52 その男、有罪につき
「えっと、そのティオル? なんと言えばいいのか、その……ごめん」
「いいんです…………どうせあたしなんか…………」
ティオルが部屋の隅で壁の方を向いて体育座りして、両手の間に顔を埋めてしまって、こっちを見てくれない。
そのポーズ、リセナ村で雷刀山猫と戦う前に、死を覚悟してたった一人で戦う決意をした時にしていたな……。
つまりはその、そのくらい絶望しましたってこと……なんだよな?
「本当は……薄々おかしいな……とは思ってたんです……」
グスグスと涙声で語るティオル。
「だってミネハルさん優しいけど、積極的に二人きりになろうとしてくれないし……恋人みたいな甘い雰囲気全然ないし……夜だってなんにもないし……」
ちょっと待った……!
それってつまりティオルは、結婚を前提に俺と恋人同士になって、夜もそういう関係になっていいって、ずっと思ってくれていたってことなのか!?
いつからだ!?
いや、そんなことは今、重要じゃない。
俺のことをそんな風に想ってくれる女の子がいたなんて、元の世界を通してだって、人生初めてのことだ。
ちょっと……いや、かなり嬉しいんだけど!?
やばい、ちょっと顔がにやけそう……!
いやいや、にやけている場合じゃない!
「あ、あの、ティオル――」
「ええっとぉ、ティオルちゃんはぁ、どうして結婚を前提にお付き合いしてるって思ったのぉ? 何か切っ掛けがあったのよねぇ?」
どう話しかけていいか分からないけど、とにかく声をかけようとしたら、それに割り込んでララルマがティオルの隣に座り込んだ。
ティオルは顔を上げて、肩越しにチラリと俺を見ると、恥ずかしそうな、そして申し訳なさそうな顔になって、ララルマにだけ耳打ちした。
「ふむふむぅ……みんなが馬鹿にするお父さんを褒めてくれてぇ、剣と盾のすごさを分かってくれてぇ、命の恩人でぇ……『運命の出会いだ』って言われたぁ? しかも『ティオルと出会えた幸運を逃したくなかったんだ』ってぇ? それって絶対口説いてますよねぇ!? 告白じゃないですかぁ!」
その台詞……確か、雷刀山猫と戦うための稽古中に、ティオルに優しくする理由を聞かれて答えた奴……。
世界でたった五人しかいない盾持ちに出会えたことが運命的で、人類を救う切っ掛けになってくれそうで、その幸運を逃したくなかったって意味で……。
「それで他にはぁ? ふむふむぅ……『ティオル、俺と一緒に来て欲しい』ぃ? 『一緒に来てくれたら、俺は必ず世界を救うことが出来る、そう確信してるんだ』って言われて村から連れ出されたぁ!? それってプロポーズじゃないですかぁ!」
その台詞は、ティオルを旅に誘うときに言った奴……。
人類を救うために、一緒に来て魔物と戦って欲しいって……。
いや、そんな意図は全然なかったんだけど、こうして聞かされると、確かにそう受け止められてもおかしくない台詞になっている……かも。
そう考えると俺、思春期の女の子の恋愛感情を利用して、騙して家から連れ出して利用する最低の極悪人ってことに!?
ララルマが立ち上がるとビシッと俺を指さして、すごい垂れ目なりに、まなじりを吊り上げて、俺を責めるように睨んできた。
「有罪、有罪、有罪ですぅ!」
「い、いやあれは……」
「言い訳無用ですぅ! そんなつもりがあってもなくてもぉ、女の子をその気にさせた時点でぇ、その人に責任があるんですよぉ! 反省してくださいぃ!」
「うぐっ……」
ティオルが勘違いするようなことを言ってしまった時点で、弁解の余地もなく俺の有罪は確定ってわけだ……。
これまで感じたことがない程の罪悪感が、ドンとのしかかってくる。
「色恋沙汰でパーティーを崩壊させて自ら作戦を台無しにするなど、お前は本気で世界を救うつもりがあるのですか? あまりにも軽率で愚かしい」
ユーリシスの冷たい蔑む視線と正論が胸を抉って、もはやぐうの音も出ない……。
「ま、待ってください、ミネハルさんを責めないであげてください。ミネハルさんは悪くないです、あたしが勝手に勘違いしただけで……」
自分は騙された立場だっていうのに、それでも俺を擁護してくれる、今はその優しさが却って俺を責め苛む。
そうして立ち上がって俺を弁護してくれたけど、ティオルは俺と目が合うと気まずそうに逸らしてしまった。
俺も、ティオルの目を直視出来なくて、逸らしてしまう。
「…………」
「…………」
お互いにどれほどそうしていたか。
ティオルが一歩、二歩と、少しずつ近づいてきて、俺の目の前に立った。
そして、涙で潤んで赤くなった目で俺を見上げてくる。
「ミネハルさんの本音を聞かせてください……あたしのこと、どう思いますか?」
「っ……!」
「吊り目じゃないから可愛いくないし、気も強くないですけど……ミネハルさんの住んでいた所の一般論じゃなくて、ミネハルさんの気持ちとして、あたしってどうですか?」
会社のコンプライアンスとか、青少年保護育成条例とか、色々なあれやこれやが脳裏をよぎるけど、ここは、はぐらかすわけにはいかない、よな……。
本当は直視なんて出来ないけど、顔をティオルに向けて、泳ぎそうになる視線でなんとかティオルの目を見る。
「……吊り目や気の強さがどうとか関係なく、すごく可愛いくて魅力的な女の子だと思う。一見すると引っ込み思案なのに、命を賭けても村の人達を救いたいって戦える心の強さも持っていて、すごく尊敬できる。そんなティオルが、こんな俺と結婚したいって思うくらい慕ってくれていたなんて、すごく嬉しいよ」
ああ、顔が熱い!
心臓も煩いくらいバクバクしてる!
女の子にこんなこと言ったの、生まれて初めてだ!
ただ、二十七になる俺が十六のティオルにこんなこと言うの、倫理的にも絵面的にも、かなりやばいことになってると思うと、正直気が気じゃない。
なのに、ティオルは涙の跡が残る顔を、ぱあっと嬉しそうに輝かせる。
それが可愛いのと嬉しいのと、罪悪感と背徳感と、もう色々ごちゃごちゃで、今、自分がどんな顔をしているのか分からない。
「あ、あの、あたし……ミネハルさんのことが好きです……誤解があったけど、やっぱり好きです……」
ティオルが躊躇いがちに、俺の服の袖を小さく摘まむ。
これまで、時々俺の服の袖を摘まんできたこの行為には、そういう意味があったのか……!
「だから、その……あたしをミネハルさんのお嫁さんにしてくれませんか?」
「っ!!」
なんて破壊力だ!
こんな年下の可愛い子から、こんなことを言われるなんて!
意図せずとはいえ騙してしまった俺のことを、もっと責めて罵って、見限ってリセナ村に帰ってしまってもいいのに……ティオル、健気すぎで可愛すぎだろう!?
ティオルを見ているだけで、胸の奥で熱く疼く感情に心臓が早鐘を打つ。
いい歳して思春期の子供かって、自分で自分に突っ込みたくなる!
「俺――」
「はいそこまでですよぉ!」
返事をしようと俺が口を開いた瞬間、ララルマが間に割り込んできて、チョップで俺の袖と袖を摘まんでいたティオルの手を切り離した。
「いま、すっごくすっごく大事なところだったのに、なんで邪魔するんですか!?」
「状況が状況だったからぁ、行きがかり上ぉ、仲裁役に回りましたけどぉ、それはそれぇ、これはこれですぅ」
しばし睨み合った後、ティオルが俺の袖を、今度はしっかりと握り締めた。
「あたし、ミネハルさんのこと絶対に誰にも譲りたくないです。ミネハルさん、あたしと結婚してください!」
対抗して、ララルマが反対側の腕を掴んでくる。
「アタシだってぇ、これが人生のラストチャンスなんですからぁ、ミネハルさんは譲れません~! 結婚するならぁ、アタシとしてくださいぃ!」
真剣な目で、俺に迫ってくる女の子が二人。
どうしてこうなった!?
これが噂の修羅場って奴なのか!?
俺だって男だ。ギャルゲーやハーレム系ラノベなんかで見た時は、羨ましくて、俺もこんないい思いをしてみたいって考えたことくらいある。
というか、職業柄、趣味と実益を兼ねて、流行りのその手の作品は大体目を通すようにしていたから、そう考えたことは一度や二度じゃない。
だけど、いざ自分がその状況に放り込まれたら、こんなどうしたらいいのか分からない状況なんてそうそうないぞ!?
だいたい、ついさっきまで恋愛のレの字もなかった俺が、いきなり二人から結婚を迫られているなんて、超展開過ぎだ!
エロゲーなら『二人と結婚する』なんて三つ目の選択肢があって、ハーレムルートに入って、イチャイチャと三人でエロいことし放題だろうけど、現実でそれはあり得ない。
どっちかを選んで責任を取って、どっちかを断って傷つけないといけない。
それを、なんの心の準備もなかった俺に、今すぐ選べと!?
こうしてゴチャゴチャ考えている時点でヘタレなのかも知れないけど、この歳になるまで恋愛経験ゼロだった俺にそれを求めるのは酷だろう!?
でも、じっと俺の答えを待ってくれている二人には、どんな答えであっても誠実じゃないと駄目だってことくらいは分かる。
ここはヘタレでもなんでも、正直な俺の気持ちを話すしかない。
「その、なんというか……二人の気持ちは嬉しいけど、今すぐ結婚は考えられない」
「あたしじゃ駄目ってことですか……?」
「ミネハルさんの好みに合わせてぇ、尽くしますよぉ?」
またそんな答えづらいことを……。
「ティオルはいい子で可愛くて、そこまで慕ってくれてすごく嬉しいし光栄だと思う。ララルマも出会ったばかりでまだよく知らないけど、悪い人じゃないのは分かるから、すごく魅力的だと思う。でも、二人が駄目ってわけじゃなくて、今、俺にはやらなくちゃいけない大事な仕事があるから、そのことで頭がいっぱいで、恋愛とか結婚とか考えてる余裕がないんだ」
「それって、人々を助けて世界を救うってことですか?」
「ああ、その通り」
「ストイックなのかぁ、朴念仁なのかぁ、ヘタレなのかぁ、判断に困りますねぇ」
「うぐっ……もうどうとでも取ってくれ」
心の中で早々に白旗を揚げている時点で、ヘタレは確実だろうなぁ。
「…………」
「うぅ~ん~……」
二人がしばし考え込む。
もしこれで愛想を尽かされて、ララルマはもとよりティオルまで俺から離れてしまったら、また最初から世界を救う手立てを考え直さないといけないから痛手になるけど、それは自業自得として受け止めるしかない。
やがて考えがまとまったのか、ティオルが真剣な目で俺を見上げてきた。
「ミネハルさんが人々を救いたくて、そのことで頭がいっぱいなのは、すっごくすごくて、すごく尊敬できて、そんなミネハルさんが好きで、お手伝いしたいと思ったからミネハルさんに付いてきたんです」
「あ、ああ、ありがとう」
「でも、いくらそんなすごいミネハルさんでも、毎日ずっと世界を救う方法しか考えてなくて、それ以外のことは何も考える暇がないってことはないですよね?」
「それは……まあ、そうだな?」
「あぁ、そうですよねぇ」
何かに気付いて納得したって感じに、ララルマが大きく頷く。
「アタシのことよく知らなくて選べないならぁ、よく知ってもらえばいいんですよぉ」
「えっと、それってどういう意味だ?」
「その、気が向いたときだけでもいいですから……あたしのことも考えてくれませんか?」
「今更だけどぉ、よく考えてみればぁ、今日出会ったばかりで無茶な話でしたしぃ。だからぁ、むしろ時間をかけてぇ、女としてぇ、好きとかぁ、結婚したいとかぁ、ちゃんと見て知る努力をして欲しいですぅ」
「それって……」
「あたし、ミネハルさんの結論が出るように、頑張って振り向かせてみせます」
「嫌われたくないからぁ、迷惑にならなそうな範囲でぇ、積極的に堕としにかかっちゃいますねぇ」
やる気に満ちた目で、ずいと迫ってくる二人に、思わず仰け反ってしまう。
愛想を尽かされずに済んでほっとしたような、余計にややこしいことになって胃が痛むような……。
「二人とも、本当にそれでいいのか? 俺に都合がいいばかりの結論だけど」
「はい」
「いいですよぉ」
どうしてこんな俺にそこまで……って思わないでもないけど、可愛い女の子達に慕われるのは、純粋に嬉しいし、その気持ちは受け止めて真面目に考えたい。
「えっと、二人がいいなら…………分かった」
思わず混乱して狼狽えたけど、身に余るほどの光栄な話なんだ、だからこそ誠実に、どういう結論であれちゃんと出さないといけないな。
いつも読んでいただきありがとうございます。
実はここ数日、三十九度の高熱で臥せっており、病院でインフルエンザA型と判明しました。
薬を飲んでもいまいち熱が下がらないため、数日養生し、誠に申し訳ありませんがその間、一時的に更新をお休みさせていただきます。
次話の更新予定は、1月10日予定です。




