54 毒鉄砲蜥蜴と駄肉猫のデビュー戦 1
「ティオル! 毒液くるぞ、隠れろ!」
「はい!」
顎の下辺りの喉を十分に大きく膨らませた毒鉄砲蜥蜴が長い首を回らせてティオルへ向くと、がぱっと大口を開く。
ティオルはすぐさま走り、その射線から逃れて木の後ろへと身を隠した。
これなら撃ち出される毒液は木の幹に遮られてティオルに当たらない。
足場が悪く戦いにくい森の中だけど、身を隠せる木々が多いのだけはかなり助かる。
その結果、俺達の代わりに毒液を浴びて幹を黒く変色させた木々が、周囲にはすでに何本もあった。
ティオルの新調して間もない木製の盾も、何度か毒液を浴びて表面が黒ずんでいる。
「チャンスですぅ!」
毒鉄砲蜥蜴がティオルへ注意を向けた隙に、隠れていた木の陰からララルマが飛び出して、反対側の死角から攻撃しようとメイスを振り上げた。
「あぁっ!?」
「まずい! ララルマ避けろ!」
狙っていたのか偶然か、毒鉄砲蜥蜴がティオルに向けていた首をぐるっと振り向かせ、ララルマにそのまま毒液を浴びせかける。
名前通り、鉄砲魚が獲物に向けて水を飛ばすように、鋭く撃ち出された毒液が、ララルマへ向けて長く伸びた。
咄嗟にララルマがティオルと同じ木製の盾を構えようとしたものの、急に止まって動きを変えたせいで、ノーブラの巨乳に振り回されたように体勢が崩れて間に合わず、右脇腹から右の太股へかけて、もろに毒液を浴びてしまう。
「ああぁっ、熱いですぅ!」
「大丈夫か!? すぐ治療に行く! ユーリシス、水を!」
身をよじって尻餅を付くララルマへと、薬の入ったポーチを抱えて急いで駆け寄る。
射線に身をさらすことになるけど、視界の端に木の陰から飛び出したティオルが見えたから、毒鉄砲蜥蜴のことは信じて任せる。
「はあぁっ! 『ライトカット』!」
間合いを詰めたティオルが、毒鉄砲蜥蜴の首へと目がけて、既存の片手剣スキル『ライトカット』を放つ。
切れ味が増した片手剣が、首を深く切りつけるものの、皮膚が厚く硬く、一撃で切り落とすには至らない。
体長が五メートルを優に超えるコモドオオトカゲのような外観で、手足がより長く素早く動き、しかも首が首長竜のように長めの毒鉄砲蜥蜴。
自重を支えるため攻撃に使えないから両前足、後ろ足のかぎ爪は脅威にならないけど、長い首を素早く自在に三百六十度回らせて放つ十メートル近い射程の毒液と、噛みつきによる血液毒、そして太く長い尻尾を振り回しての打撃は脅威だ。
噛みつきは何度も盾で防がれて学習したのか、空気を吐き出す『シャー!』って威嚇をすると、その太く長い尻尾を大きく振るう。
「っ!? 『シールドガード』!」
格闘ゲームやアクションゲームとは違うから、スキルを放ったからといって、硬直時間が発生するわけじゃない。
だけど、首を切りつけた直後で、しかも腐葉土などが普通に堆積している足場の悪い森の中で、体勢の崩れたティオルは咄嗟にかわすことが出来ず、振り回された尻尾を盾で真正面から受け止め、吹き飛ばされそうになりながらよろけて後ろに下がり距離を取る。
「ティオル、しばらく引き付けていてくれ!」
「はい!」
毒鉄砲蜥蜴はティオルに任せて、倒れたララルマの脇にしゃがみ込み、毒液に半ば溶かされた服を、毒液が染み込んだ部分に触れないように気を付けながら、大きくナイフで切り取って捨てる。
ズボンも同じように、足の付け根のかなり際どい部分、下着が半ばまで見えてしまうくらい大きく切り裂き、下着にまで毒液が染み込んでいないのを確認して、すぐさま膝上部分も輪切りにして捨てた。
そうして晒された脇腹と太股の肌は、毒液に触れたせいで炎症を起こして真っ赤になっていた。
遅れて側まで来たユーリシスが、両手を患部に翳した。
「『水よ流れ出でよ』」
呪文を唱えた直後、ユーリシスの手の平からドバドバと大量に溢れ流れ出す水。
「ひゃ!? 冷たいですぅ!?」
「我慢してくれ。早く毒液を流さないと、肌どころか肉まで爛れ落ちるぞ。その爛れた肉が、毒鉄砲蜥蜴にはこの上ない御馳走らしいからな」
「ひぅ!?」
ビビって喉を引きつらせるララルマに、ユーリシスは水を流し続ける。
「まったく、便利に使ってくれますね」
「パーティーの仲間なんだから、このくらいは当然だろう?」
ユーリシスはとにかく創造神としての立場から中立たろうとして、なかなか積極的に動いてくれないからな。
これでも、ユーリシスが直接攻撃魔法を撃たないで済むように考えた上で動いて貰っているんだから、仲間の治療くらい文句を言わずやって欲しいもんだ。
ホロタブでララルマのステータスを確認すると、しばらくして『炎症』のバッドステータスが消えてくれる。
「よし、もう大丈夫そうだ。ユーリシス、牽制だけでいいから、こっちに目を付けたときは頼む」
やれやれと言いたげに、ユーリシスは魔法を止めると、立ち上がって毒鉄砲蜥蜴へと向き直った。
荷物からタオルを取り出してララルマの濡れた肌を拭くと、毒鉄砲蜥蜴の毒液に効くっていう薬草が原料の塗り薬を、壷から指でたっぷり掬い取って赤くなった肌へと丹念に塗り込んでいく。
状況が状況だけに、恥ずかしいとか、照れるとか、そういった感情に繋がりそうな思考は放棄して、治療行為としてしか捉えない。
余計な邪念を抱いて、お互いにワタワタして治療が遅れれば、それだけ敵を引き付けてくれているティオルの負担と危険が増すんだから。
ララルマも、俺が治療行為として専念している以上、恥ずかしいとか、照れるとか、そういったリアクションは表面上なかった。
というか、落ち込んだように俺から目線を逸らしてしまって、それどころじゃなさそうだ。
「ごめんなさいぃ……」
「前衛のティオルとララルマがこうなってしまうのは避けられないって思ってたから、俺とユーリシスが衛生兵ポジションで控えてたんだ。命の奪い合いしてるんだから気にするなとは言えないけど、気にしすぎて動けなくなるより、次に生かしてくれればいい」
切りつけ、盾で防ぎ、木の陰に回り込み、決定打を与えられずに立ち回り続けるティオルへ目を遣る。
「覚えてるか? 俺が冒険者ギルドでした説明。一度毒液を撃つと、次に撃つまでタイムラグがあるだろう」
「あっ……さっきのは撃ってから出れば良かったのかもぉ?」
ホロタブに表示させていたララルマの経験値ゲージが、ググッと増える。
「よし、終わった」
薬を塗り終わり、包帯は巻かずに薬を仕舞う。
もしまた毒液を浴びせられて包帯に染み込んだら、服に染み込まれるより厄介だ。
「動けるか?」
「やりますぅ」
大きな胸をゆさっと揺らしながら、問題なく立ち上がるララルマ。
膝上から下だけ残ったズボンの裾を、俺からナイフを借りてブーツの上辺りで適当に切り裂くと、メイスと盾を構え直した。
「ティオル! ララルマがタイミングを見て飛び出す! 上手く連携してくれ!」
「はい!」
息が上がりかけているけど、気力を奮い立たせたいい返事が返ってきた。
「ララルマ、頼むぞ」
「はいぃ!」
やっぱりどこかおっとり感を残しているけど、こっちも気合いを入れたいい返事だ。
木の陰を利用しながら、毒鉄砲蜥蜴の死角へと回り込んでいく。
「ユーリシス、見張り助かった」
「致し方がないでしょう。お前に使われるのは不本意ではありますが」
愚痴と溜息を聞き流して、戦いの流れを注視する。
毒鉄砲蜥蜴が毒液を浴びせかけると、それをティオルが盾で受け止める。
「はあぁぁっ!」
次の瞬間、ララルマが木の陰から飛び出し、長い首へとメイスを叩き込んだ。
「シャー!」
怒って威嚇しながらララルマに噛みつこうとすると、今度こそ盾が間に合い真正面からそれを受け止める。
「そこです! 『ライトカット』!」
さらに首を切りつけられた毒鉄砲蜥蜴は後退しながら首を振って逃れつつ、太い尻尾を振り回す。
「このっ!」
「逃がしませんよぉ!」
「あっ、また毒液きます! 先に隠れて!」
「は、はいぃ!」
二人は回り込み、挟み込み、時に隠れ、時に距離を空け、徐々に体力を奪っていく。
しかし、それ以上に二人のスタミナ消費の方が大きかった。
さらに数分間の死闘の後、中にまでは染み込まず問題なかったものの、ララルマが左のブーツに毒液を浴びて狼狽えた隙を突いて、毒鉄砲蜥蜴が逃げ出していく。
「逃がさないです!」
「待てティオル!」
後を追って回り込もうとしたティオルを、俺は呼び止める。
「はぁ、はぁ……どうしてですか? はぁ、はぁ……かなり追い込んだんですよ?」
大きく肩で息をするティオルは、すでに汗だくでもう限界が見えていた。
そしてそれ以上に、ララルマがスタミナ切れを起こしていて、浮き上がっていた木の根にでも足を取られたのか、崩れるように倒れてしまい、もう立ち上がって追いかけられそうになかった。
しかも、散々遠心力に振り回されて揺れて跳ねた胸が痛むらしく、最後の方は動きが縮こまってしまっていたからな。
「二人とも限界だろう? これ以上追い詰めたら、多分死に物狂いで向かってきて対処しきれなくなると思う」
「……はぁ、はぁ…………はい」
途端に、張っていた気が緩んだのか、ティオルがその場にへたり込んでしまった。
結局、十数分かけて戦ったものの、毒鉄砲蜥蜴に致命傷を与えることも出来ず、森の奥へと逃げられてしまった。