51 駄肉趣味と猫娘 2
「不合格ですかぁ? 不合格ですよねぇ?」
冒険者ギルドの二階、借りた部屋へと戻って席に着くと、早速グズグズと泣き出すララルマ。
どう考えても魔物相手に戦えるとは思えないし、さすがの俺もフォローの言葉が見つからないんだけど……。
「やっぱりアタシがこんな身体だからぁ、この駄肉がぁ、この駄肉がぁ!」
憎々しげに両手でわっしと胸を掴むと、下から持ち上げるようにして、ゆっさゆっさと揺すりまくる。
「ちょ、ちょっと落ち着いて! それまずいから!」
こんなおっとりお姉さんタイプの美人に、そんな大胆な真似されたら、目のやり場に本気で困る!
というか、駄肉ってそういう意味か!
でもやっぱり分からない……。
貧乳が理想のスタイルらしいのは気付いていたけど、巨乳が駄肉呼ばわりされてまで蔑まれている理由はなんなんだ?
それと、ララルマを見ていて一つ気付いたことがある。
女性にこれを聞くのは非常に恥ずかしいし、セクハラ案件になりかねないけど……確認せずに結論を出すわけにはいかない。
「ララルマってノーブラだよな? ブラ付けたらもうちょっとマシにならないか?」
「……はぁ?」
キョトンと、わけが分からないって顔を返された。
……なんだこの反応は?
隣に座るティオルに目を向けると……。
『それってなんですか?』って顔をしていた。
おい……おいおいおい、まさか……。
「なあ、ユーリシス?」
「ありません」
今回は的確に俺の質問の意図を察した上での、即答だった。
「なるほど……なんか少し分かってきたぞ……」
どうやらこの世界にはブラジャーがないらしい。
そもそも、この世界の女の人は胸が小さい人が圧倒的に多い。
何しろ店員だろうが通行人だろうが女性冒険者だろうが、問答無用で巨乳って断言出来る女の人を見たのはララルマが初めてだ。
とりわけ女性冒険者は、そのほぼ全てが鍛え上げられた肉体を持っていて、胸はバストじゃなく筋肉で胸板だった。
柔らかい肌着の上に胸当てを装備すれば、十分に余計な動きは抑えられるんだろう。
探せば何かブラジャーに類する下着くらいありそうだけど、少なくとも、戦闘に耐えられるレベルで巨乳を補助出来る下着が発達する余地も必要性もなかったんだろうな。
だから、巨乳は無駄な肉、そういうことなんだろう。
「でも、そこまで自分を卑下しないといけないことなのか……?」
ポロリと漏れた俺の独り言のような呟きをララルマが拾って、涙をいっぱいに浮かべた悲しそうな目を向けてくる。
「当然ですよぉ……胸は小さければ小さいほど理想じゃないですかぁ。しかも全身に駄肉をこんなにも抱えてたらぁ、『魔物に襲われたら真っ先に逃げ遅れて食い殺されるタイプ』とかぁ、『餌になって逃げる時間を稼いでくれるタイプ』とかってぇ、馬鹿にされるんですよぉ?」
全身にってことは、胸だけじゃなく、腰やお尻、腕や太股なんかの、むっちりとエロい肉付きの全てが駄肉扱いなのか。
「それがそこまで馬鹿にされることなのか?」
「そうですよぉ」
ああでも、さっきのララルマを見た後だと、巨乳が邪魔で速く走れなくて真っ先に魔物に……っていう光景が目に浮かぶ。
もしかしてこの世界に巨乳の女性が少ないのは、そうやって遺伝子が淘汰されてきたからなのか……?
なんというか、嫌な学説を学会で発表出来そうだ。
ララルマが、わずかな嫉妬と諦めが混じった羨望の眼差しを、チラリとユーリシスへ向けた。
「理想の女性はぁ、魔物に襲われたときにぃ、夫が魔物を引き付けて時間を稼いでいる間にぃ、子供を最優先で抱えて逃げ切ってくれるぅ、子供のために夫を切り捨てられる精神的な強さとぉ、魔物に怯えず子供のために絶対一緒に生き延びてやるって気の強さとぉ、それを実行出来るだけの肉体的な強さを持った人じゃないですかぁ。その気の強さが顔に出るから吊り目の美人がモテてぇ、アタシみたいな真逆の垂れ目なんかぁ、歯牙にもかけられないブスなんですよぉ」
そう……なのか!?
あ~~……露店で果物を売っているエルフの美少女の反応とか、『アックスストーム』のメンバーがユーリシスにちょっと色目を使ったときに言ってたこととか、その時のティオルの反応とか、なんか色々と線で繋がった。
道理で、吊り目で、気が強くて、胸が小さくて、野性的でガチムチの女の人が『美人』でモテるって話だったわけだ。
「ふむ……」
美人の要件はさておき。
ブラをどうにかすれば、つまりスポブラみたいな装備を用意出来れば、この問題は解決するんじゃないだろうか?
ララルマの場合はそのサイズが凶器みたいなもんだから、完全にどうにかすることは出来ないかも知れないけど……。
少なくとも、ある程度なら胸の大きな女の人もスポブラがあれば戦えるようになる……つまり人類側の戦力増強に繋がるんじゃないか?
アイテム製作なんて時期尚早で下策だなんて思っていたけど、これならむしろやるべきだろう。
どうせ特許や著作権は概念すらまだないだろうし、作り方を職人に教えて、後は勝手に作って商売してくれで放置していいし、それなら俺が振り回されることなく勝手に戦力増強が見込めるわけだ。
うん、これはかなりいいアイデアじゃないか?
「あのぉ……?」
つい考え込んでしまった俺を、怖ず怖ずと伺うララルマ。
ユーリシスは断る一択みたいな顔で、俺に断れとばかりに、圧の強い鋭い視線を向けてくる。
ティオルも俺が断ると思っているのか、申し訳なさそうな、気の毒そうな、そんな目でララルマを見ていた。
「一つ確認したいんだけどいいかな?」
「なんですかぁ?」
ララルマも、もう断られた気分なのか、耳がへにょって返事に覇気がない。
「両手斧じゃないと駄目か? もし別の武器を使ってくれって頼んだら、それを使いこなせるよう特訓してくれるか?」
「なっ……!?」
「ミネハルさん!?」
ユーリシスとティオルが、同時に目を見開いて俺を見る。
けど、目はララルマに向けたまま、手を挙げて二人を制して話を続ける。
「それと、俺が準備した服と防具も使ってくれるか?」
「えっ、えっ……えぇ?」
何を言われているのかさっぱり分からないって顔で、ララルマが挙動不審に俺と、反対を表明している隣の二人を見比べる。
「この条件を呑んでくれるなら、俺がララルマを魔物と戦って勝てるようにしてあげるよ」
「ええぇぇっ……!?」
「どうかな?」
「ほ、本当にぃ、アタシが魔物と戦って勝てるようにぃ? よく分からないけどぉ、それでアタシが戦えるようになれるならぁ?」
「よし、約束したからな。採用!」
「ええぇぇぇ~~~~っ!?」
ユーリシスよりもティオルよりも、ララルマの驚愕の声が一番大きかった。
「ユーリシスには後で相談がある。それで納得して貰えるはずだ」
ほらきた、みたいな、すごく嫌そうな顔をされてしまった。
なるほど、ユーリシスはララルマや駄肉がどうこうじゃなくて、俺が面倒なことを言い出しそうな相手だと思ったから反対した、ってわけか。
「あ……そう、ですね、そうですよね、ミネハルさんはそういう、なんていうか、すごくて、すごい人でしたよね」
急に、妙に納得した顔で、どこかうっとり嬉しそうに微笑むティオル。
よく分からないけど、ティオルは納得して賛成してくれたってことでいいのかな。
「あのぉ、本気ですかぁ? というかぁ、正気ですかぁ?」
肝心のララルマが一番酷いな、自分のことなのに。
「さっきの見てたでしょおぉ? こんな駄肉のブスですよぉ? 戦うのも全然ダメダメでしたよぉ?」
「そんなに自分を卑下する必要はないんじゃないか? ブスなんてこと全然ないよ、俺はすごい美人だと思うけど」
「「えっ!?」」
ララルマはともかく、何故かティオルの驚きの声まで重なった。
「それにその、これはセクハラとか、いやらしい意味じゃなくて、飽くまで一般論の話だけど、とてもセクシーですごく魅力的な身体をしてると思う。むしろ自信を持っていいくらいだ」
「「ええぇっ!?」」
またしても、ララルマとティオルの驚きの声が重なった。
「あのぉ、一般論の話ならぁ、この身体は胸もお尻も腕も太股もぉ、駄肉まみれの醜いゴミで魔物のエサですよぉ? もしかしてミネハルさんってぇ、駄肉趣味の人なんですかぁ? 女の趣味が悪いって言われません~?」
「そ……そうなんですか?」
そこでどうしてティオルが泣きそうな顔になるんだ?
「人聞きが悪いこと言わないでくれ。俺が元々住んでいた所だとそうなんだよ」
「元々住んでいた所……ですかぁ?」
「ああ、そうだよ。そこなら、ララルマが町を歩けば、男も女も絶対みんな見とれて振り返るな。男どもは下心満載で寄ってくるし、女の人達もその美貌とプロポーションに嫉妬と羨望の眼差しを向けるのは確実だ」
「うわぁ……そんなところがあるならぁ、行ってみたいかもぉ……」
まるで夢の国を見るみたいに目を輝かせて……。
この世界だと、相当嫌な目に遭ってきたんだろうな……価値観の違いって恐ろしい。
「じゃあぁ、元々住んでいた所の一般論じゃなくてぇ、ミネハルさんもアタシの身体ぁ、魅力的だって思ってくれるんですかぁ?」
そんなすごく期待した上目遣いで見られたら、恥ずかしいからって下手な誤魔化しをして傷つけるわけにもいかない、か……。
「ま、まあそのなんだ……」
一瞬、巨乳に目が行ってしまって、慌てて逸らす。
「……魅力的だと思うよ」
って、俺は何を言ってるんだか。
「~~~~~~~~!!」
尻尾を立ててブルブルと身を震わせたと思ったら、突然、これまで見てきた中で最速の、ネコ科の獣人の面目躍如みたいな機敏さでテーブルに乗って、身を乗り出しながら両手で俺の手を握り締めた。
「結婚してくださいぃっ!!」
「はあぁ!? なんでそうなる!?」
「アタシぃ、男の人に魅力的なんて言われたの初めてなんですぅ!」
「い、いや、だからって突然結婚なんて飛躍しすぎじゃないか!?」
ブンブンと手を振っても、しっかり握り締めて手を放してくれない。
さすが小振りでも両手斧を使えるだけのパワーだ。
「アタシなんかだとぉ、もう駄肉趣味の人くらいしか希望なくてぇ、でもそんな特殊な趣味の男の人には会ったことないしぃ、そもそもそんな趣味の人なんて変態っぽくって気持ち悪くてぇ、だから彼氏も結婚も諦めてたんですよぉ! でもぉ、駄肉趣味でもミネハルさんならぁ、全然変態っぽくないし気持ち悪くないからぁ、こんな生まれて初めてのチャンス逃せないですよぉ!」
「一旦落ち着いてくれ! 言いたいことは分かったけど、それで『はい結婚します』って普通ならないだろう!?」
「ちょっと恥ずかしいけどぉ、結婚してくれたらぁ、こんな駄肉の塊の胸でよければぁ、ミネハルさんの好きに触っていいですよぉ」
「っ!?」
なん……だと!?
「お尻だってぇ、太股だってぇ、好きなところを好きにしてくれていいですよぉ」
グラマーなおっとりお姉さんタイプのこんな美人の身体を、俺の好きに……!?
「いっ……いや、しかし……!」
「ミネハルさんのお願いならぁ、このお腹も三段腹にしますよぉ?」
「あ、いやそれはいいです」
うん、一瞬で我に返れた。
危なかった。
「むぅ……駄肉趣味って難しいんですねぇ」
というかこの世界って、巨乳と大きなお尻と三段腹が同列なのか……なんとなく、切ないな……。
「だ、駄目です!」
何故か硬直して動かなくなっていたティオルが、急に再起動して俺とララルマの間に割り込むと、俺の手からララルマの手を強引に引き剥がした。
「ちょ、ちょっとぉ、邪魔しないでくださいよぉ! アタシにとって人生最後のチャンスかも知れないんですよぉ?」
「だとしても駄目です! ミネハルさんだけは絶対に駄目です!」
ティオル?
なんでそんなムキになってるんだ?
「なんで絶対駄目なんですかぁ?」
「だってミネハルさんはあたしと結婚するんです! 告白もプロポーズもしてくれたんですから!」
「ええええぇぇぇーーーっ!?」
誰よりも真っ先に、俺の驚きの叫びが部屋中に響き渡っていた。
不意に動きが止まったティオルが、壊れた人形みたいにギギギギ……と俺を振り返る。
「……え?」
「いや、えっと…………俺とティオルが、なんでそんな話に……?」
「ぇ……ぁ…………だって…………え?」
一瞬遅れて、ティオルの目にぶわっと涙が溢れ出した。