へ戻ろうかと思う」
ホロタブで逃げた痕跡を追えば、さっきの毒鉄砲蜥蜴を見つけるのは容易いけど、止めておく方が賢明だろうな。
最初は、何匹もは無理でも、二匹や三匹くらい、連戦出来るだろうくらいに思っていたんだ。
何せ、過去の討伐映像を見てみたら、駆け出しはともかく、ベテランはサクサクと倒していたからだ。
まず盾役の両手斧が、両手斧スキル『アンプレゼント』で挑発してタゲを取る。
毒鉄砲蜥蜴が毒液を撃つまで回避に専念。
毒液を撃ってから本番開始で、盾役が接近し、噛みつきを誘発して、両手斧の柄で受け止める。
噛みついて頭が固定されたところで、別の両手斧が『ギロチンアックス』で切れ味を増加させて、スパッと頭を落としておしまい。
見ていて、なんだこんなもんかって思ってしまったくらいだ。
現実には、ティオルのレベルや筋力なんかが低いっていうのもあるんだろうけど、片手剣のダメージだとスキルを使っても一撃で首を切り落とすまでいかなかった。
それどころか、鎧のように硬い皮膚のおかげで、片手剣とメイスの攻撃力じゃあまりダメージが通っていなかった。
これは完全に相手を舐めた俺の落ち度だ。
「二人とも体力的に厳しそうに見えるし、無理はしたくないからな」
「そうですねぇ、思ったよりクタクタになっちゃってぇ、これ以上は無理ですぅ」
「あたしも、ちょっと疲れました……すみません」
「謝らなくていいよ。まだ魔物と戦うのは慣れてないんだし、それも初めて戦う魔物だったんだから」
「村に戻ったら休憩して装備を整えてリベンジしますか?」
「アタシはぁ、これ以上服がボロボロになるのはちょっとぉ……」
たとえ村人の服を売って貰ったとしても、ララルマは普通サイズの服じゃ入らないからな……胸が。
着替えは持って来ていても、それを全部ボロボロにするわけにいかないだろうし。
それに今は大丈夫だけど、多分服が溶かされて胸が露出してしまう事態は避けたいんだろう。
それは恥ずかしいというより、根深い駄肉コンプレックスのせいで。
「残念な結果になったけど、村に戻ったら装備を整えて、ドルタードの町に帰って装備を調え直そう。それでもう一度同じ依頼を受け直すのもよし、別の依頼を探すもよし、その時に考えようか」
「はい」
「異義無しですぅ」
二人が答えた後、ユーリシスを振り返る。
「それで構いません」
「よし決まりだ。じゃあ帰ろう」
依頼の失敗は痛いけど、みんないい経験をさせて貰ったって思っておくか。
◆
――三日前。
「ここが交易都市ドルタードか」
俺達は拠点を移すため、王都ラガドを後にして、ホドルト伯爵領の西側にある主要な都市の一つ、交易都市ドルタードへとやってきた。